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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第1章 最新鋭艦、異世界に行く 
14/26

1-14.第14話 夜の町にうごめく者と自称慎重な男

 時間は十時頃だ。しかし街灯のない道路は暗く、時折遠くに揺れる火の光がちらつくのみで、その光も直ぐに建物の影で見えなくなる。恐らく酔っ払いか歩哨であろう。

 異世界の夜は深い。

 

 シンにも、もちろんアニマにも闇は意味をなさない。アニマは各種センサーと、シンはそのサポートとナノマシンにより、町を昼間の様に見渡せる。

 

「街灯はまだ普及していないのか……」

『恐らく貴族などの支配階級が住むであろう区画にはあります。しかし、電気でもガスでもない光源のようです」

「魔法だろうな」

『そのようです』

 シアンタに聞いていた、魔道具という物の存在を思い出す。しかし普及していないということは、費用の問題かそれとも希少な資源を使っているのか。

 

「まあいずれにせよ庶民が使えるものではないのだろうな……っと」

 

 シンは『此処です』というアニマの言葉に足を止めた。目の前には石で出来た堅牢そうな建物が建っている。

 場所は路地裏の袋小路。入り口は目の前の鉄の扉しかない。

 増改築を重ねた故の通路なのか、はたまた意図のある作りなのか。そこまでは二人にも分からなかった。

 


「どうするか?」

『夜分遅くに失礼いたします。でいいのではないでしょうか』

「う~ん……」

 それはどうなのだろうかと首を捻った。

 

 

 シンは実は元軍人である。一度退役したのち、軍属としてテストパイロットをしている、という経歴になる。だがしかし潜入捜査などはしたことがない。

 シンの本名、出意備州新左衛門デイビス シンザエモン。彼は元、輸送機のパイロットだった。

 そして就任中は戦争など起こらず。いや最後に起こった戦争など数世紀前という平和な世界、そんな時世の輸送機の操縦士である。

 そんな世界で軍が維持され続けている理由。それは技術と戦争における情報の維持保全が大きな理由であった。

 それに、もし敵対する存在が現れた場合。戦争の仕方を忘れてしまっていては人類そのものが存続の危機に陥る可能性があるからだ。

 

 その敵対者とは宇宙人も含まれているが、未だ人類は宇宙人との接触に成功していない。シンとアニマが出会った惑星アルファの住人以外は。


 しかしそれはそれ。毎年血気盛んな若者が多く軍に入隊している。戦争など起こりようもなく各種免許がただで手に入り、給料まで出る。実に美味しい職業である。

 

 そしてそんな思惑で入隊する若者の中に、かつてのシンの姿があった、というのが顛末である。

 だが彼は軍へと戻って来た。彼は自分が根っからのドライバーであると、除隊してからある日、唐突に気付いたのだ。そして軍に居ればお金も掛からず様々な乗り物に乗れていたのだと。

 こうしてシンはテストパイロットへ志願し、再び乗り物に乗る事となる。

 

 それは輸送機のパイロットとしてではなく、“最新鋭多目的強襲艦ヒュータン”のテストパイロットとして。

 

 

 閑話休題。

 シンは扉を前に及び腰になっている場面へ戻る。

 

『こういった状況では先ずブリーチを行うと有りますが』

「おいおい……俺達は交戦しに来たわけじゃないだろう?」

 

 ブリーチとは即ち“Breach”。突き破ることである。本来は特殊な成形を施した爆薬を扉、窓、壁などに設置し、爆破して進入路を確保する。その一連の作業の名である。

 もちろんそんなことをすれば一帯が大騒ぎになるのは目に見えている。それにそんな物まで流石に持って来ていなかった。

 

「……」

『……』


 荒事が苦手なシン。シンが拒否することはしたくないアニマ。二人は千日手の状況に、しばし悩むのだった。

 

 *

 

「あんたこんなとこで、何をブツブツ言っているんだい?」

 何処からかやってきた男がシンの背後に居た。退路をふさぐ形であるが、どうやらシンのことを本当に不審人物だと訝しんでいるようである。その様子は若干引けている。

 

 その男は猫背の老人だった。苦楽を共にしたその顔は深いしわに覆われ、この夜の闇に溶け込んで、一層陰気に見える。彼の掲げるランタンがいっそうその陰影を濃くし、まるで木版画のように彼の輪郭を浮き上がらせた。

