2-3.第3話 酔っ払いの対処法
「うぃッ……ヒックい」
初めは涙を流しながら美味しい美味しいと、ついばむ様にその小さな口でケーキを食べていたツイバミだったが、次第に様子が可笑しくなってきた。
ひっくひっくとしゃっくりを繰り返し、褐色の肌が次第に赤みを帯びてくる。
立ったひと切れしか食べていないというのに、その姿は正に酔っ払いのそれである。
「うんまあ~いぃ!!」
ツイバミはうひゃひゃと更にケーキをパクついていく。
「……アグアギが懸念していたのはこれだったか」
間違いない。ツイバミは絶望的なほど酒に弱い。
「……まあ気に入ってくれて何よりだ」
シンは、まあこういう事もあるだろう、とケーキで酔っぱらう少女を微笑ましさすら感じて眺める。
酔っぱらってしまったのは想定がだが、この様子ならケーキ外交は上手くいきそうだ。ついでに草の根外交として、オークの村と友誼を結んでしまおう。
シンはそう考えて、これからの事を話そうと――
「……逃げろ」
泡を吹いていたアグアギが突然そんなことを言い出した。今はオークの女性に膝枕をされている。
皆は何で? とでも言いたげに彼を見る。
しかし介抱していた女性は何かを察した様子で顔が蒼白になっていくではないか。
これはどうしたことだろう?
「いや……これから村の皆にもこのケーキを振る舞って、こう、パーティーでも……」
仲良くなるならパーティー。シンの知る外交は、政治家は何度もパーティーをする、位の知識しかない。それ故のケーキパーティ。
……だったのだが。
ムッシャムッシャと行儀の悪い咀嚼音が側から聞こえる。
その人物はケーキの入っていた箱を抱え、手づかみで酒精たっぷりのフルーツケーキを貪っている。
「……?」
シン達の脳裏に疑問符が浮かんだ。
そこに居たのはツイバミではなかった。
それは成人した美女。
長い髪は乱れ色気を醸し出し、豊満な肢体は小さな着物では収まりきらずはだけ、豊満な胸ははち切れそうに服を盛り上げ、長いカモシカの様な足はまるでミニスカートの様になった着物の裾から挑発するように伸びている。
その褐色美女が残りのケーキをも、貪り付くように咀嚼していた。
「逃げろッ!!」
「ニャハハハハハハハハ!」
アグアギと美女のけたたましい笑い声は同時だった。
美女が元気よく腕を振り上げたかと思うと同時に衝撃が体を襲った。
体が不可視の力によって吹き飛ばされ、背後の襖にぶつかる。
「キャア!」
「ヒャア!!」
「ひぇ!」
薄い木戸はあっさり倒れ、四人は廊下に投げ出される。
「みんな! 大丈夫か?」
「ええ」
シアンタは咄嗟に受け身を取れた。
「アニマさんが庇ってくれました」
キリカはアニマに抱えられている。
「イチチチ……まあ何とか」
グリントは腰を擦っているが、大したことはなさそうだ。
「不可視の力場が彼女から発せられたようですが……これは……」
アニマは未知の現象の正体を探ろうと情報収集に余念がない。
皆の無事を確認してから部屋を伺う。中央に居るのはツイバミだったであろう美女。その彼女は上機嫌でカラカラ笑っていたが、急にシンの方を向く。
その目は据わっていて、非常に面倒くさい感じの酔っ払いのそれだった。
つまり……この事態の原因は――
「もっとケーキをよこすのじゃ」
「ケ……ケーキ?」
声が上ずる。やはり彼女はツイバミなのだ。
「そうじゃ! この甘美な贈り物をもっとよこすのじゃ!」
物凄い気迫だ。酔っ払いはまさに無敵である。
「皆に連絡を! 長老が酒を飲まれたと!」
「は、はい!」
「ツイバミ様は俺が止める! 貴様らも逃げろ!」
