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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第1章 最新鋭艦、異世界に行く 
13/26

1-13.第13話 町でのデートと黒い影

「で、デートじゃないよな、な!」

 カルキのそんな声を背に宿を出る。

 

「最近の子はおませよね」

「あんなものじゃないか?」

『シンの子供の頃は、カルキ少年のように女性に接していたと』

 いやそういう訳じゃあない、とシンは慌てて首を振る。

「自分の気持ちに素直な所が、という意味でだ」

「素直なシンなんて想像もつかないけどね」

 とシアンタは笑う。

「俺は素直に生きている」

「……まあそうね、なんで素直じゃないと思ったんだろう?」

『何時もむっつりしているからでしょう』

 そのアニマの答えにシンが引くくらい笑うのだった。

 

 

「……ああ。こんなに笑ったのは久しぶりだわ」

「……」

「で、どこから案内する?」

「……ゴホン、先ずはあそこからにしよう」


 シンがずんずんと進む先は、川辺方面だ。

 宿を出た時から目星を付けていた場所に向かっているのだ。

「ごめんなさい――ふふっ」

 謝りながらシアンタは付いていく。思い出し笑いをしながら。

 

 その先あったのは材木所だった。川の側に作られた木造の建物から何かが回転している音が聞こえる。

 

「川の上流から流れてきた丸太をここで加工するのね、よく知らないけど」

 しかし、とシンを横目で眺める。

 幾らデートではないとは云え、ここまで色気のない所をまず初めに選ぶだろうか。と。

 

「この世界の技術力が知りたいからな。ならば工場はもってこいの場所だな」

 その目に気付くことなく作業をする男達に近づいていくシン。

 

 工場のような建物の隅で行われていたそれは、積み上げられた丸太から皮をはがす作業のようだ。

 一人の男がシン達に気付いた。

 

「なんだあんたら?」

 訝しんだ様子でこちらを睨む。しかしシアンタを視界に入れると、その吊り上げた目尻が下がった。

「お、……まあ見るくら、あ、いや」

 顔を真っ赤にしてしどろもどろである。

 

「見学させてもらいたいんだが、この建物の中には入れるか?」

「馬鹿いえ。あぶねえから止めとけ止めとけ。あと作業の邪魔だ、あっちいけ」

 シン相手には取り付く島もない。驚きの速度で顔を仏頂面に変える様は、まるで百面相の芸を見ているよう。

 だが……。

「私も興味があるの。ちょっとだけでいいからお願いできないかしら」

「……ままままあ、ちょっとだけなら、構わねえが……」

 シアンタが頼み込むとあっさりだった。

 

 

 親方に知らせとけ。そう隣に居た男に言い添えると、シアンタにあっさり篭絡した男は「ついてこい」と言って歩き出した。

 

 建物はほとんど屋根だけの構造物で、その中に巨大な回転のこぎりが収まっていた。川沿いに設けられた水車を動力として利用し、丸太を見事に裁断している様子が伺える。

 その力は凄まじく、なるほど人間程度なら真っ二つになるだろう。水の力は馬鹿に出来ないのだ。

 

「……もういいだろ?」

「ああ、ありがとう」

 シンが居たのはほんの十秒ほどだった。

 だがそれだけでシンは満足した様子でその場を去るのだった。

 

 

 

 木材所から幾分離れてからシアンタは疑問を口にする。周囲に人はいない。

「あれだけでいいの?」

「ああ。アニマが居るからな」

『歯車、滑車が利用されていましたね。裁断機も大型です。これは専門知識を有する人物によって設計されていることを示唆します』

「つまり学校のようなものがある、ということか」

『数学的知識の必要性から一子相伝の技術、というのは考えにくいですね』

 

 つまりシンとアニマは技術水準からその文化の発展度合いを見ていたのだ。

 過剰な技術の譲渡は争いの火種となる。木工所で得た情報は、異星人との友好的接触の第一段階としての目安に大いに役立つだろう。


「……呆れた。そんな事の為に木工所まで行ったの? そんな回りくどいことをしなくても、図書館にでも行けばいいじゃない」


 本は知識の集積物だ。そしてその本を貯蔵する図書館は知りたいことを教えてくれる正にデータバンクなのだ。

 しかしシンが図書館を探さなかったのには意味がある。

 

