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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第1章 最新鋭艦、異世界に行く 
16/26

1-16.第16話 グリントとギルド

「ご協力ありがとうございました」

 リリッタとラールアがそろって感謝を述べる。

「こちらこそ助かった。ありがとう」

「この町の子供ばかりで良ござんしたね」


 8人はこの町でさらわれ捉えられていた。幸か不幸かそれで全員が親元へ帰ることが出来たのだ。他の町から攫われていたのならもっと難航したであろう。

 

「夜遅くに申し訳なかった。では俺はこれで失礼する」

「そいじゃあっしも」

「あお二人ともちょっと待ってください!」

 引き留められるが、此処にはもう用がない。それに領主、という人物の存在も気に掛かる。シンはこの後もアニマと捜索をするつもりであった。

 

「悪いが――」

「シンさんには是非ここのギルド長に会って貰いたいのです」

 ……ついに来たか。そう思った。

 

 

 異世界ものにはよくある、権力者と懇意になるというルートである。金や身分の心配は無くなるが、何度も呼び出されては仕事を任されるという事態になる。

 シンとしてはそれはご免こうむりたかった。

 なぜなら自分は今、既に雇われている身なのである。それはもちろんテストパイロットとして、である。

 

 

「人攫いのアジトを壊滅させた功績から、報酬もお支払いしますし、今現在、衛兵が冒険者同伴でその建物の調査を行っていますから」

 冒険者同伴ということは、ギルドはまだ領主が事件に関わっている可能性も考慮しているということだ。

 そして自分は重要参考人、といった立場だろう。

 

「もし残党が居ましたら危険です。しかしギルドがその身柄をしっかりとガード致します!」

 リリッタは勇ましくそう言うものの、それでは軟禁と変わらない。本人は至って親切で言っているようではあるが。

 

「残党の危険性は?」

『宿屋を見張っていた者は既にあの屋敷へと向かいました。既にギルドに依頼された冒険者と接触する地点に転がしてあります。昼の伝令係は恐らく只の雇われです。もう問題はありません』

 アニマもしっかりと仕事をしていたようだ。

『ただ領主との繋がりはあの建物を調べねば分からないでしょう』

 知っていたであろう者達はあの時一掃してしまっているのだ。


「どうにか出来ないか?」

『資料の類となると、出来るだけセンサーを近づけなければなりませんから、ドローンでは少し不都合ですね』

 つまりセンサーを気づかれずに建物に持ち込む方法が現時点では、直接シンが行くしかない、ということだ。

 そして問題はその必要性があるか、ないかだ。


「ふ~む」

「……あの」

 突然独り言を言い始めたシンに、ギルドの二人は引いている。

「これが旦那の考え事のくせなんでさぁ」

 とグリントのフォローが光るが、当の本人は気にした様子はない。

 

「ギルド長も今回の事件の知らせを聞いて、お戻りになりました。是非」

 ラールアはそう頼み込む。

 

 気付くと部屋の外が騒がしくなっている。どうやら事態を重く見たギルドが夜中に関わらず動き始めたようだ。

 

「ギルド長には会うが報酬は要らない。グリントに全て渡してくれ」

「だ、旦那……!」

「職を奪う形になってしまったからな。詫びの気持ちだと思って受け取って欲しい」

「……」

 グリントはゆっくりと、そして深く頭を下げた。

 

 

 *

 

 

「今回の事件解決への御助力、誠に感謝致する。私がハイテの町、冒険者ギルド、ギルド長をしているマイル・サウザンドだ」


 案内された部屋、そこに置かれた執務机の前に立つ男は、慇懃な態度で開口一番そう名乗った。

 

 きっちりとしたスーツに身を包み、カイゼル髭の特徴的なロマンスグレーの老紳士。それがマイルの第一印象だった。



「俺はシン。こっちはグリント」

「……どうも」

 グリントは居心地が悪そうに、軽く会釈する。

 

「人攫いのアジト壊滅。囚われた少女達の救出。どれも称賛に値する働きだ。誘拐される事件が多発し始めた矢先に、この見事な出来事。本当にありがとう」

「いいや、放っては置けない事だった」

「ふむ。君は正義感にも溢れている、素晴らしい青年のようだな」

「はあ……」

 調子が狂う。今までにあった事なないタイプの人間だ。

「今ギルドと衛兵が総出で屋敷の捜索を行っている。順次情報が入ってきているが、君は魔法使いであるとか」

 

