神のミスで死んだら神が台車で、台車に乗せられて転生したんだがちょっと自分でも何言ってるか分からない。
「汝、―――に選ばれし者よ。目覚めなさい」
「ううん……はっ!! ここはどこ!? 私は誰だっけ!?」
「貴方は現世にて―――に撥ねられ、その短い命を終え――」
「どこどこどこスマホどこッ!! 落とした!? やばい電話会社に電話しないとああでも電話持ってないし電話会社の番号って何だっけやばいやばいやばい!!」
「しかしそれはこの私、神の不手際で――」
「うわっ!! 床めっちゃ白っ!! もしかして土足で立っちゃいけない場所なんじゃない!? やばいやばい靴脱がないと脱が……あぁぁぁあ焦って固結びでぎゅっとしちゃったぁぁぁーーーーッ!!」
「なので、転生の機会を――」
「うわ誰ッ!? あんた誰!? 偉い人!? 菓子折り用意してないやばいやばいやばいというか初対面なのに挨拶し忘れたこれ印象最悪でずっと嫌な目で見られるパターンだぁぁぁぁーーーーッ!!」
「……黙りおろうっ!!」
「グベッ!?」
何かで足を小突かれた俺は転倒した。
その拍子か靴紐がほどけ、やっと靴を脱げるようになる。
「ああよかった靴紐ほどけた……」
「よくありません。人の話を一切聞かずに勝手にテンパり倒して。えいっ」
「あふっ!?」
再び何かで足を小突かれた俺はやっと冷静な思考を取り戻した。
周囲は雲の上に来たように真っ白で、空は見たこともない快晴が広がっている。いわゆる子供の頃にイメージした典型的な天国的な場所に見える。
どうにか靴を脱いで勝手に正座し、声のした方を見ると、なんか典型的な女神さまって感じの麗しい女性がご立腹の表情でこちらを見下ろしていた。
「私はこの世界の神の代理神です。貴方は死んでここに魂が導かれたのです」
「えっ、死んだって……な、なんで!! こんな地味ながら品行方正で親孝行もして信号を必ず右左右と確認した上で点滅や黄色信号では必ず立ち止まっていた俺が、どうして死んだんですか!?」
「台車に撥ねられました」
「台車に……ぇ台車ッ!?」
台車――それはスーパーとかそういう、物を頻繁に運ぶ場所にて用いられる四輪の手押し車の一種である。車輪は四つ、大抵は折り畳みの取っ手付き。用途によって若干形状の変化はあるが、極めてシンプルな構造と原理の車である。
自動車、電車に撥ねられて死んだ――分かる。
自転車、バイクに撥ねられて死んだ――まぁ分かる。
台車。わからん。全然分からん。
「嘘だっ!! 人間が台車に撥ねられて死ぬわけが!!」
「だまらっしゃいスットコドッコイ!! 台車で撥ねられたら死ぬに決まっているでしょう!!」
「いや何でッ!?」
「この世界の主神が台車であり、台車がミスって貴方を殺したからです!!」
「マジで何でッ!?」
まったく理由になっていない。台車に山盛り荷物詰んでたから台車に撥ねられて死んだとかなら納得はしたくないが理解は出来る。台車を押していたのがボディービル大会で優勝しそうなマッチョだったのなら、理解したくないが納得は出来る。
しかし、理由が『台車が神だから』ってぶっちゃけありえなくないだろうか。
「そもそも台車に人格はないでしょ。主成分プラスチックとかスチールとかゴムとかですよ?」
「下郎っ!!」
「どふぉっ!?」
今度は膝に衝撃。
俺は両ひざを抑えてちょっと間抜けなポーズになりながら、やっとさっきから俺を小突いていたものの正体を目の当たりにした。女神代理の手に惹かれたL字型のそれは――完成され過ぎていて逆にみすぼらしく車輪の回りが悪いと思い通りの方向に行ってくれない、それは――折り畳みの方法が初見だといまいちわからず苦戦しがちなそれは!