「この町に図書館があるのか!」

 あると思っていなかったのだ。

「ないけど」

 シンは思いっきり肩透かしをくらった。

「……ないのか」

「この町にはってことよ。多分この国なら王都に行けばあるんじゃないかしら? まあ閲覧できるのは限られた階級の人達だけでしょうけど」

 それは自分の知っている図書館とは違う。

「う~ん……そうか……」


 シンは王都に行くか悩んだ。もちろん正規の手続きでは入館すらできないであろう。しかしこちらにはヒュータンとアニマが居る。こっそり閲覧することも不可能ではない。

 しかし――。

 彼はゲームでも地道に物語を進めるのが好きだった。いきなり強い武器を手に入れるのではなく、順に安い物から買っていく。サブクエストも全てこなしてから次へ行く。出来るだけ取り漏らすことのない様に、地道にである。

 

『先ずはこの町から調べるのが良いと思います。千里の道も一歩から。です』

「そうだな。灯台下暗しとも言う。何か見落としてもつまらないしな」

 シンをよく知るアニマの助言で、この町を引き続き探索することに決めるのであった。

 


 その様子を陰で見ている者が居る。

 男は二人が向かう先を確認すると、路地裏の奥へと走り去った。

 

 

 ***

 

 

「これは……美味いな」

「お腹壊しても知らないよ、シン」

 

 二人は町の中央に繰り出し、ウィンドウショッピングという名の冷やかしを続け、今はこうして露店で買い食いをしていた。

 工房街へ行こうとするシンを、中心街へと引っ張ってきたのはもちろんシアンタである。

 

「大丈夫だ。ナノマシンが有毒な物を分解してくれる」

 そしてまた、得体のしれない肉にかぶりつく。硬いが油が上手い肉だ。

 

 その様子を呆れた様子でシアンタは眺めていた。

 旅の最中に露店の物を食べるのはご法度であると、シアンタは言い含めるも気にした様子がなかったからだ。

 

 露店はつまり店を持てない者がする店、ではなく。店が無くても誰でもなれる、いわゆる自由職なのだ。

 そんな者達が何処から仕入れているのか、どのような調理法で作っているのか、そして何を使っているのか全く分からないものを売っている。

 それで以前シアンタは酷い目に遭った。腹を下し、それ以来露店の食べ物は買わないようにしているのだ。

 

「しかし――」

 シンは口をモグモグさせながら呟く。

「まだシアンタ以外のエルフに会わないな」

 と周囲を見渡す。

 

 町には様々な人種が何処へ向かうのだろうか、雑踏の賑わいを残しつつ行き交っている。

 獣の耳と尻尾を持つ獣人の女性。背の低いひげ面の男。荷車を引く六本足の馬。どれもが異世界を感じさせるものだったが、耳の長い人間は見かけない。

 

 エルフの特徴とされる耳の長さと美しさ。それは人混みの中では紛れてしまうものなのかもしれない。そうシンは考えた。

 

「エルフという種族はあまり外に出ないのよ」

 シアンタはフゥと溜息を吐くと、シンが見ていることに気付いて苦笑した。

「私達は……何というのかしら。放任主義かつ個人主義、とでも言うか……あまり他国に関心がないけれど、気になる人はお好きにどうぞって感じなの」


 来るもの拒まず、去る者追わずね。とシアンタが付け加える。

 つまりエルフの治める国があり、住民はあまり外へと出ないのだという。


「鎖国……とも違うか。入国者を拒んでいる訳じゃあないんだろ? なら何とも言えないお国柄だな」

「まあ国を公表していないから、来る人なんて殆どいないから、実質サコク? と似たようなものよ」

「国を公表していない?」

 それでは誰がそれを国と認めるのだろうか。自称するだけでは国とは呼べない。他国が認めねば国は国として成り立たない。

 

