1-7.第7話 庵の主と招かれざる客
崩れかけた小屋に現れたのは足跡の主だった。
『あの女が勝手に喚いてくれたおかげで想定より早く解析が完了しました』
どうやら言葉が急に明瞭に理解できるようになったのはそのせいらしい。
「あーあー……俺も相手の言葉を喋れるな。さすが文明の利器だ』
『私のおかげと言って下さ――いえ、今回は私のミスです。道具呼ばわりも甘んじて受け入れましょう』
「いやお前のことを言った訳ではなくてな。情報の転写システムが凄いという意味でなんだ。勘違いさせるようなことを言ってすまん」
『……ふふふ、分かっていますよ。それではこれでお互いチャラという事で』
「分かった」
「一体誰と話をしているッ!」
無視され続けている少女は怒鳴りながらも周囲を警戒している。いや怯えているように見える。どうやらシンが、幽霊と会話しているのではと思ったらしい。
「そうか了解……独り言だ、気にしないでくれ」
「ひ、独り言ッ……そ、そうか」
少女にとっては幽霊より狂人のほうがマシらしい。シンの多少、いやかなり無理のある言い訳に、すんなりと乗っかった。
「それでなにを盗んだ盗人」
「いやなにも盗んじゃあいない」
「ではこれから盗むところだったか」
「そうじゃあない」
「犯罪者は皆、そう言う」
埒が明かない。
「君はエルフなのか?」
殺気が鋭くなる。種族を聞くのは失敗だったらしい。
「なるほど。犯罪者は犯罪者でも人攫いの類だったか」
どうやら思ったよりも物騒な世界らしい。そして彼女はエルフであることを否定しない。おとぎ話で伝え聞く、エルフが誇り高い種族である、というのは本当なのかもしれない。
それに人攫いという犯罪を古典やファンタジーの中のものだけだと思っていた。そして心で理解した。ここはファンタジーの世界ではない異なった現実なのだと。
「どうせ犯罪者呼ばわりなら最後まで聞こうか。エルフとは人攫いに狙われやすい種族なのか?」
「ッ……なにを、たわけたことを……」
声が低くなる。どうやらからかわれていると思ったらしい。火に油を注いでしまった。
『シン。異星人とは友好的に接するべきではありますが、自己防衛は正当化されます。危険だと判断したら直ぐにブラスターを使用してください』
「分かった。でもまだ駄目だ」
「? なんだ、今何を言った?」
エルフと話す時だけ異世界語を使うことにすれば盗み聞きもされないだろう。
「いや独り言だ」
「……貴様」
「いや済まない」
駄目だ、何を言っても火に油である。
シンは間抜けな自分を呪いそうになった。もうエルフの少女は今にも飛びかかってきそうな気配だ。
「もう一度言う。俺は盗人でも人攫いでもない。森を歩いていたらこの建物を見つけたんだ。廃墟だと勘違いして勝手に入ったのは謝る。許してくれ」
「よくもまあぬけぬけと……私が信用するとでも思ったのか? ……ッハ、見れば見る程悪党面だ」
『シン今すぐブラスターを使用しましょう、そうしましょう』
「おい落ち着けアニマ」
「ッ! ……また聞きなれない呪文を……もしや新手の魔法か!!」
言うや否やエルフの少女は飛びかかった。
その構えから細剣を横に構え、間合いに入った瞬間首を一線。薙ぎ払うつもりだ。かわす場のない狭い室内においては必殺の攻撃となるだろう。
その剣は見るからに鋭そうで、女の細腕でも容易く着ている木綿の服を切り裂くのが想像できる。
切り裂くのは木綿の服。そう、シンには余裕があった。
アニマお手製のナノマシンは緊急時に置いてシンの全神経、全筋肉を補佐。その体感速度にシンが焦れる程に加速された。
少女の渾身の飛び込みはあくびが出る程にゆっくりに見えたのだ。
『シン、遠距離攻撃の始動を確認。0.8秒後に着弾』
アニマの圧縮音声を普通の声のように聞きながら、シンは動く。
半歩前に、振り抜かれようとしていた腕ごと少女の身体を掴み、抱えるように持ち上げる。
「ンなッ!」
そしてそのまま、少女に抵抗する暇も与えず木戸を蹴破って外に飛び出した。
「なんだぁ!!」
嗄れ声の男が驚愕の表情でこちらを見つめる。シンと目が合った。
と同時に火を噴き上がる音が後方から轟く。男達の一人が可燃物を家に放り込んだのだ。
「な、なにもんだテメェ……」
「それは俺が聞きたい」
少女を抱えたシンと、どこからともなく現れた男達が対峙する。
***
『人型の集団がこちらに向かっています。その数12。恐らくその女性が来た方角と一致します。後を付けられていたのかと』
エルフの少女と問答していた時にアニマがそう警告していたのだ。そして相手はエルフの少女が言うその人攫いの可能性が高いと。
アニマは失敗を挽回しようと既にドローンを小屋の周囲に待機させていた。そしてその集団に照準を合わせている。ちなみそのドローンも光学迷彩塗装に換装済みである。
