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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第2章 エルフの国のSF
22/26

2-2.第2話 ケーキを片手に

「……何だって?」

「だから! ケーキは贈り物として問題がないことを、オークで証明するの。そうすればシンはケーキを……じゅるり、ね!」

「ね、と言われても……」


 どういうことか、とシンは首を捻る。

 シアンタはオークを恐れぬどころか、彼等を利用してケーキの普及に努める腹積もりの様だ。

 

「アニマ、彼女の言っている事が分かるか?」

「つまり彼等を甘味で屈服させる、という戦略では?」

 アニマも地球出身のAIだ。物語の中でのエルフとオークの確執は理解している。

 

「違います! ……まあ違わないけど。コホン、つまりオークにケーキを振る舞って、何事もなければエルフにケーキを贈っても問題ないことになるでしょう?」

 なるでしょう? と言われても、なるのだろうか?

 

『そう云えば聞いたことがあります。エルフとオークは近縁種であると……もちろん伝説やおとぎ話の類ですが』

 アニマがモニターにある資料を表示する。それは古い書物のページらしく、周囲が綻んでいたり、黄ばんでいる。

 そこに描かれていたのはエルフとオークの姿だ。しかし見た目が大分違う。

「これは?」

『地球での、エルフとオークが妖精であると描かれた書物です。本来エルフとは先祖崇拝、自然崇拝における神として存在し、次第に精霊、妖精的な側面を付随されて行ったものです。ですから背中に洞のある木のエルフ、妖精の様に小さいエルフなど、地域や時代によってその姿を変えて伝えられてきました』

「へー、シンの世界にもエルフっているんですね!」

 キリカが共に、感心した様子でアニマの説明を聞いている。

『オークはその点、原点が8世紀頃の叙事詩からと明確です。有名なファンタジー小説では、オークはエルフが堕落した姿であると説明されています。つまりシアンタは、エルフとオークは似た種族であると理解しているのではないでしょうか?』

「なるほど」

「え、知らないわよそんな話」

『「……」』

 知らないらしい。

 

「丁度いい所に居ただけだから、オークでもゴブリンでもハーフリングでも何ならドワーフだっていいわ」

 

 絶句である。シンもアニマもそしてキリカも。

「つまりオークを使って社会実験をしようと……」

「実験? 人聞きの悪い事を言わないで。私はオーク達にもケーキを振る舞う機会を与えて欲しいと、そう言っているだけよ」

 嘘くさい。大いに嘘くさい。目を逸らさずこちらを凝視する様が逆に嘘くさい。

「……ずっと聞きたかったのだが……オークとは敵対している訳じゃあないのか?」


 そうである。オークとは、野蛮であらゆる者に敵意を向ける種族として知られている。

 

「え? まあ気のいい奴らよ。あんまり人里に出ず田舎暮らししているから、そう会える種族じゃないけどね」


「……」

 異世界にも様々な設定があるが、ここは人間が一番邪悪な種族である世界なのかもしれない。


「どうします?」

 とアニマ。眉を八の字にして小首を傾げる仕草を見るに、彼女さえ困惑しているのがよく分かる。

「……試してみるか」

 異世界友好が目的の一つでもある。オークという種族とてそれは例外ではないのだ。

「いよしッ!」

「やりましたね同志シアンタ!」

 二人のエルフが仲良くはしゃいでいる。シアンタは腰を落として拳を腰の横で振るガッツポーズをかましている。


 オークが危険な種族で無いのなら、友好を試みる十分な理由となる。それに砂糖中毒、砂糖依存だといっても所詮ケーキ。グリントも喜んで食べたが様子は普段と変わらなかった。

 つまりこのエルフ二人だけが特殊である可能性もあるのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 場所は移って、此処はハイテの町、その冒険者ギルド。

 受付に居る一人の女性。冒険者ギルドの職員のリリッタがにこやかに冒険者を送り出したところに場面は変わる。

 

「いってらっしゃいませ」

 冒険者の一人がその笑顔に見とれて隣の仲間に小突かれる。

「それじゃあリリッタさん、また稼いでくるよ」

 それでもめげずに、声を掛けるこの青年は、どうやらリリッタに惚れているようだ。

「いってらっしゃいませ」

 しかしリリッタは壊れたレコードのように、その言葉を繰り返すばかりで取り合おうともしない。

 

