2-1.第1話 ヒュータン号の中で
書きだめが溜まって来たので少しずつ更新します。
前章を一話一万文字前後にまとめて、少し加筆修正しました。大した違いはありませんが、お暇なら読み返して頂くと幸いです。
その際に手違いで、指摘いただいた誤字が元に戻っているかもしれません。申し訳ありません。
心臓に毛どころかつるっつるなので、感想はお返しできませんが、有難く読ませていただいています。
異世界人は甘い物が好きだ。
特に女性は目がないのはどの世界も共通だ。以前冒険者ギルドで振る舞った甘味は、甘味なれど携帯糧食のカロリー重視の食べ物。
そういう訳で昼飯の後に、新たに増えた乗組員への歓迎会も兼ねておやつ呼べる甘い物を振る舞うことになったのだ。
なったのだが――
「……」
「……」
「……あの……お嬢方?」
この宇宙船ヒュートン号に居るメンバーは4人。
一人は主人公である出意備洲新左衛門。通称シン。
宇宙船を統括し、艦長であるシンを補佐する、少し前にアンドロイドの体を手に入れたAIであるアニマ。
そして道中で会い、人攫い達から助けた縁で、エルフの国への案内をかって出た、エルフの少女シアンタ。
シンが壊滅させた人攫い集団で扉番をしていたが、その後、協力してくれた老人グリント。
人攫いに攫われ、悪徳領主代官のボルブに売られ、さらに人質となっていた、チェンジリングのエルフ少女キリカ。
メンツの3人が女性という姦しい集団が、その時は不気味なくらい静かだった。
場所は食堂。目の前に置かれるは様々な種類のケーキ。
無難なショートケーキから、チョコレートケーキ、シフォンケーキ、チーズケーキ、パウンドケーキにアップルパイ。それらが数ピースごと揃えられている。小物としてはマフィンやシュークリームなんかもある。
それが少しずつ、しかし確実に消えていく。
「……私は食べる必要はありませんが、見ているだけで胸焼けしてきますね」
消えていく先は二人の胃袋。シアンタとキリカのエルフコンビだ。
何故ケーキバイキングが始まってしまったのか。それはシンが口を滑らせたのが事の始まりだった。
***
最新鋭多目的強襲艦、ヒュータン号。全長150メートルを超える星間航行が可能な宇宙戦艦。そのテストヘッドがシン達の乗る船である。
テストパイロットとして搭乗したシンと、その補佐AIであるアニマは、ワープ航行時に不測の事態に襲われる。
気付けば何もない宇宙。しかしその一瞬の間に目の前に現れた不明な星系。四つの居住可能な地球型惑星とその他の星々からなるその世界。シンは好奇心に赴くまま惑星アルファと名付けた星へと降下する。
そこで出会ったシアンタと名乗るエルフを人攫いから救う。そしてその事件で行く当てのない元扉番のグリント老。さらわれていた最後の被害者、チェンジリングで獣人の親を持つエルフのキリカ。シアンタを含めた三人が新たなヒュータン号のクルーとなった。
そしてエルフのシアンタの勧めで、一行はエルフの国へと向かうのとになったのだった。
というわけで。それには先ず、目的地を知る必要がある。
位置を知っているのはこの中では唯一一人。エルフの国出身のシアンタのみである。
『では座標情報を入力してください』
アニマの声がコンソールから聞こえる。隣にはアンドロイドのアニマ。
「……喋っていないのにアニマの声が聞こえるんだけど?」
シアンタは側に居るアニマに顔を向けつつ、キョロキョロと声の出所を探っている。
「アニマ?」
「ちょっとしたおふざけです」
このAIは時折不思議なことをする。
『此処から南方という事でしたが、その詳細な情報を知りたいのです』
「……地図はあるかしら?」
『表示します』
「うぁ!」
コックピット正面に衛星軌道上から撮影された映像が映し出されると、シアンタは大きくのけぞった。ドローンによるリアルタイム画像だ。
コックピット内部は実はそこまで広くない。
これはヒュートン号が最低一人の搭乗員でも運航が可能なように設計されている為だ。
