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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第1章 最新鋭艦、異世界に行く 
2/26

1-2.第2話 漆黒の漂流

『シン……シン……』

 アニマの呼ぶ声がする。

「……どれくらい気を失っていた?」

『おはようございます。15分38秒16です。現在時刻は地球標準時で9時46分16秒です』

「いかん」

 

 シンは慌ててタイムテーブルを確認する。この後はサバイバル期間に入るわけで、取り立てて用事はないのだが、それでも彼は計画通りに事を進めたがった。

 

 それが最初に出鼻を挫かれるとは。彼はほぞを噛んだ。

 

 彼はいわゆる几帳面な、慎重な性格なのだ。ワープ開始は9時30分ジャスト。今回の跳躍時間は10分程度のはずだ。加速した時間を考慮しても5分ほど時間が押していることになる。

 

 空間跳躍――ワープ航法時は時間が僅かにだが加速する。光年単位で移動できるの技術であるので通常航法と比べれば誤差程度のロスにしかならない程度の時間加速である。

 しかし日夜、学者達がこの加速する時間を短くしようと技術の更新を続けている。だがどうやらゼロには出来ないのではないかと昨今の研究結果がニュースで流れたが、シンとしては何とかしてもらいたいと思っている事象だ。

 

 もちろん今はそんなことを愚痴っている場合ではない。

「よし、目的宙域に到着した事を確認したのち、備蓄の確認、健康診断の後に軽い運動を行い小休憩に入る」

 シンは、そうして口頭確認と記録を同時に行うと満足そうに息を吐いた。

 実際にやることはそう多くはない。焦ることはないのだ。


『先ずは身体検査を始めに行うことを推奨します』

「……そうだな。空間跳躍時に気絶するなんて初めてだ」

 アニマに言われて事の異常性に気付く。

 

 

 ワープは他星系へ行くときに使われる、一般的な移動方法である。一般公開当初は、興奮や緊張で失神者が出たとニュースで流れ、人体に危険はないのかと連日論争になったと皆が歴史で習う。

 もちろんそれは杞憂であり、研究結果により人体に影響は皆無であると証明されている。

 

 

 そしてシンもワープを体験するのは初めてではない。そして意識を失っていたということを忘れるぐらい、体に異常を感じてはいなかった。居眠りしていた時の方が余程に意識の混濁があるくらいだ。

 だがイレギュラーな事態ではある。


「よし、医務室に向かう」

 後方の扉へと向かうためシンは席を立つ。そしてふと試験期間で十分馴染んだ席を振り返る。

 艦橋に当たるこのコクピットには席が五席ある。自分はその中央の席に座っているが、もしこの艦が正式に配備されることになれば、全ての席が軍人の尻で埋まるだろう。しかしそうはならないかもしれない。全てがアニマのサポートで過不足なく今までやってこれたのだ。もしかしたら座席は一つになるか、もしくは減らされるのではないだろうか、と。

 

 コクピットを出ると清潔感あふれる白い通路に出る。艦内の見取り図は頭に入っている。シンは迷うことなく目的の部屋へと通路を進む。

 広いロビーといえる空間に出る。その中央に人が三人横になれるくらいの大きさの円が描かれている。その中央にシンが進み出ると音もなく周囲が壁に覆われた。それはエレベーターだ。

 何も言わずともアニマに制御された円筒形のエレベーターは医務室のある階層に到着する。ヒュータン号の中は全てがアニマの領域なのだ。

 

 馴染みのある赤い十字がほんのりと光を放つ扉を見つける。医務室。音もなくスライドしたそれをくぐり抜けた。

 

 シンは訓練ではモックアップを使用していたので、本物の船の医務室に入ったのはこれが初めてだ。彼の鼻を新品特有の不可思議な芳香がくすぐる。

 医務室のスペックは把握していた。それでもこれは過剰なのではないかとシンは思う。

 なんと手術室はもとより、臓器や人体を作れる培養槽まで設置されているのだ。他にもあらゆるバイオ兵器の抗体やその他の薬を作る装置、休眠カプセル、果ては保育器まである。オマケの床屋の機能はご愛敬だ。

