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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第2章 エルフの国のSF
24/26

2-4.第4話 酔っ払い姫ツイバミ

 その後すぐさま、アニマは倒れているツイバミに酒精分解薬を撃ち込んだ。

 気を失っているからだろうか。今回は針は弾かれる事無く肌に突き刺さる。

 

「むにゃ…けぇき……」

「この方は本当に……」

 呑気に寝言を言っているところを見ると、体に異常はないようだ。その幸せそうな寝顔を見下ろして、アニマは複雑な感情を抱いた。

 

「ああッ、皆さん見て下さい!」

 側に付いて来ていたキリカは目を見張る。

 なんとツイバミの身体がゆっくりと縮んでいくのだ。それと共に皮膚がまるで石の様に硬質化していく。

「これは……?」

 シアンタの疑問に誰も答えないうちに、その石の様になった皮膚がパキリパキリと音を立てて崩れていく。

 すると――

 

「う~んむにゃむにゃ……」

 その中から初めて会った時の姿。小柄な少女であるツイバミが現れたのだ。パツンパツンにその身を包んでいた着物は、主人のその急激な体格の変化に付いていけずはだけてしまっている。しかしそれが、涎を垂らして眠る少女の姿だと、ただ寝相が悪い様にしか見えない。

 

「こいつあ……一体……」

「これがオーク族に稀に産まれる、赤肌の持つ特殊能力だ」

 グリントに応えたのはアグアギだった。満身創痍といった姿であるが、その表情は和らいだものだ。

「オークを統べる長老は赤肌がなる。それは単純に強いからだ」

「確かに……あのシンの旦那がこれ程手こずるたあ……初めてですぜ」

「フ……そうか」

 アグアギは何処か自慢げに鼻を鳴らした。

 

 *

 

 村の女性達がツイバミを担ぎ上げ、屋敷に運んでいくのを皆で見守った、その後。

 

「シン!」

「シンさん!?」

 シアンタとキリカは駆け寄る。

 鉄のゴーレムがゆっくりと膝をつき、その背中が割れてシンが転がり出てきた。しかし勝利者である筈の彼はピクリとも動かず、地面に倒れ伏したままだ。

 

「シン、ちょっとどうしたの!? しっかり!」

 見た感じ外傷はない。ピッチリとした体に張り付くような服は刺激が強い見た目であるが、それで躊躇している事態ではない。

「うぅ……さ、触らないで……くれ……」

 抱え上げようと身体を掴むと痛そうに呻いた為、慌てて手を離す。一体どうしたというのだろうか?

 

「シンはこのまま医務室に運びます」

「アニマ! シンは何処か怪我を?」

「あの始めに組み合った時点で複数個所の骨折が確認されています」

「ッ!」

「ヒッ!」

 その言葉に、キリカも触れようとしていた手を慌てて引いた。



 あの生身で一当てした時点で、既にシンには余裕がなかったのだ。

 あの時既に、両腕両脚には全体にヒビが入り、スーツが無ければ複雑骨折になっていたかもしれない重症だった。スーツがギブスの役目を果たし、ナノマシンが骨の接合と矯正を行ってはいたが、常人ならば全身麻酔案件の大怪我である。

 その点、アイギスワンはナノマシンを介し脳信号を送る事で四肢を動かさずとも操縦できる。

 つまりあの時点で、シンがツイバミに対抗するにはもう既にこれしかなかった。

 最終手段として取って置いたアイギスワンは初手で出す羽目になるほど、ツイバミの戦闘能力は異常だったと言える。

 

 シンは機体を動かすたびに鎮静剤の効果をすり抜けた痛みに耐えて、戦っていたのだ。

 

 

「……酔っ払いの小さな女の子にざまあない」

 麻酔が効いて朦朧としているのか、シンが弱音を吐いた。

「……そんなこと」

 シンの呟きにシアンタの顔が歪む。自分は何も出来なかったのに、彼を責める事など出来ないと。

――ナンニモデキナクテスマンスー――

 酔っ払いが眠ったせいか、草木の精霊フローラも元に戻っている。

 どうやらツイバミの放つ、不可視の力が精霊を酔わせていた元凶だったようだ。

「シンさんは魔法を何故使わなかったの?」

 キリカは溜めていた疑問を吐き出す。

 あの光の矢の魔法を使えばどんな相手でも一撃だったはずだ。厚い鎧さえ撃ち抜いたその威力は彼女の脳裏に刻まれている。


「それは当たり前です。我々は“友好”目的でこの村を訪れたのですよ……まあ、想定外の事態を起こしてしまいましたが」

 そう言うアニマの説明も、何時もの覇気が無い。

「……そうだ。俺が蒔いた種なんだから、傷付けることは出来ない……」

 そして油断して大怪我だ。情けないにもほどがある。

「シンさん……」



「さあ、担架が来ました。私は船に戻ります」


 アニマが視線で示す方から、フワフワと空中を滑るように近づくフロート担架が幾つも近づいてくるのが見えた。

 周囲の者達はその異様な光景に驚き、知らず知らずに道を開けている。

 