それを可能とするのが専属AIアニマの存在である。
つまり計器類に囲まれた座席は二席しかなく、今、アンドロイドのアニマは席の後ろのスペースに立っている。
「こんなに精巧な絵は初めて見たわ……」
目の前に広がる地図は見ようと思えば木々の葉さえ見えそうな程、解像度の高いものだ。雲や空気の揺らぎ等のノイズは綺麗に処理されているため、非常に見やすい。
「此処がハイテの町だな」
「思っていたより小さいわ」
「まあ上から見れば何でもそう見えるだろう」
隣のシートに座っている、シンが指さした場所にハイテの町がある。周囲には麦畑が町を囲い、近くを流れる河までを覆っている。
森を押しのけるように存在する町は、人々の逞しさを象徴している様にも、あっという間に森に飲まれそうに見える儚さ、そのどちらをも内包しているようだ。
その周囲には幾つかの集落も見える。そのどれもがハイテの町へと道で繋がれているようだ。
「そう云えば何故こんな辺境の町にあんなに人が集まるんだ?」
立地的には寂れた村並みの人口になっても可笑しくないが、町を歩き回ってみれば何処もかしこも人で溢れていたのだ。
「此処は森に近いからだと思うわ」
「森に近いと良いことなのか?」
「森の恵みがあるのよ」
森の植物は発育が非常に良いらしい。つまりはそこを開墾すればよく実らせる畑が作れる。
つまりハイテの町は一大耕作地となる可能性を秘めているのだ。
「まあその分魔物も強く育ったりするし一長一短ね」
「恵みを受けるのは人のみにあらずという事か」
「あとはまあ……色々ね、色々な理由であの町は発展しているわ」
「ざっくりとした評だ」
「私だって知らないことはありますよーだ」
まあそれはそうだ。この世界に人類統計学を学んでいる者が居ることを期待しよう。
「気になったんだが……」
少し聞きにくい事を思いついてしまった。
「なに?」
「森が伐採されている現状をエルフは何も言わないのか?」
シンが思い出したのは、エルフという種族は自然を信仰する民であると物語ではよく描かれている点だ。
エルフの国の近くを開拓するなど戦争になっても可笑しくない。
「え、なんで?」
そんな気持ちを知ってか知らずか。返ってきたのは素っ頓狂な疑問の声だ。
「……このまま森が全部畑になるかもしれない」
「……ぷ」
「ぷ?」
シアンタは腹を抱えて笑い出す。
「おい、俺は先を危惧して――」
「フヒヒィーー……ご、ごめんなさい。シンが突拍子もないことを言うものだから……フフ」
「あ、だめ」と言うとエルフの少女は再び笑い出す。シアンタはエルフ的にも箸が転んでもおかしいお年頃。どんな寒いおじさんギャグも暖かく迎え入れてくれるだろう。
「……心配しているのに」
「ご、ごめ――うププ――」
『シアンタが笑うのも無理はないでしょう。今ここ数日の周辺の開拓速度を簡単に計算しました。それによると現在の速度で森が開拓されつくすには、およそ12万年掛かります』
「12万年か……」
シンにはそれが長いと素直に思えない。このまま技術が発展し、その効率も上がってくれば、もっと短い時間で森は伐採されつくすだろう。
だからこそアニマは“現在の速度”と注釈を入れたのだ。
過去の地球でも問題になった環境破壊。それがこの異世界でも起こらない保証はないのだ。
「……ふう。あ、さっきの質問だけど、エルフは確かに自然を大切にするわ。でも国を作る以上、どうしても木を切らない訳にはいかないでしょう? そういう事よ」
「木の上に住んでいるのではないのか?」
ツリーハウスのイメージだ。
「……まあそういう人もいるけれど……年寄りばかりね。大体の人は普通の家よ」
エルフのイメージが崩れる。しかし物語に書かれるエルフと、この異世界のエルフは似て非なる存在。がっかりしてはいけない。
シンはそう自身に言い聞かせた。
『年寄りということは、以前は木の上に住む習慣があったのですね』
