1-11.第11話 異世界の常識と魔法
「……ここに住みたい」
明日の予定を聞きながらの食事の後。無言で食べ続けていたシアンタの最初の言葉がそれだった。
「シアンタ。これから君に、この世界の事を聞きたいのだがいいかな?」
「ええもちろん。一飯の恩と言うしね。何でも聞いていいわよ」
異世界でもそういった格言があるらしい。
「では先ず、この惑星の名前を教えてくれるか?」
「わくせい? 話から……この世界の名前ってこと?」
「そうだ」
「……世界に名前を付けるなんて考えたこともなかったわ」
共通する名称は存在しないらしい。エルフの文化だけがそうなのかは今後の調査次第だ。
『これからも便宜上、惑星アルファと呼称しましょう』
そういうことになった。
「それじゃあ……この大陸の名は?」
シン達は降下する前調査で、ここがこの惑星で最も大きな大陸であると確認している。
「それはあるわ。ロザリア大陸よ」
「その由来も聞いてみていいか?」
「確か……大昔この大陸に覇を唱えた大国の、そのお后様の名前だったと思うわ」
王自身の名ではないのは、彼が愛する者を喜ばせるために名を取ったのだろうと想像できる話である。
『どこの世界も権力者の思考は変わらないようですね』
「……では次は、そうだな。この国は貨幣経済か? それとも物々交換なのだろうか?」
「この辺りだったら物々交換もなくはないけれど、基本は硬貨を使うわ……ほらこれ。ンフフ、結構お金持ちでしょう」
ニンマリ笑いながら彼女が取り出したのは、革を用いた丈夫そうな小袋だった。補強も兼ねているのだろう。縁を丈夫な糸で繕い簡易な刺繍があしらわれている。
彼女が紐を緩め、中身をテーブルへと零す。すると大小様々なコインがじゃらりと広がった。大量の銅貨に少しの銀貨。それに小さな金貨が二枚あった。
こうして不用心に財布を開けたのは、シンとアニマを信頼しているからだ。
「アンティーク屋にあったら幾つか買っていたな」
シンは骨董品好きの一面もあった。
「あげないわよ――と言いたいところだけど、ご馳走してもらったし……う~ん……」
「いや別に要求したわけじゃあないんだ。君への待遇は当然の権利だ。こうして情報を提供してもらっているのだから」
『構成の主成分はそれぞれ銅、銀、金ですね。特に金は混ざりものが多く、金75、銀15、銅10の含有率です』
「ええっ……それって偽物って事!!」
『いいえ。含有率が一定のなので、流通に際して強度を上げる為に混ぜているだと思われます。いわゆる18金という奴ですね』
純金というのは思いのほか柔らかく、意外なほど重い。だからこそ、流通過程で破損するのを防ぐために合金を使う。
本来、銀貨、金貨が古くから使われるのは、それ自体に金属としての価値があるからである。
発行している国が例え無くなったとしても、今日の貨幣の様にお金の価値が紙同然。といった目に逢う事は無い。それは金としての価値が残るからだ。
だからこそ、シアンタが苦い顔をする理由でもある。混ぜ物をされては金としての価値は下がるのだから。
しかし、とアニマは続ける。
『金としての価値を下げたとしても、こうして流通している。それは経済基盤のしっかりとした組織が貨幣を発行しているからでしょう』
貨幣を発行するには信頼がいる。信頼があるのであれば金などの貨幣そのものの価値に頼る必要が無くなる。つまりそれは、金貨から硬貨、そして紙幣へと変位する。貨幣の変異の途上ではないか。
『つまり混ぜられていたとしても問題ありません』
そうアニマは締めくくった。
「なるほどな……つまり物から国へ信用が移るのか。考えたこともなかったな」
金貨という実物を前にすれば、お金が金属から紙へ、紙からデータへと移っていく歴史が感慨深く感じられるから不思議だ。
『恐らくそういう事です』
つまり今居るこの国は、それなりに発展し、安定しているということでもある。
「……分かるような、分からないような……でも私は本当の金貨がいい」
当の本人は、金貨を摘まみながら、そう独り言ちた。