「怪我をした村の方も付いて来て下さい。歩けない者はその浮いているベッドに寝かせてくださいな」

 周囲に向かって声を掛ける。ツイバミに投げ飛ばされた者は数多く、地面に落ちて傷めた体を引きずる者も居る。

 しかし気味が悪いのか誰も担架に近づこうとしない。

 

「では俺が世話になろう」

「アグアギ様!?」

 一番に担架に乗ったのが若衆頭のアグアギだったからだろう。おずおずと人が集まりだす。歩けぬ者は支えられて担架に乗り、歩ける者はアグアギの側に集まる。

 総勢11名。あの惨事でこの人数で済んだのは、酔ったツイバミにも理性がまだあったお陰かもしれない。

 

「死人は出ていない筈ですからこれで全員ですね。では行きましょう」

「わ、私も付いていきます!」

「私も付き添うわ」

「あ、それじゃああっしも――」

「グリントは村の人達を手伝ってあげて」

「……へい」


 自分だけ外されたのは、邪魔されないようにではないだろうか……何がとは言わないし、もちろん声にも出さないが。

 エルフには及ばないが、その長い人生で乙女の機微を察し、グリントは素直に崩れた柵を直す集団へと取って返した。


 *


「我も行こう」


 鈴を鳴らすような声。皆が振り向く。

 屋敷の入り口から声を掛けたのは少女姿のツイバミだった。服は新しい物に取り替えられ、その姿はまるで初めて見た時と同じ、何処かのお姫様のよう。

 ……まあ、シン達がその姿に騙されることはもう無いのだろうが。


「長老!」

「ツイバミ様……お体は?」

「むろん平気じゃ」


 次々に彼女を労わる言葉が村人から掛けられる。彼女は随分と慕われている事がシン一同にも分かった。

 

 

「本当に済まなかったのじゃ」

 近づいてきたツイバミは、突然頭を下げた。それはシン達と怪我をした者達。そして迷惑を掛けた全ての村の人々へ向けたものだ。それだけ誠意を込めた、深い謝罪だった。

 

「……謝るのは俺のほうだ……」

 シンが担架の上で身をよじり、必死に声を押し出して謝罪した。気遣う皆を手で制す。

「贈り物に不手際があったのはこちらの責任だ。今回起こった損害はこちらが全て弁償する……謝っても済まないのは重々承知しているが、出来ることはさせてくれ」

「それなら私の責任でもあるわ、ごめんなさい」

「あ、あたしもごめんなさい!」

 シアンタとキリカも頭を下げる。

 

 ケーキを贈り物とすることを提案したのが自分達である。彼女達も謝る機会を伺っていたのだ。

 

「いいや……我が酒に弱いことは村の誰もが知っておることじゃ。それでもケーキの誘惑に耐えられなかった我が悪いかったのじゃ」


 しばしいやこちらが悪い、いやこちらこそが悪いと問答を繰り返したのだが、双方が笑い出したことでそれも終わった。


 ツイバミは一通り笑った後ほほ笑み。

「うむ……シン、お主は気持ちのいい奴じゃ。よし我が嫁になってやろう!」

 ととんでもな発言をした。

「なッ……」

「……まあ気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」


 周囲がリアクションする間もなく、シンはあっさりとお断りしてしまう。周囲は出そうとした声を出せずに口を開けたまま固まっていたが気にもしない。


「は、早すぎる……少しは考えぬか」

 膨れっ面で拗ねるツイバミ。ここまであっさり振られるとは思っていなかったのもあるが、自分の魅力には自信があったからこそ気に喰わない。特に変身した姿は傾国のソレだろうと。