 自称国家は現代の日本にも存在するが、その場合は少ないながらも国交のある国が存在して、多少なりとも対面を保っている、もしくは保とうとしているが。しかしそれでもそれは国ではない。

 当たり前であるが無人島を買ってもそれを国とすることは出来ないのだ。

 

「国の位置を公表していないし、知る者にもそれを吹聴しないようにお願いしているの」

「しかしいずれ全員にバレるのでは?」

「言いふらしても得が無いもの。特に付き合いがあるのは貴族とか商会の人間とか、エルフと知古を得た個人。つまり趣味人か商売人なの」


 場所をばらすとそれだけライバルが増えて損をするのだ。

 

「しかし――」

「もう、それで上手くいっているんだから大丈夫なんでしょう。はい、この話は終わり」

「いや待ってくれ。最後にもう一つ聞きたい。鎖国しているのは防衛の観点からなのか?」

「それもあるけど、さっきも言ったようにエルフの気風と、そして精霊を守るためよ」

「精霊ってあのフォトンとフロウみたいな存在を?」

 あの存在を守る必要があるのだろうか、と首を傾げる。彼等ならぺんぺん草も生えていないような荒野でも生きていけそうだ。

「精霊は好む場所に多く住み着くの。そしてその場所をエルフは保証してあげているの。エルフの子供は、彼らはエルフの友であり父でもある……と教えられて育つの。そうして何時か、エルフは精霊の為の国を建てた」

「それはなんとも……」

 ファンタジーだ。そんな建国理由の国など、こちらの世界にはないだろう。しかし宗教国家に近いのかもしれないと、シンは常識の整合性を図る。

 

 精霊を主体とした国。それがエルフの住まう深い森の奥に存在する国家。それがシアンタの故郷である。

 

「精霊の為の国か……それは見てみたい」

 あの精霊が多くいるというのだから、随分とサイケデリックな国なのだろう。

 

「じゃあよかったらこの町の観光が終わったら来ない? 案内してあげる」

「そうか、それもいいな」


 しかしシンは地道にマップを埋める派である。この町での用事が済めば、次の町へ、そしてその次に町へと行くつもりであった。

 なのでシンはその道中でエルフの国に寄らせてもらおうと考えた。

 

「そのエルフの国は遠いのか? それなら――」

 町伝いに行こうと。そう提案しようとすると、シアンタが顔を寄せて耳打ちをした。

「実はここから近いの。何時もおじいちゃんの庵に来たら、その足で里帰りしているのよ」

 とさも嬉しそうに語る。

 

「……しかしこの周辺に町なんて」

 今この時も、アニマは周辺の探索をドローンで行っている。既に惑星アルファの地形は把握しており、今はシンの居るハイテの町から詳細探索を実施中だ。

 しかしアニマからこの周囲にエルフの町があると報告は受けていない。

 

『このハイテ周辺約3000キロメートルにある町と呼べる規模の集落は43カ所です。しかしそのどれもがエルフ以外の種族を中心としたコロニーでした』

 と即座にシンの疑問に答える声が脳内で響いた。

 

 アニマは迷彩化させたドローンによって、より詳しい調査をしていた。おかげである程度の人種の判別情報を手に入れている。

 

「やはり周囲の町にはエルフの国らしきもは見つけていないらしいが……?」

 そんなシンの疑問に、フフンとしたり顔をしているのはシアンタだ。

「シン達がどうやってそこまで調べたのかは知らないけれど、エルフの魔法も捨てたものじゃあないわね」

 と、胸を反らして自慢げだ。

 

「……ということは魔法には国一つ隠ぺい出来る規模の行使も可能なのか」

『――エーテルを使った技術体系の調査と、それに合わせた対策を同時に行うこととします』

 とアニマはシアンタに聞こえぬように伝えた。

 

 エーテルはシンの世界でも今だに未知の多い技術である。この世界の魔法がそのエーテルを用いて発展しているということは、アニマにすら未知のエーテル利用法として、魔法という力は危険であるということだ。