 マイルの目がきらりと光り、鋭くシンを射抜く。

 

「……なり立てではありますが」

 魔法使い、と言われてちょっと嬉しい。はにかみそうになる口を堪えへの字口にする。

 すると、マイルはそれをどう捉えたのか、

「なんとも下手な謙遜だな」

 とニヤリ。どうやら嘘だと思われたようだ。

 

「冒険者ギルドでは協力者にも報酬を支払う事になっている。後ほど進呈するので期待して待っていてくれたまえよ」

「それに付きましては俺は辞退する。報奨金はグリントに全てやってくれ」

「だ、だんな……」


 シンは先にも言っていた事を改めてマイルに告げる。自分は金は必要なく、それにグリントの職を奪ったという負い目があるからだ。

 

「なんと、君が倒した者達にはかなりの賞金首が居たのだぞ。流れ者で方々に恨みを買っている奴らだ。その金額はかなりの物になる筈。それをそこの老人に渡すというのかね?」

「そうだ」

 マイルはちらりとグリントを見る。

「……そうか」


 そこでしばし沈黙が流れた。

 

「それよりも聞きたいのだが」

「なにかね?」

「さらわれた少女を買っていたのが、ここの領主だろ言う話だが裏は取れたのだろうか?」


 シンはここまで案内し、今は部屋の壁際に立っていたリリッタを見る。視線の意味を理解した彼女は、肯定の意志を示すように首を縦に振った。

 

「……ふむ、その件か……。今、領主の館に詰めているのはシバカリア辺境伯ではなく、その代官だ」

「代官……と云うと、辺境伯の代理人、という事でいいのか?」

「そうだ。その認識で問題ない……その者も貴族ではあるがな」

 

 人攫いどもは後ろ盾である代官を、大袈裟に語っていた。もしくは代官である貴族に辺境伯も一枚かんでいる、と騙されていた可能性がある。

 つまりシバカリア辺境伯その人は、今回の少女誘拐に関わっていない?

 

「代官の男は辺境伯の遠い血筋のもので、確か男爵位だったな」

「その男がこのハイテの町で領主をしている、という事か」

「そうだ。辺境伯というのは多忙なようでな。統治する町にこうして代理の者を置いて、一切を任せるのだよ」

 領主様で貴族。それならば、あのならず者達が言っていた条件に当てはまる。


「その男は逮捕されるのか?」

「ああ。君がアジトを一掃してくれたおかげで、証拠品はそのまま手付かずだ。それにより疑惑が深まれば直ぐに拘束されるだろう」

「その権限が、冒険者ギルドにあると?」

「フフフ。ギルドの本質は何でも屋、そして現地の治安維持だ。そしてその忠誠は王にのみ、捧げられている。貴族相手であろうと例外ではないのだよ」

「その話。詳しく聞いても良いだろうか?」

「……まあ市民には分かりづらいか。では少し説明しよう」

 マイルは語る。



 ここに概略を記す。

 

 冒険者ギルドはその国の王直轄、しかし独立しているという特殊な組織である。その関係はは相互補助かつ相互監視。

 例え貴族であろうとも、武力があろうとも、法を犯せば直ちに強大な冒険者ギルドと敵対することになる。

 そして冒険者の暴走は国が監視する。謀反があれば国が敵となる。

 平時であれば冒険者ギルドは、いわゆる独立愚連隊なのだ。その存在は国の安全弁の役割も果たしていた。

 これを決めた時の王とギルド創始者はなんと聡明な人物だろう。

 

 そして人身売買は王国では違法。売った者も買った者も等しく罰せられる。奴隷とはすべからく何らかの罪を犯した者であり、国が管理している。一組織が人をさらって売買する事は有り得ず、有ってはならないのだ。

 

 ちなみに衛兵はその町の支配者に雇われた兵。騎士たちは貴族の手駒と言える。冒険者とは立ち位置が違うのだ。



 「冒険者の本質は何でも屋なのだから」と注釈を最後に入れ、マイルは締めくくった。

 

 ここまで聞いて、シンは今回の事件の解決を見たと判断した。シアンタがさらわれるという事態はこれで無くなったのだ。


「分かった。ありがとう」

 シンはその情報をくれたマイルにそう素直に感謝した。

「……? 感謝するのは我々の方なのだが……まあいい」

 

 

 不意に、室内の空気が変わった。目の前の人物の雰囲気が変わった。

『シン、気を付けて下さい』

 アニマがそう警告する。

 