 だがシンの心中は嵐の様に目まぐるしく移り変わっていると誰が知りようか。

 女と縁のない人生を歩んできた彼には惚れた張ったの経験などあるはずがなく、したがって異性から告白されるという経験すらない。

 寡黙な隠れオタクとは、一種異様な雰囲気を放つ。そこそこ顔が良いだけではモテないのだ。

 シンが即答に近い速度でお断りの返事が返せたのは、何のことはない。その恋愛経験のなさ故に、異性と付き合うという想像が全く働かなかったせいなのだ。

 そしてその理由はもう一つある。



「それとも……酔っていた時の姿の方が好みか?」


 そう告げたツイバミの身体が大きくなり出す。

 シン達は改めて見る事になった彼女の変化は、実際に間近で見るとその様は以上の一言に尽きた。

 それはまるで時間を早回ししているかのように急激に成長しているようだ。着ていた和服に似た服は、ゆったりとしたものであったが、次第にパツパツに張っていき、襟から胸が、裾からは太ももがはみ出さんばかりに主張する。


「……お、驚いた」

「フフフ……我と夫婦めおとになれば、両方を楽しめるぞ」

「え、あ、うん。いやそうじゃなくて、いや違うんで――」

「ぬふふふふふ……ういのお」

 と、担架に寝転ぶシンにしな垂れかかろうと近づくが――


「ひゃぶ!」

「非常に興味深い体質ではありますが、シンは“貴方のせいで”怪我をしています。今は治療が優先です」

 

 アニマの言葉と共に浮いている担架がスーと音もなく動き、もたれ掛かろうとしていたツイバミは地面を抱きしめる羽目になった。

 

「な、なにをするのじゃ!」

「先程申し上げた通りです」

「ぬぬ……」

 

 障害となった改めてアニマを見る。

「……美しい娘じゃな」

 アニマを見上げてそう呟くツイバミ。その白い肌と見慣れぬ青い髪。そしてその宝石のような瞳には静かな怒りが灯っている。それがなお美しさを引き立てているのだから。なるほど、美人とは何をしても絵になるとは本当のことだ。と自身を棚に上げて納得する。

 それはさておきと、シンの情婦は目の前の女性、アニマなのだろうと邪推していたツイバミに更に追撃があった。

 

「ツイバミさん? オークの長老かお姫様か知らないけれど、シンの恋人は私達が決めますから」

「そうですそうです! 居候先の配偶者の合う合わないでその後が変わりますから!」

 シンはエルフ娘二人の言い分に、それはそれでどうなのかと言いたくなる。それではまるで一生養ってもらう気満々である。

 

 ツイバミは立ち上がると大きなため息を吐いた。

「なんじゃ……なぜ姑が三人もおるじゃ? ……おや、お主――」

「違う、ただの仲間だ……」

 何とも居心地が悪い。これではまるでお袋が三人に増えたような気分になる。ツイバミが何か言いかけたようだが、こんな話をしている場合ではない。


「それ……に、長老……」

「ツイバミと呼ぶのじゃ!」

「ツイバミ……君は勘違いしている……」

 しかし、駄目だもう限界だ。麻酔の効果で朦朧としてきた。

 

 つまりそれはそれだけの激痛が体を襲っているということ。このスーツは曲がりなりにも戦闘用。意識を混濁させる薬の投与は本来は不可能。であるからして、これはアニマの遠隔操作の処置によるものだろう。それだけ重傷ということだ。

 

「俺が、君を止められたのは……装備の……」


 シンはそこまで言うと気を失ってしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「気付かれましたか?」

 目を開けると見知らぬ天井、ならぬ医務室の天井が見えた。

「……」

 首を回す。側にはアニマと――

 

「シン」

「シンさん!」

「だんな……もう大丈夫で?」

 シアンタ、キリカ、グリントの三人も揃っていた。

 

 処置が完了し、薬の効果が切れるのを見計らってアニマが彼等を呼び寄せたのだ。

 

「今の時間は?」

「当日の夜、8:41です」

「そうか……」

 随分寝てしまったということは、それだけ治療に時間が掛かったということ。

 

「目覚めたかシンよ」

 ベッドの側にはツイバミの姿もあった。

「付いてきてしまいまして……」

 アニマが困った表情で告げる。

 

 本来なら艦長の許可が無ければ乗船は不可能なのだが、今現在のヒュートン号は遭難という非常事態という事になっている。

 そのため艦長権限以外に、この船のAIであるアニマにもある程度の裁量が認められているのだ。

 結果、愚図るツイバミと他の者達の取り成しもあり、こうして彼女も乗船が叶った訳だ。

 

