1-19.第19話 強襲する敗残者
「やはり待っていてくれたか俺のエルフよ!」
木々の陰から騎竜に乗って現れた集団が、最初に発した言葉がそれだった。
先頭で騎竜に跨る男の声だ。
「……知り合いか?」
この場でエルフと言うとシアンタしかいない。それで尋ねたのだが――
「知っている訳ないじゃない」
と怪訝な表情で返してくる。
ライトの魔法で照らされた庵の前の空き地に現れたのはアニマの言ったとおりのメンツだった。
男達は二足歩行の小型恐竜に似た動物に乗って現れた。一人一人が騎乗していてその数8人。二頭だけ荷物を満載しており、一人の騎士が繋がれた紐を持っている。それで牽引して連れてきたのだろう。
声を掛けた男は背の高い筋骨隆々の厳つい外見をしている。仕立ての良さそうな服の上から鎖帷子を着込んでいる。
何を隠そうこの男がハイテの町の領主。代官を勤めてる、いや勤めていた男爵家の次男坊、ボルブ・ランダルトンである。
ちなみにグリントはヒュータン号へ避難している。そしてそのヒュータン号は頭上で待機した状態だ。もちろん迷彩で透明になってである。
これは一体どういう事かと考える間もなく、その男はペラペラとまくし立てる。
「私だ。お前を買ってやろうとしたボルブだ! 出迎えご苦労。さあその隣に居る男を殺せ。そうすれば逃げ回っていた事を不問にしてやろう!!」
「……何を言っているのか分からないわ……あんた誰よ?」
シアンタに剣を突き付けられているというのに、その男は微塵も警戒していない。
それどころかお共の騎士達に危険だと制されている始末。
「何故剣を向ける私の姫よ? ほら私だ、貴族であるボルブだ!」
「ぼるぶ……? 何処かで聞いたことが……」
シアンタは「あ」と思い出した。
「あんたが攫われた少女達を買っていたって言う外道ね!」
「げ、げどう……?」
ボルブは驚きと心外さを混ぜた表情で見つめ返す。悲しみに潤むその目は正に純粋さを感じる……気味の悪さを感じる程に。
ボルブ。彼は一切の悪意なく悪行を行える人物のようである。
「あの男が領主である貴族なのか?」
「その名前を騙っていないならそうよ。やっぱり冒険者に追われて逃げてきたのが正しかったようね」
事実彼らは逃げてきた。
子飼いの衛兵が冒険者ギルドが動き出したことを知らせたのだ。人身売買は厳罰が処される。それは貴族とて同じ。しかもボルブのランダルトン家は男爵という、貴族の中では低い地位にある。家はきっと彼を庇うどころか、被害が及ばぬように嬉々として彼を法廷に差し出すだろう。
そしてそれは今彼を取り巻いている騎士達も同じ。その立場にあぐらを掻き、主と共に人としての理性を捨てた者達の末路がそこにあった。
彼等にはもう後がない。この事態に未だ現実感を持たない主とは違い、この逃避行しか残された道はないと理解しているのだ。
その中には裏で手を引いていた衛兵も幾人か混じっているようだ。安っぽい鎧の者が二人居る。
しかし何故、彼らはこんな危険な森に逃げ込んだのか。実を言うと、それを知るのは指揮していたボルブのみである。
その他の者達は黙って彼に従っているのだ。
「……まあ少々のお転婆は目を瞑ろうではないか。さあエルフよ、我をエルフの国に誘うのだ!」
それはボルブにとっての起死回生の案。何処かにあるというエルフの国。そこは大層美しく、発展した国だという。それこそ我が治めるに相応しい国であると。
自身が見初めた者が、その場所を知るエルフだったのだ。これは偶然ではなく天の意志に違いないと。
これを思いついた時、彼は天啓を受けたとばかりに喜んだ。
しかし――そんなものは彼の妄想だ。
「どうして私が、あなたみたいな屑を、国に連れて行かなければならないのかしら?」
その声は怒りと困惑に震えていた。
「貴族の妾にしてやると言っているのだ。それぐらいは奉公して当然だろう」
「……」
誰もが、従者である騎士達もがその勝手きわまる言い分に閉口している。
ボルブを形作るは自己愛そのもの。それ故周りの世界が人のそれとは大きく歪んでいるのだ。話など通じるものではない。
「……もういい。あんたは私が殺すわ」
「な、何故だ! お前は我に見初められたのだぞ!!」
