1-17.第17話 新たな仲間、グリント
朝、シンはグリントと共に朝食をとっていると、アニマから連絡が入った。
『シアンタがこちらへ向かっています。この速度は全速力ですね』
「そうか」
「シアンタさんってぇと、さらわれかけたエルフの嬢さんですね」
昨夜会話に上った彼女のことを思い出す。
そのエルフにも申し訳ないことをした。ここは誠心誠意謝るべきであろう。
「グリント爺の事は俺から話そう」
「しかし――」
「彼女を怒らせると多分怖い。もう足を洗ったんだ、嘘はないさ」
「……ありがとうごぜえます」
グリントは深々と頭を下げた。
*
「シン! 貴方私をほっぽいて何してるのよ!!」
「……言ったろう」
「……へい」
ヒュータン号に駆け込んで来たシアンタの一声は怒号だった。
「朝起きたら私の所にギルドから連絡が来たのよ! 話を聞きたいってね! 気付いたらシンの部屋で寝ているし、当の本人は帰ってないって言うし!」
どうやら叩き起こされて、さらに置いて行かれたことにご立腹らしい。
彼女も朝起きて、ギルドの使いが来たと知らされ、シンの部屋であると気付いて、着衣の乱れや何やらを確認してと、混乱の目覚めであった。
その怒りには深酒による失態の逆恨みも多分に含まれているようだ。
「色々あったんだ……だから……どうどう」
「私は馬じゃないわよ!」
シンはシアンタを落ち着かせるために、アニマに彼女の朝食を出すよう頼む。この様子では何も食べていないだろう。
*
「それで……このおじいちゃんは誰よ?」
コーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れて、食後の一息を堪能して落ち着いたのか。ようやく目の前に座るグリントに興味が移ったらしい。
「彼はグリント――」
しまった。何と説明すればいいのか考えていなかった。
「――で結果的に俺が職場を奪ってしまった、と言おうか……まあ面倒を見ることになった」
「へえ」
「何それ? 貴方いつから職業斡旋を始めたの?」
「……まあ、な」
冒険者ギルドで親探しが上手くいかなかったら託児所になっていた。なんて言えない雰囲気だ。
「あっしはシアンタ嬢に迷惑かける気はございません。迷惑であるというのなら出て行きます」
グリントの殊勝な発言に、シアンタは言葉を詰まらせる。
「……そこまでは言ってないわよ」
「俺は冒険がしたいから色んな所に行きたい。そしてグリント爺はには落ち着ける場所を探してあげたい。そういうことだ」
「……ハア」
その溜息の後、彼女の気配は幾分和らいだ。
「シン。貴方は自分がとんでもない存在であると理解している?」
「……まあこの星の人から見れば、俺は宇宙人であるが」
「シンさんは宇宙人という人なのですかい?」
分かっているのか分かっていないのか。そんなグリントの相槌は無視される。
「そういう事……でもあるけれど。それよりもこの船よ。この船!」
バッと手を広げるそのリアクションは大げさではあったが、シンにはピンと来たようだ。
「ヒュータン号の事なら問題ない。俺以外には動かせないように出来ているし、多少の攻撃には傷一つ付かないだろう」
シンはここでようやく、シアンタが自身の身を案じているのだと理解した。まごうことなく不審人物な見た目のグリントが、この船を奪いに来た海賊にでも見えたのだろう。
洗濯しただけでなく、服も変えるべきだっただろうか。少し的外れな考えをシンはする。
「……それなら、まあ……いいんだけど」
が、納得はしていない。という雰囲気を残しつつも、シアンタは矛を収めたのだ。
しかしその様子を眺めていた。いや観察していたアニマには彼女の本音が透けて見える。
恐らくシアンタはこの船を自宅にでもするつもりだったのだろう。
唐変木な雰囲気ながらも気が利き、人畜無害そうなシンが同居人ならともかく。得体のしれない人物に我が家を荒らされたような、そんな不快感をグリントに感じているのだろうと。
だがアニマはその推論を披露しない。全てが観察による主観的な想像、憶測でしかない。そして証拠がない推理を披露するのは二流の探偵のすることだ、と何処かのデータで見聞している。
それ以前に、アニマはシアンタの事が別に嫌いなわけではない。直情的なその性格を、その美貌で隠しているつもりになっている、その姿は微笑ましく好感が持てる。
それにシアンタの対応に四苦八苦するシンを眺めるのはもっと好きなのだ。
「という訳でよろしく。シアンタよ」
「グリントと言いやす。こちらこそよろしくお願いしやす」
と、和解? と相成った。
*
「それで、これからエルフの国に行くんでしょう?」
シアンタは切り替えが早い。さっきの険悪な空気は何処へやら、からっとした笑顔でそう切り出した。
「まあ、そうだな……」
ごたごたがあったせいで、特に考えてはいない。目的地もある訳でもなく、制限時間があるでもない。予定通りシアンタの誘いに乗るのも悪くない。そう考えていると――
