1-5.第5話 森からの探索
コクピットから見える地上の様子は見渡す限りの森だった。
『丁度よい広さの盆地を見つけました。着陸態勢に移行します』
ヒュータン号は森の中にあった木々の生えていない。小高い丘に囲まれた場所へとゆっくりと音もなく降りていく。ヒュータンには外部に推進剤を放出するための孔はない。そんな物がなくても力場を制御することで自由自在に動ける。
今回の着陸も一切振動を感じさせず、埃を立てることもなく完了する。
モニターに見えるのはどこもかしこも自然の緑、緑、緑である。
「本当に地球と変わらない植生だな」
『はい。大気も、微生物も問題ありません。地球に酷似……いいえそれ以上です。ここはやはり別次元、いえ異世界なのでしょうか?』
アニマは俺の蔵書の一部によく出てくる題を口に出した。
異世界。よくある異世界と地球が違うのは住んでいる者と魔法の存在が大きい。魔法はマナという魔法の様な粒子が存在していることで一応はクリアしている。――では住民はどうだろうか?
「わからん。だが調べなければなにも始まらない」
シンは席を立ちコクピットを後にする。
「準備をする。そちらも用意してくれ」
『了解。装備はB-1パックを推奨します』
「わかったそれでいい」
『それとサプライズがあるので出立前に下部甲板に寄ってください』
「……?」
『木々の間を抜ける必要性と、離れて探索する状況の可能性を考慮して小型であるこれを選びました』
「おお……! これはいい」
装備を整えたシンが向かった先。下部甲板は自走車やフローターなど地上を走行する乗り物の出入口だ。
シンはそこに用意されていた物を見て歓喜の声を上げる。
『軍で採用されているものを私が再設計して製造した、まさしくシン専用のオーダーメイド品ですよ』
軍での正式名、SHB500。水陸両用バイクである。
車輪は無く、代わりに前方に小型の重力制御装置により、重力に反発する力場を発生させることで地面を滑るように走行する。
そのバイクは兵の間で『ホイッスル』の愛称で呼ばれていた。前方に楕円形の動力機関があることから、横からの見た目が笛に似ているからだ。
しかしアニマのカスタムが入ったことにより、その形状はより武骨になっている。装甲の強化、取り回しの改善など様々な所に手が加えられている。特に後部に設置された積載用ボックスがシルエットの変化に大きな影響を与えている。
『視認性を下げる為に色はオリーブグリーン。光学迷彩塗装を施していますが過信しないように。ライトは赤外線に切り替えられるようにしてあります。付属のヘッドギアのバイザーを降ろして使用してください』
「わざわざ赤外線を使う理由は?」
赤外線暗視装置など旧々世代の代物だ。
『温故知新。未知の世界では何が使えるか分かりませんから。もちろん通常の暗視装置もバイザーに付属していますよ』
「了解」
矢継ぎ早に繰り出される説明に耳を傾けつつも、バイクを弄るのにシンは夢中だ。
『現在、ドローン達に同じように迷彩を施したシートをヒュータンに掛けて貰っています。宇宙船を目で見られてはならない、なんて事態があるとは思いませんでしたから』
宇宙は真っ暗なのだ。それにセンサーは光学機器だけではない。姿を隠すのだったらそれ相応の対策が必要なのが宇宙戦の常識。だが今回は現地人から艦を隠す必要がある。
光学迷彩など宇宙船にとってはまさに無用の長物だと思っていたアニマだったが、これからはヒュータンに迷彩塗装を施さなければいけないだろうか、と考えて止める。
彼女はヒュータンのその白い船体を気に入っていた。愛らしい名前に合った愛らしい姿だと。それに布を被せるだけで問題ないだろう。周りは深い森なのだから。他に案を考えようと。
事実、今現在も彼女は周囲を監視し続けているが人の気配はない。それに合わせてシート施された光学迷彩も用いれば、ほぼ見つけるのは不可能だった。
「よし分かった、ありがとう」
『サプライズはまだですよシン。後部ボックスを開けて下さい』
シンは言われるまま蓋を持ち上げる。
「これは……服か」
ヘッドギアとは別に畳まれた服が入っていた。しかしそれは普段きているものとは少し様子が違う。
『この惑星の植生が地球とほぼ変わらないと判明しましたので急遽作成しました。サイズもスーツの上から着れるように調整してあります』
「なるほど思いつかなかった。助かる」
入っていたのは木綿で作られたチュニックだった。色は薄い緑色で自然な色合いに調整されている。
アニマが町を観察して、大多数の人物が着ていた服を参考に作成したものだった。