気を取り直したアグアギが、何故か美少女から美女になったツイバミに羽交い絞めを試みる。
大男が美女に組み付くその絵面は犯罪的であったが、必死の形相をしているのは女性ではなく大男の方だ。
「静まり給え長老よぉおおおお!!」
「ん~~~~?」
アグアギは顔を真っ赤にして力一杯拘束しようと試みているが、ツイバミはまるでその場に根でも張っているかのようにピクリとも動かず、少し身じろぎするだけで後ろの巨体が大きく揺らぐ。
その光景は、何故か巨大な岩を動かそうともがく小さな蟻を見ているようだ。
そして遂に――
「うっさい」
「おおオオオオォォォーー………」
ハシバミがまるで肩に付いた糸くずを払うような仕草で腕を動かすと、なんとアグアギは吹き飛ばされてしまった。そのままアグアギは奥の畑へと飛んでいき、その姿が見えなくなった。
「……」
一同唖然。
「ケーキ……」
ケーキの入っていた箱は既に空だ。それを一瞥し悲しそうな表情を見せたかと思うとこちらを見た。
彼女の酔いで潤んだ目はギラギラとシンを見つめている。次にロックオンされたのは、素晴らしい“贈り物”を持ってきた彼に間違いない。
「み、みんな家から出るぞ!」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
三十六計逃げるに如かず。
一斉にバタバタと廊下を走りだす。
玄関に揃えられた靴を各々引っ掴み、外へと出る。
酔っ払いに絡まれるとどうなるか。それは人生経験の長いものなら知っている。そしてその結果は勇ましいオークが先程示して見せてくれた。
今は逃げあるのみだ。
***
「長老がまたご乱心だーー!」
「若衆を集めろ!!」
「アグアギ殿は何処へ行ったんだ!」
外は大変な騒動になっていた。
「客人! これは一体どういう事だ!」
「席で酒が振る舞われたのか!?」
「アグアギ殿も同席していたはずだ。ありえん!」
「ああっ……またかぁ……」
屋敷から転がり出て来たシン一行に、オーク達が混乱しつつも次々とまくし立てる。
そこで間違いないと、シン一同は確信に至り皆で頷き合った。
長老ツイバミには酒は厳禁であったと。それは村の者全員が知る禁忌なのだと。
「アグアギは吹っ飛ばされた。裏の畑の中に……」
「おう……やはり……」
シンが言いずらそうにそう告げると家を囲んでいたオーク達は頭を抱える。
「村一番の怪力であるアグアギ殿でも歯が立たんか……」
「本当にすまない……贈らせて貰った菓子に酒精が入っていたんだ。まさかあんなに酒に弱いとは思わず……」
「むう……」
シンの言葉にオーク達も怒るに怒れないといった表情で黙ってしまう。
「こうなったのも俺の責任だ、なんとかしてみよう」
原因はあのケーキだ。弁解のしようもなくするつもりもない。事態の収集を付ける義務がある。
「シンそれなら私達にも責任があるわ!」
「そうです! あのケーキを選んだのは私達なんですから!」
「あっしもご同伴に預かった身。無関係じゃありませんぜ」
シンの言葉に皆が声を上げる。
「よし、ありがとう皆!」
「とは云えどうしましょうか?」
「……」
……そこまではまだ考えていない。
「お客人」
そこに現れたのは、先程ツイバミに吹き飛ばされたアグアギだった。
そこかしこに付いた擦り傷からは血が滲み満身創痍であるが命に別状はないようだ。
「アグアギ、無事だっ――」
「アグアギ殿! 無理はせぬほうが……」
「どうして酒など……!」
「長老は……ツイバミ様はまた……どうすれば……」
一斉にオーク達がアグアギに群がり言葉を掛ける。
その様子に彼がこの村ではかなりの存在であり慕われていることが伺えた。