 アニマはヒュータン号の中で行っている、実験の優先度を上げる命令を下位プログラム群に下す。

 

「まあ見えなくなったり誤魔化したり出来る壁みたいなものね。これは内緒よ」

 よっぽど嬉しかったのだろう。終始シアンタは上機嫌だった。

 

 

 ***

 

 

「町の情報収集はこんなものだろうか」

 今は夕暮れ時。町の人々は家路の途中か、はたまた飲み屋へでも出掛けるのか。炊事の煙が棚引く空の下では、誰もが少し慌ただしく見えた。

 

「見回ったのは商店街と工房街、後は住宅街くらいじゃない。私がせっかく冒険者ギルドを案内してあげるって言ったのに……」

「いやあ……それはシアンタから概要は聞いたしな。それに荒くれが多くいそうな場所は無駄に厄介事を招く恐れがある」

「厄介事ならもう巻き込まれて――ごめん。私のせいなのに……」

「自分から首を突っ込んだんだ。謝る必要はない」

 

 シンは自分達をつけ回している存在が居ることを、既に教えていた。

 シアンタは彼等に気付かれないように顔を確認しようとしたが、ことごとく失敗している。その事から、どうやらかなりの手練れのようだと、シンに忠告さえしていた。危険な相手だと。

 

「そういう訳だから今日は暗くなる前に宿へ戻ろう。奴らも街中で仕掛けてくるなんてことはないだろう」

「……だといいけど」

 

 シアンタの不吉な予感は当たることになる。

 

 *

 

 宿に戻った二人は夕飯を取りつつ、冒険者ギルドを中心とした話題に花を咲かせた。

 そのお友となる料理は白パン、温野菜のサラダ、塩とハーブで味付けされたスープ、小さいながらも豚のような肉のステーキがメインとなかなか豪華なものだった。

「当たりの宿でしょ」

 とウインク。シアンタは別料金で「エール!」と酒を頼んでいたが、シンは果汁ジュースである。彼は下戸なのだ。

 ちなみにカルキ少年は料理を運んできてはシン達の席に居座ろうとして、恰幅の良い女将さんに拳骨を落とされては引きずられていく、を繰り返している。

 それを笑いながら暖かく眺めている周囲の宿泊客の様子からも、それがよく見る光景であると察することが出来た。

 

 カルキはお気に入りの冒険者の旅の話を聞くのが好きなのだ。それが思いを寄せるシアンタであるならば猶更。しかも初めて見知らぬ男連れで来客した今回は、執拗に理由を付けてはシアンタの側に居ようと奮闘しているというわけだ。

 

「子供は可愛いわね」

「……ふうむ、素朴な味だが悪くない。これは岩塩を使っているからなのか?」

 二人のカルキ少年に対する態度は素っ気ない。シアンタは子ども扱い。シンはグルメレポートに夢中である。意固地になるのもしょうがないのかもしれない。

 

「それで冒険者は上に行くほどお金に困らなくなって、市民と立場が逆転するのよ」

 シアンタはその見た目に似合わぬ豪快さでエールをあおると、先程の話の続きを始めた。

 

 彼女の話を要約するとこうだ。

 

 

 

 冒険者とは出稼ぎ労働者や、コネのない者達の最後の稼ぎ口であった。

 冒険者ギルドの前身はいわゆる仕事の斡旋所であり、様々な仕事を労働者にあてがうだけの場所だった。

 しかしそれが、市民の悩みが集まる目安箱的価値があると、時の施政者が気づいてから大きく変わる。

 仕事の斡旋所は国営に変わり、体系化される。斡旋ギルドの誕生だ。

 そしてそれは上手くいき、大いに民衆に歓迎される組織となった。

 

 だがそれにより、国が持つ戦力――つまり騎士団だけでの解決が困難な事態に遭遇した際の徴兵を斡旋ギルドで行う施政者が現れだした。そして次第にその気質が傭兵団のようなものに変わっていく。