シンの今着ている軽戦闘スーツと呼ばれる物は重ね着を前提としている体にピッタリとフィットするものだ。上から着ても問題ないし、首から覗いている部分も肌着で通るだろう。
コスプレしている様子を見られているような、そんな恥ずかしさを少し感じながらもいそいそと着替えていく。直ぐに見た目には村人風な一般人の出来上がった。
『よくお似合いです』
「本当か?」
肌に直接触れていないがゴワゴワしているのが分る。それにバイクに乗ると風にあおられてバタバタしそうだが仕方がない。平和的な接触とはすなわち相手を驚かさないことであろうから。
バイクと共にラダーから外へと出る。むせかえるほどの圧倒的な森の匂いが肺を満たす。シンは大きく深呼吸した。森林浴なんて子供の頃以来だ。
ふとシンは違和感に気付いた。
「なんだか体が重いな……」
『この惑星の重力は1Gです』
艦の外部スピーカーからアニマはそう答えた。
「じゃあおかしいじゃないか」
当然地球も1Gだ。気になるはずがない。
『艦内は0.92Gに規定により設定されています。これは低重力による作業効率化と筋力低下を加味し――』
「ああわかった、わかった……そんな試験にしか使えない知識なんて合格した後直ぐに消去していたのを思い出したよ。人間の脳みそはお前と違って容量に限界があるんだ」
『ブレインメモリーイレイザーシステムはそのような使用を目的に開発されたのではありません。トラウマを伴う記憶や精神――』
「わかった、わかったから」
『ちなみにブレインメモリーイレイザーシステム、通称BMISは記憶を消去するのではなく、その記憶の連想索を細くしているだけです。思い出すのはその為で――』
「……俺の教師にでもなるつもりなのか?」
『必要とあらば。あとお前ではなくアニマです』
「りょうかいりょうかい」
アニマとやり取りしている間に体の違和感など直ぐに無くなってしまった。
『艦内を1Gに再設定しておきます。これからはその方が都合が良いでしょう』
「頼む」
ちなみに知識を簡単に記憶できるシステムが普及したた弊害として、それを忘れることが困難になるという弊害が出た。覚えた事が後になって誤りであったと判明する。なんてことは日常でもよくあることである。そして記憶できるものは非常に緻密で言葉だけでなく、図形や立体物まで正確に記憶できる。設計図を記憶して、一度も参照することなく寸分たがわぬ物を作る。そんなことも可能なのだ。
それを解消するためにBMISは開発された。
それがまるで消しゴムのごとく日常的に使用されている理由は、その安全性からだ。
消せるのは記憶装置で覚えた記憶のみで、その消す範囲も自由自在に設定可能だ。
それ以外の記憶、トラウマや恐怖症の原因となる記憶を消去するためには別の特殊なBMISと医師の許可が必要になる。
認可を受けた医院でのみ、医師と専属技師の立ち合いの元で使用され、多くの患者を救っている。
閑話休題。
シンはバイクに跨ると、スターターのスイッチを捻る。同時にバイクは搭乗者の所属を確認。機関に火を点けた。低い風鳴のような駆動音が静かに鳴り響いた。
「では出発する」
『いってらっしゃいませ艦長』
その挨拶にシンが首を傾げると、
『様式美というものですよ』
と返された。そういうものらしい。
「シン、いきまーす」
『……はい』
ゆっくりとスロットルを回すと、それに応えるようにバイクは滑るように森の中を走り出した。
顔が熱い。どうやらはしゃぎ過ぎなようだ。それもこれもこのサプライズが悪い。
*
森の中は相当に険しい。人の手の入っていない原生林はやぶだらけで、バイクの高度を上げつつ木々を縫うように進んでいく。
シンの操縦は見事の一言だった。伊達にパイロットをしている訳ではなく、ヒュータンではお株をアニマに奪われているが、今の姿こそが本当のシンの姿である。
様々な乗り物を乗り回してきた実績があればこそ、シンは民間人であるというハンデを乗り越え、栄えある最新鋭艦のテストパイロットに抜擢されたのだ。
まあ最新鋭であるがゆえに、座っているだけの状態になってしまっている、のではあるが……。
『お上手ですね、これならヒュータンの操縦も任せられそうです』
「おわ!」
耳の側でアニマの声がする。それに驚きバイクから転がり落ちそうになったのだ。
シンは慌ててバイクを停止させ、着けていたヘッドギアの内部を確認する。
壊れた様子はない。連動している腕に着けた通信機には応答した履歴はない。そしてあの声はインカムからでは決してなかった。それよりもっと内側。それこそ頭の中から響くような――。