「しずまれいッ!!」
その一括は集ったオーク達を一斉に冷静にさせる。
「何時もと同じだ。女集は村中の酒を隠させる。男衆は何とか川まで長老を誘導! 蹴り落としてでも水をたらふく飲ませろ!」
「おう!」
そしてオーク達は各自一斉に掛けだした。
残ったのはアグアギとシン一同だ。
「すまぬ、もう少し此方が気を付けるべきだった。長老も酒好きではあるが、己が酒乱である事を自覚している。普段なら俺が停めれば問題なかったのだが……」
しかしケーキの魅力に抗えなかったツイバミは手を出してしまった。ブランデーをタップリ使ったドライフルーツパウンドケーキを。
「いや、俺達が事前に――」
「けー……キィーーー」
話し込んでいる時間は無かった。
屋敷から現れたツイバミはフラフラと夢遊病者のように揺れながら、しかしこちらをしっかりと捉え、ゆっくりと向かってくる。
その顔は薄く笑っている。美しい顔であるはずなのに背筋が凍り付く。これは酒乱特有の笑み。何を考えているのか、何をしでかすのか分からない恐怖の表情だ。
「うう……」
同僚や友人と行った数々の酒の席での悲劇を思い出す。。器物破損、ゲロの海、絡み酒、泣き上戸、笑い上戸……等々。
ナノマシンや酒精分解薬のある世界でも呑兵衛は存在する。本人がそれを使おうとしなければ意味がないのだから。
「うぉおおおお!!」
シンはアギアギの掴みかかる際の気迫の声で気を取り直す。
「シアンタ! 彼女を拘束できるか?」
「任せて!」
「キリカはアニマから離れないように!」
「は、はい!」
「グリント爺は井戸から水を汲んできてくれ!」
「ガッテン!」
そして次々に指示を飛ばす。
「アニマは――」
「酒精分解薬を作成中です。出来次第此処へ転送」
「よし……あとアレも用意してくれ。積んであったろう? 彼女の腕力に抗うのに必要かもしれない」
「アレですか……了解艦長」
シンの指示で皆が動き始める。
*
「よしッいくぞ!」
アグアギの援護をするため前へと飛び出した。
「あ」
しかし辿り着く前に空中を舞う彼が後ろへ飛んでいくのが見えた。
「ツイバミさん! 暴れるのは止すんだ」
「おおッ! お主シンと言ったな! お主も我と遊ぶのじゃ!」
二人はがっしりと両手を掴み合う。
シンのナノマシンがその伝達された神経への信号を読み取り、その情報をスーツに送る。スーツに張り巡らされた炭素繊維で出来た人工筋肉がその力を何倍にも高め、彼をサポートするように動く。
それは着用者の筋力を何倍にも高める。
しかしそれでもツイバミの力は凄まじかった。
「う……ぐぐぅ……」
「にゃはははは! ほれほれまだ我は全力で無いぞ!」
今のスーツに補助されたシンなら、車さえも軽々と持ち上げられる膂力がある。それなのに掴み合っているツイバミは高らかに笑い、汗すらかいていない。
その力はスーツの補助を抜け、シンの全身の筋肉が、いや骨さえもきしみを上げ始める。
「シン、任せて!」
精霊を呼びだす準備を整えたシアンタが声を掛ける。
「来て、草木の精霊『フローラ』!」
その声と共に、光る木の葉や花弁が彼女を包んだかと思うと、その目の前に草を編んだかの様な薄く発行する緑色の小さな人型が現れた。
「フローラ、あの女性を拘束して!」
――……ウーンムニャムニャ……ヒック――
何か様子が可笑しい。
「フロー……ラ? もしかして貴方酔ってるの!?」
――ココラヘンサケクサイー――ナンカフワフワスルー――
なんと現れた精霊は酔っぱらっていた。恐らく原因はツイバミしか居ない。彼女の周囲にはアグアギを吹き飛ばした不可思議な力が充満しているのだ。