 結局折れた青年は、仲間とスゴスゴとギルドを出ていく。

 

「リリッタ……あの態度は無いんじゃない?」

 後ろで事務仕事をしながらその様子を見ていたラールアが声を掛ける。

 

 冒険者はギルドにとって、協力者でもありお客様でもある。

 いくら粗雑な人物が多く辟易する場合があっても、しっかりあしらい方の書かれたマニュアルまで存在する。

 

 ラールアには、最近のリリッタは人柄を確認するでもなく、まるで新人の頃の様に人を捌いている。


「……ん、なあに?」

 振り返り見えた、その微笑みは何だか不気味だ。

「……もしかしてまだ怒っているの?」


 事の発端は、シンという名の旅人が持っていたお菓子である。

 その人物の調書を取る際に、彼は攫われた子供達にお菓子と果実水を振る舞ったのだ。

 高給取りと言われるギルド職員でさえも、月に一度の贅沢で買う位の甘味。そのシンと名乗る人物はそれを大盤振る舞いし、更には関係のないリリッタにも食べるよう勧めたのだ。

 見た事もない包装に包まれた、見た事もない形のお菓子。それはとてもも甘く、とても素晴らしい味であった。

 

 そこまでは良かった。

 リリッタと子供達は余っていたお菓子も好意で頂き――そう、結構な数が居たというのに余っていたのだという。それだけシンという人物が、裕福な身分であると推察できる――そしてそれらをお土産として持ち帰ったのだ。

 

 それがラールアにバレた。

 

 

「……別に」

 作られた笑顔は既に引っ込んでいる。

「貴方もその時は喜んで私にくれたじゃない」


 リリッタは夜勤の同僚の為に取って置いたと誤魔化して、そのお菓子と果実水をラールアに譲ったのだ。


「……そうだけど」

「……まあ、不機嫌になる理由は分かるけれど……」


 ラールアは目を閉じ、食べた時のあの感動を思い出す。

 

 ナッツ類を蜂蜜でくるんで固めたような、あのお菓子。ナッツの種類も豊富であるだけでなく、あの甘味は蜂蜜だけでは出せない濃厚な味わいがあった。

 そこまで甘い物に関心がある訳ではなかった自分でも、出来るならばもう一度食べたい、そう思える逸品だった。

 そしてあの果実水である。まるで果実をそのまま絞ったかのような新鮮さ。そしてまるで水で薄めたのではなく、何らかの方法で濃縮したのだと思えるほどの甘さ。それでいて全くしつこくない爽やかなのど越し。

 

 気付かぬうちに溜まっていた唾をごくりと飲む。

「ラールアだって食べたいんでしょう?」

「それは、食べたい……けど」

「見付からなかった……」

 

 じつはリリッタはあの後、貯めた貯金片手にあのお菓子を探し回ったのだ。

 しかしここは王国の果て、ハイテの町だ。ナッツ類を扱うお店はある。蜂蜜を扱うお店もある。しかし菓子屋などという贅沢な店など王都くらいにしかない。

 そしてあんな贅沢なお菓子は目が出るほど高級だろう。しかしそれでもリリッタはなけなしのお金片手に町を探し回ったのだ。

 

「自分で作るという手もあるわよ?」

「……そんな贅沢……それにあの甘さは蜂蜜だけじゃ無理だと思う」

 

 リリッタが食べたのはヌガーバー。砂糖と水飴を煮詰めたもので、蜂蜜を加えてはいるがそれだけでは作れない。工場生産ゆえの複雑な工程があるのだ。

 

 ラールアに譲った事。それを今リリッタは死ぬほど後悔しているのだ。

「ああ……シンさん。また来てくれないかなあ~~!」

 悲痛な叫びに職場の同僚はぎょっと振り向く。彼等は知らない。彼女がお菓子に恋してしまったことを。

「まあ……無理でしょうね」


 ラールアは掲示板の、目立つ場所に貼られた人相書きを眺めながら呟いた。

 

 そこにはシンの顔が描かれ、下には「情報求む」の文字。情報提供者には結構な値段の報酬が約束されると注釈が入っていた。

 依頼者は冒険者ギルドマスター、マイル・サウザンド。

 