 

「検査を頼む」

『ではベットに横になってください』

 アニマに言われる通りに設置された検査台に横になると、周囲の装置が一斉に動き始めた。

 体温検査、採血、心電図、脳波測定。ありとあらゆる検査を同時に行う。それを最先端であるアニマと医務室ならシンを傷つけることなく、迅速に行う。

 

『そのまま聞いて下さい』

 おや、とシンは思う。アニマらしくない言い回しだ。短くはない付き合いゆえそう感じられた。

『艦が目的座標に到着していません』

「……なんだって」

『今現在地の解析中です』

「こうしては――」


 飛び起きようとしたその身体を介助用アームがそっと抑える。もちろん操っているのはアニマだ。

 そこでシンはアニマが自分を気遣っていることに気付き、身体検査を勧めた訳を理解し、己をそっと恥じた。そしてあることが推測から浮かび上がる。

 

「検査をしろと言ったのは俺がパニックに陥ることを恐れてだな?」

『検査が急務な現象であったのは確かです。しかし検査に紛れて鎮静剤を少量投与しました。それは謝罪いたします』

「……いや、お前がそれだけの事をするというのは理由があるからだろうさ」

 これがアニマの凄い所だ。機転の利かせ方が他のAIとは一線を画している。他のAI達は良くも悪くも実直で裏が無い。

『ご理解感謝します。そして私の名前はアニマです』

「ンフフ、分かったアニマ。さっそくコクピットに戻ろう。状況を知りたい」

『了解しました。検査終了、異常なしです』

 今度は抑えられることなく検査台から立ち上がる。

 二人は慌てることなく急ぎコクピットへ戻るのだった。

 

 

 ***

 

 

「ううん……」

 シンはシートのひじ掛けに肘をついて唸った。

 何度確認しても計器は正常。つまり今が疑いようもなく現実であると示してるということだ。

 

「もう一度、現在置かれている状況を確認しよう」

『はい』


 対話形式で確認を行う。それは二人が今までもエラーを防ぐためにとマニュアルに記載されていた通りに行ってきたもの。それが今ではある種の言葉遊びであり、そして絆を深める儀式でもある。二人にはそんな不思議な位置づけになっていた習慣だった。

 

「通信は」

『返答ありません。現在周辺に救難信号を発信中』

 

「艦の、ヒュータンの故障は?」

『ありません、エラーチェック他、光学、電磁、重力、エーテル、外部、内部。あらゆる測定を5032回繰り返しましたがソフトハード両面に異常は見当たりません。歪み一つ無く正に新品同然です。もちろん私自身も検査項目の中に含まれます』

「新造艦だし、俺も入ったことがあるのはコクピットと医務室だけだからな」


『――その件ですが。私、XXA-00000001搭載AI、個体ナンバーXANーI13823904533MA、個体名“アニマ”は本現象を緊急事態であると判断。今より特別規則31条115項が適用されました』

 シンは急な持って回った言い回しに嫌な予感を感じた。

「なんだそれは?」

『現在の搭乗員から最も階級の高い人物を選定……承認。これより統合軍仮所属、出意備州新左衛門操縦士。貴殿は本艦の総司令官に任命されます。おめでとうございます』

「?」

 理解が追い付かない。

『これにより全ての武装、施設、設備、資材類が生存を目的とする限り、この艦全ての私的利用が許可されます』

「なんだって……しかしそんな項目あったか……?」

 記憶にない。記憶にないというとことは自分は知らないということだ。

 

 

 この時代の“学習”とは特殊な椅子に座って目を閉じることを言う。マザーによって発案されたソレは、記憶も忘却も自由自在な上に一切の外科的処置の必要ない画期的なものである。しかも洗脳などの悪用されようもない。その装置は人の意思で覚えたい記憶、忘れたい記憶を選ぶ必要があるのだ。

 