「さて、それでは最後の狼藉者であるその老人を引き渡したまえ」

「ッ……」

 グリントが息を呑んだ。

「……何故だ?」

「しらばっくれても調べは付いている。その者は人さらいの一味であるとな」


 マイルは何処からか取り出した剣を鞘から抜いた。白銀の刃が窓から見える月光を切り裂くように鈍く光る。

「ひゃぁ!」

 リリッタは小さく悲鳴を上げる。

「っひぃ!」

 グリントは後ずさりしようとするも、身体が恐怖で思うように動かない。部屋に敷かれた高級な絨毯が、その摩擦をいかんなく発揮し、彼の足を絡め取るかのように、その場に釘付けにする。

 

 マイルの剣を構えるその姿は一切の隙が無い。そこには一線を引いてなお語り継がれる、歴戦の冒険者マイル・サウザンド、その人の姿があった。

 彼がシンに語っていない冒険者ギルドの慣例の一つにはこうある。

『ギルド長は実力と知力。相揃うものがなるべし』

 

 そんな彼を庇うように前に出る。

「……彼は只の扉番だ。人はさらっていない」

「だが協力者だ。この町の法では裁かれる立場にある」

「……その際の刑罰は何になる?」

「人身誘拐、売買の罪はすべからく死刑だ」


 重すぎる。犯罪を見過ごしていただけで死刑とは……。

 

 そう思ってしまうのはシンが別の世界の住人だからだろうか。

 郷に入っては郷に従え。そんなことわざがある。異世界なら異世界の法に従うのが正しい。

 

 グリントを見る。顔面蒼白で、脂汗をだらだらと流している。その目は突き付けられる剣の先に吸い寄せられたかのように微動だにしない。

「ぅう……」


 彼はこうなる事を予想していた。だからこそシンに助けを求めることをしない。彼が冒険者ギルドにシンと子供達を導いたのは、自らを裁く存在を欲したためでもあったのだ。

 

 

 彼は初期の開拓団の一人だった。

 両親と共に森に囲まれた小さな村だったこのハイテの町を訪れ、森を開墾し、田畑を耕し続けた。

 しかし両親が流行り病で倒れ、そのまま帰らぬ人となり、そしてまだ幼かったグリントは天涯孤独となった。

 住んでいた小屋は町を拡張する際に解体され、二束三文で追い出された。それから今まで必死で生きてきたのだ。

 ある日伐採作業中に倒木に足を潰され、まともな仕事に在り付けなくなった。浮浪者として過ごしていた彼が、裏商売の者に紹介されたのが、あの屋敷の扉番だった。それがどんな所か知らずに。

 

 しかし直ぐに可笑しいことに気付いた。何故浮浪者の自分を雇ったのかも悟った。それでもその仕事を辞めなかったのは、生きていくためだった。

 

 だが今、その報いが訪れたのだ。そうグリントは察したのだ。

 連れ去られた子供達とのふれあいは楽しくも、彼の心を良心の呵責に苛んでいた。

 

 だからこれは報いなのだと。

 

 

「……だんな、あっしの事は忘れてくだせえ」

「グリント」

「これが運命ってやつです。子供達も救われた。足を直してもらった。そして……いい思い出になりやした」

「……」

 シンは返事が出来ない。

「グ、グリントさん……」

 リリッタは目をつぶって、流れ出そうになる涙を堪えた。


「良い覚悟だ。出来るだけ痛まぬように意識を刈り取らせてもらう」

 マイルが剣を振りかぶる。


 本当にそれが正しいのか。このまま彼が殺されるのを見ているのが? 異星人との友好とは? 価値観の相違を許容することが平穏な関係なのか?

 

 シンの刹那に交錯する思考の海に、ある光景が浮かんだ。

 それはグリントが子供達と楽しくレーションの食べ比べをしているその姿。

 

「アニマ、フラッシュ」

『0.5秒後に展開』


 その瞬間。部屋は真夏の太陽を幾度も重ね合わせたかのような光に包まれた。

 

「ッッ!! な、なんだ!」

 マイルは剣を取り落とし、目を抑えて悶絶する。

「ふぇ、なに?」

 瞼に感じた明るさに目をしばたたかせて、周囲をキョロキョロと見回すリリッタ。

 

 しかし見えるのは床に膝をつくギルド長の背中だけ。そこにはもう何処にもシンの姿もグリントの姿もなかった。

 