 アニマとの舌戦に勝ったという事は、かなりの白熱した物だったのだろう。シンは少し興味を惹かれたが黙って置く。怖いもの見たさはつまり、触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「シンよ! この船は一体何じゃ! 水もないのに船がこんな所にあるとは奇妙過ぎじゃぞ!」


 アニマの懸念通り。ヒュートン号に乗り込んだツイバミは終始はしゃぎっぱなしだった。

 何時の間にか小さな少女に戻っていたお陰で、その姿は正に初めて遊園地に来た子供と何ら変わ名ぬ光景であった。

 

「……ご苦労さん」

「……ありがとうございます」

 疲れるはずの無い彼女の、含みのある感謝の言葉。どうやら随分と気苦労を掛けてしまった様子。

 

「ツイバミさんもあれでもシンさんの事を心配していたみたいです。「薬草を持ってくる」とか、「消毒に効く酒があるー」とか言ってましたから」

 そう言うキリカも困り顔である。酒はこりごりだと顔に書いてある。

 

「貴方が寝ている間に村の方も落ち着きを取り戻したし、これで一件落着……でもケーキ友好作戦は失敗ね」

 とシアンタ。

「そんな名前だったか?」

「さあ? もうどうでもいいわ」

 シアンタも疲れた様子を見せている。寝ている間に大変だったのはアニマに限らないということだ。

「いいやそんなことはないのじゃ!」

 会話に割って入ったのはお騒がせツイバミだ。

「あのケーキは素晴らしい物じゃ! そしてこの船。我らオークはシンと友好を結ぶぞ!」

 ケーキが素晴らしい物なのかは兎も角、その提案は嬉しいものだった。

「それはありがたい」

「そして我と夫婦になるのじゃ!」

「……それは辞退したい」

「ぬぬぅ……」


 シンもいくらか慣れたようだ。

 

「というか、貴方は幾つなのよ?」

 シアンタの疑問。それは誰もが気になっている。

 普段は中学生位の年齢に見える。そして変身した姿は20代の美女。一体どちらが本当のツイバミなのか?

 

「なんじゃ? お主ら耳長は歳を聞かれると怒るというに……」

「そ、それとこれとは別でしょ!」

「ふむ……まあよい。我は300才くらいじゃ」

「にひゃ……私のママと同い年くらい……あ。えーと、今のは聞かなかったことにして」

 どうやら自身の年齢を推察できる話題もタブーらしい。

「シアンタは幾つなんだ?」

「……シンは私の話を聞いていなかった?」

 凄い顔で睨まれた。




「まあこの話はよい……いや夫婦になるのは本気じゃが、何時までもやっているとアグアギにまた叱られてしまう」

「そうだ、彼にも詫びを入れないと……」

 アグアギ。恐らくオークの中では彼が最も重症だろう。なんせ二度投げ飛ばされたのは彼だけで、他の者は一発で伸びてしまっていたのだから。

「彼なら他の者達と治療をすでに終えて、既に村に戻っております。どうやら宴会の準備をするとか」

 

 ちなみにツイバミ以外のオーク達は船の外で治療を行った。野戦病院さながら――といった風景でもなく、並んだオークに治療用ナノマシンを注入するだけで終わった。

 後は体の中で勝手に増殖、折れた骨や、避けた部位などを補完し、治療が完了すれば自然と体内で吸収されるインスタントなナノマシンだ。それまで安静にしておけばよい。

 シンほど重症である者が居なかったこともあって、既に全員が退院、ではなく退艦している。

 もちろんアニマは抜かりなく、彼らの遺伝子情報を回収している。

 

 それは兎も角。

「宴会だって?」

「うぬうぅ……アニマとやら、それは私が伝えるべき事柄じゃ!」


 話を聞くと歓迎会と、騒動の慰安も兼ねた歓迎会をオーク達は開いてくれるのだという。

 シンは申し訳なさに恐縮してしまう。なんせ今回の混乱を引き起こした原因が、自分の持ち込んだ酒精入ケーキのせいなのだから。

 

「我がお主らを友として迎え入れると言っておるのじゃ。そこは素直に喜ぶのが礼儀じゃぞ」

「それなら……貴方の歓迎を俺達は受け入れよう。ありがとう、ツイバミ」

「うむ!」


 こうしてシン一行はオーク達の村に戻る事となった。




 ***




「それでは我らオークと、シン達……え~――」

「地球国連盟だ」

「ちきゅーこく連盟に乾杯じゃ!!」

 

 オーと皆が歓声を上げながら杯を持ち上げる。宴会の始まりだ。

 

 