「まあね、地面よりは安全でしょうから」
先の話は詮無き事。開拓から始まったエルフ談義はそこで終了と相成った。
*
「ここから少し南に行くと……確か……そう、その岩山が見えるから――」
シアンタはアニマと共にエルフの国への道のりを探っている。中々骨の折れる仕事だ。
しかしそれも仕方がない。シアンタは空を飛んで森を見ている訳ではないのだ。自身の国と言えども、何処にあるのか正確に言えるわけがなかった。
だから今は記憶を探りつつ、この庵からエルフの国へと来た道筋を、空か見える目印を探しながら地図を辿っているのだ。
「あそこの河はハタタ河だからもう少し南……うん多分もう少し西……」
『此処でしょうか』
「そうそっから下……南へ――」
ゆっくりと映像がスライドしていく。
「……そこ! そこ一帯がエルフの国よ、多分」
『……ただの森にしか見えませんが……』
「エネルギー反応は?」
人の営みがある以上、炊事に火などを使うはず。
『ありません』
衛星ドローンの映像には緑広がる大森林が見えるばかりである。だがようやく目的地が決まった。
「しかしヒュートン号の目を以てしても確認できない欺瞞魔法とは……最新鋭の形無しだな」
「その発言は聞き捨てなりませんね。私も日夜魔法の研究を行っていますから、直ぐに解明して見せます」
そう話すのは後ろに控えているアンドロイドアニマだ。「憤慨です」という表情までしている。
エルフの国は見えない魔法が掛けられている。そうシアンタに教えられた際、科学が魔法に負けたとショックを受けたのがアニマだ。
それ以来、写したシアンタの祖父の蔵書を読み込んだり、話を聞いたりと、魔法の研究を行っている。
「ヒュータン内で魔法の試射も何度か行っていますよ」
「魔力的な物が必要なんじゃないのか?」
シンは腰に吊るしてある木の杖を撫でた。
これもアニマ製で現地の木を伐り出して作ったものだ。まあ魔法が手から出せて、予想以上の威力だったのもあってほとんど使っていないが。
「それも機械的に解決しました」
どうやら魔法は昔ながら、でなくともいいらしい。
聞くと魔法とは、空間に満ちるマナをエーテルに変換して行使するものらしい。
マナは何処にでもあるし、エーテルの扱いは門外漢という訳でもない。何故ならこのヒュートン号はエーテル対流炉と呼ばれる、エーテルを動力に動いているのだ。
「マナをエーテルに変換する手順には手間取りましたが、それからは問題なく実験は進んでいます」
「魔道具を作ったという事?」
シアンタが話題に乗ってきた。
「はい。人が使いやすいようには出来ていませんが」
つまり銃としての機能があったとしても、引き金が付いていないみたいなことだ。アニマはそれで問題がない。装置に発動するように信号を送ればいい。
「凄いじゃない! その技術があればお金に一生困らないわよ」
「貨幣に価値があることは理解できますが……」
アニマはAIだ。お金を必要とする場面は少ないだろう。
「シンをヒモに出来るわよ」
「それは楽しい提案です」
「おいおい」
シンはヒモという概念がある事に驚きつつも、その話が現在の状況とかなり似通っていることに汗を垂らす。
ヒュートン号はアニマの身体も同然で、それが無ければ自分はこの異世界で何も存在であると自覚はあるのだ。
「……俺も魔法しっかり覚えるべきか」
「これまで判明した情報を送りますか?」
「頼む」
これでシンにもアニマが解明した魔法の知識が船を通して送られる。
「……アニマ頼りは変わってないんじゃない?」
シアンタは独り言ちた。
***
場所は再びコックピット。
「ボルブは町に放り出したし、キリカも行くことに同意している。エルフの国の大体の位置は判明した」
準備は問題ない。
「では出発」
『了解』
キリカにエルフの国に向かうことを告げると、「是非私も!」と喰い付かんばかりの勢いで自ら申し出た。
ずっと自身の種族であるエルフに望郷の念を抱いていたそうだ。両親であった獣人族への愛はあるが、随分と昔に亡くなっている。