「それで人攫いを差し向けたのね……狂ってる」
ボルブがシアンタを見初めたのはハイテの町に赴任した後。長年の付き合いがある人攫いから、少女を買っていたぶる事に飽きてきた頃だ。
町で見かけたシアンタにボルブは一目惚れした。
シアンタはエルフという物珍しさと、その美貌で非常に目立つ存在だった。いずれ目を付けられる運命にあったとはいえ、その出会いは彼女にしてみれば不運としか言えなかっただろう。
そしてボルブが部下を使って調べさせた所、そのエルフはこのハイテの町に、定期的に姿を現すという事だった。そして人攫いに後を付けるように指示し、このシアンタの祖父の庵を突き止めることに成功した。
そこからは知っての通り。
シアンタの庵まで後をつけて囲んだのだ。それまでは良かったが、シンの登場によって計画は阻止され、彼女は何食わぬ顔で町に戻ってきた。更には男連れであると知らされたのだ。
そしてシンが直ぐさま人攫いのアジトを強襲していなければ、ボルブの命によって苛烈な襲撃が行われる筈だったのだ。同じ宿に泊まっていた男はその斥候だったのである。
しかしそれは成されることはなかった。
そして今現在、逆に冒険者ギルドと真っ当な衛兵たちに追われ、ボルブ自身が窮地に立たされている。
が、ボルブはそんな境遇に焦りを感じるような精神構造の持ち主ではなかった。
「勝気な娘も悪くないが、こうも反抗されてはな……おい、アレを出せ!」
顎でしゃくったその先には、荷物の積んだ騎竜が。近くに居た一人の騎士が、そこからずた袋を降ろした。大きさは子供一人が入るくらい。
「まさか――」
「場所は取ったが持って来て正解だったな。さすが我!」
騎士が乱暴に袋の口を結んでいた紐をナイフで切断する。
「――ッ!!」
シン達は息を呑む。
袋の中から現れた少女は十にも満たない年頃。入れられていた袋とまるで変わらぬボロを身にまとった姿。その口は猿ぐつわを噛まされ、長時間荷物として揺られていたせいだろう、朦朧としている様子でその身体にはまるで力が入っていない。
「きさまあッ!!」
シアンタは火を吐かんばかりに歯を食いしばって睨むみ、シンはより腰を深く下ろし、何時でも飛びかかれる体制に移る。
しかしそれを見たボルブは愉快そうに笑うのだ。
「ハッハッハ! お前達のような偽善者にはこういった脅しが良く効くのを我は知っているのだ。愚かしい者の思考など、我には理解しがたいがな」
ボルブは善を理解できない。しかしその行動を利用する知性はあった。こうして人質を取れば、彼の言う愚かな者達の攻勢を抑えるの事が出来るのだと。
何故そうなるのかは分からなかったが、彼にはその結果だけで十分だった。
「さて、先ずはあの目障りな男を殺せ。エルフの側に居るのは我でなくては相応しくない」
騎士達が一斉に騎竜を操り周囲に散開。二人を包囲する。
残っているのはボルブと少女に剣を突き立てている騎士だけ。
残った六人の騎士が全て二人を囲んだ。騎士の甲冑が、長剣が、上に浮かぶライトの魔法に照らされてギラギラと鈍い光を反射する。
「ッ!! ――シン、逃げて」
「……諦めるな。シアンタは忘れていないか。俺達は二人じゃない」
「……そうね」
シンが視線で上空を指す。森に囲まれた小さな空は朝焼けで次第に赤みを帯びている。そこには何も見えない。しかし二人は知っている。
「おっと動くなよ……貴様は奇妙な魔法を使うらしいからな。その為の人質という訳よ!」
ボルブが勝ち誇った顔でシンを見る。それは慢心という言葉すら足りないほどの歪み切った顔だ。
「お前はどこまでも度し難い人間のようだな」
「ほざけ! 貴様さえ居なければ……貴様さえ居なければ! 貴様が居たから俺はこんな汚い場所まで逃げねばならなくなったのだ!!」
その顔は赤黒く染まり、血走った目がシンを射抜くように睨み付ける。その相貌こそが彼の内面をもっとも正しく表すものだ。
「アニマ、時間を稼ぐ。準備完了後すぐに作動させろ」
『了解艦長』
そのボルブの怒号の隙を付き、シンは素早くナイフを腰から抜くと逆手に構える。
それを見たボルブ達は警戒するかに見えた。しかし――