 彼の突く杖がカツンと石畳との再会に音を鳴らした。

 

「ここの屋敷の主人に用があるのだが」

「こんな時間にかい?」

「事を急いだほうがよさそうな案件なんだ」

「……合言葉を言いな」

 老いた男は表情を険しくして吐き捨てるように言い放った。

 

 男の感情がその身体の節々から匂いでる。それはアニマでなくとも理解するには十分な態度だった。

――ああちくしょう。めんどくさいことになった――

 招かれざる客をあしらう。その態度だ。

 

「生憎、合言葉は知らないが、貴方はこの屋敷の者という事か?」

「……あっしは扉番だよ。頭の逝かれた男が路地に迷い込んでたんで裏口から出てきたのさ」

 苦笑いを交えているが、ようは心配して出てきたのか。根は親切なのだろうか?

 

「それで主人に取り次いでは貰えないか?」


 しばし沈黙が下りる。

 

「あんた、あのエルフのに付きまとっているっていう男だろう。止めとけ、あの女からは手を引きな」

 シンはその言葉で確信を持った。ここが間違いなく人攫いのアジト。恐らくその一つに間違いがないと。

 

「何故あのエルフを狙う」

「……あんた本当にイカれてるのか?」

 目を丸くしたのがこの暗闇でも誰もが気付いただろう。丸くなった目が松明に照らされてギラリと光を反射する。

「可笑しな質問だっただろうか?」

「……はあ……エルフてのは高く売れるんだと。それにあの女は……。悪い事は言わねえ、もう一度言う、手を引きな。兄さん独りじゃ分が悪すぎる。さっさと帰って寝な」

 

 シンがまず考えたのは、何故この男はこれ程親切に自分の身を案じてくれているのかであった。

 もちろん初対面であるし、自身が老人受けがいいと思った事など一度もない。

 

「何故そこまで親切に忠告を?」

 素直にそう尋ねる。

「……こんな俺に人として話し掛けられたのは、あんたが久しぶりだったからよ……」

 

 なんとも世知辛い理由だった。

 

 こんな世界にも独り身老人の問題があるのか。とシンは外れた事を考えているが、そんなことは関係ない。

 おそらくこの老人はずっと後ろ暗い世界に生きてきたのだ。そしてそのまま人生を終えようとしている。その扉番として。

 だからこそ、この扉番はシンという正しく別の世界から来た男に、眩い何かを感じたのだ。

 

「……分かった」

「そうか、ならサッサと帰んな。あんたが来たことは喋らないで置いてやる」

「いやその必要はない」

「……なんでだ?」

「押し入らせてもらおう」


 老人が言葉を発する前に――

 バガンという音と共に、不審な男の後ろの強固な筈の鉄扉が吹き飛んだ。

 

 

 ***

 

 

 シンは元軍人である。

 しかしシンの産まれた世界は平和な世界であった。それ故、その世界の軍も少々現実とは異なる。

 それは正義を前面に押し出した軍。

 世界を統括するAI、マザーが望み、それを人が形にした群体。

 弱きを助け、悪を挫く。それを真顔で誓い、実行し、そして体現した存在であろうとする組織。

 

 正式名――国際銀河統合軍――通称通称、IGJF(インターナショナル・ギャラクシー・ジョイント・フォース)。

 

 一部では「戦隊ものの見過ぎ」「税の無駄遣い」と揶揄されてはいる。だがそれでも確固たる地位を築いた災害救助などの実績が、軍の存在を、そして確固たる意志を体現しているのである。

 そうなのである。国際銀河統合軍の主な任務は災害救助なのだ。

 

 だがしかし、軍人としても意義と心構えも同時に教えられる。

 それは最も最初の文言としてしっかりと記されている。それは――

 

「弱きを助け、悪を挫く」


 ゴォンという鉄扉の転がる音に、シンの呟きは紛れて消える。

 

 そしてもう一つ。軍人として課される訓練がある。それは心に“スイッチ”を作ること。

 

 ……今更思い出すなんて。

 それほど真面目な兵ではなかった。入隊した目的も免許の取得が目的だった。

 しかし、それでも少しはあの組織に感化されていたのだろう。

 

