シアラ視点1
「お帰りなさい」
私がそう言うと、彼はどこからとなく現れる。
「アリス嬢の報告に参りました」
「無事、国境は抜けられそう? 」
「それは分かりませんがアリス嬢は婚約破棄後、専属侍女と合流し、その後、アルド帝国からの留学生、アラン・アルテミス様とともに馬車に乗られました」
「そう、彼と一緒なら大丈夫かしら。……一応国境を出るまで追ってくれる? 」
「かしこまりました」
そう言って彼はまた私の前から消える。
さて……。アリスとの約束通り、私も計画を実行に移さなければ。
シアラはそっとカップに手を伸ばした。
私はスーリール王国の第一王女として生まれた。兄という後継者がいたため、王女としての教育は受けていたが、比較的自由に生活していたのだと思う。
私は幼い時から魔法に興味があった。
きっかけは、兄が火魔法でマシュマロを焼いてくれた時だったか、庭師が水魔法で花に水やりをしていた時だったか。あまりに昔のことなのでもうすっかり忘れてしまったが……。
私が魔法を習いたいと言うと、両親は快く了承してくれた。日常生活に使える最低限の魔法しか習得しない貴族令嬢と比べれば、なんて傲慢な女なんだとも言われ兼ねないのに……本当に良い両親を持ったと思う。
私は城で魔法を学び、リーララピスを持つものとして学園に入学する頃には教師からも教えることがないと言われた。魔法では誰にも負けない……そんな自信が芽生えていた。
私が初めてあの人に出会ったのは16歳の学園在籍中だった。
当時、私が他国に嫁がなければならない外交問題もなく、私は自国の貴族に降嫁することになっていた。
けれども、私に話しかけてくれる男性は口は上手くとも魔法のレベルは私よりはるかに低かった。
レベルが低いだけでなく、魔法は普段使える程度のもので良いとして練習も怠る男性にはひどく失望したものだ。
自分より弱い者、魔法を蔑ろにする者。
私は彼らに魅力を全く感じなかった。
もちろん、優秀な者もいる。
学生にして既に魔力コントロールが上手く、省略された呪文で魔法を発動させる、そんな人材もいたのだけれど。
自分で言うのも何だが、私よりは劣っている。
……そこはもっと……あぁ! 違う!
彼らが魔法を使っているのを見ていると色々と言いたくなってしまい、私は落ち着かなかった。
……もういっそ、一生独身として生きていこうかしら。
結婚を諦めかけていた私の元に彼は突然現れる。
「ミーティア侯爵家長男、ウィリアム・ミーティアです」
彼は夏が近づいていたある日、学園にやってきた。なんでも、他国で旅を続けていたら、学園に入学するのを忘れていたようで……。
……侯爵嫡男がそれで大丈夫かしら?
私はかなり不安に思ったのだ。
彼は勉強もそれなりにできたし、剣術においても高い技術を持っていた。
しかし、魔法の実技授業を見る限り、彼は魔法は苦手なのかもしれない、そう思っていた。授業では初級魔法を1回放ったと思ったら10分休憩。あの人の魔力量ではあれが限界なのかもしれない、だが、その退屈そうな顔にはイライラする。
「真面目に練習しなさいよ!! 」
私は防音魔法の中で叫ぶのだった。
彼が私の思っていた人とは違うと分かったのはそれからすぐの日だった。
迎えの馬車まで歩いていた私は、次の日提出の課題を教室に置いてきたことを知り、急いで来た道を帰る。
「あった……」
無事課題を鞄に詰めると、
「課題、どこだ……!? 」
彼は突然現れた。
「……え」
「ん?あ……」
彼に対して動揺を隠せない私と、しまったという顔をする彼。
……彼、転移魔法で来たわよね……。
距離が遠くなるほど難しくなる転移魔法。私でもここから馬車までの成功率は50%ほどの高度な魔法だ。それも目的地にピンポイントで転移するのは本当に難しい。それなのに……
「王女殿下……」
「あなた、今転移魔法を使ったわよね? 」
「えっ、あ、はい」
「どこから?」
……彼は自分の席の目の前に転移した。
「廊下から」
「嘘はやめなさい」
明らかに目が泳いでいる彼に王族の圧をかける。
「……侯爵邸の自室から」
彼は観念したようだった。
「どうしてそのような高度な魔法が使えるのに、実技授業では初級魔法ばかり発動なさっているの!? 勿体無いわ」
「転移魔法だけが得意で……」
彼は嘘がものすごく苦手なようだった。
「あなたの実力は相当なはずよ。どうして隠そうとするの? 」
視線が合わさること数秒、
「魔法は……自分自身を守るものです」
「そうね」
「ですから、むやみやたらに披露してはいけません。自分がどの程度の魔導士であるか知られてはなりません」
「どうして?」
「あなた様がとある国に攻め入るとしましょう。もしも相手の戦力が分かっていたら、こちらは勝てる戦略を立て、戦に勝てます。しかし、相手の戦力が未知数だった場合、思わぬ迎撃があったりして勝つ確率は低くなるでしょう。それと同じです」
「……確かに」
私は実技授業であんなに練習し、皆に見られていたことが愚かな行為に思えた。
……自らの力を公にしてしまったのね。
「では、私はこれで失礼します」
私が呆然としている間に、彼は消えた。
……無詠唱。
私は驚いて声も出なかった。