『テステス、私はアニマ。現在マイクのテスト中。本日は晴天なり』
やはり通信機には反応がない。俺はもしかして気でも狂ってしまっただろうか。
「一体どうなってるんだ……アニマ、どうやって会話している?」
『問題ないようですね』
それは何時もの事務的で落ち着いたアニマの声。しかしシンには、いたずらが成功したとはしゃぐ子供のような印象を受けた。
『特殊部隊などで使用される脳波感応通信です。これなら装備を紛失するような事態でも対処出来ます』
脳波感応通信。離れた人物とまるで側に居るかのような会話ができる。使用は簡単。伝えたい人物を思い描いて、脳内のダイヤルを回すのだ。
民間でもVR等に使われている技術ではあるが、その場合は専用の装置を使う筈。これではまるでエスパーだ。俺にはそんな資質はない。
「しかしどうやって……?」
体を弄ってもそんな装置はどこにも見当たらない。腕の通信機にはそんな機能はないし、あれは頭に接触していないと効果が無かったはずである。
『ナノマシンです』
ナノマシン。見えないほどの小さな機械。人の手の届かない体の中で、様々な役割を担う。体組織を利用し自己増殖が可能で、その用途は多様で、ウイルス、細菌への物理的攻撃から、傷口の補修、抗体の作成など。
他にもありとあらゆるものに使われていて、ナノマシン鍵、ナノマシン通信、果ては『あなたの老廃物を優しく落とす』がキャッチフレーズのナノマシン温泉なんていうのも存在する。
その中でもナノマシンを利用した脳波感応通信は特殊で、軍の一部でしか使用されていない。特殊部隊など隠密性と機密性の高い舞台に使用されている。普段の生活なら、わざわざ頭の中に電話機を入れる必要はなどないのだから。
蛇足として脳波感応通信技術はエスパーの協力で製作された物である。この時代、エスパーはおとぎ話の人々ではないのだ。
「何時の間に……」
『検査時に注入しました。しかしシン。貴方の体内には私のナノマシンを投与するまで一体のナノマシンもありませんでしたね。これは非常に珍しいことです』
ナノマシンはこの時代には欠かせない技術の一つである。産まれてから死ぬまで、その人物の健康を守ってくる。
しかし最近ナノマシンを投与しすぎ、ナノマシンが干渉し合いアレルギー反応を起こす問題が起きている。何時の時代も『用法容量を正しくお使いください』の注意書きは外せないという訳である。
「要人輸送を想定して、今回の試験の前にご丁寧に全部消去されたんだ。子供の頃の予防接種から旅行の為のやつまでな』
ちなみに今回の仕事が終了した後、元に戻してもらえることになっている。いやいた。現在は目下遭難中である。
『そうですか。緊急時におけるナノマシンの追加投与は規定事項でしたが、その情報は私のタスクには記載されていませんでした』
今回の計画は綿密に建てられている。不思議なことがあるものだ。
『では私がシンの初めてですね』
シンには、間違いなくそれが喜びの感情を持った言葉であると理解できた。
何故だろうか。一瞬ゾクリと背筋が震えるのを感じる。
新しい環境で風邪でも引いたのだろうと、万年健康体のシンはアニマの言葉を流した。
気を取り直して。
「しかしなんでそんな物を……」
アニマに四六時中見張られているようで落ち着かない、とはシンは言えない。
『緊急時に解禁される規定事項にその旨が記載されていましたので、必要と判断し実行いたしました』
「AIにもそういった緊急マニュアルがあるのか」
『もちろんです』
「そこまでしなくてもいいんじゃないか? 俺は民間人で今回は軍属ってだけだなのだからだな……」
『なにをおっしゃいます。非常事態により今は貴方が私の総司令官なのですよシン艦長』
「……それは冗談じゃあなかったのか」
『言っていませんでしたか?』
どうやらしれっと発言した『総司令官』という肩書は冗談ではなかったようだ。
そう気づいたシンは、驚き……しかし苦笑する。たった一艦しかない軍の総司令官なんて、まるで子供のおままごとの様ではないか、と。
しかし艦は本物。しかもまだ現場投入すれされていない最新鋭艦だ。
慎重にならなければと身を引き締める。
「これからは俺の身体を弄るとき事前に言ってくれ」
『了解しました艦長』
「艦長は止めてくれ、今まで通りシンでいい」
『艦長とお呼びすると私の気が引き締まるのですが……わかりました。時々にしておきます』
「……まあいいか」
シンは諦めた。




