王妃教育
……王妃教育が始まってしばらく経った。
正直、完全に舐めていた。
こんなに辛いものだなんて思ってもみなかったのだ。
毎日毎日、登城して歴史、マナー、ダンス、楽器、外国語、魔法学、公民etc.
10歳で始まったときは、4時間だった。
それでもかなりの集中力が必要で、私は懸命に取り組んだ。少しでも意識が別のところに行くと、すぐさまお叱りが来るのである。
初めてのダンスの授業など、
「姿勢!! 背中が曲がっておりますよ!! 」
「そこのステップを間違えるなどあり得ません!! 」
休憩なしで10曲を踊り続けて、翌日全身が痛くてベッドから起き上がれなかった。
最初からとてもとてもきつかったのに……。
年齢が上がるごとにその時間は増えていく。
5時間、6時間、7時間、14歳になってからは8時間になった。
……鬼だ。
一度だけ、どうしても嫌になって遅刻していったことがある。2時間ほど遅れて登城すると、現れた教師にこっぴどく怒られた。
「遅れた罪です」
そう言われて、ダンス中に外国語の会話練習、テーブルマナー中に歴史の復習と2つのことを同時進行でやらされた。
「会話の方に気を取られないで! 笑顔を作りなさい!! 」
「発音が違いますよ!! 」
「体の軸を意識!! 」
「ラシオン王国、3代目の王は? 」
「ジョージ・ラシオン様」
「彼が行った大きな政策は? 」
「……えっと」
「遅いです!! 」
「すみません」
「それから、今は晩餐会のための練習です!! 困った顔をしない!! 」
「申し訳ありません! 」
もちろん集中力も2倍必要で、ボロが出るたびにそれはまた怒られた。その日から私は一度も遅刻したことがない。
王子との仲はといえば、冷え込んでいる。当たり前だ。会うたびに「呪われた姉が」「お前は本当に不気味な女だな」と罵られ、一応婚約者としての必須課題、月に1度の2人でのお茶会も割と早い段階で消え失せた。
なんだか好かれようと努力するのも馬鹿馬鹿しくて、私は放置を貫いていた。
それなのに王子の婚約者として長時間の勉強は強いられる。理不尽である。
そんな私の王妃教育のモチベーションになったのは……
「アリス、お疲れ様」
そう、シアラ様である。
この王妃教育の後のシアラ様とのお茶会、私はこれだけを頼りに頑張ってきたのだ。
「……疲れました」
ふふふ、とお上品に笑うシアラ様は今日も女神だ。
激しい運動をした後の冷たい水が美味しいように、厳しい王妃教育の後のシアラ様は私特製フィルターがかかってより女神度が上がる。
「少しだけ遅くなってしまったのだけれど、アリス、お誕生日おめでとう! 」
シアラ様がとびきり輝かしい笑顔を浮かべられる。
「ありがとうございます!! 」
お誕生日を祝ってくれたのはフィーに続いて2人目だった。
嬉しくて声が上ずる。
「アリスはもう15歳? 」
「はい」
初めて会ってからもう5年も経つのね……シアラ様は感慨深そうに呟かれた。
……もう5年か。
薔薇園での初めての出会いから、そんなに経っているのね。
「プレゼントももちろん用意してあるのだけれど、ここで一つ重大発表!! 」
パチンッと手を叩かれた。
それから、ダダダダダっとテーブルを軽く叩かれる。ドラムロールのつもりだろうか。
どこまでも面白い人である。
「だだん! なんと! アリスは今日で王妃教育終了よ! 」
「えっ!? 」
……イマナント?
「申し訳ありません。耳が機能していないようで」
「何度でも言うわ。王妃教育が終了よ! 」
……いやいや、あり得ない。
「シアラ様、10歳の時に王妃教育は18歳、学園を卒業するまで続くとそう仰っていたではないですか!? 」
シアラ様は涼しい顔で紅茶をすする。
「それなんだけど、普通ならそうなのよ。でもアリス、あなた結構器用で知識の吸収も効率が良くて……早く終わっちゃったわ」
「いえ! 私そんな8年を5年で終えられるほど天才ではありません! 」
「……あとは、あれかしら? あなたほとんど毎日城で勉強していたでしょ? 」
えっ……あ、はい。
「本当は毎日来る必要はないの」
えぇぇぇぇ!?
「週3日くれば大丈夫なのよ」
「どうしてそれを今まで教えて下さらなかったのですか!?」
それを知っていたら……もっと、いえ、断然楽だったわ。
「だって、アリス毎日でも平気そうだったし……それに何より早く終われば楽しくお茶会ができるじゃない! 」
……そうね。過去を振り返っても仕方がないわね!
お城に来るの、嫌で嫌で仕方がなかったけれど、これからは楽しい楽しいお茶会のためだけに来れるのよ!!
私、お疲れ様!よくやったわ!!
「私、頑張ってきて良かったです」
「今日はお祝いだから沢山お菓子を作らせたわ。遠慮せず召し上がってね」
「はい! 」
色とりどりのマカロン、エクレア、ショートケーキにタルトにティラミス、最高だわ!!
「食べながらで良いのだけれど、聞いてくれるかしら? 」
口に食べ物が入っている時に喋るのはよろしくないので頷く。
「……アリスは魔法に興味はある? 」
待って、まだいちごが口の中に。
「……はい。あります」
……魔法にはとっても興味がある。
実技は学園に入学してかららしく、私はひたすら座学の魔法学を学習していたのである。
でも、いくら知識があっても自分で使えないのはやっぱりつまらなかった。
「王妃教育を終えたばかりでどうかと思ったんだけど、これから、魔法の練習をしない?もちろん実技のよ」
えっ!?
「できるんですか!? まだ学園に入学してないのですが……」
「大丈夫よ。何せ私が教えるのだから! 」
シ、シ、シアラ様が教えてくださる?魔法を!?
それは、それは……
「ぜひお願いします! 」
なんて素晴らしい提案なのだろう。
「良かったわ。これ誕生日プレゼントなのだけれど……」
そう言ってシアラ様が取り出したのは、淡い紫色の石がついたペンダントだった。
「これは魔力制御道具なの。魔力が暴走した時に魔法を吸収してくれるものよ。魔法を習う生徒は皆、初めはこれをつけて練習するの」
「ありがとうございます。大切にします! 」
手のひらにひんやりとした感触が伝わる。
「改めて王妃教育終了、おめでとう、アリス」