「恐らく、あの不可視の力は精霊と融和性が高いのでしょう」
「アニマそんな冷静に……ああもう! フローラ、植物を!」
――ホワワーーン――
一方シンは――
「ぬぐぐぐぐぐ……」
「ほれほれ……ぬふふ、アグアギよりは見どころがあるのおお主。ヒック……シンよ我の者にならぬかぁ~~?」
そんな軽口にも言葉を返せない。既に力負けし膝を付きかける。このような細腕の一体どこにこんな力が眠っていたのだろうか。
「ああシアンタ、シンさんが!」
「ああシン、頑張って……フローラしっかりして!」
――ネムーイ――
「旦那! 持って来やしたぜ!」
そこにバケツを抱えたグリントがやって来た。その中にはたっぷりの冷えた井戸水をたたえている。
「ッ……そのままぶっかけろ!」
シンは組み合ったままそう指示した。
酔っ払いには水だ。飲ませるも良し、そしてぶっかけるも良しだ。
「了解ですぜ!」
グリントはまるで防災訓練でも経験していたかのような器用さで、水を組み合う二人にぶつける。
しかし――
「ウワッ!」
「ダンナグェ!!」
ツイバミは組んでいた手を素早く持ち替え、ヒョイとシンを放り投げた。その先はグリントとの投げた水。
シンは空中で散々水を浴び、グリントともつれるように地面に転がった。
「ニャハハハ水浴びは勘弁じゃーー!」
グリントは目を回しているが怪我はなさそうだ。ナノマシン治療で同年代よりよほど丈夫になっているお陰だ。
「おっと……そうじゃー……ケーキじゃ、ケーキを寄こすのじゃーー」
ツイバミは思い出したかのように「ケーキ」と連呼しながら、ビショビショで膝をつくシンにゆらりと迫る。
酔っ払いの怪力。不用意に捕まれば命はない。絶体絶命である。
しかし、目が据わった美女が迫ってくるのは案外怖い、と他人事のように思うくらいにはシンにはまだ余裕があった。
「っこのぉ!」
シアンタが細剣を抜いて突進。素早い突きを見舞う。狙いは肩。
「おっとぅ……ヒック」
一撃、二撃、三撃と連続の刺突をゆらゆらとかわし続ける。その様は酔拳の様に見えるが彼女の目は完全に剣の動きを捉えている。凄まじい動体視力だ。
「ほい」
「っ!! キャア!」
重傷を負わせぬようにと、何度も同じ場所を狙っていた弊害がとうとう現れた。ツイバミは突き出された刃を指に挟んで止めたのだ。そしてそのまま剣ごと頬り投げる。
「わすれものじゃぞ~」
残された剣をぽいと投げる。それでシアンタへの興味は失った。
彼女の求める物はただ一つ。ケーキだ。
「さ~て……けぇきじゃ――」
「そこまでです」
遮るように飛び出したアニマの手には、奇妙な形の銃。それを構えて宣言した声には冷静さの中に怒りがあった。
「ア、アニマさん殺しちゃ駄目です!」
キリカは叫ぶ。
彼女は銃を知っている。シンが使っていたのを、おぼろげな意識で覚えていた。当たれば間違いなく相手は死ぬ、魔法の道具。
「問題ありません」
アニマが構えていたのはヒュータン号より転送されたシリンジ銃だ。
シリンジ銃とは、込められた薬剤を小さな注射器に装てんし撃ちだす。例えば動物の捕獲などに使われる麻酔銃も同じ仕組みである。
そして今装填されているのは麻酔ではなく、酒精分解薬。どんな酩酊した人物も一発で素面に戻る強力な薬だ。
パシュと小さな音を立てて薬を含んだ針が撃ちだされる。それはアニマの正確な射撃ににより、ツイバミの露出した肌に当たった。筈だった。
「ニャハハハハ。何かしたかのう?」
「……針が届いていない?」
確かに狙い違わずガス圧によって飛び出した針は、彼女の胸を捉えて進んでいた。