ハイテの町に戻っても後が無いと理解していたこともあり、シアンタの申し出は、渡りに船だったのだ。
シンの操作に合わせてヒュートン号が上昇し始める。シンが歩いていこうと提案したが、全員に却下されたのはついさっきだ。
『索敵高度1000メートルに上昇後、巡航速度時速800キロメートルに移行』
低速なのは高度を低めにしている為と、エルフの国に貼られているという魔法結界に突っ込まぬようにとの配慮からだ。
「……凄いわね、こんな空から世界を見れるなんて」
「ハイテの町が開拓の最前線かと思ってやした」
「それは人族のでしょう? それで大陸の覇者を名乗っているのは正にお山の大将よ。まだまだ私達の知らない国があってもおかしくないわ」
「そう思うと何だかワクワクしてきます!」
コックピットには全員が揃っている。なかなかの人口密度だが、彼らは外を見るのに夢中である。
「エルフの国か……どんなのだろうな」
『先程の話ではそれほど人の町と変わらないと感じましたが』
「……夢は大きいほどいい」
ハイテの町では上手くいかなかったが、今度は出来るだけ友好な関係を結びたい。
シンとアニマは絶賛漂流中の身であるし、人類初の知的生命体と接触した身の上でもある。
この異世界と出来るだけ地球人類が友好的な付き合いが出来るよう、その下地を作る使命もある。
それにはなにが必要か?
シンは改めて考えた。
「贈り物か?」
「何かくれるんですか!」
その言葉に、窓のようなモニターに顔をくっつけて外を眺めていた人物、キリカが大いに反応した。
「いやキリカじゃなくて、エルフの人にで――」
「私もエルフです!」
「そうだけど……」
言い方が悪かったと思ったが遅かった。
「私もエルフよ」
もう一人のエルフも喰い付いた。
「……」
『丁度いいじゃないですか。エルフに送る物をエルフの方々に判定して貰っては?』
「うん……まあ……そうだな」
確かにいきなり本番で用意した贈り物を渡すのも怖い。アニマの提案は理にかなっている。
「それで何をくれるの?」
「くれるんですか?」
シアンタは挑発的に、キリカは期待感マックスな表情だ。
「……」
さて、とシンは考える。
宝石だろうか? 資材には鉱物類もあったはず……だめだ俗っぽ過ぎてエルフ像に合わない。ならば花か? ……恋人なら兎も角、花を送るのは何か違う。
そこまで考えて、冒険者ギルドの一件を思い出した。
「食い物とかどうだろうか?」
「食べ物? もう頂いたけど、悪くないわね」
「此処の食べものは何でも美味しいです! お昼まだですか?」
と食いしん坊エルフの反応は好感触だ。
「となると、やはり甘味か……」
「お、いいですねぇ! ……あんとき食べたあの菓子は美味かったですねえ」
今まで黙って様子を見守っていたグリントが乗ってきた。あの時に食べたことを思い出して、じゅるりと涎をすすっている。
「お菓子!」
「お菓子なんて物もあるの?」
「あれ、まだ食べてなかったか?」
『そういえばお出ししていませんでしたね』
シンには3時のおやつの習慣などなく、AIであるアニマは言うまでもない。つまりこの異世界人の中で、ヒュートン産の甘味を食べたのはグリントのみだ。
「お菓子を贈るというのはありだな」
「そうね、大いにそうね」
「甘い物なんて何十年ぶりです!」
「またあれが食えるんですかい?」
お祭り前夜の盛り上がりに、シンはいけると確信する。
ちなみにグリントが貰った、余ったショートブレッドタイプの戦闘糧食は既に食べてしまっている。
「いや……アレを出すわけにはいかないだろう」
「そうなんですかい?」
あれは戦闘糧食。いわゆる非常食と変わらない。いくら美味いと言われようと、あれをお土産に持っていくのは失礼だ。
「ここはケーキだろう」
贈り物にはケーキ。庶民派なシンはケーキの詰まった紙箱を想像する。
「へえ……ケーキね。悪くないわ」
「ケーキ……ってあのケーキ!?」