「エルフ……の国でやんすか?」
「なによグリント、気になる事でもあるの?」
「いえ、エルフが国を持っているなんて、聞いたこともありませんで……」
「そりゃそうよ。秘匿されているんだから」
「ふへぇ~」
たまげたとおでこを擦るグリント。自慢げに胸を反らすシアンタ。そのデコボコ具合を傍から見ると、まるで漫才コンビの様だ。
「そんなに簡単に話していいのか?」
当然その疑問が出る。
「やっぱりわかってないじゃない!」
そしてまた怒り出した。今度はさらに急だ。
シンは美人が起こると怖いと聞いたが、そうでもないな。と失礼なことを考えている。
「いい? 貴方がこの船に招いた人物は、この世界でもっとも特別な人間になるの! それだけ貴重も貴重。重要も重要なね!」
「……そうなのか?」
「あっしに聞かれても困りやすぜだんな……」
「……ああもう」
その漫才を見ていたアニマが助け舟を出す。
『シアンタの言っていることは大いに正しいと具申します。今この時点でこの船に乗れる人物は、艦長であるシンを除く、シアンタとグリントしかこの惑星上には存在しませんし、私が存在させません』
「ほらぁ!」
とどや顔。エルフのどや顔はなかなかに愛嬌がある。
「ああ何となく分った。この世界風に言うと……貴族の数より多い特権だというのだな」
『そうです。最新鋭であるこのヒュータン号に乗れるのは名誉なことなのです』
「ひぇ~」
とグリント。この世界の一市民は「貴族」という言葉に弱い。
「ふふん」
とシアンタ。この世界のエルフは「貴族」という存在に対抗意識がある、のかもしれない。
「なるほど。軍が毎年、一般に軍艦を開放して見学させていたけれど、大人気だったものな」
とシン。何処かずれていたが、誰も指摘しない。
「だから、このヒュータン号に居るだけで、エルフの秘密に触れる権利があるってわけ」
と締めくくりコーヒーを啜った。その姿はこの艦の主人の様に優雅だ。
「それじゃあエルフの国に行こうか。案内頼む」
「任せて!」
「あっしも行っていいんで?」
「言ったじゃない、グリント。貴方も特別なのよ」
それを受けてグリントは、嬉しいような困惑するような。そんな表情であった。
「ってそうじゃないわよ!」
シンが準備を行おうと席を立とうとした時。またもやシアンタが騒ぎ出した。それは正しくノリツッコミ。すわ日本の漫才文化が異世界にも伝わっていたのか……と、思ったがそうではない様子。
「一体何が遭ったのか聞きたいの!」
『シアンタ。血圧の増減が激しいようです。落ち着くか、鎮静剤の投与をお勧めします。お持ちしましょうか?』
「……アニマ、貴方も知っているのでしょう。昨夜の出来事よ! それで私は朝から叩き起こされたんだってば」
……何故かシンの部屋で寝てたけど……、とボソッと呟いて――
「シンが人さらいの連中を討伐したって聞かされてびっくりしたんだから!」
そこまでまくし立てて一息つく。いつの間にか立ち上がっていた体を席に戻した。
「……分かった。先ずは一から説明しよう」
こうしてシンは、昨夜の出来事を包み隠さず話したのだった。
***
「話は分かりました。でも理解できた訳ではないから」
「分かったと言った後に、理解できないとはこれ如何に?」
シンは長話の後のコーヒーを飲んでいると、シアンタからそんな事言われる。全く意味が解らない。
「まず貴方が人攫いの奴らのアジトに突入する必要はありません。居所を突き止めた後に、始めから冒険者ギルドに報告するなり、衛兵を呼ぶなりすれば良かったのです」
シアンタは怒っていると敬語になるようだ。冷静に見えて静かな凄みを感じる。しかしシンはそんなこと露知らず。
「その時は冒険者ギルドが自警団のような事もしていると知らなかった。それに衛兵にどの程度の裁量があるのかも。そして衛兵は領主の手駒が紛れ込んでいたらしい。結果的に最善の行動だったと思う」
そんな持論を並べ立てた。
「……それならば、先ずは私を起こすべきでは? 私は冒険者ですから、そうすればギルドへの連絡も出来ましたが?」
「君は気持ちよさそうに眠っていた。起こすのには忍びなかった」
「ッな!!」
これにはシアンタも顔真っ赤にした。しかしそれは怒りではなく羞恥。いやそれ以上の何かだ。
「わ、私がシンの部屋で寝ていたのは……」
「君が訪ねてきて、そのままベッドで寝てしまったんだ」
「……ふ、不覚ぅ……わ、私としたことがぁ……」
くねくねと悶える。顔を手で覆っているせいで、その表情は伺えないが、声はフニャフニャと呂律が回っていない。
「だ、大丈夫ですかいシアンタ嬢ちゃん」
「……ッ……ぅ……!?……」
「それで、君を置いてアニマが教えてくれたアジトへ向かったんだ」
「貴方を殺して私も死にますッッゥ!」
シンは不意を突かれた! エルフシアンタが襲い掛かってきた!