国を信用しない人達が金塊をため込むのは、つまりシアンタと同じ心理故。実際に紙幣が無価値になる歴史があるのだから間違ってはいない。
金貨を睨み続けるシアンタに「意匠もなかなか精緻で美しい。工芸品としても価値があるだろう」とシンが補佐を入れるとやっと機嫌が直った。
そうして脱線した話を戻した後、シンはこの国の貨幣の説明を促した。
貨幣は金貨、銀貨が基本。その補助として銅貨が存在する。そして大金貨、小金貨のように間を埋めているそうだ。
そして教わったのは以下の通り。
大金貨 ― 250,000
金貨 ― 100,000
小金貨 ―― 25,000
大銀貨 ――― 2500
銀貨 ――― 1000
小銀貨 ―――― 250
大銅貨 ―――― 25
銅貨 ―――― 10
小銅貨 ――――― 2.5
鉄貨 ―――― 1
単位はロス(初代皇后ローザリアの愛称から)
1ロス10円程度。物価は日本並だが食品類は2分の1程度。
物価について聞くと大体そのようなものだった。
「なるほど……しかし銀貨と銅貨の差が大きいな」
小銀貨が2500円。その次の貨幣である大銅貨が250円ぐらいだ。
「そういう時は……ほら、これ。小銀貨には四方にちょっと切れ目があるでしょ……見ててね」
シアンタはそう言うと持っている小銀貨をペキリと折ってしまった。
「ほらこうすれば半分にして使うことも出来るの。ちょっと価値は落ちるけどね」
「う~んなるほど」
硬貨を棄損すると法に触れる国出身のシンとしては、ドキリとする絵面である。シンの出身は現在でも紙幣や硬貨が使用できる珍しい国なのだ。
ちなみに小銀貨を半分にして使うと120ロスに。4分の1にすると50ロスとして扱われるそうだ。半分だと100円、さらに半分に割ると500円失う事になる。中々に大きい額だ。実際にも急ぐ買い物があるときしか割られることはないそうだ。
つまり小銀貨と大銅貨の間に――
半小銀貨 ――― 120
1/4小銀貨 ―― 50
が入ることになる。
『銀貨は金とは違い純銀に近いですね』
とはアニマの談である。
「そして……じゃ~ん。これが小金貨! どう、凄いでしょ」
と、シンに見せつけるように押し付けてくる。
それを受け取ると、シンは指で挟んで観察した。なるほど奇麗なものだ。
「これでどれ位のものが買えるんだ?」
「う~ん……これ一つで小さな荷馬車が買えるわ」
なるほどピンと来ない。
『計算するとシアンタは現在所持金、58,796ロスですね』
内約は、小金貨2枚、大銀貨1枚、銀貨5枚、小銀貨2枚、半小銀貨2枚。銅貨が、大銅貨11枚、銅貨23枚、小銅貨18枚、鉄貨6枚だ。
「……アニマは計算が早いのね」
『恐れ入ります』
つまり円にすると60万円近く持ち歩いている事になる。重さにして300グラム程度。異世界のお金の管理は大変そうだ。
「貨幣の偽造は違法だろうか?」
シンはある思い付きでシアンタにそう尋ねた。
「そうはそうよ。確かこの国でも死罪だったはずだわ」
そうか、とシンは頷くが、まだ何かあるようだ。
「真贋の判定はどうやって?」
「そんなの……あ。たしか天秤で測っていたわ。お金を預ける時に見たことがあった!」
「それは金貨かそれとも銀貨だったか?」
「その時は銀貨よ。もちろん金貨も預けてあるんだから」
と自慢げに胸を張る。
どうやらこの世界にも銀行のようなものがあるようだ。
「なるほど。ということは質量を確認している……秤量貨幣と本位貨幣の混在なのかな?」
と首を捻った。
秤量貨幣とは読んで字のごとく。貨幣とされる金属の重さがそのまま価値となる貨幣である。つまり、同じ重さの地銀(延べ棒)と銀貨が同じ価値ということだ。
本位貨幣とは基礎となる貨幣を制定し、その価値を一定に定められたものである。
これにより貴金属の価格が変動しても、その本位貨幣の価値を保証することで通貨の価値を保証するのである。
『この国は銀本位制のようですね』
アニマの言に従うならば、金の価値が高くなろうとも、地金として鋳つぶされてしまうような事がなく、安くなろうとも既定の銀貨に交換できるのである。どんな人間も得する方に動く。それを見越しているのだ。