 

 ボルブが早朝門の前で発見された。この話題は今、ギルド内を飛び交っている。その重要参考人として名が挙がったのが謎の旅人、シンだった。

 

 そのボルブは今、牢に入れられ沙汰を待って居る。

 この事件で平静ではいられないのが、代官として彼を領主に任命していた、モーラシリス・ロー・シバカリア辺境伯その人。

 彼女は事態を冒険者ギルドづてに知り、激怒した。既に王都にある彼の本家にも兵を送り込んでいる。そして自身もハイテの町へと向かっている。

 ボルブの命はそう長くない。

 

 

「ギルドマスターは間違いなく、シンさんがあのボルブを捕まえたと確信しているみたいだしね」

「ああ~~戻ってきてーー!」

 

 リリッタの悲痛な声がギルドを木霊した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「まあ大丈夫だろう」

 シンは悩んだがGOサインを出した。

 

 

 先ず彼等を刺激しないように、離れた場所にヒュートン号を降ろす。

 そして徒歩で接触し、訪れた記念にとケーキを渡す。という計画だ。

 計画立案補佐はシアンタである。

 

 

「……ザル過ぎないだろうか?」

「名目は何でもいいでしょ。どうせ相手も深くは考えないわよ」

「……そうか?」

「シンは深く考えすぎですよ、もっとおおらかに生きましょう」

 キリカはまるでシアンタの子分にでもなったようだ。いや子分というより、小さなシアンタのような。

 

「あっしもオークに会うのは初めてなんで、少々不安ですがね。いやシンの旦那が居れば怖いものなしですがね」

 グリントは警戒はすれど、問題はないだろうというスタンスだ。

 

 

 作戦は開始された。

 

 ヒュートン号を降りて森の中を行く。ちなみにケーキを選んだのはエルフコンビである。その際に「まだ食べた事のないのがある!」とキリカ叫んだことで、ひと悶着あったのだがそれは置いておく。

 

「獣道ならぬオーク道があるな」

 人一人が通れるように地面が踏み固められ、周囲の藪が払われているおかげで思ったよりも進みやすい。

 

 ということはつまり、ここは村のオークの生活圏であることを意味する。

 

「何者だ」

 シンにはその言葉が聞き取ることが出来た。この周辺の言語は統一されているようだ。

 ちなみにシンが覚えた言語はロザリア大陸語とエルフ文字、後はまあ精霊語? である。

 

「旅の者だ。途中で村が見えたので贈り物をしたく寄ったんだ」

「贈り物?」

 

 出会ったオークは訝しみ、手に持っていた槍を突き出して警戒する。

 当たり前といえば当たり前。こんな危険な森の中に人族が来る事などある訳がなく、来るとすれば逃亡者か、それとも自殺志願者ぐらいだ。冒険者すらまだここまで踏破したとは聞かない。

 

 警戒するように一同を伺うオーク。

「ハーイ」

 しかしその中にエルフ、シアンタとキリカが居ることに気付いた。

「なんだ……“変わり長耳”か」

 

「変わり長耳?」

 聞いたこともない言葉だ。

「私みたいに国を出てフラフラしているエルフの事をいうのよ。エルフと付き合いのある人達はね」

 そう説明するシアンタの表情は、うんざりといった顔である。


「……それで、この短耳の者達は?」

「言った通り。贈り物を持ってきたのよ」

「……???」

 その困惑に歪む表情は、その厳つい風貌からでも分かるほどだ。

 

 

「私が説明を」

 と前に出たのはアニマだった。正確にはアニマが操る青い髪のアンドロイドである。

 

 その姿は船内のタイツのような姿ではなく、シンのように布製の旅装束を纏っている。青を基調としたその服は仕立ても良く、アニマに良く似合っていた。

 

「私達は親善のためこれからエルフの国に向かうところなのです。そこで途中で見かけた貴方達にも、友好の証として“甘い贈り物”を受け取っていただきたいのです」


 生真面目に甘味の社会実験などとはもちろん言わない。


「何故短耳が突然、我らと友好などと言いだすのだ」

 どうやらこの世界の人とオークはそれほど仲がいいとは言えないらしい。

「私達はその短耳とは違う国からやって来たのです」

「……」

 