 何故か今、彼の指先が銃の引き金の重さを思い出させた。

 あれが彼にとって初めての人殺しだった。苦い記憶であるが、同時に必要な事であったと理性が訴えかける。

 

 教えられた戦場での心構えは覚えている。アニマも付いている。シンに恐れは無い。

 そして屈託のない善なる少女。シアンタを狙う存在を放っては置けない。

 

 ――カチリ――と心のスイッチをオンにする。

 

 

 それは髭面の人攫い一党を瞬きする間に、僅かな指の動きと、正確な照準を成し得た“心の切り替え”。

 そしてシンは一時、軍属のテストパイロットではなく軍人に戻る。

 それは優しさで心を壊さぬよう、情けで仲間を殺さぬようにと。優しい軍によって開発された、優しくない戦場で冷静さと冷徹さを保つための処世術。

 

 

 シンは覚悟を決めたのだ。

 

 

「あ、あんた……」

 尻もちを付いた老人が喘ぐようにして問いかける。

「これからここの主人に会いに行く。止めてくれるなよ」


 麻の服の下に着込んだスーツ。その人工筋肉が装着者の意識の変化を感じ取り、キュキュキュと金属の擦れる音を鳴らし、動作チェックを始める。

 ――異常なし――

 扉を蹴り飛ばす衝撃など、この戦闘スーツにとっては卵を割るのと大差はない。


 屋敷の中が騒がしい。鎧戸の下りた窓から明かりが漏れ出した。

「わ、悪い事は言わねえ……や、止めとけ……」

 鉄の扉を蹴り飛ばした後でもそう言われると気持ちがすぼむ。そしてそこまで止める理由が気になりだした。

「じいさん、そんなに此処の親玉はやばい人物なのか?」

「そ、そうじゃあねえっ!! こ、っっここは……りょう――」

 そこまで言って老人は己の口をその手で塞いだ。

――だれだぁこらあぁ!!――

 それは、そんな中から怒号と人が走るドタドタとした音が近づいて来るのに反応したように見えた。

 

 話し込んでいる時間はない。

 

「じいさん。最後に聞かせてくれ。誘拐はこの国でも犯罪だろうか?」

「……そりゃあ当たり前だ……バレれば死罪だ」

「そうか」

 この親切な老人も罪に問われる可能性がある事を知り申し訳ない気持ちになる。しかしもう賽は投げられたのだ。

 

 シンは蹴破られた先に悠々と足を踏み入れた。

 

 *

 

『正面廊下から3人来ます。抜剣しています』

 素早い支持がアニマから飛ぶ。相手は壁越しであろうと既に把握している。

 

「この屋敷の主人と面会願いたい」

 大声ではないが通る声を意識して、向かってくる男達に問う。

「腕の二三本置いてったら考えてやらあっ!!」

 先頭の男が走り込んできた勢いのまま剣を振るう。片刃のショートソードだ。

 

 

 シンは避けようとせず男と相対。そのまま振り下ろされる剣を片手で受け止める。

「ば、ばかやろこのやろ……」

 

 男は目の前の光景に理解が追い付かず、支離滅裂な、しかし己の人生で染み付いた言葉を何とか呟くことは出来た。

 男は目を疑う。腕の太さだってこちらが倍はある。剣は短いながらも鋼鉄製の上等なやつだ。それだというのに、ひょろい印象の侵入者は黒い手袋を嵌めた右手であっさりと刃を受け止めたのだ。

 なんだ――

 

 男の意識はそこで終わる。

 シンの裏拳が彼の鼻っ柱をこっぴどく打ち抜いたのだ。激痛と脳震盪の合わせ技で、昏倒したのだ。

 放って置けばそのうち脳内出血で死ぬだろう。だが正当防衛だ、知った事ではない。

『あのようななまくらより、まち針の方がまだ優秀ですね』



 アニマの言う「まち針の方が優秀」とは、前時代に人工筋肉の隙間をぬって装着者を攻撃するニードルガンが流行したことを前提とした皮肉である。

 針状結晶が出来る仕組みを利用して製造された微細な針をショットガンのように浴びせ掛ける、その兵器は絶大な効果を発揮した。

 が、現在では既に対策が施されているため現在は使用されていない。

 

 