「たしかそうった本位通貨制度では自由鋳造も認められていたよな」
『はい、そう記録にあります』
「???」
ここで言う自由鋳造とは自由に金貨や銀貨と作っていい、という意味ではない。地金などを国に持ち込むと、手数料と引き換えに金貨に作り替えてくれる仕組みなのである。勝手に作れるわけではない。
実際に金貨や銀貨には指定された含有量があるし、重さを統一しなければならない。精巧な装飾も入れる必要がある。つまり個人で作れるようなものではないのだ。
だがしかし――
「……これはやっても問題ないんじゃないか?」
とシンは呟いた。
『実はそう言いだすと思いまして既に作ってあります』
と阿吽の呼吸のアニマ。
「なになに、どういうこと?」
シアンタは二人が何をしようとしているのか分からない。
するとテーブルの中央がせり上げる。先程料理が出てきた場所だ。
「……どういうこと!?」
しかし現れたのは料理ではなかった。
トレイに載せられていたのは大量の金貨と銀貨だったのだ。
『取り敢えず、小金貨、大銀貨、銀貨、小銀貨をそれぞれ百枚ずつ製造しました』
敢えて銅貨、鉄貨は作らなかった。金はそれだけでも価値があるが、銅貨や鉄貨は本位通貨によって定められた価値であるからだ。
それはつまり、硬貨にすると価値が上がる可能性がある。アニマは贋金作りで儲けたいわけではない。
『含有量は完全に合わせてあります』
シンは奇麗に並べられ、パッケージングされて棒のような小金貨の束を破って一枚取り出すと、シアンタのそれと見比べてみる。
「……うん完全に見分けがつかないな。傷が全くないのは仕方がない。袋に入れて振ればそれらしくなるだろう」
『汚しも入れますか?』
「いや……勿体ないからこのまま使おう」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!!」
大きな声を出したのは、再起動したシアンタだった。どうやら今まで金貨の山に見入っていたらしい。
「こ、これって偽造じゃ……し、死刑じゃ……」
ぐるぐると目を回しながらも必死で言いたいことを伝えようとしている。贋金造りは死刑であると。
「これには金も、銀も使っている。本物だぞ」
『含有物の混合比も完璧です。重量差もゼロです』
資材には金も銀も何故かあった。しかもエネルギーさえあればあらゆる物質を作り出せる。しかもヒュータンの搭載している動力源なら無限にそれが出来る。シンの時代において、錬金術は科学で持って可能となものなのだ。
「で、でも……いいのかしら?」
「俺達は金や銀をこの国に持ち込んで、それをこの国の通貨に換えたんだ。感謝はされど捕まることはないだろう。手数料は……まあ大目に見てもらうということで」
『大量に持ち込んだ場合の懸念はありますが、これは程度の問題でしょう』
二人は旅の資金というよりも、様々な文化的資料を法に則り集める為に、この資金を使おうとしていた。
シンの言う通り手数料は国の財源にもなっているし、アニマの言う通り実際は金を大量に持ち込むことによる金の価値の下落に繋がる場合がある。だが偽造を疑おうにもそれを見抜ける目を持つ者は、この世界では精密機器を手足の如く扱うアニマくらいである。バレることは絶対にない。
どうやらシンとアニマはこの異世界に来てはっちゃけ始めたようだ。妙な所で息が合う二人である。
「……そ、そう」
「帰った時のお土産にもいいな」
このヒュータンの試験で軍にも知り合いが多く出来た。関係者なら配ってもいいだろうと、シンはアニマと楽し気に話している。
「……今日は使れたからもう寝る」
「ん、そうか。ゆっくりと休んでくれ」
『ではご案内します』
シアンタはふらりと立ち上がると席を離れて、と思うと踵を返し、小袋に自身の硬貨を詰めるとまた歩き出した。その際にシンを睨んだような気がする。
「どうしたんだろうな?」
『まあ……心情は察します』
アニマはシアンタを案内しつつ、シンの鈍さに同情するのだった……共犯者である事を棚に上げて。
***
シンはシアンタが部屋を出ていくのを見送り――
