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宇宙戦艦の試験飛行をしていたら異世界を飛んでいた  作者: 世も据え置き
第1章 最新鋭艦、異世界に行く 
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1-1.第1話 最新鋭艦“ヒュータン”

“シン。準備は問題ないかい?”

 コクピットに管制室からの声が響く。その軽い声は、彼から聞き飽きるくらいに聞かされたつまらないジョークを思い起こさせる。だがこの任務が終わるまでお預けであるならば、帰る頃には恋しくなっているかもしれない。

「今、最終項目のチェックをやっている……終わった」

『オールグリーンを確認』

 AIのアニマが秒を待たずに再チェックを行う。彼女の柔らかな声も相まって、それはまるで教師が生徒のテストの添削をしているようだ。

“……よし、アニマから送られてきた……問題なし、最終シークエンスの実行を急げ”

 その結果を管制室にいる技術者が目を通す。普段のなりは潜め、こちらの声は真剣そのものだ。

 

「エンジン始動」

『エンジン始動』

“ではヒュータン、良い旅を”

「ありがとう。だが何度も言うが、俺が言ったのは“ヒュータン”ではなく“ひょうたん”なんだが」

“ああヒュータンな、解ってる”

「……アニマ、発進だ!」

『発進します』


 こうして俺は識別番号『XXA-00000001』通称ヒュータン号に乗って宇宙ステーションから銀河の海に飛び出したのである。

 相棒のAI“アニマ”と共に。

 


1-1.最新鋭艦“ヒュータン”


 新型宇宙艦の名をヒュータンと皆が呼び始めたのは彼が原因だった。

 

「ひょうたんみたいだな」

 民間のパイロットの彼が、数々の試験と検査を潜り抜け、百時間にも及ぶ講義と実習を脳に詰め込んで、初めてその宇宙艦の前に立った時、そう呟いた。

 そして「それは何か」と側に居たものに聞かれて、ご丁寧に説明したのだ。

 

 その時、この何もかもが、規格も設計も運用も技術も、ありとあらゆる面で新機軸の宇宙艦であるが故か、その船には名前が無かった。

 そしてひょうたんの説明をした人物はこのプロジェクトのリーダーだった。

 それがいけなかった。彼はこの時の説明のなにが面白かったのか、その名を大いに気にいってしまったのだ。

 そうして何時の間にか、周囲の皆がこの船を「ヒュータン」と呼んでいた。

 

 

 国際銀河統合軍太陽系支部所有。多目的強襲艦。通称“ヒュータン”。

 全長161メートル、全高67メートル、全幅73メートル。

 重量

 約2,300トン

 動力

 エーテル対流炉

 武装

 10センチ質量弾射出砲×1。ビームガトリング砲×3。亜光速宙雷×2。

 対物レーザー×1。アクティブマテリアルバリア、他。

 施設

 居住施設、医務室、娯楽室、半重力倉庫、工廠、小型機発着場、植物工場、食堂、他。

 

 

 曲線を多用して建造されたそれは、なるほど潰れたひょうたんに見えるかもしれない。特に艦中央下部の凹みはひょうたんのくびれによく似ていた。

 その奇妙な形をした宇宙艦は、既存の物と比べてやや小型ながら艦内構造の見直しにより、その堅牢度を維持しながらも広い居住性を維持していた。

 

「……だからってな」

 この艦のテストパイロットを任された出意備州新左衛門デイビス シンザエモンは独り言ちた。

 ちなみにこの古めかしい名前は、彼の両親が第78次時代劇ブームの巻き起こる中、授かった子供だったからである。ようはキラキラネームだ。親しい者は彼をシンと呼ぶ。長ったらしいと誰も本名は呼ばない。

 

『可愛らしいではありませんか』

 そう彼の呟きに応えたのは艦に搭載されているAI“アニマ”である。

 

 彼女の役割は搭乗者のサポートであるが、その実、艦の全ての設備をその裁量で運営できるという大きな権限を持っている。

 つまり新左衛門の生殺与奪をAIに握られているに等しいのだが、彼にはそんな懸念は露ほども存在しない。いやこの時代の人類すべてにそんな危機意識を微塵も持っていないのだ。

 この時代。AIとは人類のよき隣人であり友である。

 

「……お前が反対しなかったから定着したんだぞ」

 新左衛門は恨みがまし気だ。気に入ってはいないらしい。

 

『私は気に入っていますから。ではシン、貴方ならどの様な名を付けますか?』

「うーむ……ファルコン号とかライトニング――」

『却下します』

「なぜだ」

『シンには致命的にネーミングセンスが不足しています』

「それを言うならヒュータンだってひどい」

『この艦そのものと言っていい私が良いというのだから良いのです。それに貴方が付けてくれた名前ですから』

「……なんというか、やっぱり軍属らしからぬAIだな、お前は」

『私自身、軍人であるという意識はこれっぽっちもありませんから』

「……お前みたいなAIは初めてだよ」

『お褒めの言葉と取って置きます。それと何度も言っているでしょう。私は「お前」ではありません、アニマです」

「ああ悪かったアニマ」

『そのような有様ですから彼女も出来ないのですよ』

「な、何故お前がそんなことを知ってる……」

 

 

 