「ハッハッハッハッハ!! そんなナイフで何ができるというのだ!」
ボルブが、周りの騎士が下劣な声を奏でる。笑っている。
それはそうだろう。シンが持つナイフは所謂サバイバルナイフ。刃渡り9.7センチで持ち手の方が長いくらい短い。
対する騎士達は片手半剣と呼ばれる長剣を装備している。向けられた切先が、その殺傷力をまるで雄弁に語っているようだ。
「ッハ……いいだろう、魔法を使わないのであれば抵抗位は許してやる。せいぜい我を楽しませてくれ!」
「シアンタ、下がっていろ」
「シン! ……分かったわ」
一瞬の目配せの際、シンは声を出さず口の動きだけで確かに言った「予定通りに」と。
シアンタはゆっくりと騎士達の包囲を抜ける。それを見ているだけで動く様子はない。
彼等も理解しているのだ。シアンタの案内でこの森を抜けない限り、おとぎ話で聞くエルフの国へ行けない限り、自分達の待つ運命が餓死か、野生動物の腹の中だということに。
ボルブが見つめ合ったように見えた二人の様子に忌々し気に舌打ちをした後、騎士達に手で合図をした。
――かかれ――
騎竜に乗った騎士たちが一斉にシンに突進する。しかしそれは愚鈍な直線ではない。シンの周りを周回しながら時計回りにその円を縮めて迫る。上から見ればその軌道はさながら、シンという中心に吸い込まれていく渦の様に見えただろう。
騎士とはいわゆる常備兵だ。戦のプロフェッショナルであり、常に武器を振り、主君を守るために己を鍛え続ける者達だ。
だからこそ人を殺すことに躊躇いはない。いくら逃走犯に身をやつそうとも、己が鍛え上げた筋力と技術は裏切らない。
それは今回もそうだった。
連携は完璧だった。包囲は二重。先ずは三騎が後方左右と同時に切り掛かり、離脱した後直ぐにもう三騎が止めを刺す。
必殺の布陣。
しかし――
「なんッ!」
シンの背後から切り掛かった騎士は、まるで背中に目があるかのように屈んで交わされた事に驚愕した。
「ック!」
左から切り掛かった騎士は己の剣が根元から奇麗に折れ飛ぶ様をまるでスローモーションの如く見つめていた。
刃物の名産地、セキシティで鍛えられた肉厚の刃は、容易く異世界の業物を断ち切ったのだ。
「アァッ!!」
そして右の騎士は身にまとった自慢のプレートメイルが、まるで銀紙の如く用をなさず、己の心臓に突き立てられたナイフを視認することなくこの世を去った。
それが一瞬。
「怯むな!」
第二陣である騎士の一人が気圧される自らを奮い立たせるように気勢を吐いた。
「くそぉ!」
落馬、ならぬ落竜した騎士の愛竜が、主人の手綱を離れ包囲の輪を乱す。そのせいでぶつかりそうになった一騎が出遅れる。
「うおぁりゃあ!!」
一人が第一陣と入れ違いざまに大きく上段に剣を振りかぶる。こちらに注意を引かせて、その間にもう一人に死角から攻撃させる。そのための気勢だ。
しかしその大振りの一撃は尋常でない速度で躱される。
だがそれは想定内。後ろに着いた者がその首を跳ねる。一人遅れたが故の咄嗟の判断だったが、タイミングは完璧だった。
だが――
「お……おいッ!」
その騎士の様子が可笑しい。フラフラと鞍の上でしばし揺れると、そのまま落竜した。
見れば太股の辺りから、まるで岩の割れ目から出でる湧き水のように、脚を覆う草摺の隙間から真っ赤な血が溢れ出している。
その騎士はシンにすれ違いざま、太股を通る大動脈を断ち切られていた。ナイフの刃渡りを考えれば分かる。それがいかに困難な芸当か。
シンは首に向かって伸びる刃を懐に飛び込むことによって回避。そのまま太ももに切りつけたのだ。
「……どうなってやがる」
「……馬鹿な、六人がかりだぞ!」
包囲攻撃の後、騎士達は一瞬の攻防のその結果に戦慄した。
二人が地面に倒れている。ピクリともしない所を見ると絶命しているだろう。一人は剣を折られ今は予備のショートソードを構えている。
一瞬、たったの一合で六人中二人がやられたのである。
「一応元軍人だからな」
さらには学んだナイフ術は、軍が古今東西の知識を集め、統合改良した技術の結晶そのもの。そう簡単にやられはしない。
次は四人で掛かる事になる。六人で掛かったのに、だ。であるならその次は? そしてその次は……?