しかし途中で見えない何かに弾かれるように、軌道を変えてあらぬ方向へと飛んで行った。
「これも魔法なのでしょうか?」
「もう! そんなこと言っている場合じゃないよ!」
「ニャハハッけーきを寄こすのじゃーーーッ!!!」
ツイバミは跳躍。それはまるで重力など感じさせない動きで軽やかに。だがその高さは優に平屋の家々を越す。
そしてそのままアニマを飛び越えシンめがけて落ちてくる。
「ッウ!」
しゃがみ込んで地面をけり、後転する要領で回避。先程までいた場所にツイバミの拳が落ちる。その衝撃は周囲に突風を発生させ、地面を揺らし、地面に大きな凹みを作る。
「我が勝てばけぇき~……お主が勝てば……勝てば~……けえきじゃあ!!」
酔っ払いに理屈は聞かない。まるで言っていることがでたらめだ。
「シンどうするの、精霊は酔っぱらったみたいになってこっちの声が聞こえないみたい!」
「ここは撤退して村の皆さんに任せましょう!」
「……そういう訳には……」
グリントは村の人達と協力して井戸水をバケツリレー方式で運んでいる。
酔っ払いには水。考えれば至極真っ当な解決策だ。
グリントの行動を見たオーク達が、その有用性に気付き力のない者達と中心となって頑張っている。しかしその試みは上手くいっていない。
及び腰で水が届かないというのもあるが、放り出した水の挙動が、まるでツイバミを避けるように逸れてしまっている。
「何かバリアのようなものが彼女を取り巻いている……?」
掴みかかった際に感じた圧力の様な力。尋常でない腕力に加わり、その力がアグアギを吹き飛ばし、針や水を逸らし、衝撃波として周囲を薙ぎ払っているのだ。
吹き飛ばされ転がるシンの後を追うように、オークの若者たちが抑えつけようとツイバミに飛びかかるが、まるで人でお手玉でもしているかのようにポンポンと吹き飛ばされている。
このままでは村は全滅だ。たった一人の酔っ払いによって、である。
シンは最終手段の手を打つことを即座に決断した。
「アニマ、アレを使うぞ」
「……確かに彼女の力、それ以上に不可視の破壊力は目に見はるものがあります。了解、転送します」
シンは装備を外し始める。マント、お飾りの剣、ポーチ類、そして冒険者風の服。
「……え、シン!?」
「ひゃあ……」
女性陣は顔を赤らめ、けげんな表情だったり、指の隙間からしっかり観察していたりとリアクションを起こすが、シンはそれでもお構いなしに脱ぐ。
残ったのはラバー素材のような質感のぴっちりとしたスーツ。見た目はウェットスーツのようなこの服が正式な戦闘服だ。
防弾防刃は元より、耐熱、耐圧、耐毒、耐腐食性にも優れ、体温調節機能もある。そして編み込まれた人工筋肉が行動をサポートしてくれるおかげで疲れ知らず。
これ一枚でどんな過酷な環境でも生存できる、正に未来技術の結晶である。
そしてこのスーツにはもう一つ役割がある。
「『特殊活動装甲服A.E.G.I.S.1』転送」
アイギスワン。それはいわゆる強化外骨格である。長期の艦外活動を想定して作られた宇宙服でもあり鎧でもある。そして、人に降りかかるであろうあらゆる災厄からその身を守る盾として。
――ズシン――
突如現れた鉄製の巨人に全ての者が釘付けになる。屈んでいる高さは2メートル程。立ち上がれば3メートル程になるだろう。
その巨人は頭がなく、肩からが張り出し太い腕が体に触れることなく垂れ下がっている。
胴体は太く、脚は左右に突き出るようにガニ股で、それは人のシルエットをしていない。
「な、今度は何ッ!」
「ひぃあ!!」
まじかに居たシアンタとキリカは驚き固まる。
「ゴーレム……」
「鉄のゴーレムだ……」
「初めて見た……」