シンは相手が友好的だった場合を考えて、アニマに攻撃をしないように言い含めて、こうして相手が到着するのを待っていたのだ。そしてあわよくば、このエルフの少女をなだめて欲しいとお願いするつもりであったのは、シンしか知らぬことだったが。
だがしかし。結果はアニマの予想が当たった。だがこうしてシンは、焦る事なく窓から脱出出来たのだった。
*
男達は剣を構えてこちらの出方を伺っている。エルフの少女独りだと思っていた家から男が飛び出してきたのだ。それに戸惑っているようだ。
「アニマ、消化を」
『了解、実行します』
食堂に放たれたのであろう火災は数秒も立たずに消えうせた。ドローンからのエーテル干渉波は火を喰らうように浸透し、瞬く間に消化したのだ。痕跡はせいぜい煤で少し黒くなった程度であろう。
エーテル干渉波は、マナ粒子研究における巨大な副産物として研究されている技術である。それは目に見えず、触れられず、しかし確かに効果を発揮する。
その効果は様々であるが、それほど多くのことは出来ないとされている。主にお湯を沸かす、冷やす、物を動かす等々。だがその効果は壁越しにも作用する、距離の減衰が起こりにくいなど、その特異な性質から軍では細々と使われ始めている。
だがシンはよく分かっていない。湯を沸かすのに給湯器の構造など知る必要がないのと同じである。
「な、なに今の……ッ!」
小脇に抱えられたエルフの少女は驚愕の眼差しで空を見上げた。その視線の先、そこはドローンが滞空している場所を正確に捉えていた。
しかしシンは気付かない。今はそれどころではない。問題は髭面の男である。
「手前何をした……それに、同業者か」
自分達が狙っていたエルフを抱える男の姿は、なるほど人攫いと変わらない。
ともあれ。刺激的ではあったが目の前の男は記念すべき第二異世界人。エルフの女性に次いで二人目の接触者である。
「友好的に話し合おう」
「……ふざけてんのか」
「ふざけてなどいないが?」
『シン、それはいくら何でもあんまりです』
アニマは気付いた。どうやらシンは交渉スキルが絶望的であると。
「アニマ。先制攻撃を受けたわけだが、こういった時はどうするんだ」
『生命を脅かされたとして正当防衛が認められます。今すぐ反撃を』
「この場合、本当に俺は生命が脅かされたのか?」
『それは……』
アニマは口ごもってしまう。
確かに先程の攻撃ではシンを傷つけるなんてことは不可能だ。今の装備なら炎であぶられ続けても全く平気なのだ。シールドによって何度であろうとも熱を完全に遮断でき、いざとなれば外部から無尽蔵に酸素を取り込むことが出来る為、酸欠になることもない。
つまりは相手の火力不足である。
その場合は殺意などの心的要因が争点になるが……。そんな事を論じている場合ではないのは分る。
『確かに、法廷に立てば過剰防衛と判断されてもおかしくありません。しかし今は非常事態。シン艦長、ここは生存性を高めるため反撃すべきです』
「俺は無事に帰還したとき、異星人殺害したと報告したくはない」
『シン聞き分けのないことは――』
「何をぶつぶつ言ってやがる! おいやれ!」
「へい!」
しびれを切らした男が後ろにいた小男に合図を出す。どうやら髭面の熊のような大男がこの集団のリーダーらしい。
「OOOOO……OOO」
小男は目を閉じ小声で何かを呟いている。
「あれは違う言語だな」
『そのようです。理解するにはサンプルが必要です』
「うーん大変だな」
『覚えることがあるというのは楽しいものですよ』
「今は非常事態なんだぞ」
『それとこれとは別です』
二人は呑気に語り合う。実の所、どちらもが目の前の男を脅威とは思っていないのだ。
「ちょっと離して! 早く!」
だが今まで大人しかった、小脇に抱えていたエルフの少女が突如暴れだした。
「分かった、そんなに暴れなくても離すよ」
「呪文をッ! ――だめっ間に合わないッ!!」
「呪文?」
その質問に少女は答える必要もなく、それは目の前で起こった。
「くらえい!」
小男はこちらに手の平を構える。
するとその手に炎の球が現れ、こちらに向かって飛んできたのだ。
「なんと!」
「ッく!」
シンは驚き、エルフ少女は死を覚悟するように目を固く閉じた。
そして――
「……な、んだ?」
髭面の男は理解できなかった。確かに部下の魔法が男に命中して死んだはずだ。だが目の前で起こった事実は、男の目の前で火の玉が掻き消え、平然と立っている。それだけだ。
「これは……魔法か、魔法なのか!?」
『呪文のようなものの詠唱、発動に手の平を構える、火の玉。ファンタジーの定番が揃っていますね。魔法と呼称しても問題ないでしょう』
「凄い、これぞファンタジーだ……!」
ふつふつと感動が湧き上がる。俺は静かに興奮した。
『しかし今の現象は――』
「どうして! 死んでない!」