………数分後。
「……お、落ち着いたか?」
「じょ、嬢ちゃん。流石に剣を抜くのは……」
「……うぅぅぅ……」
そこには疲労困憊の三人がぐったりと倒れていた。
『何をやっているのですか、貴方達は……』
アニマは介入しなかった。それがシアンタの照れ隠しのポーズであると理解していたから。
「シ、シアンタ……お前が怒るのは分かる。すまん」
「……分かってない、解ってないよシン……」
項垂れながら返されるその言葉は、か細く悲し気で。
「シンを私の都合にもう巻き込みたくなかった……私のせいで。それなのに自分は酔っぱらって寝ていたなんて……間抜けすぎるよ……」
それが照れ隠しの奥の奥、シアンタの本音だ。
始めもそう。森の中で髭面の一味に襲われた時。そして宿で見張られていたのにも気付かず、初めて深酒をしてしまった。シンに会えて浮かれていたという理由でだ。それを自分が許せず、ただ攻撃的に当たってしまった。
それも当の命の恩人にである。自分が情けなかった。
『シン』
アニマただそれだけ声を掛ける。それだけ通じる。うちの艦長は朴念仁であっても無能ではないと。
「シアンタ」
「……」
「君が気に病む必要はない。俺が必要だと思ってやった事だ」
「それでも――」
「そしてやりたいと、そう思ったからした事だ。だから君に止められても、知らなくてもやった。それだけだ」
「シンは強いね……私なんか守られてばっかり……。フフ、会ったばかりなのにね」
「シアンタ嬢……」
その言葉にはグリントの心に響いた。それは正に自分の境遇と同じだったから。
「そうじゃない。これは俺が強いとか、君が弱いとか、そういう事じゃあないんだ」
「じゃあなんなのよ」
「シアンタ、こっちを向くんだ!」
「ッ……」
シアンタはその強めの言葉にビクリと震え、しかしゆっくりと気丈に首を動かし、項垂れていたその首を動かしシンの顔を見据える。
「シアンタ。君をこの世界で初めての友だからこそ、力になりたいと、動くべきだと、そう思った。それだけだ」
「……あ」
「シアンタも、そう思ってくれているなら、俺が困っている時に助けてくれるか?」
シンの言葉が沁み込むように、シアンタの心を溶かす。
ああ自分は何を意固地になっていただろう。シンは始めからそうだったのだ。お情けでも、ましてや武力の誇示でもない。ただ親しい者を救いたい一心で全力で動いていただけなのだ。
不思議な力を持ち、未知の強大な舟を従え、精霊と会話できる人物。
そんな人物像を目の当たりにし、そして理解した私は自分を卑下したのだ。
私に付き合うのは哀れな女だと思っているからだ。原住民のみすぼらしい存在だと見られているからなのだと。
そして気付いた。違っていた。
そんな風に感じていたのは自分だけ。己の醜い心より湧き出たコンプレックスなのだと。みずぼらしいのは自分自身の心だったのだ。
シンの言葉に何度も、何度も首を縦に振る。
「うん、うん……ッ……ごめんなさい。そして。私を助けてくれて……ありがとう」
シンを正面に見据え、涙を堪えて絞り出す声はそれでも美しかった。
「あっしも、あっしも少しは頼ってくだせえ。なんせ今は足もありますからね!」
「……二人ともありがとう」
なんだかこっぱずかしい感じになったが、ようやく分かってくれたとシンは胸を撫で下ろした。
そして変なことは言っていないよな? と心の中で何度も反芻する。彼は慎重で、人付き合いが苦手なのだ。
『人とは大変です。会話でしか、会話ですらも互いの心を伝え合うのに苦労するのですから……しかしです。シン、そういった過程は大事にしてくださいね。AIならば一瞬にも満たないその時間が人を繋ぐのですから』