 

 ***

 

 

「だ、だんな!」

「すまんな、目を覆うのが少し遅れたか?」

「い、いえ、大、丈夫です、が」


 シンは夜の町を越え、街道を逸れたあぜ道を疾走していた。脇にはマントで包んだグリントを抱えている。光学迷彩付きのマントだ。

 そして目指すはヒュータン号である。

 ナノマシンで強化された彼に追いつくのは馬といえど不可能だろう。

 

 しばし走った後、シンは足を止めて、グリントを降ろした。ここまでくればもう大丈夫だろう。

 

「だ、だんながあっしの為にお尋ね者に……」

 降ろされたグリントは開口一番そう悔しそうに呟く。

「まあ仕方ないさ。自分でそうしたんだ」

「で、でも……」

「しかし報酬がお流れになってしまったな。それは済まない」

「い、やそんなことは問題じゃあありやせん!」

「済まないが不便を掛ける。いずれ安全な場所へ連れて行くと約束しよう」

「……だ……だんなはどうしてこんなみすぼらしい年寄りを見捨てないんで……優しく、するんで?」

 ずっと、ずっと疑問に思っていたことを口にする。

「……お前が臭くないというのもあるが……」

「臭い?」

 体の匂いを嗅ぐ。まあ……当然臭い。体をぬぐったのが何時の事だったか思い出せない。

「まああれだ。いい奴だと俺が思ったからだ。大した理由はない」

「……」


 グリントは何とかえしていいのか返答に困った。そのあまりにも明け透けな態度に、呆気にとられ、そして言いようのないくすぐったさと、充足感が己を満たし、溢れ出した。

 

「泣くな。なんだか照れ臭くなる」

「……へへ、そりゃいけません……ぐぅ、お、男の照れた姿なんかッ……見たくもありやせんや」

 

 グリントは目をぬぐうと嗚咽に歪みそうになる顔をなおもしわだらけにしてカッカと豪快に笑った。

 

「どうぞこれからお世話になりやす。老い先短い爺なんで、煮るなり焼くなり好きにお使い下せえ」

「……よろしくグリント爺」

「へっへ……こちらこそ」

 そして二人は堅く握手を交わした。

 

 *

 

「まあ、しかしあの町には居れなくなったな」

『シンが無茶をするのが悪いのです。髭のマイルという人物に理はありました。説得も可能だったかもしれません』

「んえ!?」

「まあ、これは俺の我がままだ。友好関係は難しくなったが、他の組織に期待しよう」

「な、誰ですかい!」

 突然の女の声に周囲を警戒するが、誰も見当たらない。

 

 見えるのは一面の麦畑。月明かりに白く照らされたそれは、水墨で描かれた西洋画のような、奇妙な幽玄さがある。しかし声の出所、女の姿は幽霊ですら見当たらない。


「そういえばここは月が二つあるんだな。異世界お決まりという訳か」

 空には星空の中、白と赤の月が浮かんでいる。

『何を今更言っているのですか。宇宙でさんざん確認したじゃあないですか。ちなみに片方は月ではなく惑星ベータです』

「へえ! こんなに近くに見えるのか。やっぱり見上げてみると気づくものがあるな」

「???」


 シンはその見えない女と普通に会話している。グリントは幽霊に遭遇したのではないかと不安になるが、当人は呑気に月を眺めている。まさに訳が分からない。

 

「ああ、グリントは初めてだったか。紹介しよう、アニマだ」

『アニマです。最新鋭強襲艦ヒュータンのAIをしています。今後ともよろしくお願いいたします』

「ああ……そりゃご丁寧に……グリントといいやす……」

 狐につままれた表情のまま、そう返す。姿の未だ見えない存在から挨拶されれば誰でもそうなろう。

「アニマは此処に居るわけではなく、声だけを送っているんだ」

 ずっとキョロキョロとしているグリントを流石に見かねて説明する。

「声だけ……ですかい?」

「ああそうだ」


 そこでグリントは閃く。

 

「そうか! 精霊様ですかい!! あっしは初めて声を聞きましたよ! 流石だんな、精霊使い様でしたか!」

 

 誰かも同じように解釈していたな、とシンは思い出す。

 この世界の住民にとって、不思議なことは精霊が起こすというのが定説。いわゆるお決まりの理解方なのだ。魔法などと縁遠い者達にとって、それは日本における妖怪とそう違いはないのだ。