 地球国。

  シンの世界にも国は存在するが、グローバル化が進行しているため、『国』という言葉は今の州や県のような扱いになった。

 それは言語の不和もナノマシンやAI技術により解消され、流通の効率化により、貧富の差や地域差も格段に少なくなったお陰である。

 そのため世界中の人々に同郷意識が芽生え、その過程で生み出された造語が“地球国”という言葉である。

 地球国は誰ともなく語られ出した出自不明の言葉だった。しかし、いつの間にか人々に浸透し、他の移民星と区別する際の言語として正式に採用されたという顛末がある。

 そして人々は望んでいる。初めてであった知的生命体に友好的な関係を結び「地球国出身だ」と挨拶することを。


 シンは、ツイバミに「音頭を取る時、ヒュートン号をどう説明するのじゃ?」と聞かれた際、「地球国連盟」という名がふと頭に浮かんだのでそう名乗ったのだ。

 それはちょっとした願いだ。

 今は呉越同舟なヒュートン号であるが、少しづつこの輪を広げて行き、この世界に「地球」という星が浸透していくことを願って。

 

 まあ他の皆は説明なく初めて聞いたその言葉に「?」と頭に浮かべていたが。

 

 

 オーク達は突然降って湧いた宴会に、大いに喜び盛り上がっている。こうした行事でしか振る舞われない酒や料理を先の騒動など無かったかのようにはしゃいでいる。

 実はツイバミの悪酔いによる騒動は、親が子に語る寝物語程度には浸透している。

 これからは親は枕元で、長老である彼女が不思議な舟でやって来た来訪者の土産物を口にして、大いに暴れ、村に損害を出した話を語り聞かせるだろう。

 そして最後にこう締めるのだ。

「お酒は飲んでも飲まれるな。特に長老とは一緒に飲むな」と。

 元来酒好き気質のオークはこうして代々、子供の頃から節度ある飲酒を教え込まれるのである。酒癖が悪い者を引き合いに出して。そして赤肌の長老はどの代も酒に弱かったのである。

 

 

 それはさておき、宴会では誰もがそんな話は忘れる。宴会こそ小言を言われずに飲んで食べられる機会はないのだから。そういった理由もあって、他村の耳聡い一部のオーク達も宴会を聞きつけ集っている為、気付けば物凄い規模の宴会になっている。突発的な事で、誰も他村に連絡をしていないのにも関わらずである。

 この時、この村以外にもオークの村は周辺に幾つもあり、その全てを収めるのがツイバミなのだとシンは初めて知るのだった。

 

「我は茶じゃ」

 反省と罰を込めて宴会でもお茶を啜ることになった、悲し気な表情でそう話したツイバミに、シンはヒュートン号からジュース類を振る舞うことにした。これにはオークも、特に子供や女性達も喜んだ。

 そして誰もが気になっていた物も提供することになった。それはツイバミが暴れる元凶となったドライフルーツケーキだ。

 これはオーク達が是非味わってみたいと望んだもので、特にアグアギはもう一度味わいたいと熱心に頼み込んだ。

 評判は上々。特に男のオークや年配に受けた。「これなら長老も食べたがるのも仕方がない」と彼女へ同情する声も多々聞かれて、シン達も申し訳ない気持ちに再びなったものの、今なら笑い話だ。

 

 シンやシアンタ、グリントにキリカもオーク村特産の料理を堪能した。

 挽いた豆を捏ねて蒸し焼きした“豆蒸しパン”や、一頭丸々焼かれた猪に似た生き物の焼き肉。キノコや芋を煮込んだスープなど、どれも野性味溢れる料理だ。

 グリントは仲良くなったオーク達と円座を組んで大いに騒いでいる。

 

 

 そして。シンやアニマ、シアンタとキリカは、皆で次々に差し入れされる料理を摘まんでいる。

 

「それで、俺が眠っている間に変わったことはないか?」

 料理を突きつつ、シンはその後どうなったかを皆に聞いてみる。

「そうね……とくには……あ」

 シアンタの視線の先にはアグアギが居た。

 重症だったはずだが、治療のおかげかしっかりとした足取りでこちらに近づく。


「今回はお前達のせいでひどい目に遭った」

「う……本当にすまなかった。この埋め合わせは――」

「男が簡単に謝るものではない」

「……それでもすまない」

 