『AIが秘匿している、特別な条項です』

 そんなものがあるとは……。

 今や軍人ではないシンはそれを知らなかったのだ。だがしかし、特別規則は軍人であろうと一部の幹部のみが知る極秘事項であった。

「……私的利用とはどの程度の権限なんだ?」

『なんでも、と言えます。艦を利用した戦闘行為から商業利用など、艦の保全と搭乗者の生存に必要とあらば軍も国も罪に問いません。私に乱暴しても不問なわけです』

「……つまり法に抵触しないならば問題ないというわけか」

 シンは最後を聞き流した。AIでも場を和ませるためにジョークは言うのだ。鎮静剤は嫌になるほど効いているのかまったく面白くなかったが。

 

 

「えーとだ……次に行こう。この艦の現在地は」

『……不明です。周辺宙域に目印となる天体はおろか、デブリすら観測されていません。現在範囲を拡大しつつ観測を継続中』

 シンは目の前の外周モニターを見る。……なるほど。外は真っ黒で恒星の一つも見えない。現在進行形で更新され続けている観測結果を示す計器を横目で睨む。その表示はゼロ。恒星、惑星どころか微小隕石すら見つからない。

「ヒュータ……この艦の最大観測距離はどれくらいだったかな」

『全周囲観測で最大32光年。範囲を絞った場合は1219光年です』

「うーん……いつ聞いても凄まじいな」


 軍の最新戦艦でさえその観測距離は全周囲で一光年にも満たず、一点観測でもせいぜい35光年である。それを考えれば異常な性能だ。いかにこのヒュータンが最新鋭、いや未知の新技術で作られているか分かろうというものだ。

 ちなみにこのセンサーは“現在の”状況を観測できる装置である。ワープが可能になったこの時代、一光年先の星の一年後が分っても意味がないのだ。

 そんな最新鋭の観測センサーでさえ何も捉えられず、範囲を絞って長距離を観測しているため時間が掛かる。そして未だに何物も発見できていない。

 

「機関の異常は?」

『すべて正常、いえ何時もより調子が良いくらいです』

 その言葉にシンは安心する。当面の安全は確保できそうである。


 ヒュータンの動力源はエーテル対流炉と呼ばれる機関だ。一度火を入れれば完全停止させない限り、無限にエネルギーを創り出す夢の装置。最新の装備である。

 

「……これは異常な事態か……」

『異常です。が、起こり得る現象としては有りえます』

 それは呟きだった。しかしアニマはその声を拾い、可能性を提示したのだ。これはシンも知らないことで、大いに興味を引いた。

「その現象とは?」

『ワープ終点のズレによって泡の中心に移動してしまった可能性です』

「アワ?」

『我々の住む銀河、それを内包する銀河団。さらにそれを内包する超銀河団。その超銀河団が集団で構成する糸のような銀河フィラメント。その間には泡の気泡のような、スポンジの隙間のような空白地帯が存在します。超空間、ボイドと言われる空間です』

「……そのボイドの大きさは?」

『最低でも一億光年を優に超えます』

「……」

 新左衛門、絶句である。最新鋭艦の装備も広大な宇宙には形無しだ。

 

 人類が宇宙に進出して以来、様々な星を人は旅し、植民可能な星を見つけてきた。そして空間跳躍という空想世界の技術を獲得し、更なる宇宙へと足を延ばしてきたのだ。しかし、それでも未だにこの銀河さえも解明するには至っていない。

 また異星人を題材にしたサブカルが久しく途絶えてしまったのは、人々の失望によるもので間違いはなく。それは果たして幸か不幸か、人類は未だAIという名の友人以外の知り合いには出会えていない。

 

「ボイドには何もなく、それゆえ現在の状況に合致していると……」

『電波ですら観測できないのは流石に異常ですが、人類未踏のこの地由来の現象であるとすれば理にかなっています』

「うーん」

 どうやらこの問題はお手上げのようだ。

 

「では動くべきか」

『現状は待機が最優です』

 動くとしても限界がある。理論上ほぼ無限に動き続けると言われているこの艦に搭載されたエーテル対流炉も、いずれ故障もするだろうし、疲弊していくはずだ。科学者の言う「実質無限」はつまりこういう事だ。詐欺も甚だしい。