それを眺めた者達はその威容に皆息を呑む。
伝え聞いたゴーレムとは似ても似つかぬその雄々しさに。
しかしそれは、ただ一人の酔っ払いを除いてだ。
「ニャハハハッハハハハーー、これに勝ったらケーきだなあ!!」
ツイバミは新しく見つけたおもちゃに喜んで飛び掛かった。
シンは素早く背中に空いた空洞に手を織り込んで体を滑り込ませるる。するとプシュっという音と共に彼を飲み込む様にハッチが閉じる。
――所有者の搭乗を確認。起動します――
胴体正面に付いたスリットが睨む様に光を放った。
だが次の瞬間、瞬きする間もない一瞬のうち、距離を詰めたツイバミは目の前の鉄の巨人に渾身のストレートを放った。相手が動き出す前に仕掛ける。喧嘩の常とう手段だ。
しかし――
「なにゅ?」
巨人はツイバミの拳を手の平で受け止めた。
ツイバミが大人の姿になったとはいえ。特殊活動服であるアイギスワンの特徴的な長い腕と手を合わせると、まるで赤子の手と大人の手ほども違う。
酔っ払いの鬼姫と鋼鉄の巨人はがっぷりよつに組み合った。
両者は再び睨み合う。
「ぬぬぬぬぬ?」
ピクリともしない己の拳に、酔った思考で何事かと首を傾げるツイバミ。
「少しの怪我は我慢してくれ……いくぞアイギス!」
そんな彼女にシンは目覚まし代わりの横なぎの平手打ちをかます。
「わじゃ!!」
軽く小突いたように見えたが彼女の身体は木の葉の様に吹き飛ぶ。
特殊活動装甲服アイギスワンはいわゆる強化外骨格でもある。見た目は首のない、手の長いロボットだ。その見た目からゴリラとかヨコヅナと呼ぶ者もいる。
搭乗者は背中から硬いぬいぐるみを着るように乗り込む。しかしその際、特殊、つまり危険な場所での活動を想定しているため、両腕両足を折りたたむ様に搭乗席へと乗り込むのだ。つまり四肢には実際に腕や脚を通さない。
機体の動作は全てナノマシンを介し人工筋肉で補助され、搭乗者はまるで自分の身体の如く機械の四肢を動かすことが出来る。
着込むような使用法から便宜上『服』と呼ばれているが、その操縦法ゆえロボットでもあると言える。
ちなみに、その搭乗姿勢は正座椅子を用いた正座のようであるため、一部地域以外からは足が痺れると不評である。「足の痺れで発電している」はアイギスワンを愛用している者らでよく言われる鉄板のジョークである。
「ちょっと死んじゃうわよ!」
シアンタの悲鳴が上がる。
しかしシンは体全体を包み込むような狭い操縦席で脂汗を流していた。
『鎮痛剤を追加投与しました。あまり無茶をしないで下さい』
耳元の通信機からアニマの声が聞こえる。
「……分かっているさ」
シンは初手の当たりでツイバミの力を把握し、そして驚愕していた。
熊とでも喧嘩しているようだ。……それに、まるで巨大なコンクリートのような重さだ。
「あの力は有機物の限界を超えている……」
あの細い体の何処にあんな力が仕舞われているのか……身一つで装甲服と渡り合えるなど脅威以外の何物でもない。
だがこれは自らが蒔いた種。落とし前は付けねばならない。
「こいツイバミ! 酔っ払いのあしらい方はこっちの方が年季が入っているんだ!!」
「んあ? 我は酔っぱらってなどおらぬぞーーーー!!!」
ツイバミは吹き飛ばされたダメージなど全くない様子で全速力で突撃してくる。驚くほど速い。
そこから放たれるのは浴びせ蹴りだ。
しかしこちらは金属の塊、片や相手は生身の女性だ。その重量差なら難なく受け止められる。
筈だったが――
「ぐぅ!」
女性の蹴りでアイギスは弾き飛ばされた。受け止めた腕からの信号で、幾つかの故障個所があることをモニターが示す。