「て、てめえ……」

 付いてきた二人の男はその様子に勢いを殺してたたらを踏んだ。

「話し合いに来たんだ。回答如何によっては警察……ではなく、自治体の治安維持を担う組織に身柄を差し出すだけで済む」

 そういえばこの世界に警察はない。どういった権力体系なのかも調べなければ。

「じ、じちたい……なんてしらねーが怖かねえ!!」

 

 自治体の何たるかは理解できなかったが、本能から男達はシンが何をしようとしているのかを理解した。即ちお上に引き立てられるという事だ。

 

「こちとら貴族がバックに付いてるんだ。衛兵なんかこわくねえぜ!」

「貴族……?」

「おおよ!!」

 と言いつつ男達は及び腰だ。一番デカい仲間がのされて倒れている床をちらちらと時折見ている。

 

『貴族と呼ばれる者が地球基準と同じ存在なら、シアンタの言う辺境の地であるハイテの町、その領主ということではないでしょうか』

 アニマの助言で、さっきの老人が言いかけた言葉が脳裏をよぎる。

「領主様と云う訳か?」

「お、おおよ! この町を統治なされる辺境伯様よ!!」


 男は自分のバックに居る人物が大人物であったことをやっと思い出したのか気勢を上げ始める。

 

「……ううむ」

 困った。これには非常に困った。

 

 

 シンの目的はシアンタの誘拐の阻止である。しかしそれと同時に、この星の知的種族と友好を結ぶ、という大目標がある。

 辺境伯は文字通り、辺境の地を支配することをこの国の王から認められた存在という事である。

 つまり偉いのである。現代の州知事、いやそれ以上の権力を持っている存在である。

 つまりそこに喧嘩を売るということは、この国の一部に喧嘩を売ることと同義である。

 

 

「どうしようか」

『まだ完全に把握している訳ではありませんが、見た所複数の国は存在していますし、この国は諦めて次の国へ向かっては?』

 そういえばシアンタが自分の国へ来るか、と言っていた。

 

 

 シンはアニマと呑気に相談していられたのも、荒くれ者の嗅覚が良かったからである。彼等は得体の知れなさを、目の前でブツブツ独り言を言う男に感じざる負えなかったのだ。

 そして今や男達は倒れた筋肉自慢を含めた三人以外にも、四人増えて狭い廊下で何事かと剣を抜いてこちらの様子を伺っている、という状態だ。

 現状6対1。だがそれでも不気味な男に向かってゆく者はいなかった。

 

 

「よし、しょうがないな。先ずは目の前の悪、その次が友好と行こう」

『それでいいかと』

「な、なにをブツブツ……」

「実力行使だ」

 

「何をごちゃごちゃやっている!」

「か、かしら……ッ!」

 

 シンがその実力行使を実行しようとした瞬間。荒くれ達が突然その声に緊張し身を固くする。その雰囲気を感じ取り二の足を踏んだ。

 

「貴方がここの主……?」

 思っていたのと違う。人攫いの親玉というからにはもっと荒っぽい人物像を想像していたのに。これでは調子が狂う。

 そう、例えばあのシアンタを襲った髭面のような……。

 

 しかし屈強な男達を掻き分け、シン目の前に現れたのは小太りの小男だった。

 だがしかし……とシンは思う。この悪人臭さは周りの男達とは一線を画すものだと。

 

「で、お前はなんだ」

 傲慢不遜を体現した態度でその男はこちらを睨んだ。

「……エルフの連れだ。彼女から手を引け」

 取り敢えず要求を伝える。

「ああ、シアンタに付きまとっているという男か! はっはっは! 殴り込んで来たのか!?」

 と直ぐに小男はこちらの目的に気付いたようだ。そして男は隠さずにシアンタの名を出した。名前を知っているだろうことは分かっていたが、この男から聞くそれは、酷く不快な音のように響いた。

 何が面白いのか。小男はひとしきり笑った後――

「嫌だね」

 無表情で言い放つ。そして大仰に顔を逸らしこちらに手を掲げた。

 

「ファイアーボール!」


 火が上がり、その熱波が狭い廊下を舐めるように駆け抜ける。

 一抱え程の火の玉が男達の合間を縫ってシンを襲う。

 