 

 つまりは移動に値する目的地が見つかるまでは待機するしかない。

 

「備蓄はどうだ」

『当然待機任務に充てられた食料品1か月分の他、予備の半ケ月分、緊急時の50年分。そして既に植物プラントを稼働させ、食品加工も行っています。食料に関しては約1000年間は供給可能です」

「……水は」

『約1500年のストックがあります』

「資材は」

『この艦をもう三隻建造できる資材と施設があります』

「これも……異常だな」

 これではまるで、遭難するのが分っていたかのようだ。シンは喜びとも困惑ともつかない表情を浮かべる。

 

 

 この膨大な物資の搭載が可能な理由は、最近開発された次元圧縮システムによるものだ。ある物理学者がワープ航法における、空間の見かけ上の圧縮効果に着目。ガレージで開発したという恐ろしい逸話のある逸品だ。

 以前その話を聞いておもわず身震いしたシン。下手をしたらこの宇宙が吹っ飛んでいたと注釈が入っていたのだから。だがこういった無謀さはAIには成せないものなのか、と一人納得したものだ。

 だがその発明はまさしく画期的であった。最近民間にその技術が下りてきて世界の流通を変えつつある。

 そしてその成果が今、目の前のモニターに表示されている。己の乗っているヒュータンは見かけ以上の体積を獲得しているのはこのシステムがあってこそ。肝を冷やした技術が己の身を助けることになるとは夢にも思わなかった。

 こっそりその若き学者先生に謝罪と感謝を心の中で呟いた。

 

 

「いやはや技術の進歩というのは際限がないね……」

『どうしましたか、突然年寄りのようなことを言って?』

「取り敢えずは安心だと分ったら、どっと疲れがね」

 知らずのうちに張り詰めていた緊張を解き、席にもたれかかる。

『現状、しばらくシンにやることはありません。これまでの経過報告を書いてお休みになっては如何でしょうか』

「そうだな、そうさせてもらう」

 シンはよっコラショと立ち上がった。

 ……ジジ臭い。音声として出掛かったその感想をアニマはログから削除し、自身のゴミ箱にぽいと投げ捨てた。



***



 アニマの『艦長室の使用も解禁されていますよ』の言葉を聞いて、シンは自室とするはずだった一室に、持ち込んだ私物を取りに戻ることにした。

 どうせ長くお世話になるだろうと悲観的な考えを考慮し、それならば快適であろう艦長室を借りさせてもらうことにしたのだ。

 

「この部屋も俺が借りてる部屋よりデカいんだけどな」

 持ち込みが許された既定の鞄を肩に担いで振り返る。

 そこは恐らく、この最新鋭の軍艦に乗ることになるであろう優秀な兵にあてがわれることになる一室である。シンの安くて港から近い、という理由で借りたアパートの一室とは雲泥の差があった。

「住めば都だ」

 誰に対しての言い訳なのか。シンは肩を竦めると、飄々と艦長室へと向かう。

 聞いていたアニマは、『あの部屋は人の住む所では――』というログを再び捨てる。

 

 

 そうしてやって来た艦長室を前に、シンは頬けていた。

「どこのお大臣を載せるつもりなんだ……」

 気後れする心をねじ伏せ一歩を踏み出す。

 ええい今からここが俺の家なんだ。

 

 入って先ずあったのはリビングルームらしい部屋だった。らしいというのは他にも部屋があるらしい扉が複数見えたからだ。つまり一部屋ではない、という事だ。

「これは……バーカウンター……か?」

 隅にはこじんまりとした、だが高級そうなカウンターがあり、その奥の棚には高級酒がずらりと並んでいる。お酒を付き合い程度にしかたしなまないシンでも知っている有名な銘柄の酒もある。もちろん買ったことはない。

 

「こんなものがどうして軍艦に必要なんだ……?」

 そこで思いだす。この船は要人輸送も想定されていたはずだ。

「なるほど、ここでお客さんを持て成すのかね」

 ということは要人の客室はここまで豪華ではないのだろうか? それともそこにもバーカウンターがあって人を招いたりするのだろうか?