 判断しかねているのか、オークは黙ったままでいる。槍は既に降ろされている所からして、敵意がないことは理解してもらえたようだ。

 

「長老に話を通す。しばし待て」


 そしてオークは後ろに向かって「ウォウウォウ」と低い獣の鳴くような声を出す。すると――

「どうだ?」

「敵だったか?」

 と二人のオークが現れた。今まで会話していたオークにも劣らず筋骨隆々で、それを惜しげもなく晒した軽装である。

 

「この者達を見張っていろ。獣が来たら守れ。俺は長老に話を通してくる」

「わかった」

「おう」

 肯定の意志を確認したオークは二人のオークを残し、物凄い速さで村のある方へと駆け出して行った。

 


「大丈夫なんですかねえ……」

 一緒に来るのは怖かったが、船で一人残るのは情けないと付いてきたものの……。

 グリントは初めて見るオークの逞しさにすっかり及び腰だ。

「大丈夫よ。森の中でたまに会うし、交流しているエルフもいるって話だし」

「ケーキの為なら例え血の中槍の中ですよ!」

 キリカは物騒な事を言っている。

 

「アニマ。このオークという種族はどういうものか分かったか?」

「血液のサンプルは採取できました。今検査中です」

 

 アニマは既に、蚊型ロボットによって血を採取していた。血液さえあれば、そこから遺伝子が取り出せる。

 科学の力でその特性が簡単に分かるのは、よくある異世界物のお決まり魔法、『サーチ』や『鑑定』に通ずるものがある。

 正に「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」だ。


 *


 しばし待っていると先程のオークと思わしきオークが現れた。

「長老はお前達に会うと言っている。ついてこい」

 言い終わるや否や、こちらを振り返りもせずに奥へと歩いていく。

 不愛想な態度であるが、どうやら長老とやらに認められたらしい。

 

「ね、大丈夫だったでしょ」

「まあ……」

「肝が冷えますぜ」


 エルフの二人組はずんずんとオークについて先に進んでいく。アニマと男達もその後をついていく。

 シンはまるで狐につままれたような気分である。

 

「エルフとオークは、そういう関係では無いのか……」

「ん? そういう関係ってどんな関係?」

「あ、いや、そのだすな……敵対関係だなうん」


 シンには言える筈もない。何故か「薄い」と形容される記憶媒体で、エルフとオークを扱った一大ジャンルがあるなどと。


「シンはむっつりですから」

「むっつりってなんです?」

 キリカが興味深そうに聞き返す。不味い。これは不味い。

 

 アニマに趣味がバレているのは、まあ仕方がない。パイロットとして付き合いも長いし、第一ヒュータン号は彼女の手の平も同然だ。

 

「それはですね――」

 そんな焦りなどどこ吹く風。何を考えているのだ彼女は。古語でもむっつりの意味くらい自分も知っているのだ。

「あー楽しみだな! オークの村なんてな、初めてだしな!」

「あ、うん」

 ちょっと苦しいか?

「あっしも楽しみですね。旦那についてこなけりゃあこんな体験出来ませんでした」

「そうだね! 私も楽しみ!」

 

 シンの心情を察したグリントのナイスなアシストが決まった。

 

「……アニマ……」

「知りません」

 どうやらご機嫌斜めの様子。そんな事より、何故か自分の下半身事情が知られている方が問題だ。そういった物はヒュータンには持ち込んでいない。

「……何故、その、知っている?」

「私もパイロットの選考に立ち会いましたから」

 

 なるほど、と一旦納得しそうになるが思いとどまる。パイロットの選考に趣味の調査があるとしても、そこまで細かい内容までは分かる訳がない。

 しかし、とシンは同じ趣味の元同僚の姿を思いだした。アイツ経由ならば調べられない事もないなと。

 つまりはアニマに趣味趣向は全てお見通しという訳だ。

 

「最新鋭艦のパイロットになるって意味を、今思い知った……」

「それはお遅うございましたね」


 シンは無言を貫くしかなかったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「着いたぞ」

 かやぶき屋根の村を通り抜ける事十数分。興味深げにこちらを伺うオーク達に見守られながら着いたのは、ひときわ大きい同じくかやぶき屋根のお屋敷だった。

 