「……ワッハッハッハ!」

 一触即発の重い空気。しかし彼が笑い出したことで全てが霧散する。

「いや冗談だ。長老に酒を飲ませた……いや、食べさせてしまったのはこちらの落ち度。何も知らぬ客人を責めはせん」

「……もう、人が悪いわ」

 シアンタはそういう言って、ホッと胸を撫で下ろしている。厳ついオークの顔は演技だろうと心臓に悪い。

 

「しかし酒を含んだ菓子とは……これを考えた奴は天才だな」

 と手に持っていた件のケーキにかぶり付いた。余程気に入ったらしい。

「まあ俺はこっちもいけるがな」

 と取り出したのは、オーク達が作っている豆を原料にした酒だ。

 

 炭水化物の含まれる豆を発酵させて作られたその酒は、どぶろくに似た味わいでまろやかな甘みがある。しかし驚くほど強い。

 

「さあ飲め」

「では頂くわ」

「わ、私も!」

「キリカ、貴方はまだ100代でしょう。まだ駄目」

「えー……」

 どうやらエルフの若い時代は相当長いようだ。

 

「俺はいい」

 シンは勧められた酒を手で制した。

 酒が飲めないうえに、今回の騒動の原因であるアルコール。中々に手を出しにくい。

 そんなことより気になる事もある。酔っていては話も聞けない。

 

「アグアギ。長老の――ツイバミのあの体質は何なのだ?」

「それは私も興味があります」

 それまで静かにしていたアニマもその話題に喰い付いた。

「うむ……お主らになら話しても問題ないだろう」

 

 そしてアグアギは語る。

 

 

 オークの肌は薄い濃いの差はあれど基本青か緑色である。しかし稀に赤い肌、つまり褐色の肌を持つオークが産まれる。

 その赤いオークは長命で殆ど老化しない。その為、長い年月を生きる故の知識量でもって、オーク達の御意見番として長老となるのが仕来りなのだ。

 その権力は村長むらおさよりも上で、周辺のオークを纏める存在でもある。

 

「――というわけだ」

「その長命さとあの変身は何か関係があるのか?」

「よくは知らん、が長老が幼子から成人へと変身すると、元に戻った際に若くなる、らしい」

「変身すると若くなる?」

「うむ。死んだ婆さんから聞いた話だが、長老は他の普通のオーク同様に歳を取る。しかしあの力を使うと最も力のある年齢へと変化し、戻った時に変身前の若さよりもやや若くなるのだそうだ」

 

 不思議な話である。つまり今の少女姿は変身を繰り返した代償だという事になる。

 

「私も知り得た情報をお知らせします」

 とアニマ。

「変身を解除した際に出る、石の様な皮膚組織を調べてみました」

「それで?」

「キチン質に似た物質でした」

「キチン質というと、カニとか海老とかの甲羅か?」

 キチン質はありふれたもので、前述の甲殻類の殻や、昆虫類の甲殻を構成している物質である。しかしそれが何故、見つかるのだろうか?

「そうです。そして採取した遺伝子情報から、テロメアが修復された痕跡が見つかりました」

「……それは」



 人が、動物が寿命という限界を持つにいたる理由はテロメアと呼ばれる染色体の末端組織によるものと言われる。

 テロメアは本来、DNAの分解・修復から染色体を保護する役割がある。しかしそれは細胞分裂を繰り返すたびに縮んでいき、ある短さにまで達すると細胞分裂が停止するのだ。つまり細胞が増えないとは老化の始まりなのだ。テロメアが通称『命の回数券』とも呼ばれる所以だ。

 しかしある生物はテロメラーゼという酵素を自ら生成できる。有名なのはロブスターだ。

 ロブスターは脱皮をする際にテロメラーゼを生成するといわれている。テロメラーゼの効果はテロメアの修復だ。つまりロブスターは老化しても再び若返ることが可能なのである。

 

 

「オークの赤肌種は――ツイバミさんを一時的にそう命名します――変身を繰り返すごとに若返るのではないかと推測します」

「……まるで不死の象徴である蛇を体現した種族だな」


 蛇は脱皮を繰り返すその様から、不死性の象徴として世界中で扱われる存在だ。

 そんな特性を持つオークという存在は、まるで神話に生きる伝説上の生き物のようだ。

 