「台車じゃねーかッ!!」
絶世の美女がみすぼらしい標準タイプの台車を引いてこちらの足を小突いてくる様は、もはや何のプロモーション映像ですかと問いただしたい程の非日常感とシュールを感じる。スーパーで大活躍のそいつはどこからどう見ても全国津々浦々で使われる運搬道具の台車である。
「台車神はお怒りです」
「ガラゴロしてるアンタの怒りだろ絶対!!」
「不敬っ!!」
「い゛だぁッ!? 骨に響くガチめの威力来たッ!!」
「台車神を信じない者には神罰が下ります。当然、下界に存在する数多の台車たちも台車神の加護を受けているため、須らく台車神の思考を反映します。より正しくは、神とは人間に理解しやすい象徴としてつけられた名前でしかなく、本来はただ台車と呼んで神の意を示します」
世界は台車を使っているつもりで、台車に支配されていたらしい。
恐ろしいことだ。台車に支配されるって具体的に何されてんだろうという部分に欠片も想像が及ばないところが特に恐ろしい。実はこの人は自分の思い通りに世界を変えたいけど責任取りたくないから台車を神と崇めて従ってるふりしてるんじゃないんだろうか。
「不心得者っ!!」
「いっだぁいっ!? 何も言ってないのに!?」
「台車神には全てお見通しです」
台車の先っちょぶつけられ過ぎて膝が砕けそうである。神を道具に攻撃していいのだろうかとは思うが、よこしまな感情を捨てて全てを受け入れる仏のような心を得ないとこの場は乗り切れないらしい。ひとまず心頭滅却心頭滅却……。
「最初のテンパりが嘘のように大人しくなった辺りに精神の不安定さを感じますが、まぁいいでしょう。順を追って説明します。まず、台車は台車男が来るべき時代に現れる時の為に下界を監視しています」
「はぁ」
「しかし、台車男は出現が早すぎてはいけないのです。大変危険なので。人類の為に早すぎる出現を防ぐために小さな犠牲が出てしまうのです」
「はぁ」
「故に可能性を時々摘んできたのですが、貴方はまだ摘む対象たりうる存在ではなかったにもかかわらず、貴方の近くの台車がフライングアタックを仕掛けて殺してしまいました」
「はぁ」
「未熟者っ!!」
「ゴぉあ痛゛ぁっ!? ちゃんと聞いてたじゃん!!」
「理解できなくて聞き流しているのがバレバレです。仕方ありませんね……特別転生特典としてダイシャール・D・スゲダイスキー著『運命の車輪』をプレゼントします。私のお古ですが、ちゃんと日本語訳版です」
理解不能なものを理解するためと余計に理解不能なもの出てきた。六法全書ばりの分厚さに眩暈がする。全力で読みたくない。あとお古の割に真新しいのは気のせいか?