「俺は頭が悪いからお前達の目的がよく分からない。しかし長老が通せと言ったから、お前達を連れてきた。失礼のない様にしろ」

 シアンタとキリカの二人以外は「目的が分からないのは貴方の頭が悪いせいではない」と言いたいのをグッと堪えている。これ以上事態を混乱させるような事はしたくない。

 

 これは異文化交流、これは異世界友好のため。

 

「俺の名前はアグアギだ。一応若頭をしている」

 建物内に入る前に、案内してくれたオークが背中越しにそうポツリと独り言のように呟く。

 シンは、どうやら少しはこちらへの警戒が薄れてくれたようだと胸を撫で下ろす。

 

「シンだ、案内ありがとう」

「ふん」

 大股で前を進むアグアギの後ろをシン一行は付いていく。

 

 

 建物の中に入ると直ぐに見えたのは、囲炉裏のある広間だった。

 脇には釜戸があり、水を溜めているのであろう大きな壺もある。どうやら居間兼台所のようだ。

 中央の囲炉裏と釜戸の火は落ちているが、来る途中の家々の間に水場に集う女性の姿と、炊事場特有の蒸気の煙が見えた事から、普段は共同で食事を作っているのだろう。そうシンは推測した。

 

「上がる前に靴を脱いでくれ」

 シンとアニマは素直に靴を脱ぎ、他の者達もそれに倣う。

 

 靴を脱ぐ文化はこの地方では珍しい部類なのだとその時シンは分かった。ちなみにヒュートン号では一部の部屋を除いて土足である。軍艦なのだから当たり前と云えば当たり前だ。

 

「こっちだ」

 アグアギに誘導され、中々に広い今の脇を抜けて奥へと進む。そこは外の光の当たらぬ暗い廊下が続いていた。

 

 ギッシギッシと鳴る板張りの床が続く廊下は何とも気味が悪い。後ろを伺うと、シアンタにしがみ付いているキリカの姿が見える。こういう所は見た目相応なのかと、微笑ましい気分になった。



「長老の部屋だ。何度も言うが失礼のない様にな」

 立ち止まったアグアギの前には引き戸の扉がある。

 

 シンはここで、やっとこの村の建築様式が日本の、それも昔の家に似ている事に気が付いた。

 

 使っている木も建築法も、玄人が見れば違うことが分かったであろうが、しかしそれでもこの奇妙な類似点に興味を持ったことだろう。

 それに扉の前でまでは、はだけて腰に巻いていたそれを羽織り、袖を通して服に戻したアグアギの姿は、まるで着流しを着たような姿である。

 この相違は何なのだろう。

 

「長老。客人を連れてきた」

 そこで思考は途切れる。

 そして自分達が客として連れてこられたこと知り意外に思った。

「入るのじゃ」

 部屋の奥から聞こえてきたのは若い声、それも女性の声だった。

 

 

 *

 


 

「私が長老のツイバミじゃ」


 そう名乗ったのは美しい少女だった。長老という名の先入観から呆気にとられ、しばし言葉を忘れる。

 

 

 見た目は中学生くらいだろうか。赤褐色の長い髪を後ろに流し、和服に似た服を着て、座布団にちょこんと座っている様はまるでお雛様のようだ。

 しかし額にチョコンと突き出た二本の角と褐色の肌。少しはみ出た八重歯と好奇心にムズムズと落ち着きのない様は、お仕着せの和服を着せられ暴れ出すのを我慢している元気いっぱいな子供のそれであった

 。

 入った部屋は明るい。奥と左の戸板が開かれ外の様子が良く見える。縁側になっているようだ。

 家の裏側らしい風景は畑が広がり、手前に洗濯物が日差しを浴びながらはためいている。と庭の脇から女性のオークが慌てて飛び出しそれを取り込みだした。急な来客だったせいであるのは明白で、一同は少し申し訳ない気持ちになった。

 

 

「お主らが我に“贈り物”とやらを持ってきた一団かえ?」

 ソワソワしている。非常にソワソワしている。

 

 これは期待している。“甘い贈り物”に絶対期待している。

 

 その場に居る一同全員が確信した。

「ゴボン」

 軽い咳ではない、轟くような力強い咳が部屋の隅に座るアグアギから発せられる。

 何も言わなくても分かる。「落ち着きなさい」の合図だ。

 

