セルドア
「次の街で少し休憩しよう」
「はい」
ラシオン王国を出てから早1週間。
私たちはアルテミス領に向けて馬車を走らせていた。すっかり向かい側に彼が座るのも馴染んできて、居心地の良い旅になっている。
「次の街はどのような場所なのですか?」
長い足を優雅に組んだ彼にそう聞いてみる。
「セルドアという街だ。海に面している土地で、貿易が盛んなんだ」
「他国の商品が多く見られるのですね?」
「結構楽しいよ。一日中いても飽きないくらいに」
ふとしたその微笑みについ見惚れてしまいそうになり、慌てて視線を逸らす。
「よく来られるのですか?」
「掘り出し物が多いからね。帝都から領に帰る時は必ずここを通るから、よく寄るんだ」
掘り出し物がいっぱい……。
宝探しみたいで楽しそうね!!
私は幼い子供のように窓から外の景色を見つめていた。
通りには簡易的なテントが張ってあり、見たことのないような食べ物、道具が沢山ある。
店頭で交渉する人も店側の人も他国から取引に来た人もいるのか、様々な格好の人がいた。
「凄いですね!!」
窓に張り付いている私に彼は苦笑する。
「興味ある?」
「ありますあります!」
「後で、ちょっとだけ周ってみようか?」
「えっ?」
私は彼に顔を向ける。
「よろしいのですか?」
「もちろん。ずっと馬車も疲れるだろう。少し歩かないと」
「ありがとうございます!!」
こうして、シンプルな装いの私と彼は市内散策を始めた。
人が多いのに慣れていない私は、人を避けるので精一杯だ。
避けたと思ったら、また別の人に当たる。
慌てて「すみません」と謝れば、その間にまたぶつかる。
そんな私を見て彼は笑っていた。
……そんな、笑わなくても良いじゃない!
私が拗ねていると彼はさっと手を差し出す。
「どうぞ。お嬢様」
なんだか手を取るのは悔しいが、人に避けるので市内観光ができないと辛いので、なくなく彼の手を取る。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
そういうと彼は私の手を引いて歩き出した。
彼に手を引かれながら歩いていると、よそ見をしていても人が自然に避けられていく。
……なんという器用さ!!
私は前を歩く天才に感服した。
彼は可愛らしい雑貨屋さんや、アクセサリーのお店に連れて行ってくれた。
どうしてこんなお店を知っているのかと聞いたら、母に頼まれたことがある、だそうだ。
ラシオン王国では見たことのない宝石が目に入るたび、興奮は高まる。私も女の子なのだ。キラキラした宝石の鑑賞は大好きである。
「……アリス、僕が合図したら一気に走って」
お店を5件ほど回ったとき、彼は急にそんなことを言い出した。
「え?」
「理由は後で」
彼の表情は変わっていないように見えて、そうではなかった。いつになく真剣な顔をしている。
「……ええ。分かりました」
ただごとではないと直感した私は頷く。
繋がれた手に力が込められて、手が痛くなる寸前の強さで私の手を握る。
彼は少し周りを見ると……
「3、2、1、0!」
私は彼の言葉に走り出す。
……速いっ!
半ば引っ張られるような形で走る。
彼とのスピードの差は明らかだった。
後ろから何人かの男が追いかけてくるのが視界に入る。
……追手!?
ふと、体が軽くなる。
彼が風魔法を使って私のスピードを上げてくれたのだ。
……申し訳ない。
細めの道から大通りまで一気に駆け出す。
通りの人々は何だ何だと私たちを見つめる。
普通じゃない雰囲気を汲んでくれているのか、物凄いスピードで走っている私たちを恐れたのか、自然と人が避けていき、道が開く。
大通りを全力疾走。
……足が速い人はこんな気分なのね。
私史上最速のスピードで移動していると、彼にグイッと手を引かれた。
彼は素早く角を曲がったと同時に、私を道の端に引きずり込んだ。物陰に、抱え込まれるように身をひそめる。
心臓の音が鳴り止まないのは、走り続けたからなのか、彼に抱え込まれているからか、私には分からなかった。
「おい! どこ行った?」
「おまっ、見失ったのか?」
「確かにこっちに来たはずだ。追うぞ!」
男たちは私たちが隠れている前を突っ切り、去って行った。
魔法の補助があったとはいえ、普段しない運動によって乱された呼吸を整える。
完全に姿が見えなくなってから口を開いた。
「今のは……」
「おそらく、君を探すためにラシオン王国から送られてきた者だ。……王も諦めていなかったか」
……やはり、私を追っているのね。
「……どうしましょう。また見つかったらアルテミス領に行くことがバレます」
追手に見つかれば彼のお母様を治すことができない。
それだけは何としても避けなくてはならなかった。
「そうだな……。取り敢えず、髪の色だけ変えて馬車まで戻ろう。髪の色が変わるだけで大分本人だと分かりにくくなる。……君は瞳の色も変えておこう」
「分かりました」
彼は、彼自身と私の髪を一般的な茶色に変える。
「じゃぁ、行こうか」
「はい」
私たちは急ぎ馬車に戻り、予定より早くセルドアを出ることになった。
「追手がもうここまで来ているとは……」
私はどっと疲れて背もたれに寄りかかる。
「早いな。……それほどアリスに固執しているのか」
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「いや、全然。アルテミス領に入ったら、君をきちんと保護できると思う」
だから、安心して。
彼は妖精のような綺麗な笑みを浮かべていた。