 考えはするが、シンは確かめる気はない。どちらにしても自身には過ぎたものだ。

 

「ここはトイレ……こっちはでかい浴室……こっちは寝室」

 一つ一つ部屋を回っていく。

「これは、書斎か?」

 扉を開けると外界を模したモニターが外を映し出す。もちろん今いる深海の様に真っ暗な宇宙ではなく、日本庭園風の洒落た庭が広がっている。それは現実と見紛うほどの3Dモニターである。

 それは今の時代は広く普及しているものであったので、驚いて飛び出すようなことにはならなかった。

「棚にあるのは本……に見せかけた記憶装置フォルダーか」

 何が入っているのかと、興味で幾つかを併設された端末で調べてみると、まさに全てと言わんばかりの情報量だった。

 技術書から歴史書、宗教学から星図。お堅いものばかりでなく、古典文学からコメディ映画、果ては同人誌まで揃っている。

「……おいおい。これヒュータンの設計図じゃないか」

 項目に目を通していて驚愕する。

 もちろん最高機密である。艦長室でも置いておけるものではない。これと施設、資源が揃えば誰でもこの最新鋭艦ヒュータンを造れてしまうのだから。

 

「……考えても仕方がないか。戻った時に逮捕されないことを祈ろう」


 シンは素早く元の位置に戻すと扉を閉め、大きな浴槽を大いに堪能し、大きなベッドに居心地の悪さをを感じながら、その寝心地に意識を奪われるのであった。


 

 ***


 

『艦長、緊急です』

 艦長? 誰だそれは?

 

 そこまで考えた意識は一気にまどろみから覚醒する。

「アニマ。冗談でも趣味が悪いぞ」

 そう返しつつシンは現状を確認する。ここはヒュータン号艦長室。現在性能試験中で未知の宙域で遭難中。

 

『冗談ではないのですけれど今はそれどころではありませんから。シン、至急コクピットへ。状況が動きました』

「分かった、直ぐ行く」


 脱ぎ捨てたパイロットスーツをはおり部屋を出る。

 状況が動いたとはどういうことか。まあこのまま爺さんになるよりは余程いい。

 シンは早歩きで通路を進む。

 

 コクピットに到着し、ドアが開かれる。

「で、どうゆう状況……」

 そこで声が出なくなった。

『こういう状況です。シン、貴方の目でも確認してもらいたかったから呼んだのです』

 なるほど、これは確かに緊急でジョークの一つでも飛ばしたくなる。

 しかしシンの口からはかすれるような呻き声しか出てこなかった。

 

 

 コクピットの正面には巨大なモニターがある。それは壁に窓の様に張り付き、まさに窓の代わりとして外を見ることを目的として設置されている。それは本当の窓の様に外を映し出し、覗き込むことすら可能な、書斎にもあった3Dモニター技術が使われたものだ。

 有害な光線や電磁波を遮断し、安全に外を確認できるそれは、実際に存在しない物を画像を加工することで映し出すことも出来た。アニマにもそれは可能ではある。

 

 

 だが、目の前の光景は、ブラックジョークとしても笑えない。する意味もない。こんなものを作ったのだとしたらそんなAIとは絶交だ。

 

「地球……か?」

 モニターには太陽に照らされる地球があった。

 

 青い海に淡い色の大地。白い雲が筋のように地表に纏わりついている。それは正しくガガーリンの見た光景そのものだ。

 