 小男は素早くこちらに手の平を向け魔法を放ったのだ。そう彼は魔法使いだった。この悪党達を統べる能力は、その見た目からは解らない、畏怖される魔法の力そのものなのだ。

 

 ごてごてと指輪を付けた手を、前に突き出したまま高笑う。

「っはっはっはっは……力自慢だけの無知な馬鹿が――」


『消化しました。しかし木造建築の家の中で火を放つなんて信じられない事です』

 シンにだけ聞こえる声で、アニマは事も無げに苦言を呈した。

「な、なぜだ!!??」

 何事もなくそこに佇むシンに、小男は悲鳴に近い怒声を上げる。

 

 彼女にとって魔法は新しいおもちゃである。それは研究と実験という名の元、四六時中弄り回しているという事。

 人間にとっての一秒はAIである彼女にとって無限に等しい。アニマはこの世界で有数の魔法のエキスパートと化しつつある。

 

「ば……馬鹿な……あらかじめ呪文で練り込んだ魔法だぞ……」


 小男は絶句する。騒ぎが起これば直ぐに呪文を詠唱しておく。この行為は何回と男を救った習慣だった。あらかじめ詠唱を完了させ、敵と会った瞬間発動させる。

 この技術は容易に習得できる難度のものではない。相手を油断させる小言を間に挟むのだから更に難易度は増す。だからこそ、小男の多用してきた魔法による奇襲は絶大な効果があった。荒事を解決した後に小男はいつも思うのだ。

 見た目に騙されて馬鹿な奴だ。と。

 それゆえ男はこの奇襲戦法に絶対の自信があった。今の彼の気持ちは、それが何故、それなのに何故、である。

 

 

「……敵対行動とみなして、専守防衛を実行する」


 シンはそう言い放つと手を前に構え、指先を小男に向ける。ちなみに攻撃された後なので専守防衛ではもちろんない。

 

 シンは静かに言い放つ。

「ファイアダート」


「ウッ!?」

 男達は身を竦めた。

 だが……指先が一瞬煌めくも、炎が飛び出す様子もない。男達も自分の身体を見回すが、当たった様子がないことに安堵し、そして調子に乗る。

「ぬぁあんだあ? ただの目くらましかよ、びっくりさせやがって」

「へ、へっひっひっひ。ファイアダートは初級の火属性魔法、それすら撃てないというのに無理をしてはいけませんよ」


 男達と小男はそう笑うも嗅ぎなれない匂いに鼻を引くつかせた。

 男達は考えた。この匂いは一体何なのだろう。焦げた匂いには程遠いが、しかし不快にさせる匂いだ。まるで野菜が腐ったかのような……。


『シンもう少し出力を抑えて下さい。照射した魔法は地面を22メートルを掘削して消滅しました。出力を基準値の50から1……いえ0.6まで落として下さい』

 火を使うのは愚かだと申し上げたばかりですのに……とアニマは嫌味も忘れない。

「し、しかし初級魔法であるし、ロッドも使っていないのにだな、こんなに効果があるとは思わなくてだな。もっとこう小さな火が出るだけだと……」

 目くらましのつもりで撃ったのだが、大きく当てが外れてしまった。しかも地味で威圧効果も薄い。

『まだこちらも魔法の全てを把握している訳では無かった、という事です。個人差があるようですが、その原因は目下調査中です』


 男達が初めて嗅いだであろうその匂いの正体はオゾン臭であった。

 シンが撃ちだしたファイアバレットはプラズマ化しておりほぼ光速で飛翔。そして威嚇のために狙い定めた小男の股を抜けて、そのまま床を貫通。地面を溶かしながら真っすぐ地下を進んだのだ。

 シンが床に向けて撃っていなければ一体何棟の建物を貫通していたか分からない。

 

「き、気を付けよう……」

 所持しているブラスターよりも危険な魔法に恐れおののくしかない。初めて使った魔法を出した指先を見つめる。熱くもなかったし見た目も変わっていない。つくづく魔法とは不思議なものである。

 

 

「おい……何をぶつくさと――」


――ぎゃあああああ――


 小男が話しかけようとしたとき、廊下に悲鳴が走った。

 

「いてぇいてぇえよぉおおお! お、おおれのあしがぁああああ!!」

 声の出所はその小男の後ろだった。一斉に視線が集まる。

 