「じゃあ次は、あの書斎の本の中身が何だったのか教えてくれ」
――と直ぐに切り出した。
『了解しました。その前に、この本に用いられていた言語情報を送ります』
シアンタを案内している筈のアニマの声が直ぐに応答する。彼女にとっては複数の事を同時にこなすなど朝飯前なのだ。
アニマの了解の声と同時に、瞬時にシンの脳裏に様々な文字とその意味が流れ込んでくる。未来の学習方法様様である。
「受け取った。なるほど、一つはまるで柳眉ように美しい文字だな。もう一つは速記が容易そうだ」
受け取った本の情報で、書かれていた文字は二種類あったと理解した。
『シンが美しいと形容した方は毛筆が前提の、速記に即したものは硬筆、おそらく毛細管現象によってインクを吸う、細い溝の入った道具で書かれているようですね』
つまり前者は習字の筆。後者は羽根ペンやつけペンで書かれているということだ。
「本の内容はくれないのか?」
アニマが送ってくれたのは言語知識のみで、本の中身は無かった。
『それにつきまして説明します』
アニマが語るところによると、本の内容が非常に煩雑で資料的価値はあるが、知識とするには無駄なものも多くあったという事だ。
『その……男女の睦事を記した本もありまして』
「むつみ……ああ」
つまりはエロ本である。シンはベッドの下に積まれた本から隠された物まで、虱潰しにスキャンに掛けた事を思い出す。
シアンタの祖父はお盛んだったのだろうか? いや詮索は失礼だな。
『コホン。そういった訳で、私が精査し、添削した情報を送ります』
年代が古い物が多く、どれほど信頼できるかは分からない。そうアニマは付け加える。
また、おとぎ話や信憑性に疑いがあるものも除外したと説明した。興味があれば書斎にデータを送ってあるので見て下さい、とのことだ。
そして再びシンの脳内に知識が流れ込む。
直接情報を埋め込む。この技術は確立されてから久しい、ありきたりなものだ。
しかしシンは、今覚えたと理解しているのに、ずっと前からその知識を持っていたような、そんな感覚を何時も不思議に感じていた。
であるからこそ、必要な情報とそうでないものは精査せねばならない。この時代は覚える事よりも忘れる事の方が大変なのだ。
その中には、ようやくシンのお目当ての情報が手に入ったのである。
「……これが魔法か」
そう、魔法である。ファンタジーの醍醐味。シンが年甲斐もなく密かに憧れていた力である。
『報告が遅れましたがあの書斎の書物は、ほぼ魔法に関連する類のものでした』
シンは記憶した魔法に関する情報を手繰る。
「これが本当なら凄いな」
『人が、神のような力を振る舞う。正に魔法ですね』
それは火の玉を放つ、水を無から生み出す、空を飛ぶ。傷を癒し、病魔を払う。そして死者を生き返らせる方法まで存在した。
「だが、本に書かれたことが全て真実とは限らない……だろう?」
『もちろんです』
実はアニマは頑丈な倉庫で魔法の可否を色々と試している。
『結論から申し上げますと、全て可能です』
「ええっ!」
そんなの無敵じゃあないか。近接系の職を誰も選ばなくなる。
と嵌っているファンタジー系のゲームを引き合いに抗議するシン。
シンは魔法剣士のバランス派だ。こういった職は魔法と物理の調整を、しっかりと考えている運営でないと成り立たず、あっという間にやる人が居なくなってしまうものなのだ。
シンの好きなソロプレイには器用貧乏キャラが欠かせない。
ちなみにシンのアバターは壮年の男である。ネカマではない。それがあまり会話を好まないシンには合っていた。
『……ご安心をシン。近接系の職の方にも救済措置はあるようです』
シンの趣味を肯定しつつ、アニマは説明を続けた。
『魔法には発動に幾つかの条件があるのです』
「そうだろうな」
撃ちっ放しでは剣が役に立たない。弾丸の代わりに魔法の飛び交う戦争ゲームの始まりだ。
『先ずは対象の指定。人間であれば視界に収める必要があるという事です』
人間であれば、と但し書きが入ったのは、アニマが魔法の調査に、人にはないセンサーや光学機器を使用したからである。