 ツイバミと名乗った少女は居ずまいを正して、

「よくぞこんな辺鄙な糞田舎どころか、未開の森の奥の奥まで遥々来てくれた。感謝する」

 と明け透けに述べた。

 

 アグアギが頭を抱えている。苦労しているのが痛いほど伝わってくる。



 そこで軽く自己紹介をした面々。隠すこともないだろうと正直に話したのだが、立ち会っていたオークの面々はよく分からなかった様子。ツイバミに至っては興味がなさそうであることを隠しもしなかった。

 それなら早速と、シンは早々に目的の贈り物を渡すことにした。

 

「えーとそれでは、エルフの国に立ち寄る際に見つけたこの村に、友好の証として贈り物を持ってきた。つまらないものだが、宜しければ皆で召し上がっていただきたい」

「つまらないものなのかッ!?」

 ツイバミは飛び跳ねるように立ち上がり、泣きそうな目でこちらを見てくる。アグアギの「ゴボンコボン」という咳払いにも動じない。


「いや、それは言葉の綾というものでだな、つまらなくはない」

「そうそうつまらないわけないわ!」

「そうですつまるものです!」

 変な合いの手が後ろから聞こえるが無視する。

 

 

「アニマ」

「こちらです」

 

 アニアが何処からともなく取り出したのは白い箱。装飾はない。しかしその中身はシアンタとキリカが厳選したケーキが入っている。


「ケーキと呼ばれる甘味です」


 そっと床に置く。床は畳ではなく木の板である。ちなみにアグアギ以外は開いた座布団に座っている。

 

「おおぅ! これが甘いのか……ッ!!」

「お待ちを長老!」

「なんじゃ!」

 

 今にも飛びかからんとするツイバミを制したアグアギを彼女は親の仇とばかりに睨み付ける。

 彼の顔色は悪く、脂汗がダラダラと流れる様は、まるで子供に叱られる大人のようだ。いや蛇に睨まれた蛙のほうがしっくりくる。

 

「え、得体も知れぬ食べ物故……私が先ず私が毒見をします」

「お主、そんなことを言っておいて先に食べたいだけじゃろう!」

「そんな事はありません。ここはどうか……」



「なにこれ?」

「あっしにも何が何だか……」

 キリカとグリントがこの状況をどうしたものかと囁き合う。

 

 一見すれば小さな女の子に大の大人が平伏している様にしか見えず、その原因となっている物はただのケーキである。

 時代劇を見たことがあれば若と家臣の一幕のようだと感想を漏らしただろう。だがキリカもグリントもそういった特権階級に対しての造詣は浅いのだ。

 

 

 しばしの問答の末、とうとうツイバミが折れた。

「わかったのじゃ……お主に毒見役を頼もう」

「……謹んで拝命します」

 

 アグアギがパンパンと手を鳴らすと、奥の縁側から女オークが皿を以てやって来た。皿の上にはナイフとフォークが載せられている。皿は陶器。ナイフは鉄製であるがフォークは木製であった。

 そしてそれらを運んできた女オークは先程洗濯を取り込んでいた者と同一人物だった。少し顔が赤い。

 

「……では」

 紙箱に四苦八苦していたが、シンが教えるとその太い指に似合わぬ器用さで箱を開ける。

 アグアギは箱の素材に興味を持ったようだが、気を取り直した様にその中に集中した。

「……これは」


「ドライフルーツを用いたパウンドケーキです。食べやすい大きさに切り分けて頂いて下さい」

「確かに果実の甘い匂いがする……」


 *

 

 贈るケーキの選定の際、エルフ二人が先ず選んだのは、生クリームたっぷりのケーキであった。

 だがしかし、アニマがそれに待ったを掛ける。

 生クリームを用いたケーキは傷みやすく常温保存が難しいと。そして贈り物とするからには出来るだけ保存に気を遣う物を贈るべきではないと。

 つまり特殊な加工や、特別な保存方法が必要ない物を選ぶべきだとの助言である。

 