 

「まあそんな感じだ」

 シンはそれで通した。

「いや驚きました、人生長く生きてみるもんだ」

 とグリント。精霊を見ると幸福になれると言われるほど、簡単には姿を見せない。声だけでも自慢できるというものだ。

 

「あ、しまった」

「ど、どうしましたい?」

「シアンタを忘れていた」


 精霊の話でようやく思い出したのは、精霊使いのエルフ。彼女は今酔いつぶれて宿に居る。今回の騒動の事は露知らず、今でも熟睡していることだろう。

 

『明日また、森の庵に向かうとの事でしたから、必要があればヒュータン号に寄るでしょう』

「そうだな」


 何ともあっさりしたものだ。

 合流できたのならば、エルフの国へと案内してもらおうと考えていたが、そうでなければまた別の場所へ向かえばよいだろう。そう二人は考えたのである。

 一期一会、と言い変えれば聞こえはいいが、ようは酔っ払いを引っ張り出すのが面倒になったのである。シンは下戸である。下戸は酔っ払いのお守が仕事である。つまりシンは苦労してきたのである。

 

「一期一会。旅に決められた道などない、か」

「おっだんな、詩人ですね」


 *


 二人と一体はそうして喋りながら、荒れ果てた耕作地へと辿り着いた。

 

「……だんな、こんな所に何の用で? ここらは魔物が出るって云うんで放棄されたって話ですぜ。危ないんじゃ……」

 妙な場所で立ち止まるシンの後ろから、グリントは杖を構えておどおどしている。

「そうだったのか。だからここ周辺に人の気配がなかったのか」

「はあ……」

 あまりに呑気な返しにそれ以上は相づちを打つしか出来ない。


「まあ見ていてくれ。アニマ開けてくれ」

『了解。お帰りなさいませシン』


 すると何もない空間に亀裂が入り、隙間から淡い光が漏れ出す。

 

「!!!」

 

 亀裂は瞬く間に人が通れる大きさに広がると、その正体を現した。それは入り口だ。

 ヒュータンは現在光学迷彩により視認が出来ない。したがってその状態で出入口を開閉すると、まるで何もない空間に穴が開いたように見えるという訳だ。

 

 タラップが降りて階段の様に変形する。

「さあ、入ってくれ」

「……」


 グリントは夢うつつの状態で、導かれるままその明るい空間に入って行く。

 

「……ここは、何処ですか?」

「ヒュータン号……簡単に言うと船の中だ」

「ふねぇ!?」

 素っ頓狂な声だ出た。

 

 グリントも船は知っている。見たことがあるのは、川などで釣りをしたり、渡しをしたりする舟だけだが、海を行き来する巨大な舟のことは聞いたことがあった。……海を見た事は無かったが。

 

「へぇぇ~……これが船ってやつですかい」

 

 だからかすんなりと受け入れた。

 

 

 そこからはシアンタと同様のコースを辿る。

 医務室で徹底的な検査を受け、風呂で垢を落とし、服は新品同様に、食堂で見た事もない料理を堪能する。

 そしてグリントは夢見心地のまま、触れたこともない柔らかなベッドで糸が切れるように意識を手放すのだった。



 そして当の本人が寝ている中、ちょっとした一幕。 

『グリントの年齢は42才前後と判明しました』

「なんだって、まだ若いじゃないか!?」


 未来の世界では40代ならまだ「お兄さん」でギリギリ通る。

 

『不健康な生活と過酷な人生があの見た目にさせたのでしょう。病巣も治療いたしましたし、直ぐに年齢相応に戻るでしょう』

「そうか。ならよかった」

 

 二人はまだ知らない。この世界の人族の平均寿命が50にも満たないという事に。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方その頃。時間を少し巻き戻し、シンがグリントを抱えて飛び出した冒険者ギルドの執務室。

 

 ギルド長のマイルは、眩んでいた視界がようやく収まった後、割れた窓をしばし眺めた後。剣を収め、どっかりと椅子に腰を下ろした。

 

「やれやれ、逃げられてしまったか」

 ふぅ、と緊張を解き溜息を吐く。

 魔法使いであると警戒していたのだが、まんまとしてやられた。しかし魔法を攻撃ではなく目くらましに使うとは……。

「……ギルド長」

「おお、リリッタ君。君は大丈夫だったか?」


 リリッタは突然起きた出来事に恐怖で目をつむっていたお陰で、シンのフラッシュグレネードの被害を最小限に抑えることが出来ていた。

 