騎士は誰も動けなくなった。
「何をしているか。こちらには人質が居るのだぞ……おい男、次は動くな」
ボルブはその斬り合いの結果に不満を感じつつも気にも留めずに言い放った。
たかが騎士爵の一人や二人。いくらやられようとも此方には人質が居るのだ。勝ちは揺るがない。その傲慢さがボルブの自信を不動のものにしている。
「おい」
少女を抱えた騎士が剣で少女の首を浅く切る。ツゥーっと血が白い首筋に赤い道を作る。
「……」
シンは構えていたナイフをゆっくり降ろす。
「へっへ、覚悟は出来たか」
「仲間の仇だ……生かしたままバラバラにしてやる」
状況は一転して翻った。
ボルブはシンが小さなナイフを構えたまま、騎士になます切りにされる結果を望んでいたのだが、しかしそれが不可能だと悟ると予定を変更。人質を盾に脅して抵抗できない状態でなます切りにする方を選んだのだ。
――それもまあ楽しかろう、と。
「死ね」
手で騎士達に合図する。これで終わりだ。
「アニマ」
『転送装置作動します』
「……あん?」
人質を取っていた騎士は、奇妙な揺れを感じ首を捻る。なにも揺れていないと体は感じている。だが確かに何かが揺れた。それはまるで空気が、いや空間そのものが揺らいだような――
「う、うでが……俺のうでがああああ!!!」
「な、なんだ!?」
その声の方を見る。人質を取っていた騎士がのたうち回るっている。その者の腕が無い。それは元から無かったかのように、この世界に存在していなかったかのように。腕が手甲ごと奇麗に無くなっていた。
『おっと、要らない物まで転移してしまいました』
アニマは悪びれた様子もなく、悪戯が成功したかのような気楽さでとぼける。
そしてヒュータン号の転送装置の前で待機していたグリントは、一緒に現れた腕に悲鳴を上げているのだが。
だがそれでも、少女は回収され、直ぐグリントに担架に載せられ医務室へ向かせる事に成功したのだ。
「よくやった」
シンはただそれだけ言った。しかし二人の間ではそれだけでいい。
その一方。ボルブは慌てていた。
「人質は……我の人質はどこだッ!!」
腕を無くし、血を出し過ぎて少しずつ静かになる転がった騎士に目もくれず、人質である少女の影を探す。だが何処にも居ない。
そんな筈はない。すぐ隣に居たのだ。伏兵の存在も警戒して決して人質の側から離れる愚行は犯していない。それだというのに、気配すら感じさせず少女は消えてしまった。
「そ、そんな筈は……!?」
その場に居る誰もが突然の出来事に怯んだ、様に見えた。
「シアンタ!」
「フォトン! “フラッシュ”!」
「ぐわっ!!」
中央に浮いていたのはライトの魔法ではなく光の精霊フォトンそのものだった。
そこから強烈な光が溢れ、騎士の目を焼き尽くさんばかりに覆う。
続けざまにシアンタは精霊魔法を行使。
「お願いフォトン! “クリパスキュラーレイズ”!!」
――ヨバレテヨビデテツイデニ――レーザー――
魔法の翻訳はシンには奇妙に感じる。それは英語であるように脳で変換される。
しかも今回はシアンタが言っていることと、精霊であるフォトンが言っていることが違う。と場違いにも気になった。
“フラッシュ”も“クリパスキュラーレイズ”もシンが教えた魔法だ。それまでシアンタは光が攻撃になるなど、考えもしていなかったのだ。
クリパスキュラーレイズとは薄明光線の意であり、それはレーザーではない。
別名ヤコブの梯子。雲の切れ間に指す、光の帯の事とを指す。それが二つ重なるという不思議な現象だ。
レーザーは日本語で『誘導放出による光増幅放射』と訳される、知っての通りの手術のメスやミサイルを迎撃する手段としても使われる攻撃力のある光だ。
つまり、シアンタが作戦会議の時に、シンの冒険者ギルドでの大立ち回りと、レーザーが空に見える光の帯であるという事を聞いて、自己解釈した精霊魔法なのだ。
凄いのはそれで理解してしまったフォトンという名の精霊である。
場面を戻す。
呼び出された光の精霊フォトンはその光り輝く体の前に、一条の光の線を描く。
それは正に光の速さで突き進み、一人の騎士を正確に貫いた。
「アガッ!?」
騎士は胸に突如走った激痛に、声にならない声を挙げ、騎上から地面に落ちる。その胸を守る筈だった甲冑には、周囲が赤熱化した小さな穴が開いていた。
その威力にシアンタは瞠目する。
更にドサっと体が地面に落ちる音が二回同時に聞こえる。
それは倒れ伏した騎士達が地面に落ちる音。
シンの手にはブラスターが握られ、その銃口からは薄っすらと紫煙が揺らめいている。
「シン!」
それは早業。納められた銃を素早く構えての抜き撃ち。目がくらんで動きの止まった残りの騎士を射抜いたのだ。
人質を回収した今となっては、もはやボルブの言うことを聞く必要はない。
光が薄れ、その場に立っているのはシンとシアンタだけとなる。この時点で雌雄は決した。
シン達の勝利である。