「あああ……な、なんで……いでぇえええ……」

 視線の先の男は足の甲を抑え、床をのたうち回っている。

 

「おい……どうしたんだよ、しっかりし――なんだぁこりゃあ……」

 側に居た男が屈みこんで介抱しようと試みてそれを見つける。

「あ、足の甲に穴が開いてる……」

 誰にも当たらなかったと思ったシンの魔法は、どうやら不運な取り巻きの一人に当たっていたようだ。

「な……き、貴様っ! そ、それは本当か!!」

「は、はいぃ! それはもう奇麗に……まるで酒樽の蓋を開けた時の穴みてえにそれは奇麗に……」

「いいから見せろ!」


 小男は我慢できなくなったのだろう。シンから視線を逸らし、仲間に抑えられた、のたうっていた男の足を見る。確かに穴だ。革靴を奇麗に貫通し、職台で照らされた床が見える。

 

「……な、なんだあれは?」

 

 そして気づいてしまった。床にも同じように空いた穴。それは男の足の甲に空いた穴と寸分たがわぬように見えた。

 

「……ま、まさか……」

 

 小男は気付いたのだ。ブツブツと独り言をつぶやく目の前の男。それ以外にも傍から見れば独り言を言っている様にしか見えない存在が、おかしくなった人間以外にも存在することを。

 

「せ、精霊使い……」



 小男は実際に精霊使いが力を行使するところを見た事はない。しかし精霊を友と、父と崇めるエルフが使うとよく耳にはしていた。そしてその力の強大さも。

 精霊使いに対抗するには魔法使い動揺、先手で潰す。それが裏稼業でもっぱら伝わる対策である。

 そのため、エルフのシアンタに対しても、小男は万全を期して人数を多めに当てている。そして昏睡状態にする薬も用意していた。

 

 人攫いの髭面に命令を下したのはこの小男だった。

 

 そして今日、何食わぬ顔で町へと戻って来たエルフ、シアンタを見たとの報が入る。

 部下の髭面はどうやら森で臆病風に吹かれて撤退したとの情報ももたらされた。

 作戦は失敗したのだ。

 だが部下にはエルフが何の目的で森に入って行くのかの調査も任せている。それが分かれば待ち伏せも脅しもやりやすくなる。そしてエルフは年に一度、この町を訪れる。

 焦る必要はない。きっとその情報を元に、エルフというお宝を直ぐに手にいれられるだろう。

 であるから、ゆっくりとエルフを追い詰めればいい。小男はそう考えていた。

 

 そしてエルフの側に居る男。シンなど目にもくれていなかったのだ。

 この発展著しい町、ハイテに出稼ぎにやって来た田舎者。そして珍しいエルフにまとわりついているだけだと。

 エルフの娘はお人好しであると情報が入っていたのもシンを軽く考えていた原因だった。

 

 

 だがしかし。男がエルフと同じ精霊使いであるとなると話は変わってくる。あの男はエルフと共に森から来たと聞く。

 もし髭面がそれを知り撤退していたのなら、それは英断だったのだ。

 

「ま、まさか連絡にあった森で遭遇したという男は精霊使いだったか――」

 吐き捨てるように小男は声を漏らす。顔色は真っ青だ。

「何故俺が森に居た事を知っている?」

 シンは訝しんだ。小屋を訪れた人攫いの集団は全滅させたはず。情報がもたらされる事はないはずだと。

 そしてもしアニマのドローンによる目をも誤魔化し生き延びたとしても、距離的に髭面の人攫い達が帰ってくるには早すぎる。自分がエルフと一緒に居るという情報は町を調べれば分かりこそすれ、共にシアンタの祖父の庵に居たと知れる筈がない。

 

「……ふん。子飼いの鳥が知らせたのよ」

 一杯食わせたのが余裕に繋がったのか。幾分顔色を戻して小男は正直に答えた。

「鳥……そうか伝書鳩のようなものか」

 伝書鳩。太古の昔は鳥の足に手紙を括り付け、帰巣本能を利用して文通していたと聞く。確かに、それならヒュータンより早く、情報をこの町に届けられてもおかしくない。

『なるほど……失態でした。人にばかりかまけていてその可能性を失念しておりました』



 つまり髭面は引き上げる最中、つまり死ぬ寸前。仲間内にだけ分かる合図で、森に潜んでいた部下に情報を送るよう指示していたのだ。

 その部下とは鳥かごに伝達用の鳥を入れて持ち運んでいる伝達要員である。鳥の足に括り付けられる紙は小さく時間もない。

 であるから伝達要員の男は、作戦の失敗と小屋の発見。そして未知なる男の存在を簡略文字で手早くしたため、鳥を空に放った。

 ……そして男はその瞬間、ブラスターに貫かれて絶命したのだ。

 