『そして発動する魔法の選定。書物には呪文を唱える方法や、触媒を正しい手順で処理するとあります。これについては新しい発見がありましたので後ほど説明します』
「うんうん分かった」
『最後に発動。これは対象に手の平を向ける、合図である言葉を発するなどです。触媒を使う場合は最後の要素を足すことで発動します。それは触媒を、燃やす、壊す、触れる、衝撃を与える、人の意志、といった様々な手法です』
「うーむ、なるほど」
これなら近接職は撃たれる前の妨害や、触媒による完成の阻害。撃たれた後に隠れることでも回避できそうな感じだ。
『そして調査の結果。それを全て端折ることが出来ました』
「はしょ……」
なんてことだ。ゲームバランスの崩壊待ったなしだ。
『そもそも何故。この世界では魔法が使えるのでしょう。呪文を唱えれば火の玉が出せる。そんなこと本来は出来る筈がないのです。質量保存の法則を無視しています』
アニマは講義でもするようにシンに語り始めた。彼女が興に乗り始めたサインだ。
「……つまりナニかが減っているのだろう」
『その通りです。ではそのナニかとは何でしょうか』
「……エーテルか」
シンにはアニマが満足そうに頷いているのが幻視出来た。
『エーテルとは我々の宇宙で、マナをエネルギーとして利用する際の形態をそう名付けたものです。そしてこの別の次元と仮定されたこの世界でマナが初めて観測され、マナで構成された生命体。いいえ精神体が存在しました』
「精霊か……」
『そして精霊の放つエネルギーはエーテルそのものでした。そして魔法もです』
「……つまりこの世界はエネルギーで満ちていると?」
『私達は今、尽きることのない広大な原油の海の底に居る、といえるでしょう』
原油。あえてアニマはその古めかしい燃料を例えに出した。それは誰もが知っているその資源を元にした戦争の歴史があるからだ。
人類はエーテル機関の発明によってその血の鎖から解き放たれた。しかしそれでもエーテルを扱うには、別次元に存在するとされるマナを引きずり込むエネルギーを必要とする。
だがしかし。この異世界には奪い合う必要もない無限の力が至る所に存在している。それを個人が、呪文という不確かで、しかし何の労力も必要としない行為で取り出せるのだ。
それはつまり資源戦争の歴史が起こり得ないということ。
異世界がそんな理想郷のような世界であったというのは、アニマでさえ皮肉らずにはいられなかった。
「……」
『エーテルが無限である理由は、その特性にあります』
アニマは講義を続けた。
マナは次元を超える力があると知られたのは、実験後期の頃だ。
当初はマナの存在は知られず、別次元に開けた穴から飛び出したエネルギーをエーテルとした。
そしてエーテルがこの世界に来て、エネルギーに変換される。そう考えられていた。
だがこれはこれで素晴らしいことである。何故ならエネルギー効率が100パーセントの新しいエネルギーである証左からだ。
だがある仮説が持ち上がる。
“エーテルとはこの宇宙を構成する元素である”
大議論となった。
そしてありとあらゆる研究と観測、推論がおこなわれついにマナの存在が机上に上がったのだ。
それは『エーテルとはマナの残り香である』という結論。
マナという次元を超える縦横無尽の存在が、この世界に現れる瞬間に起こす現象に過ぎないのだと。
そしてその仮説を促すかのような事実が続々と発見され始める。
『エーテルから物質を生成することに成功』
『ビッグバンがエーテルによって引き起こされた形跡を発見』
『マナが我々に語り掛ける。「私の排泄物で走る乗り物は速いかい?」』
そんな様々なニュースが世間を賑わせ始めたのは、仮説を唱えた学者が没して20年後のことであった。
『ヒュータン号がこの惑星系を発見して、ただの紙切れになった論文は、数千は下りません。しかし日の目を見る論文も多くあります』
とアニマはしみじみと語る。多くの研究者達の思いを馳せて。
『この異世界ではマナとエーテルが同時に存在しているのです。そのような宇宙は有り得ると、仮説としては提唱されていました。それが今、目の前にあるのです』