アニマの声を遮る耳元の大声に慌てて手を離す。少女を抱えていたままだったことを思い出したのだ。
「キャン」
「おっと済まなかった」
つい急に手放してしまった。自然、エルフの少女は地面にうつ伏せで倒れ、可愛らしい悲鳴を上げることに。
「急に離さないでよ!」
「あ、いやすまん」
それよりも今は魔法だ、魔法。
「そこのあんた。今の魔法だろう」
「……お、俺のことか……?」
「そうそう。それ俺に教えてくれないかな」
異文化コミュニケーションもとれて魔法も教えて貰える。まさに一石二鳥のアイディアだ。
「貴様ふざけんじゃねえ!!」
「ッ……」
少女の息を呑む声がかすかに聞こえた。
熊のような男は吠えた。その声は心胆を凍えさせるほどの悪意に満ちた威嚇の声だった。エルフの少女も、部下の男達も、一斉に身を竦めさせ恐怖させる迫力があった。
「ふざけてなんかいない」
しかしシンには効かなかった。彼は慎重で几帳面で繊細で、そして少し、人の感情の機微に鈍かった。
「それでお前達は結局何者なんだ。やはり人攫いなのか?」
取り敢えずは素性確認だとシンは思い直す。悪党とお友達になれば、同類だと思われるのが世の常なのだから。身元の確かな人と友好を深めるべき、それは確かではある。
タスクは几帳面に、お付き合いは慎重に、だ。
「こ、殺す」
シンの質問、案の定それは火に油、いや火にガソリンの如き行為だった。その髭面はまさに達磨の如く赤くなる。
そして剣を構える。目の前の男を殺すために。
しかし――
「やはり人攫いなのか?」
それでもシンは男からの返答を待って居た。人付き合いの崩壊はお互いの勘違いから、という啓発本の文言を実践しているのだ。
*
髭面は恐怖を感じ始めた。
奇妙なカバンを背負っているものの、見た目は丸腰、つまり帯剣していないように見える。だが、これだけの武装した集団に囲まれても一切物怖じしないその態度。そして自慢の部下の魔法が効かなかったトリックが分らない。
脂汗が滲み、自慢の髭をじっとりと濡らす。これまでにもたらされたシンの人物像は「気色の悪い男」だ。
「貴方達。この男は体術の腕も相当よ。戦うなら覚悟することね」
そんな心理を気取られたのか。獲物であるエルフが挑発するように、笑みを浮かべてこちらに剣を構えている。
気に喰わない。
だがこのエルフも凄腕の剣の使い手であり、精霊魔法という見た事もない魔法を操ると聞く。そしてそのためにこれだけの人数を集めたのだ。エルフは高く売れる。これだけ仕込んでもお釣りが余るほどに手に入る。やるだけの価値はあった。
エルフが独りで森に出入りしているという情報を聞きつけ、監視を始めた。そしてようやく発見し、人を集め、尾行した。
後は入っていったぼろ小屋に火を放ち、慌てて出てきたところを袋叩き。それで上手くいくはずだった。
だが予想外の闖入者がすべてを台無しにした。
そこまで己の苦労を回想し、再び怒りに火を点けようとして、だが失敗した。
どうしてもいやな予感が拭い去らない。そうだ一度死にかけた時もこんな気分だったことを思いだす。
髭面はこの外道稼業が長い。そして蛇の道で生き抜く為に必要なのは最後は慎重さだった。そこは少しシンに似ていた。
*
「野郎ども、引き上げるぞ」
「か、かしら……本当にいいんで?」
「ああ、今日は日が悪い。出直すぞ!」
「へい!!」
人攫いの男達がぞろぞろと森の中へ引き返していく。
その様子を隣の男は拍子抜けしたような顔で見送っている。
その緊張感のない姿に僅かな苛立ちを覚えたが、それ故か緊張の糸が切れた。ゆっくりと構えていた剣を降ろし、大きく息を吐いた。
大見得を切ったが、多勢に無勢。隣の奇妙な男の実力も味方かさえ分からないのだ。
そしてあの人数。見えただけでも8人居た。いくら腕に自信があれど、同時に襲い掛かられたら危なかった事も理解していた。
「おい」
緊張を解いた途端に掛けられた低い声に身をすくませる。すくませてしまう。そしてその様子は声を掛けた髭面にも伝わってしまった。そして男を調子づかせてしまった。
「エルフの嬢ちゃんよ。俺はまだ諦めてねえぜ……首を洗って……いや、○○○洗って待ってな」
何とか気丈に睨み返そうと試みる。でも顔から血の気が引くのを止められない。
それを見れただけでも儲けものだとばかりに、奴は黄色い歯をむき出しにしていやらしく笑った。
髭の男の考えが手に取るように分かる。男はこう考えているのだ。
――なに焦る必要はない。情報を手繰り獲物を追い詰めていく。目立つエルフなど簡単に捕まえられる。俺はそれを今まで繰り返してきたのだ――と。
髭面の上機嫌な高笑いがギャハハと木霊した。
私は涙が零れそうになるのを必死で堪え、細剣の柄を握り締めた。
*
「その単語はまだ知らなかったが、鈍い俺でも何を言ったか分かったよ……そしてお前は、臭すぎる」
「あん?」
それが髭面の最後の言葉だった。




