馬車の道中
婚約破棄の翌日もまだ馬車は国境に向け走り続けていた。
王子、王家、貴族への愚痴はとどまることを知らなかった。不敬罪のオンパレードである。
……防音魔法のお陰でなんてことないけれど。
「少し、休憩を取ろうか」
「そうですね」
太陽も高く昇った頃、夜通し走り続けて馬車はもちろん私もくたくただ。
馬車が停止して、先に彼が降りる。私も外に出ようとすると、手が差し出された。
こんな扱いをされたことがなくて、私は少しだけドキドキする。
「気をつけて」
「ありがとうございます」
約10時間ぶりの地面に少しだけ安心する。
王都からは大分離れているからか、景色が見るからに田舎だった。
大きな畑と牛や馬が見える。
「アラン様、昼食はいかが致しましょう?」
彼の従者と思わしき人が問いかける。
「その村で何か買ってきてくれるかな?」
「畏まりました」
その男は村の方へ入っていった。
「……私も村に行ってみたかったわ」
私が主に行くのは屋敷、学園、王城だけ、移動手段も馬車だった。
田舎の村はどんな感じなのか、村人たちはどのようにして暮らしているのか、見てみたくて仕方なかった。
「それは無理ですアリス様」
フィーが困ったように言う。
「どうして?」
「アリス様、今ご自身が何をお召しになられているか分かります?」
「えっ、あ……」
「そのような格好で村に入ったら大騒ぎですね。騒がれると困りますよね」
「そうね、諦めるわ」
私はまだ昨日のパーティーのドレスのままだった。隣にいる彼も正装のままである。
「今日の夜は宿に泊まるけど、構わないかな?」
「ええ、もちろんです」
「明日の昼には国境に着くと思う」
「それは嬉しいですね」
「この休憩の後また馬車での移動だが、疲れてはいないか? 体調が優れなければ無理せず言ってくれ」
「分かりました」
昼食をとった私たちは移動を開始した。
馬車に揺られること数時間、国境近くの比較的栄えた街に入った。
馬車は一つの立派な建物の前に停まる。
「アリス様、これを羽織ってください」
そう言ってフィーが差し出してきたのは紺色のローブだった。
「確かにそのドレス姿のアリスは目立つ」
「そうですね」
私は大人しくローブを身につける。
「これ、顔も隠した方がいいんじゃないか?」
「えっ? 顔も?」
「アルテミス様の仰る通りです。フードも被りましょう」
「これじゃ、まるっきり不審者じゃない!?」
「いや、君の顔は印象に残る」
「そうです。アリス様。言う通りにしてください」
そこまで言うなら良いけれど、私、そんな個性的な顔をしているのかしら。
整っている方だと勝手に思っていたけれど、世間的に見ればそうじゃない!?
……ちょっとショックだわ……。
はい、そう言って彼は手を差し伸べてくれる。
あの王子の何倍も彼は紳士なのだ。
「ようこそおいで下さいました、アルテミス様。お部屋の方へご案内させて頂きます」
婚約破棄の翌日、あの女はいつまでたっても現れなかった。
「アリス嬢はまだか!?」
「はい、まだです。父上」
夕日が地平線の彼方に消えていくと、国王は俺を呼び出した。
「アリス嬢は今どこにいるのだ? 今から無理矢理でも連れてこい!」
……国王はなぜこんなにもあの女に執着しているのだろうか。
俺には理解ができなかった。
「あの女の居場所はわかりません」
「なんだと!? そんなことがあるわけ……護衛は!? 王子の婚約者としてつけた護衛はどうした!?」
……それなら
「随分前に護衛は外しております。あの女にそんなもの必要ありませんから」
どうせあの女はここに戻ってくるしか生きていく方法がない。まだ俺の元に来ていないのは、俺に対する非礼に心を悩ませ、懺悔しているといったところだろうか。
ジオルドは余裕の笑みを浮かべる。
しかし、国王はそうではなかった。
「もし本当にいなくなられたらどうするのじゃ!! 儂は日が変わるまでは待てぬ!!」
そう言い、部下に次々と指示を出す。
「王都内をくまなく探せ!! 近隣の町もだ!! 国境にも通達しろ!! 決して国外に出してはならぬ」
その言葉に王の側近が動き出す。
「絶対に逃がさんぞ……」
あの女はその日、現れなかった。