 もちろんシンも、彼女が目を閉じていたのを確認していた。そしてアニマの調整で使用した閃光弾は、調整によって後遺症が残らない程度に光量は調整されたものだ。音もない。

 直撃したマイルも失明することなく、しばらくすれば視界も完全に回復するだろう。

 

「私は目をつむっていたので。……そうではなく、どうして……」

 シンは功労者だ。そして、あの人の良さそうなグリントが、人さらいの一味であったという話には驚いたが、彼は子供の救出に協力してくれていたのだ。

 いきなり死罪を言い渡すのは、納得がいかない。

「納得出来ない。そう言いたいのだろう?」

「そ、そうです!」


 フムとカイゼル髭を撫でながら、人の良さそうな笑みを浮かべる。その今の様子には、剣を構えた時の、あの剣呑な気配は微塵もない。

 

「実はね、あの老人が人さらい側の人間であるというのは、勘でカマを掛けただけなのだよ」

「え!? ……どうして、グリントさんが一味の人間であると分かったんですか?」

「だから勘だ。年の功といった所でな……こういう仕事をしていると、色んな人間を見る機会があるのだ」


 そう言ったきり、マイルは口を閉ざしてしまう。しかしリリッタはそういった事を聞きたいのでない。

 

「彼らは――」


 リリッタが何かを訴えかけようとしたその時、乱暴に扉を叩く音が響き渡った。

 

「入りたまえ」

「ギルド長!!」


 入室を促す言葉を言い終えぬうちに、飛び込んできたのは屈強な男達であった。

 彼の姿は正しく冒険者。荒事のエキスパート達。

 

「一体何事ですか!!」

 リーダー格の男が続けざまに問いかけながら素早く室内を探る。その手は腰に吊るされた剣に添えられている。

「何も問題ない」

「……な、なんでもないって……近所のニワトリが、朝が来たのと勘違いして鳴き出したんですよ!」

 

 その時の外から見た執務室は、さながら灯台の如く光を窓から伸び、周囲を照らし出した。

 冒険者ギルドとは云え、開拓地最前線の町。新しく建てられたギルドの周囲は直ぐにごちゃごちゃと家が立ち並び、さながら土地の少ない山間の住宅地の様相を呈している。そんな中で偶然、鶏小屋に光が直撃したのである。

  ニワトリは庭で飼える一般的な家畜化された鳥である。二日に一度卵を産むため重宝されているが、朝になると特徴的な鳴き声を発する。光が当たったことで鶏たちが朝であると勘違いしたのだ。

 

「あれは間違いなく魔法でしょう。だから襲撃が遭ったのかと急いで来たんですよ」

「そうか、しかし心配は要らない。リリッタ君もそうだな」

「は、ハイッ!」

 マイルはこの件を隠すつもりなのだと気付き大声で返事をする。シン達が追われる身になるなど望むはずもない。

 

「……リリッタちゃんもか……いいでしょう。聞かない事にしますよ」


 当事者二人が言う気がないのであるのなら、それで手詰まりである。ここでようやく男達は臨戦態勢を解除する。敵は居ないと襲われた者が言うのだから。割れた窓を睨むも襲撃者の姿はない。

 

「それで、君達は奴らアジトから帰ってきたのだろう? 報告を聞こう」

「……分かりました」



 彼らは酒場に居た者達で、急遽集められた冒険者達だった。まだ酒が深くなく、有能で、ギルドからの信頼もある。

 お酒の関係で小人数しか集まらなかったが、それでも精鋭と言える者達だ。

 

 そんな男の一人。新たな依頼を求めてこのハイテのギルドに訪れた、熟練冒険者である。

 名前はモロトフ。

 彼はその厳つい風貌からは考えられないが、下戸である。今日、酒場に居たのは友人の付き合いだった。その為、酒は一滴も入っていないという理由で、人さらいの屋敷の捜索依頼に駆り出されたのだ。

 後ろに居る他の冒険者は少々顔色が悪いのは、酒が入っているのに走ったからである。

 一人はリリッタに水を持って来てもらえるよう頼んでいる。

 

 

 そんな理由で報告を行うのは必然的に彼しか居ないというわけだ。

 