「ケーキは食べた事ありやせんね」
品評者達の感触も上々。
『では幾つか試食してみますか?』
「そうだな、ついでに歓迎会も兼ねようか」
そんな一言で始まった試食会。
そして冒頭の場面へと戻る。
***
「お、おい……」
「嬢さん方……」
「「……」」
返事はカチャカチャとフォークが更に当たって鳴る音のみ。
大喜びでケーキに口を付けてからずっとこうだ。
ただ黙々とフォークを動かし、ケーキを口に運び続けている。
「……」
シアンタが無言でもう三つ目のケーキに手を伸ばす。
「……」
キリカは五つ目だ。一体あの小さな体の何処に……。
「甘味は麻薬以上の依存度があると言います」
アニマが唐突にウンチクを語りだした。
「この世界での甘味は、蜂蜜、甘草、それに煮詰めた樹液などが主ですが……この様子ですと需要と供給に格差が生じているようですね」
「まああっしはそこまで甘い物に目がないわけじゃあありませんが、市場でそう見かける物ではないですぜ」
つまりどれもが生産している訳ではなく、自然にあるものを採取するのが普通なのだ。
そうして結局。シアンタはケーキを5個、キリカは7個平らげた。
「……満足した~」
「こんなに甘い物を食べたのは夢の中以来です……」
それは食べたと言わないだろう。とシンは心の中で突っ込んだ。
「で、お眼鏡にかなう贈り物だったろうか?」
「それはもうバッチしよ!!」
「私なら毎日受け取りますッ!!」
エルフ二人のお墨付きを得ることが出来たのだが、目が怖い。
「しかしケーキというのはこんなに種類があったんですねえ……あっしは知りませんでした。初めて食べた『ちょこけぇき』は苦みと甘さが素晴らしいものですへい」
紅茶を啜りながらしみじみと語るその姿は、先程食べたケーキの味を思い出しているのだろう、何とも満足げだ。
グリントは、自分も甘い物は好きな方だったのだと、生まれて初めて食べた甘味、戦闘糧食で知ってしまったのだ。
「正に麻薬か……」
「これは贈り物とするのを見送るべきでは?」
「う~ん」
今回出した物は足の速いもの、つまり腐りやすい物も含まれる。それらを精査しようと考えていたのだが……。
――バン――
それは机を叩いた音。
「な、なにおいっているのっ!?」
シアンタがアニマの呟きを聞いていたらしい。
だらしなくお腹を擦っていた体勢から、叩いた勢いでガバリと跳ね起きるとアニマに掴みかかる。
その表情は……彼女の名誉のためここには記さない。
「是非送るべき、是非送るべきよ! ……そう、これは甘味の革命よ! そして私はその使者となりエルフ女子界に旋風を巻き起こすの!!」
もはや言っている意味が分からない。
「その革命には是非私も参加させてください!」
そして小さな同志は目をキラキラとさせて未来の指導者を見つめるのだ。
「本当に大丈夫なのか……」
「一時的なシュガーハイ状態ですね。ナノマシンにより依存は回避されるので問題ありません」
「依存性か……」
シュガーハイとは空腹時に砂糖を摂取することで血糖値が急激に上昇し、興奮状態になることだ。
人は糖質を取ると快楽物質βエンドルフィンが分泌され、血糖値を下げる為に大量にインスリンも分泌される。大量のインスリンが分泌されると血糖値は急激に低下する。するとまた糖分を欲するようになるのだ。
そしてこれを何度も繰り返していると砂糖依存症となる。実は糖の依存度は麻薬よりも上とされる、危険な物でもあるのだ。
「ようは食べ過ぎです」
「「むぐ」」
シンは悩む。
物語の異世界転移でよくある事を実行しただけなのだが、そのまま同じことをすれば大変なことになるのではないかと。
「そういえばシアンタもこの船に住みたいと言っていたな」
冷暖房完備で風呂もある。もしかして依存症が囁いた言葉なのだろうか。
「今は春頃ですからまだそれほど必要としませんが……」
この船は冷暖房完備だ。当たり前だ宇宙船なのだから。これから暑くなると、さらにシアンタはヒュータン号にしがみ付きそうだ。