 そしてまたしてもそれを良しとしないギルド側の人間が、戦争に利用されないように奔走。その結果、傭兵となった者、それを支持する者は斡旋ギルドとは独立。

 ここに晴れて冒険者ギルド設立とあいなったのである。

 

 

 

「つまり冒険者ギルドは戦争に加担しない。加担しない代わりに稼ぎの一部の供出と、得られた情報を国へ開示する。これを義務付けられたってわけ」


 つまり税と情報の明確化である。この交換条件の軽さは、当時のギルドに傑物が存在した証左でもあった。

 

 

「つまり、冒険者とは何でも屋に立ち返ったのか」

「まあそうね……言い方は悪いけど、確かに」

「冒険者は何でも屋じゃねえ! 言い直せよ!」

「……そうだな訂正する」

 こうして時折カルキ少年のちゃちゃが入る。

 彼にとっての冒険者とは正に未踏の地の先陣を行く者達なのだ。

「とは言ってもピンキリよ。倉庫の掃除から薬草の採取。商人の護衛から、未踏破の地の探索。中には伝説にある聖剣を見つけてこいなんてのもあるわよ、誰もやらないけど」

 が、とまあそれが現実かは兎も角、といった体であるらしい。


 アニマは無言で聞きながらも、何とも雑多な組織であると困惑した。だがそれでも良いのかも知れないと思い返す。

 

 

 組織の分割は即ち、連携の断絶を生み、縦社会による世論との孤立を生む。であるからこそ、今の今まで冒険者ギルドは冒険者ギルド足り得ていた理由でもある。

 ギルド設立者がそこまで考えていたのかは分からないが、結果的にその者の望む組織として、今も指示され維持され続けているのだ。

 それはつまり、庶民に寄り添う便利屋という存在である。

 

 

「だからそんな荒くれ者の溜まり場っていう訳ではないわ。まあ一部そういうのもいるけど」

 シアンタは飲み干してから話をそう締めくくった。が再びエールを注文している。まだ飲む気のようだ。

 

「……じゃあ俺達は先に失礼する」

「あ~い……あ、私は明日お爺ちゃんの庵に行くから。別行動ね~」

「了解」

 以前言っていた祖父の小屋の清掃を行うのだろう。確かにごたごたが遭って台所くらいしか掃除をしていない。それをシンは思い出した。

 

 

 *

 

 

『未だ嗅ぎまわっている人物が宿周辺にいますね。ドローンで撲滅しましょうか?』

 シンが部屋に入るなりアニマがそう切り出した。

 

 だがシンは、そう進言してくるだろうと事前に察している。

 シンの目には不審人物としてアニマにマーキングされた者が壁越しにでもしっかりと見えているのだ。

 対象人物は3人。一人は宿の路地裏に、一人は宿の正面。もう一人は宿の客だ。

 その映像はヘッドセットからではない。ナノマシンが網膜に直接映像を投射するシステムの応用である。メモリがあれば映画も見れる逸品だ。

 

「……いや俺達は専守防衛が基本でないといけない。相手が仕掛けてくるまで待つべきだろう」

『しかし……対象者の分泌物から敵対行動を取る確率は99パーセントをオーバーしています。これは規則でも先制攻撃を容認しており、今の異世界に遭難している状況は、既に特別緊急条件を満たしています。ですから――』

「だからこそ慎重になるべきと思う。俺達は言うなれば立った二人の異邦人なんだ。下手なことをすれば、事の次第によってはこの世界全てを敵に回すことになる」

 アニマの言葉を隔たるシンの声には、確かに緊張の色が見て取れた。

 こんな世界で生きていく以上、誰かから敵意を向けられるのだから仕方がない。狙われるなどきっとシンにとっては初めての事だろう。彼女は庇護欲に誘われて、続くはずだった強い言葉を飲み込んだ。

 

 だがシンは別の事を考えていた。

 

 異世界でもこうして敵の存在を身近に感じる状況は当然あると考えていた。だが、予測は少し外れた。敵となるのは、魔物と呼ばれるファンタジーのお約束な存在だと思っていたのだ。

 だが異世界でも元の世界と同じ、人間の敵となるのは人間だった。魔物でも魔王でもなく人だったのだ。

 

 シンはそれが不快で、苦痛であるがゆえに攻撃をためらっていた。

 

『わかりました。シンがそう言うのであれば……但し、対象が行動を開始した時点で即排除を実行します』

「ああ、それで問題ないだろう。その時は宜しく頼むよ」

『はい』

 しかし敵とはいったい誰なのだろうか? 