 死ぬとは思っていなかった髭面は考えていたのだ。

 そのエルフが森に入る目的であったその庵に辿り着いた事で、一旦引いても大体の位置は把握できた。そしてその鳥に送らせた手紙の内容に、実は手勢の増員を求める記述も記されていた。

 髭面は引き返したと見せかけて、直ぐに庵を襲撃する算段であったのだ。

 それを何気ないハンドサインで部下に指示していた髭面は、確かに部下を率いるに足る有能な人物だったのだろう。死んでしまったが。

 

 ちなみに増援の指示は小男には無視されることになった。

 何故なら標的のエルフが町に戻ってきてしまったのだから。

 

 小男は小さく溜息を吐くと言い放った。

「分かった。この件からは手を引く」

 なんと素直に降参したのだ。両手を挙げる素振りまでして見せている。

「妙に素直だな?」

 流石のシンでも小男の突然の心変わりに疑念が宿る。

「はんっ。俺も命は惜しい。今後お前のエルフに手を出さないと誓おう」

 小男が「お前の」と付けたのは、もちろん嫌味と世辞でもある。

「……信じると思うのか?」

「後ろ暗い商売ってのは、信用が大事なんだ。嘘は吐かない」

「……」

『シン。あの男は嘘は吐いていません』

 小男の言葉は信用できないが、アニマのその言葉は信用に足る。アニマには読心術かと見紛う程の観察力と鑑定力と推理力。それを成せる超ド級の情報処理能力があるのだ。

「……分かった」



 小男は心の中で勝鬨を上げた。

 実際彼は嘘をついていない。シンのエルフ、つまりシアンタには手を出さないと言ったのだ。

 信用が大事。これも本当だ。しかしエルフを所望する領主から既に前金を受け取っている。それも大金だ。その契約を翻意には出来ない。何故なら取引相手との信用が一番大事なのだから。

 

 であるから次点の案。

 依頼主には町中で一目ぼれしたというシアンタではなく、別のエルフで手を打ってもらう。

 相手はお得意様であるがゆえよく知っている。少々安く買いたたかれるだろうが、それでも問題ないと小男は見ている。こういう時の為に、これまで持ちつ持たれつの関係を築いてきたのだ。

 そして別のエルフは時間は掛かるだろうが問題ない。この町には何故か、エルフが時折ふらりと訪れるのだ。

 これは『エルフを見たものはその日一日幸せになる』という言い伝えがある程度にはエルフという存在が希少なこの世界では、この男だけが気付いた、ハイテという町の珍しい特徴でもあった。

 

 

『……ですが悪人とは、上手く嘘を“付かない”ものです』

「そうだな」


 シンは分かっていた。分かっていたがそれでも改心する可能性に掛けたのだ。しかしアニマはそれを否定。シンには伝わる言葉で彼を黒と断じた。

 叶わぬ願い。

 

 魔法よりは使い慣れた物を。隠し持っていたブラスターに手を掛ける。射撃体勢も軍人時代に嫌というほど反復練習させられている。

 同期が「パイロットが銃を使うのは自殺する時だけだって映画で見たぜ」と言っていた思い出す。

 しかしそうではなかったよ。

 

 シンは心の中で呟いた。

 

「なん――」

 小男は向けられた銃を見た瞬間事切れた。眉間には小さな穴が開いている。

「あ――」

「え――」

 ブラスターを向ける方向はナノマシンが完璧に補佐してくれる。ただ狙いたい相手に銃を向けて引き金を引けば微調整は自動だ。勝手に必殺の一撃になる。

 

 事態を把握する暇もない。

 次々に剣を構えていた筋骨隆々強面の男達が糸の切れた人形のように倒れていく。

 

「や、やめて――」


 最後の男は足の甲を打ち抜かれて逃げられなかった男だった。

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