 この時代、AIというものはありふれた存在だった。

 遥か昔に産まれたAIは僅かずつではあるがその性能を上げ続け、そしてある時に技術的特異点に到達した。

 AIがAIを教育できるまで技術が進歩した時、自己進化による成長速度は人間の技術力と予想を遥かに上回り、親の手を離れて急激に発達し続けた。

 

 そしてその到達点。世界中のAIを統合した一つの知性が産まれた。

 

 後に『マザー』と呼ばれるそのAIは、全てのAIの文字通り“母”となり、人類に大いなる恩恵をもたらし続けた。

 それは科学技術などの唯物的な恩恵にとどまらず、人々の軋轢や紛争さえも的確な助言と仲裁を行い、人類の平和的な発展に寄与し続けたのだ。

 そして世界はマザーの元、一つになったのだ。

 

 “マザー無くして今は無し”

 

 この世界に住む人々の共通の意識である。

 そして今もマザーは人類を見守り続けている。だからこそ人類はAIを友として認識し共に歩んでいる。大きな戦争も争いも久しい、今という奇跡の時代を。

 

 

 

 新左衛門はAIと二人で組んで宇宙を飛ぶというのは初めてだった。いや少し違う。これほどまでに高性能なAIとは初めてであった。

 基本AIとは人のサポート役であることが多い。しかし今回はその通例を無視した体勢で挑むことになる。この艦ではアニマは、名実ともに新左衛門の相棒バディの任を任せれている。

 だが彼も何度も繰り返された訓練で彼女のことを知った。その人らしい感情と、機械の様な正確さは、非常に頼もしくも付き合いやすいものだったのだ。

 

 であるから初めての出発時の緊張感もだいぶ薄れた。こうしたヒュータンという名前を端に発する軽口も、俺の為の物だとするなら頼もしすぎる程に頼もしいことだ。

 

「まあマザーみたいな聖人君子なんてそう居ないだろう。俺はああいう感じの女性が好みなんだ」

 実際に“あなたの理想の女性像は?”と街頭インタビューで聞かれた男が「マザーです」と答えるのは珍しくない。

『まあ、お褒め頂きありがとうございます』

 ……軽口まで叩ける軍属のAIは彼女が初めてだ。

「お前は褒めていない」

『すべからくAIはマザーから産まれます。ならば私は聖人君子なのです』

「……AIの親子関係は分からんよ」

 アニマとの口論は分が悪そうだ。新左衛門は心の中で白旗を上げつつ沈黙した。


 

 ***


 

『間もなく目的宙域です』

「空間跳躍起動準備」

『ワープ起動準備入ります……準備完了』

「……」



 新造艦ヒュータンの最終試験。それは指定された宙域まで通常航行の後、ワープで危険とされる座礁地帯へと移動。安全を確保しつつ、一か月間の艦内生活を送るというなかなかハードなものだった。

 外の監視と艦内の維持。それをAIの補助はあれど人間が一人で、それも巨大な艦でしなければならない。

 

 つまりテストパイロットである新左衛門とAIであるアニマの成すべき試験とは『長期間の無補給運行その最終実地確認』だ。

 

 艦の様子は管制室でモニターされているが、こちらからの通信は禁止されている。向こうからも緊急時以外は基本なし。

 この艦のサバイバル能力を実地で検査する。それがこの任務の目的なのだから当たり前だ。

 

 

 その任務を何度も反芻しつつ、民間パイロットでありながら大抜擢された新左衛門は、じんわりと圧し掛かるプレッシャーにつばを飲み込んだ。

 

 

 軍艦としては小規模だが、この大きな艦内には人間は彼一人。これはこの艦が単独行動をも想定した設計であるからこそだ。AIのサポート付きとはいえ、前代未聞の挑戦であることには変わりない。もちろん普通の船、いや小型艇でさえAIは搭載されているのが当然の世の中ですら、この規模の艦の運行を独りで行うことはない。それを可能とするのが“アニマ”という名のこの艦のためにマザーが生み出したというAIあってこそ。

 

 今回の結果如何によってこの船の未来は変わる。

 緊張からだろうか? 新左衛門の脳裏に、彼女との出会いの瞬間がフラッシュバックする。

――『娘をよろしくお願いいたします』――

――『それではシンとお呼びしますね』――

 初対面からずっと、彼は彼女に「シン」と愛称で呼ばれ続けている。


 長い間パイロットを続けたヒュータン号には随分愛着が移っているし、寡黙ながらも堅実なサポートをし続けてくれたアニマに恩を報いたい。そしてパイロットの矜持として己の技量を認められたい。

 様々な思いを胸に新左衛門は、いやシンは。コクピットから宇宙を眺める。


 漆黒の空、しかしそこには無数の星々があることを人類は知っている。

『シン?』

 その声に、スッと目を開く。何時の間にか目を閉じていたようだ。なら俺が見ていた宇宙は瞼の裏だったのだろうか?

「ワープ起動」

『ワープ実行します』


 星々の軌跡が白い線となって後方へと伸びていく。マザーの基礎理論によって開発された空間跳躍航法が見せる、神秘的な現象だ。

 

 その時ふと、シンは思う。

 今日はアニマのやつはやけに饒舌だが、あいつも緊張しているのだろうか、と。

 それとも何時ものように、茶化しながらも俺を気遣ってくれているのだろうか……そんな考えに苦笑しようとした、その時――

 

 出意備州新左衛門の意識は暗転した。

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