「ということで私達が試食して、国に贈呈するケーキを選別してあげるわ!」
「あげます!」
「却下」
シンの切り捨てるような言葉に、二人はあんぐりと口を開けて固まった。
「というか、国に贈呈するなんて体逸れた事は言ってない。ただ友好の証として知り合い――」
「なんで、なんでよ! それじゃあ私が食べられないじゃない!」
……なんという事だ。
第一印象がクールで冷たい感じのする、正に絵画から抜け出てきたかのような美貌のエルフが。今や目の前で、ケーキのことで駄々をこね、襟首を掴んで涙目で抗議している。
シンは非常に残念な気持ちになった。
“事実は小説より奇なり”。エルフは砂糖依存症だった。
「甘いものですよ! 甘い物の為なら女の子は殺せるんです!」
キリカがこぶしを握り締めて物騒なことを言っている。ナニをとは聞けない。
シンは助けを求めて辺りを見回す。しかしグリントを探すが見当たらない。どうやら逃げたようだ。
誰か助けて。
「シン、集落を見つけました」
救世主は意外な所に居た。
「よし、モニターに映してくれ」
「了解」
「ちょっと、話は終わってないわよ!」
「頑張ってください同志シアンタ!」
シンは無視した。
「これは……人、か?」
望遠カメラが捉えたその集落は茅葺の屋根が幾つも見える。その間を行き交う半裸姿の人がちらほらいる。
しかしそのシルエットは、普通の人に比べてどう見ても大きい。周囲の森や、家々と比較してみても、大部分の者達はまるで大男のように巨体だ。
「なによ、ただのオークじゃない」
興味を惹かれたのか、分が悪いと見たのか。シアンタがその映像を見てそう答えた。ケーキ戦争は一時休戦の構えとなった。
「オーク……ってあのオークか?」
「そうよ」
「わーあ、初めて見ました!」
どうやらハイテの町にはオークは居ないらしい。
『より寄せた画像を出します』
今度のアニマの声はコックピットの機材から聞こえる。どうやら彼女としては、アンドロイドから声を出すとスピーカーから声を出すのとは、そう感じが変わらないらしい。
映し出された映像は、一人のオークを追従する形で移動している。ブレもなく鮮明だ。
だからこそ、その姿がはっきりと視認できる。
その個体の体長は約2メートル。緑色の肌で、筋骨隆々なのがその表面の陰影から分かる。顔は厳つく睨むような眼光が周囲を油断なく探っている。造形はそう人とは変わらないのことが、よりその上を向いた鼻と、口からはみ出る大きな牙を特徴的に見せていた。
「……これは――」
不味いのではないか。と危うくシンは口に出すところだった。
オークとエルフ、この二つの種族の関係が意味するのは一つ。くっコロである。
この関係は姫騎士とオークによく見られるが、エルフもかなり優位な存在である。
つまり、シンが愛読するファンタジー作品、特に二次創作物では18禁なお付き合いの種族だというのが一般的なのだ。
……シンの趣味が偏っているのは否めないが。
「エルフの国から……近いよな?」
それだけ言うに留め、シアンタの反応を探る。
「まあ……そうね」
『オークの集落は、エルフの国と推定される地域から約200キロ北ですね』
この世界の移動手段からすれば、近いとは言えないのかもしれない。だが見過ごせない距離であるのは間違いない。
「では、その……ここはどうする?」
「そうねえ……」
シンはシアンタの、小首を傾げて考え込むその様子に息を呑む。
ここで討伐に出るというのなら協力するつもりだった。当たり前である。この世界は創作の世界ではないし、ましてや彼女は目の前に居る生身の存在、知り合いなのだ。
それが“くっコロ”な状況になるのは何としてでも阻止する気だ。
「そうだわ!」
「ああ」
とうとう決意したのか。彼等を亡ぼすことを。
シンは戦闘の準備を始めようと――
「オーク達にケーキの素晴らしさを伝えればいいのよ!」
――して固まった。