「ではこれから貴方を転生させますが、怖がることはありません。転生先の文化レベルは所謂貴方方世代が『異世界』と呼ぶ時代に近いものがありますが、貴方は台車神の加護を受けています。いつでもどこでも台車を呼び出せるという栄誉とありがたみに咽び泣きなさい」
「台車を? ……呼び出して、何に使うの? 運搬業?」
「それも一つの手段ですね。台車とは時代を運び、廻すもの。貴方の選択が世界の大きな運命を運ぶことになるでしょう」
「モンスターに襲われたら?」
「台車を呼びなさい」
「ホームシックになったら?」
「台車を呼びなさい」
「心が折れて力尽きたら?」
「台車を呼びなさい」
言うが早いか、いつのまにか正座していた俺はその体制のまま台車に乗せられていた。運ばれる正座男、シュール極まりない。
「では行って来なさい。台車は次元を突き抜ける。台車ゴー!!」
「アンタさては面倒くさくなっただろっておいちょ嘘だろ動力ねーのに動いてんぞこの台車!? やばいやばいやばい正座した状態からこの狭い台車の上で立ち上がれねぇ!! ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーッ!!」
これは、台車が生み出す数々の奇跡の物語である。
崇め称えよ――世の真理は台車にあり。
「魔物出たぁぁぁぁ!? 台車でどう戦えばいいんだよぉぉぉぉ!?」
『変形させて台車バスターソードにするのです!! ……と台車が仰っています』
「……ただ台車の手すりが逆パカしただけじゃねーか!! これを剣とは認めねぇよ!?」
「飛び道具!! 飛び道具ないの!?」
『台車を変形させて台車ヴァリスタアローを放つのです!! ……と台車が仰っています』
「こんなシンプルな構造の工業製品が変形するわけが……これといって構造的合理性のない変形したぁーーー!?」
「大変だ、この子怪我してる! 運ばないと……!!」
『台車の上に乗せるのです。台車の上では人の治癒能力が極限まで高まり、あらゆる生命体を健康にします』
「嘘を言うなぁ!? なら何で台車押してる俺の肩が凝るんだよ!?」
『感謝の念が足りないからでは?』
「ははははは!! 我が召喚獣キュマイライオスに抵抗出来る存在を召喚できるとでも!?」
『通常形態の台車ではあの愚か者に偉大さを理解させることは難しいようですね。唱えなさい!! 無限輪転・ダイダイシャーと!!』
「俺は一体何を召喚するの!? 足元にクソデカ召喚陣敷かれてるんだけど!?」
「ば、馬鹿な!! 奴と台車は確実に切り放した筈!? 何故ここがばれた!! 何故誰も触らずしてあの台車は動いている!!」
「ウワァァァァーーーーこれで縁切れると思ってたのにぃぃーーー!!」
『貴方は台車に認められたようですね。これからは台車も積極的に貴方をサポートするでしょう』
「いらないよ!! 勝手についてくるとか呪いの人形かよ!!」
「決めようじゃないか!! 貴様の無限輪転『台車転生』と我が強制解脱『トラック転生』のどちらが神に相応しいのかを!!」
「心の底からどうでもいいです」
『何を言っているんです! 台車はやる気になっていますよ? やっちゃえやっちゃえ、だーいーしゃっ!!』
「お前なんでこういう時だけハイテンションなんだよ……俺おうち帰りたいよ……」
台車――それは、神秘の物質。
黄金比と呼ばれる究極の造型で構成された一枚の板を、まるでこの世の流転を表すような4つの車輪が支えるその様は、奇跡的なバランスの元に成り立つこの世界の基盤そのものであるかのように美しい。しかして、世界は人の力で動かすことが出来る……そんなメッセージを象徴するように、敢えて板には取っ手が装着されている。直角の板とは違って美しい曲線を描き、敢えて人工物だけの世界などあり得ないというメッセージが添えられているかのようだ。更には取っ手という覇権を握るに相応しい者が現れないとき、取っ手は板とともに新たな主を待つよう折りたたんでひと時の休息に移る。
そして、台車とは運ぶもの。それは物質を、魂を、時間を、空間を、森羅万象をあるべき場所へと運び続けるためのノアの方舟そのもの。
一説には台車はこの地球が誕生したと呼ばれる64億年より更に以前から造形物として存在する、宇宙そのものの原型だとする学説もあるが、真偽のほどは定かではない。また、台車は地球の生物や現在の地球人類の進化に深く関わっており、嘗て地上に栄えた恐竜たちが滅んだ理由は台車の禁忌に触れたことが間接的な原因であることがジュラ紀の地層の調査で示唆されている。