「体重差は百キロはあるだろう? 一体どうなっているんだ!?」
『局所的な質量の増加を確認。これは……重力変動? その中心点が彼女です』
つまりツイバミは己の質量を変化させられるのだ。体重ではなく質量と明言しているのは彼女の立つ地面が沈んでいないからだ。
「どういう理屈か分からないが、彼女は重くならずに重くなれるのか」
『あの不可視の力によるものでしょう。魔法に類するものと推察しますが彼女はエーテルを体内で精製しているようです』
「それでは――」
「ニャハハーーー!!」
ツイバミは鉄の巨人に怯むことなく乱打を繰り出す。その一撃一撃はまるで数トンの鉄球で殴られているような衝撃だ。
「けぇきーーー!!!」
「まるでツイバミは……体にエーテル炉を積んでいるようだッ!」
宇宙を駆ける船のエンジンを体に積んでいるなんて反則だ。だがここは正しく異世界。マナという未知の物質が存在するならば、地球とは異なる進化の果てが存在するのは自明の理。
ツイバミの拳は正面装甲を大きくへこませる。
しかしシンがカウンター気味に放ったアイギスワンの拳はツイバミの心中線を捉えた。
放たれた鋼鉄のストレートは不可視の幕とぶつかり、その衝撃は激しい火花となって周囲を眩く包み込む。
「ぐぬううぅ!!」
一瞬、ツイバミの勢いが止まる。
不可視の幕の圧力が消えた。
すかさずシンはアイギスワンの長い腕で抱き着くようにツイバミを拘束。そして、
「今だ!」
と叫んだ。
「今ですぜ皆さん!!」
「いっせーのーせッ!」
周囲を取り囲んでいたグリント率いるオークの若衆が桶を振りかぶる。もちろん入っているのはキンキンに冷えた井戸水だ。
「ち、ちめたいのじゃ~~~」
今度は弾かれる事無く水は二人に降りかかる。
「これで正気に戻れ」
シンはダメ押しに、ある機能スイッチを入れる。
「アバッババババーーー!」
そして――
「けぇ……き……」
その言葉を残してツイバミは腕の中でこと切れた……死んだのではなく気を失ったのだった。
アイギスワンの腕部に搭載されたショクバトン。その効果だ。
渾身の一撃で消えた不可視のバリアの隙をつき、水に濡れたその身体に電撃を放ったのだ。
その一撃は今回のようにほんの一瞬の発動でないと、象をも心臓まひで殺してしまう強力なものである。しかしそれを喰らいながらも彼女は短時間とはいえ意識を保っていた。
シンに恐怖と大いな呆れが、脱力感と共に襲う。
「ケーキへの執念が……怖い」
残るは荒れた村と、ずぶ濡れでひっくり返った酔っ払いが一人。
こうして後に、“酔っ払いケーキ事件”と呼ばれる騒動は決着するのであった。
「しかし、船外活動用のアイギスを改造しておいてよかった……」
アニマ様様であるとシンは独り言ちた。
ショックバトンはその改造の一つ。本来は装備されていない。それもその筈――
特殊活動装甲服アイギスワン。
主に危険な自然環境を想定して開発された民間企業の開発した通称「着る重機」と呼ばれた商品である。
そのセンスのある見た目と大仰な名前から軍の開発した兵器と勘違いされがちだが、その実利便性の高さとコストパフォーマンスの良さから、軍がライセンス契約をして製造しているだけの、一般に販売されている民間製品である。
ヒュータン号にもライセンスにより生産が許可されているため、使い捨て同然での量産も可能。
今回シンが使ったのは、アニマによって様々なオプションを取り付けられた、工事などに使う重機を改良した『鎮圧カスタム使用』とでも言うべき一品なのである。
しかし今回のことを踏まえて、アニマからアイギスワンは戦闘での使用を禁止されることとなる。