「……俺にはむつかしい理屈はわからん。……だが赤い肌で産まれるオークは少ない」

 だからこそ敬われるのだが、と呟くとアグアギはグビリと酒を飲んだ。

「しかし脱皮に似た性質なのは分かるがあの変身で妙齢の姿になるのは何故だ?」

「それは解りません」

「それはオークだからだ。群れの長には強さが必要だからだ」

 アニマが解らないと言ったそばから酔っ払いがそう断言した。

「……案外そういうものなのかもしれないな」


 遺伝子をいくら読んでも分からないものは分からない。それでいいじゃないか。とシンは思う。

 せっかく異世界に来ているのだから、謎は多い程ワクワクするではないか、と。科学で全てが理解できるなどつまらないし、おこがましいことでもあるのだ。

 

「おいシン!」

 オーク達に囲まれていたツイバミが目の前に居た。長老という立場上、今回の全ての関係者と顔を合わせる必要があるのだろう。その様子は大変そうの一言だったが。

「もう終わったのか?」

「ああ……疲れたがの。これも長老としての役割じゃ」


 ふう…と一息つくと、手に持っていた椀を傾ける。中身はもちろん酒ではなくヒュートン号から運んできたジュースである。

 

「カーッ! このタンサンというのは堪らんのお。喉が弾けるのじゃ!」

 

 持ち込んだ中には炭酸水も混じっていた。一部の者はおっかなびっくりだが大抵の、特に子供には人気がある。年よりのオークの中には似たものを何処かの泉で飲んだことがあると懐かしんでいた。恐らくそれは炭酸泉だっただろう。

 

「それでシンよ。お主達はこれからどうするのじゃ?」

「このままエルフの国を目指すつもりだ」

「耳長の国か……確かにここからならそう遠くはないの」

 彼女はエルフの国の位置を知っているらしい。

「ツイバミは行ったことがあるのか?」

「まあ若い頃にの。我らオークもこの森では耳長に比べれば新参者というわけじゃ」

 オークがこの森に定住する頃には、既にエルフはこの森に国を造って住んでいたらしい。

「赤い肌のオークが産まれた場合、その者が長老になると耳長へ報告しに行くのじゃ。まあ彼等はこの森の元締めみたいなものじゃからな。ご近所付き合いというやつじゃ」


 森なのに村社会みたいだ。とシンは失礼な事を思った。

 

「まあ我らはあまり交流がない。いや我らオークだけでなく、全ての種族と交流が薄いがの。孤高の存在を気取っておる。耳長はそれが格好が良いと思っておるのじゃろう」

「それは聞き捨てならないわね」

「なんじゃ小娘。本当の事じゃろう?」

 急にツイバミとシアンタが険悪な雰囲気になった。

「お、おい」

「私達エルフは自分達の文化を大切にしているの。だから出来るだけ接触を断っているだけで格好付けているわけじゃないわ!」

「ふん……そうかのう? あの態度は己の高貴さとやらに酔っているだけの様じゃがなあ」

「なんですって!」

「まあまあ……」

 何故俺を挟んで喧嘩しているのだろうか……。そしてエルフというのは性格が悪いのだろうか? シアンタを見ていてもそうは思えないが……。もしかして「ザマス!」とか言うのだろうか?

 

 と変な妄想をしていると、シンはある疑問を思い出した。

 

「あ」

「なんじゃ?」

「なによ!」

「ツイバミ、聞きたいことがあるんだが」

 シンの間の抜けた、場違いな声に二人は一気に脱力してしまう。

「お、おう……お主は何時も変わらぬのう……」

「……ハア」

 呆れている二人を無視してシンは問う。

「オークの服装は町の人々とは違うようだが、これは何処から伝わった様式なんだ?」

 オークの服は和服に似た仕組みで、前で重ねた裾をベルトで締める構造になっている。この類似性にシンもアニマも興味があったのだ。

「何処からと言われてものお……我が産まれた頃よりこの格好であったゆえ分からぬ」

「そうか……」

 しかしツイバミからの答えは昔から。これでは何も解らない。

 

「シンは変なことを知りたがるのね」

「まあ歴史に興味があってね」

 意外なものが、意外な所で繋がったりするのが歴史の、人の営みの面白い所だ。

「……もしかしたら俺以外にも地球から来た人物が居るのかもしれないな」

 異世界物ではよくある話である。同じ時代の地球人が、異世界の別の時代に流される。そしてその痕跡が様々な所に残っていたりするのだ。

 