「……奴らのアジトには後ろ暗い書類がたんまりありました。少々ひと悶着ありましたが、それはもちろん回収しました」

「ひと悶着とは何かな?」

「衛兵共が資料をよこせと言い出したんです。それも隊長格の奴らがです」

「……ほう」

「これはギルドに持ち込まれた案件だって言っても聞かねえ、後で写して渡すと言っても聞かねえ。仕方なく剣をチラつかせたら、ようやく引いたんですわ」

「……なるほど」

「で粗方調べ終わったら、さっさと帰っちまった。ありゃ一枚かんでますね」

 

 領主が客であるのは間違いないだろう。マイルはそう結論付けた。

 最近やってきた代官は、どこぞの男爵の次男坊だったと思い出す。そして田舎に飛ばされたと逆恨みして、羽目を外しすぎたのだろう、そう考察する。

 この問題が露呈すれば間違いなく死罪。それは貴族とて変わらない。

 

 貴族は人気商売な所がある。家の醜聞はお家取り潰しの原因になりうる。今代の王は清廉を尊ぶ人物だ。

 つまりその貴族はこの町に居続けることも、家に逃げることも出来ない。積みである。

 

 だからこそ何をしでかすか分かったものではない。証拠を揃え、すぐさま捕縛する必要があるだろう。

「ご苦労。しばらく休んでいてくれ。証拠が出そろい次第、冒険者ギルド権限で彼を拘束する」

「了解しました……それと――おいおい大丈夫か?」

 視線を泳がせた際に気づいた、辛そうな隣に居る友人の顔色を見て肩を貸してやる。ギルド長の執務室の光を見て、慌てて駆け付けたのが引き金になったのは間違いない。

 荒事も無く臨時収入も入ると聞いて付いて来た、までは良かったのだが最後が誤算だった呑兵衛冒険者である。

「あー……報告も終わったんで、それじゃあこれで……」

 愛想笑いを浮かべてモロトフは去るのであった。

 

 このままでは同僚が執務室の高価な絨毯を汚す羽目になる、と気付いて。

 

 

 *

 

 

「ギルド長! 信用していました!!」

 冒険者が出て行って、ようやく言えた。ギルド長はシン達を庇ったのだ。

 

「グリント老……だったか。彼の罪が消えたわけではない。だが子供を保護に協力した点を鑑みて、減刑は嘆願するつもりだった」

「う……」

 それでも罪は罪であるとギルド長は強調した。

「だがわざわざ手配する必要もないだろう。町から出ていくというのなら、それで刑罰になる」

 刑罰の一つに『追放刑』というものがある。追放されるのは罪により、村か町か国か、それぞれ変わる。

「……うう。それは……でも……」

 町からの追放はよくある処罰でもある。それが厳しいのか、恩情なのか測りかねて、それ以上言葉が出て来なかった。

 

 だが、とマイルは続ける。

「しかし、私があそこで剣を抜いたのは、彼が原因ではないのだよ」

 それは荒事にしたのは、グリントの罪を裁く為ではないという事だ。

「……シンさんに、剣を向けた? ……何故、そんな……」

「彼は此処の人間ではない」

「この町は今、大量の人が訪れていますし――」

 長年の努力でこの周辺の安全は確保された。そしてそんな新天地に希望を求めて人は集まってくる。それは冒険者であるモトロフも、そしてシンもそんな人間の一人だろう。

 リリッタがそう続けようとした。

「彼……シン君はこの国の者ではない……いや、それどころか……」

「別の大陸から来た……と、ギルド長は仰るのですか?」


 この国のあるローザリア大陸。それ以外の島は小島程度しか確認されていない。もし未知の大陸からの来訪者であるならば、それは歴史的な出来事だ。

 

 そんな想像にリリッタは色めき立つ。もしかしたら自分は歴史の証言者になるのでは……?

「しかし、そうではないかもしない」

「えー……し、失礼しました」

 その落胆にマイルは微笑ましそうに目尻を下げる。その目は孫を見る祖父のそれだ。

「シン君。彼は何者でもないのかもしれない……正しく真の意味で……」

「何者でもないですか?」

 それは凡人という意味で言っているのではないと分かるが……それ以外があるのだろうか?

「勘だよ、老いぼれのな」

 マイルはそれだけ言うと、窓に視線を移した。

 

 彼は星空を眺めるかのようにソレを見上げる。

 初夏の訪れを感じさせる涼し気な風が、まるで招かれるように部屋に流れ込む。その元となる窓は、まるで切り取られたかのように真円の大きな穴が開いていた。

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