 しかしシアンタは精霊を使えば問題ないと主張し、キリカはお腹に収めてしまえば問題ないと主張した。

 もちろんそんな事で解決する筈もなく却下。

 結果日持ちがいいケーキとして、日持ちのいいチョコケーキであるガトーショコラか、ドライフルーツケーキに絞られたのだ。


 そして今目の前にあるのは、ドライフルーツのパウンドケーキがある。のだが、ここで大きな誤算が明るみになる。

 

 *

 

「……美味い」


 長い咀嚼の後の、溜めに溜めて放たれた、ただそれだけの一言。しかしそこには、多弁では言い表せない真実を語る者のみが持つ、言葉の重みがあった。

 

「うううううううううう……」


 一切れを一口で食べたアグアギを恨みがましい声で睨むツイバミ。どう見ても「そんなに食うな」と言いいたいのを我慢している。

 

「……乾燥させた果実を酒で戻した物を粉ものに混ぜて焼いたものだな」

「そうだ。今回の物は保存も考え酒精をやや増やしてある」

 

 ケーキの中でもドライフルーツとブランデーやラム酒を使ったケーキはその保存期間が特筆して長い物が多い。一週間は余裕だ。

 

「それにこの粉物、ただそれだけではこの柔らかさは出せないだろう……これは素晴らしい物だな――」


 手放しの称賛。アグアギと親しき者ならばそれを聞いて目を丸くすることだろう。

 アグアギとは手放しで決して褒めるような男ではない。嘘は言わず、他人に厳しくまた己にも厳しい。まるで巌の様な生き様なのがこの男なのだ。

 

 これで贈り物作戦は成功だろう。誰もがそう思った。

 

 しかし次に放たれた言葉は意外なものだったのだ。

 

「――だが……これは長老には食べさせられぬ」

 アグアギは押し殺すような声でそう断った。

 

 

「なぜじゃあ!!」


 ツイバミは今度こそ飛び跳ねてアグアギの首を絞めに掛かった。


「うぐぐぐぐ……もうしわ……もうしわけな……ちょ、ちょうろ……ちょう……ろ……」

 

 アグアギの顔色が緑色から青緑色に、青緑色から土色に変わりだす頃、マジでヤバいと気づいた一同。

 

「ま、まてまてまて!」

「ちょっとお姫様! 死んじゃう死んじゃう!」

「は、はなすの~じゃあ~~!!」


 ツイバミは、その細い腕からは考えられない物凄い怪力だった。

 何とか引き離すことに成功した、のだがアグアギは泡を吹いて昏倒している。首に刻まれたうっ血の後が痛ましい。

「アグアギさまっ!」

 皿を持って来てくれたオークの女性が慌てて駆け寄り、介抱し始めた。

 アニマの見立てでは命の危険はないとのこと。『もう少し止めるのが遅かったら分かりませんでした』と脳内通信で囁かれた事実に、シンはヒヤリとした物を背筋に感じる。

 食べ物の恨みは恐ろしい。特に甘味と女性の組み合わせは。

 

「ふぅううううぅぅぅぅうっうっっ……」

 それは泣いているのか唸っているのか。それは声を出している本人にも分からないだろう。

「落ち着いてツイバミちゃん、ほら落ち着いて! こう! ひっひっふ~、ひっひっふ~」

 シアンタが謎の呼吸法で落ち着きを取り戻させようとしている。効くのだろうか?

 

「……切るのじゃ」

「うん?」

「我にけぇきを切って寄こすのじゃ」

「……アグアギさんが駄目だと言っていたのだけど……」

「それは奴の意地悪じゃ、大した意味はない。さあ早う!」

 

 いいのだろうか? 皆が周囲を見渡すが、特に問題に思っている者はいないようだ。反対派のアグアギは未だ白目を剥いたままである。

 

「分かった、俺が切ろう」

「うむッ!」

 元気の良い返事だ。

 

 昏倒しているアグアギに代わり、シンがケーキを切り分ける。小さい体であるからと切るのは1ピース分だ。

 

「酒精が強いかもしれないから少しずつ食べるといい」

 恐らくアグアギが懸念したのは、子供にはそれが不快に感じるかも知れないと危惧したからだろう。

「わかっておるわかっておる」

 

 先に結果を言おう。

 アグアギが正しかったのだ。

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[良い点] 仲間キャラが美少女だけじゃないという点。 [一言] 次話を楽しみに応援しています。
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