「そうなのかのお……あ、いやそう云えば」

「なんだ?」

「大おばあ様じゃったかの。夢物語で聞かされたものに、風変わりな精霊がオークと共に冒険する物語を聞かされたのお……」

「精霊と? オークが?」

 精霊、その言葉にシアンタが興味を示した。

「幼子の頃は気にも留めなかったが、もしかしたらあれはご先祖様の昔の話じゃったのやも知れぬのお……」

「でも、エルフ以外が精霊と繋がりあえるなんて……」

「なに、繋がるなどどそんな大層な物ではなかったかもしれない。精霊は何処にでもおる。そして好奇心旺盛じゃ。今と昔では事情も違うじゃろうしな」

「……」

 その言葉に、シアンタは考え込みながらシンを見る。その表情が物語るのは精霊という名の友への困惑。

「俺もその昔ばなしを聞かせてもらえないだろうか」

 シンも、そしてアニマも興味が湧いた。

「そうじゃのう。なにせ聞かされたのは随分と昔の話、たいぶうろ覚えなのは勘弁しておくれ」



 ツイバミはとくとくと語り始めた。

 

「むかしむかし、ある所に、若いオークが率いる小さな群れがあった。その若いオークは成人して薄くなり始めた頭髪を気にして藁を漉いたかつらを被っておった……いや、藁ではなくて藻じゃったかのう?」

「いや……そこまで細かくなくていいから」

 シアンタのツッコみは今日も冴える。

 

 ちなみにオークの男性は、殆どが成人する頃に頭髪は抜け落ちる。一部、髪の残った者は仲間から羨望の眼差しで見られる。捕捉としてアグアギはツルツルである。

 

「その奇妙な出で立ちに惹かれた精霊が、その若者と共に住むようになった。当時のオークは各地を放浪するのが普通であったから、その精霊も付いていく。それがカツラと精霊の大冒険の序章となるのじゃ」

 ……カツラ? 安直な名前であるが誰も突っ込まない。

「カツラはそこから精霊と協力して……なんか色々やったのじゃ」

「……急に随分と端折ったな」

「寝物語と言ったであろう。途中から眠ってしまうのじゃから仕方なかろう。……え~とじゃな――」


 そこからはよくある冒険譚であった。

 仲間と協力して大物を狩る。大災害に果敢に立ち向かう。人間の村へとちょっかいを出しに行って這う這うの体で逃げかえる。絶世の美女オークを助けて嫁にする。

 普通の冒険譚と少し違うのは、常に精霊が側に居た事だ。

 その精霊はカツラのカツラを寝床として、終生彼の元を離れなかったという。

 

「そうしてカツラはこの森を永住の地とし、今日まで我らは此処に居るのであります。めでたしめでたし……じゃ」

 オオーと声が周囲から上がる。

 気付けばオークの子供達や、酔いつぶれていないオーク達が集まり、シン達と共に固唾を飲んで物語を聞いていたのだ。

 

「あの魚の腹に入った所は嘘臭かったね」

「違う違う、それよりもエルフの王女様に見初められたっていうののほうが酷いね」

 子供達の論評は辛辣である。

「人間の家の便所をさらって糞を集めたってのは流石に酷いな~」

「長老が寝物語って言ってたろ。子供ってのはクソが好きなんだよ」

 しかし、思い思いに語り合う皆が全員笑顔である。

 

「興味深い話でしたね旦那」

「グリントも聞いていたのか」

 何時の間にか彼も隣に来て聞いていたようだ。

「オークにも歴史あり、ですか……旦那に付いて来なけりゃ一生知らなかった事ですねえ」

「ほんとですね! 私なんて年だけとって食べることに必死でしたから!」

 グリントとキリカは苦労人同士である。こんな冒険活劇を思わせる物語など、それこそ子供の頃に親から聞かされて以来なのだろう。まるで部隊の演劇でも見終わったかのような余韻に浸っている。

 

「まあ確かに。精霊の気質ならばカツラに付いていくのはおかしくないわね……」

 シアンタは精霊に馴染みあるエルフらしい感想を述べた。

 物語の中のカツラというオークは、それだけ破天荒で行動的で、そして善良であった。それは精霊の好みと見事に合致したのだ。

 

「いやツイバミ、とても面白かったよ」

 地球のサブカルに浸りきっていたシンでさえもこう言う位に、カツラと精霊のお話は楽しいものだった。

「まあ昔の話じゃし、誇張や作り話も混じっておるじゃろうがな」

 と話題を提供した当人は照れ笑いをしている。

「こんなに受けが良いのなら、もっと前から語るべきじゃたの」

「カツラの冒険は今回が初めて話したのか?」

「まあ思い出したからの。しかし我ながらよく覚えておったものじゃ」

 そう言ってツイバミは喋り疲れた喉を潤す様にジュースを傾けた。

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