「それは……凄いな」
シンはもう相槌しか打っていない。
『つまりそれは、我々を構成する物質が、エーテルであるとする証拠にもなるのです』
「ちょっと待て。俺達がエーテルで出来ていると?」
そんな馬鹿なと思う。自分があの青い光で出来ているとは考えられない。シンは無意識にヒュータンの中心部を目で探す。そこはエーテル対流炉が置かれている場所だ。
『マナは次元を超えて別の次元へと到達した際、エーテルを放出するとされています。それはつまり“行きと帰り”にです』
「……俺達の宇宙以外にもエーテルがある、という事か」
『そうです。とある仮説では、私達の宇宙はエーテルのほぼ全てが物質へと変化して、恒星や惑星になったとあります。しかし、この宇宙は狭いせいなのか、恒星が少ないからなのか理由は不明ですが、物質化したエーテルが少ないようなのです』
それがこの宇宙にエーテルが豊富である理由である。とアニマは締めくくった。
シンは「う~む」と唸るしかない。一介の民間人である自分には壮大すぎる話であるからだ。
しかしそれでもシンは結論づける。
つまりはこの世界は魔法という力を行使する場としては最適だということだ。
『分かりましたかシン』
「それで、どうやって魔法は使えるんだ」
『むう……そうでしたね。魔法の話でした』
アニマはシンの即物的な疑問に膨れながらも、仕方がありませんねと話を切り替えた。
『簡単に言いますと全部ナノマシンにやってもらいます』
「全部?」
『はい。指定、選定、発動。この手順を他人任せ、機械任せにしてしまうのです』
他にも複雑な工程があったがそれも全て、と捕捉が入る。
「呪文とか言わないのか?」
『練習しても構いませんが、かなり大変そうですよ』
アニマがシアンタや野盗が唱えていた呪文を精査したところ、ある特徴のある周波数を声に載せていたと発見する。それが周囲のエーテルと反応していたのだという。
「高音だとガラスが割れるというアレか?」
『高周波ではありませんでしたが、似たようなものでしょう。特定の言語のある音節に反応してました。精霊の言葉の解析のヒントになりそうですね』
「エーテルは言葉を理解するのだろうか?」
エーテルにしか聞こえない言葉で命令し「はいわかりました」とエーテルが火の玉になる……なんだかシュールだ。
『理解するとも言えますし、理解しないとも言えますね。私達がエーテルで構成されているという前提でなら、ですが』
「ああそういう話だったな」
“我々もエーテルで構成されている”という説。アニマも仮説の段階なのだろう。断言はしなかった。
「精霊は喋っていたな」
『私は直接は聞き取れませんでしたが、そうでしたね』
精霊の言葉はより抽象的な物だ。笑い声や悲鳴で会話しているようなもので、アニマには解析が難しいものだった。それを言葉として理解できるシンも相当なものだ。きっと脳がこんにゃくの様に柔軟なのだろう。
「ならば専門家に聞くのが早そうだが……」
『精霊達のことですか?』
「ああ」
しかし呼び出し方が分からない。
『精霊とは友になれば力を貸してくれる、と書物にはありましたが』
「保留だな」
あれから精霊との通信はない。
あちらからしか繋がらないのか、この近くには居ないのか。何が原因かも分からない。
そもそも脳波感応通信とは、相互にナノマシンなどの装置の補助が必要な筈なのだ。精霊に繋がるというファンタジーな技術ではない。
つまりそれはシン達の技術と、この世界の力にはある一定の親和性があるという事でもある。
「……俺達の技術は彼等に無害なんだろうか?」
『それは……』
それは精霊と遭遇してからずっとここのの中に引っ掛かっていたもの。
エーテル機関。それはシンの世界では日常に使われ、依存しているエネルギー。
それが今。異世界という地で、新しい生命と出会った。
マナそのものを体とする。精霊との邂逅。
「精霊にとって、もし俺達が敵となったらどうする?」
『……シンに全てを任せます』
異星人との友好。それは血肉が通う者だけにとどまる誓いではないのだから。