また、台車の存在が神のモデルになったことは昨今一般常識として国際的に知られている。聖書等における神のお告げとは、台車の力に触れて宇宙真理の一部を得た存在がそのメッセージを「神のお告げ」と捉えたとするのが最有力な通説だ。また、台車の存在を最も強く残す宗教は仏教であり、「大乗仏教」や「小乗仏教」の「乗」というのが台車に乗るかどうかの議論であるという事実は宗教学者の間では余りにも有名な話である。
近年では相対性理論で有名なアインシュタインの原理が台車からモチーフを得ているなど、台車の持つ可能性は今もなお人間に多大な恩恵を齎している。しかし、台車の恩恵を正しく理解しない存在から見ればこの台車の語る真理とは道具でしかなく、原子爆弾を初めとする大量破壊兵器を生み出す人類の蛮行を生み出してしまう結果になったことは誠に残念でならない。
さて、先ほど少し触れたが台車の真理的な部分を人々に伝える際に重要視されるのが台車という形状が表す移動エネルギー、すなわち加速の力が重要な解釈ポイントになっている。加速とはつまり停止や停滞がない事を表し、加速こそが宇宙の始まりであるビッグバンと宇宙の終焉であるエントロピー終焉を端的に表す究極法則であり、この法則に触れた者は現在、過去、未来という時空間を超越した発想や思考を得ることが出来る。
また、これは未だに研究中の分野だが、車輪が回るガラガラという不思議な振動が知的生命体の持つ固有アストラル波長と一致しているという仮説が存在する。もしもこの仮説が立証されることになれば、全ての人類が加速のエネルギーの正しい在り方を理解し、世界から無用な争いが消え去る日が来るであろう。
そして忘れてはならないのが、加速のエネルギーとは宇宙の終焉をも突破する無限の可能性を秘めていることだ。残念なことにこの無限の可能性を正しく観測できる存在は、この世界のどこかに存在するオリジン台車と同位体の台車と行動を共にする人間、すなわち理論上の世界にしか存在しない「台車男」のみである。
そしてオリジン台車が人類の手に届かない宇宙の中心部に存在するという公算が高く、現在の人類の文化レベルでは同位体を作り出せる確率が0.0000000000000000000000500103%である以上、これを人為的に製造することが不可能に近いのは数値を見るに明らかだ。また、オリジン台車に迫る行為とはすなわち恐竜の冒した禁忌に匹敵する行為であることが古くから示唆されている。西暦1999年のノストラダムスの大予言も、当時のノストラダムスが「西暦1999年の技術力において初めてオリジン台車の同位体を製作しうる可能性が人類内部で誕生する」という仮説を加速エネルギーの中から受け取ったことを起点としていることからも、これがイカロスの翼以上の危険性を孕んでいることは明らかだろう。
我々は恐らく永遠に答えには辿り着けないのだろう。
しかし、辿り着けないのならばそれが台車の意志であり、この世界が正しくある事の証左なのだ。
だが、もしも。
もしもこの世界にオリジン台車の同位体に乗る「台車男」が現れたとしたならば――それもまた、台車という絶対真理が必要として生み出した存在なのかもしれない。
人類史には何故か頻繁にこの「台車男」が救世主として登場する伝承が多く散見される。これは解読不能とされたイースター島の文献にも登場し、文献内で唯一台車男の部分のみが解読された事からこの文献は旧宇宙における知的生命体が残した台車と台車男に関する重大な謎を書き記したものであることは想像に難くない。
なお、「台車男」の「男」とは日本語における男性の事ではなく、救世主を表す古代台車語の「オトゥーウェグ」を日本語に直した際に付けられた当て字として大和朝廷誕生以前から存在したものである。そのため実際には「台車男」には女性も含まれるとするのが一般的な見解である。
「台車男」。それがどのような存在なのか、現状の人類では答えに辿り着くことが出来ない。
この答えが明らかになるのは、人類がもっと台車による加速エネルギーの真理を理解してからの事となるだろう。
~ ダイシャール・D・スゲダイスキー著『運命の車輪』-688ページより抜粋 ~