 シアンタの祖父の庵で出会った人攫い達は一人残らず殺した。ならばまだ人攫い集団がこの町に潜伏していたとしよう。

 シアンタが何事もなく町へ戻った事、そして仲間が帰らないことを不審に思っている筈だが、見張るだけで仕掛けてこない。

「……いや、それだと時系列がおかしい。奴らは俺達がヒュータンで森を抜けたことを知らない筈だ」

 小屋から町まではそれなりの距離がある。人攫いの仲間が、髭面の男達が全滅したことに気付くのはもう少し先になる筈。

『人攫い達は入れ違いになったと勘違いしているのでは?』


 シンのその呟きに、彼が今何を考えているのかを瞬時に察したアニマがそう助言する。

 

 ヒュータンを使ったお陰で、奴らには森に入ったシアンタが、町へ直ぐに戻って来たように見えるのだ。であるから上手く接触できなかったと考える訳か。

「ということは、見張っている奴らは仲間が帰ってくるのを待っているのか……」

 

 アニマは不審人物の監視をドローンを使って行っていた。しかしアジトらしき建物はまだ発見していない。


『彼らは用心深い集団の様です。中には子供に何かを渡して遣いに走らせている時もありました。恐らく少額の貨幣を渡しているだけの一般人も利用しているようです』

「ううん……なかなかやっかいな組織に目を付けられたみたいだなあ」

 今も食堂で飲んだくれているだろう、この世界に来て初めてできた友人の姿を思う。

 宿に泊まっている人攫いの一味らしき人物は今は部屋に引きこもっている。直近の危険はまだない。だが直ぐにでも動き出すだろう。

 

「攻撃される前に、彼等に釘くらいさせれば上出来なんだが……」

 専守防衛は何もできないという意味ではない。こちらから先に攻撃しなければいいのだ。ちょっと脅かせば撤退する可能性もある。

 もちろん攻撃されれば容赦はしない。それはシアンタはもちろん、この宿のカルキ少年を含む家族でもだ。

 

 シンはいつの間にかこの宿を随分と気に入ったようだ。

 

「シーンまだ寝てるぅ!!」

 バンと扉が開くとそこには顔を真っ赤にしたシアンタが転がり込んできた。

「うぐぇ! ……へへへ」

 倒れ伏した彼女の下には件のカルキ少年が潰されている。それでも彼は幸せそうである。

 

「……大丈夫なのか?」

「らいじょぶらいじょぶよー酔ってないし」

「……酔っている奴は誰でもそう言う」

 

 シンはカルキ少年を救い出すためにシアンタの身体を支える。酔っ払い特有の酸っぱい匂いが女性の芳香と混ざり合って複雑な、それでいて魅惑的な香水の様に漂う。

 カルキ少年の顔も真っ赤なのも、身体との触れ合いとこの香りの相乗効果らしい。彼も酔っ払いの様にだらしない顔になっていた。『雰囲気に酔う』とはこういう事なのだろう。

 

「独りで部屋に戻れるか?」

「ぐー」

『寝ている振りですね』

 どうやら自ら動く気はないらしい。

「お、俺も手伝うから!」

 とカルキはもう片方の肩から首を入れる。

「悪いな」

「こんな客の相手は何時もの事だよ。でもシアンタ姉ちゃんが酔いつぶれるのは初めて見た……」

 そこまで言って、その原因であろう男の存在に気付く。カルキ少年は恋愛事にはさかしいのだ。

 