「肝に銘じるよアニマ」
アニマの声は全てを見通すその傲慢さもなく、母の声のように、どこまでも優しく皆に届いた。
***
「と、いう事で。シン、貴方は今ハイテの町でお尋ね者になっている、という事ね」
「……面目ない」
シアンタは朝の様に明るくなった。しかしその時のような圧迫感は無い。正にカラッとした陽気と言える。
「……ハア。まあ戻らない事を見越して荷物もしっかり持って来ているからいいんだけどね……どうせなら冒険者ギルドに登録してからお尋ね者になって欲しかった……いえ、それだと無意味か」
うーんと悩まし気なシアンタ。
「ギルドに登録ということは、冒険者になれという意味だな。しかしそれは必要なのか?」
「それはね。冒険者になると色々便宜を図ってもらえるのよ。それも国を跨いでね。」
冒険者とは、何でも屋であると以前に説明した。しかしそれは一国だけにあらず。冒険者ギルドは国と国を越えた繋がりがあるのだ。
基本ギルドはその所在国に帰順しているが、横の繋がりも同時に持ち合わせている。これは前身の仕事斡旋ギルドが、冒険者ギルドと傭兵ギルドに別れたことも大きく働いている。
つまり――
「国を跨ぐのが非常に楽になるの」
「なるほど」
それは確かに便利だ。
「何処の冒険者ギルドに行っても肩書が通用するしね」
と取り出した金属製の首飾り。鎖に繋がれてぶら下がっている細い金属板には細かい文字が彫られている。
しかしシンに見せると直ぐに胸元にしまう。
「これで照会できる仕組みになっているの。あまり他人に見せる物じゃないからチラッとね」
「つまり身分証明書か」
ほんの一瞬見せられただけだが、アニマはしっかりとそれを記憶した。書かれていたのは名前と数字。素材は銀で簡単に複製できそうであったが、そう簡単な物ではないという事も彼女は見抜いた。エーテル的、この世界で言う魔法的な力が込められていると。
「これにはその人物の血の記憶も込められるの。それを暗号化しているらしいんだけど……まあ機密ってやつね。私も良く知らないわ」
つまりは遺伝情報のようなものだろう。それをパスワードの様に利用しているのだ。
「それがあると、入国も楽になると」
「そう、関所に専用の魔術具が置いてあるの。冒険者は一般人より手続きが簡単よ」
「は~そんな物があるとは知りやせんでしたねー」
と感心しきりな二人。その様子にシアンタも上機嫌だ。
「このハイテの町は開拓地の最前線だから特別でシンも素通し……まあザルなわけ。だから人攫いなんて奴らも入り込む事になったんだけどね」
言っていて不快になったのか、不機嫌にフンッと鼻を鳴らす。
「それじゃあ俺は……もう正規の方法で入国できない立場なのか……どうしようかアニマ」
『いっそ変装してみては?』
と気軽な返事。確かにこの艦の施設なら、SFXばりのメイクから整形手術までなんでもござれである。容姿に頓着しないAIならではの感性では、顔を変えることに躊躇は無い。
それでなくとも今いるのは天下無敵の最新鋭艦。大した問題ではないとアニマは考えている。そして事実敵は居ない。
「それは出来れば最後の手段だな」
変装してまで町に出向く予定はない。
『あら、それは残念です』
と冗談めかした。
「じゃあ国に向かう前に、おじいちゃんの庵に寄ってくれないかしら。この町に滞在しているのも、それが目的だったから」
「ああ、お安い御用だ。済まないが町には戻らない……悪いがグリントもそれでいいか?」
「もちろんです。あっしの部屋には大したものは置いていませんから」
グリントにはハイテの町に未練はない。そんなもの、とうの昔に置いてきた。それこそ両親が亡くなったその時に。