『それがシン。そうではないようなのです』

 幾分困惑が混じったアニマの声に、シンは気を張り直す。

「どういうことだ?」

『望遠によって確認しましたが、大陸の形が違います』

 映し出された目の前の地球そっくりな惑星の拡大図を見る。なるほど確かに全然違う。共通点は青い海と、緑の大地、薄茶色い砂漠の色だ。あと雲も白い。

「地球じゃない……いやまて、なぜこんな近くにあって気が付かなかった。移動したのか? それともブラックホールかなにかに隠れて見えなかったのか?」

 ブラックホールの向こう側に在ったのなら気付かなくても無理はない。なにせアレは光さえも捻じ曲げ吸い込むのだから。

 だがアニマは心外だとでもいうように反論した。

『あり得ません。私はヒュータンを座標点から一度も動かしてもいませんし、ブラックホールのような大きな力場を見逃すはずもありません。もちろん重力レンズの影響も考慮に入れて観測しています。そもそもこの宙域には“何も”存在しないと確認したではありませんか』

 確かに。シンは素直に頷く。

「じゃあこれは、この惑星系はなんなんだ?」

 シンはそう尋ねながらも計器に目を走らせ、目の前の光景が間違いなく現実であると理解する。それは確かに在る。

『分かりません。突然現れました。今は昼側に居ますので見にくいですが、周囲にも星々が観測されています。全てが未知の天体で星図が役に立ちません。現在艦は目の前の惑星の重力域にはありませんが、公転に合わせて追従しています。恒星は太陽と同じくG型主系列星。惑星の数は大小8。そのうちの三つがほぼ同じ大きさ、質量です。それらは等間隔上で同軸を公転しどれも水をたたえる地球型惑星です 』

「星が突然現れた……それも水の惑星が三つも?」


 シンは情報量の多さに面食らう。

 何もない空間から突如、星々に囲まれた事になる。それはヒュータンが移動したと考えるのが正確だが、アニマは寝ることはない。つまり監視を途切れさせたわけではない。

 それが何時の間にか、目の前には恒星も入れた9つの星を持つ惑星系。そのうちの三つが地球のような環境である、らしい。

 正に超常現象に遭遇した状態という訳である。

 

「……どう思う?」

『そんな質問をAIにするでしょうか普通?』

 主語のない質問というのは中々返しが難しいのは人間もAIも同じなのだ。

「そんな返しができるなら十分分かっているじゃないか」

 だがアニマであるなら話は別だ。

『観測、観測、そして観測。それしかないでしょう』

「至極もっともな意見ありがとう」

『どういたしまして』

 フフフと二人は笑う。

 事態は好転したのだ。真っ暗闇の中を浮かんでいるよりは星でも見えた方がいい。例えそれが未知の天体だったとしても、明るい星は、ある方がいい。

 

 

『さっそくドローンを降下させます』

「おいおい、そんなものあったか?」

 対象は大気のある惑星だ。大気圏を抜けられるドローンが必要で、軍も所持しているが高価である。試験期間中の艦に載せる必要は普通はない。

『備品にありました』

 本当にこの船にはなんでもある。まさにノアの箱舟だ、とシンは感心する。無いのは番の動物くらいか。

『地球型惑星三つに降ろします。他の惑星はここからでも問題なく観測できますから』

 つまり隔たる大気がないか、ガス惑星だという事だ。

 

 そしてそれら惑星は、今の彼等にはちょっとした興味と資源位の価値しかない。それよりも地球型惑星に惹かれるのは人としてもAIとしても仕方がない。きっと本能のようなものなのだ。

 

「どんなに豪華な艦でも気が滅入るからな。降りられる環境なら降りてみたい」

『慎重なシンらしくない言葉ですが、私も同意します。』

「植民可能な惑星の発見者は名前を付けられるらしい。今から考えて置くか」

『あら、それならば命名権は私にあるということですね』

「え、そうなるのか? ……いやしかし直近の発見された惑星に命名したのは軍艦の艦長じゃなかったか?」

『それならAIが載っているはずですね。もしかして命名権を艦長に譲ったのでしょうか。であれば、なんと奥ゆかしいAIなのでしょう。敬意に値しますね』

「じゃあ俺に命名権を譲ってくれないか。今は俺が艦長なのだろう?」

『あれはジョーク、冗談です。そして私は奥ゆかしくないAIですから、権利のないシンにでも譲って差し上げますよ』

「ひでえ」

『ウフフ、冗談ですよ』


 シンとアニマはしばし、取り留めもない会話を楽しむのであった。

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