「……あんた、シアンタ姉ちゃんのなんなんだよ」

「旅の途中で出会って意気投合した只の友人だよ」


 ……それだけではないに決まっている。

 

 仕事柄カルキ少年は冒険者と付き合いが長い。彼はは非常に用心深い。余程気心が知れた仲間が居る時にしかここまで泥酔した者を見た事がなかった。

 もちろんシンにそんなことを説明する義理など無かったので、ただ心の中で歯ぎしりするだけだったが。

 

「ここでねる~」

 寝ている筈の人物からリクエストをいただいた。四肢には全く力を入れておらず、断固としてここから動かないという強い意志を感じる。

「……仕方がない。部屋を交換しよう」

 ベッドにシアンタを降ろすと「にへへ」と気持ちよさそうな笑みを浮かべ、そのまま寝てしまう。

 このだらしなさを見れば百年の恋も冷めそうなものだ……。

 とシンは思っていたのだが、カルキ少年の様子は「恋は盲目」の言葉の方が合いそうである。

 

「彼女の部屋の鍵は……」


 と、そこで気づいた。鍵が無ければ入れない。しかし寝ている女性の服をまさぐって探す訳にもいかない。それに彼女の私物が置いてある部屋に入っていいものなのだろうか。

 シンは諦めた。……仕方がない。新しく部屋を取るか。

 

「すまないカルキ君、開いている部屋はあるか?」

「……あるけど別料金だぞ」

「それは問題ない」

 と小銀貨二枚、合計500ロスを懐から出す。

「素泊まりだから小銀貨一枚、大銅貨二枚。だから……300ロスでいい」

 ぶっきらぼうだが宿屋のせがれとしての矜持だろう。カルキは正規料金を提示したようだ。

「そうか……なら」


 と、シンは手にある小銀貨の一つをパキリと折ると、小銀貨一枚と半銀貨をカルキに手渡した。合計370ロスだ。


「迷惑料だ。お釣りは取って置いてくれ」

 この世界にもチップという制度があるのか分からないが、夜半の仕事を増やしたお詫びのつもりだ。

「……へへっ、まいど!」


 カルキ少年はご機嫌で清掃済みの部屋へとシンを案内するのだった。

 

 

 ***

 

 

 シアンタの乱入があり、部屋を変えてしばらくしての事だった・

 

『不審者のアジトが判明しました』

 アニマがそう言い放った。

 

 詳しく聞くと。

 宿を見張っていた人物の一人が、訪れた何者かと会話をした後、一直線で向かった先がその建物であるという事だった。

 

「そこがアジトである理由は? 家に帰ったんじゃあないのか?」

 素直な質問をぶつける。

『見張りをしていた人間が、報告もせずに帰るとは思えません。それに――』

「それに?」

『犯罪組織特有の“匂い”を感じました』


 このアニマの言う『匂い』は人が使う勘の類ではない。

 

 

 シンの時代では犯罪を行う特有の脳内部質の特定が完了していた。

 そしてそれに伴い頭蓋骨外部に発せられる脳波、分泌波ぶんぴはの発見と合わせ、ある特殊な脳波を測定することにより、そこから犯罪を行う対象の判別を行うことが可能になった。

 つまり犯罪を行う前に、その原因の排除、あるいは改善を行う、そういった時間的猶予が生まれることとなったのだ。

 その結果、犯罪は激減。体臭を用いた犯罪抑止は、犯罪事態を未然に防ぐという素晴らしい社会を実現させる一翼を担ったのである。ちなみに体をいくら洗ってもこの『匂い』は取れる事はもちろんない。

 

 もちろんアニマが宿の周囲の人物に行った調査もこれである。

 

 

『夜だということで相手の警戒も薄くなったようです』

 そしてドローンに暗闇で視界が悪くなるという事はない。

 シンはアニマの返答に満足そうに頷くと。

「よし、釘を刺しに行くか」

 と椅子から立ち上がった。

2020/3/14 誤字修正しました

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