5.ちなみにラキオウは、耳がわりと動くんだよ
5.ちなみにラキオウは、耳がわりと動くんだよ
「っていうことがあってさ、いやあ、びびったよなぁ」
夜、森の中にて。
ラキオウとの煙草の時間。俺は昼間の出来事を話していた。
「なんつーか、こっちの世界での子供も、あれくらい小さいんだな」
「そうだな……、まぁ、かわいらしくはあるだろう」
相変わらずの目つきの鋭さである。耳の感じも普通だ。
表情はあまり変わらないが――――なんだ? 何か空気が違う、気がする。
「なんだ? 何か言いたいことあったら、いつもみたいに言ってくれよ?」
「いや別に……何でもないさ」
んー……なんだろうな。アンニュイな感じだったり何処吹く風だったり、何を考えているのか分からない感じなのはいつものことなんだが、十五年も一緒に居ると、やっぱり違和感も分かるようになるもので。
「何か邪推してんのかもしれないけど、先に言っておくと、俺はこの生活を変える気はねえからな?」
「……!」
ピンと耳が動いた。アタリか。
十五年って言えば、ちょっとした幼馴染である。近所に住む幼馴染のダークエルフさんだ。
「何か前も若干この話したけどさ、俺はこの生活、意外と気に入ってるんだよな、何故か。たぶん目の保養が居るからなんだけどさ」
「……でも、危険だ」
「だからこその修行だろ? 安全な城内から出して、わざと外で生活させて。ほんっとーに少しずつだけど、俺に自衛手段や魔法を教えてくれて。それもこれも、俺が自力でも生き残れるようにするためだ。違うか? ラキオウ」
俺がそう言うと、ラキオウは少しだけ俯いて言う。
「……私は、誰かと煙草を吸いたいという理由で、お前を召喚した。
それは単なる私の我がままだ。
それだけのために、お前の人生を狂わせた」
「まぁ……そうだな」
傍から見れば、たかが一緒に煙草を吸うだけだ。
けれど、そもそもその理由にだって、意味はある。
「ラキオウ、お前、俺に話してくれたよな。何で誰かと一緒に煙草を吸いたかったのか。
――――いや、なんかそれも、言葉だけで表すと薄っぺらいものではあったけどさ」
俺が少しだけ笑いながら言うと、ラキオウはちょっとむっとしていた。
「要約すると、『寂しかったから』ではあるけど……、そりゃあ、二千年だもんな。……魔物を駆逐し始めてからって意味では、千九百年だっけ? スケール大きすぎてちょっとわかんねえけど」
とにかく、さ。
「お前は、このことを誰かに知ってもらいたかったんだろ? 私は頑張ってるんだぞってさ」
「――――あぁ、本当に。
お前に話すんじゃなかった」
「照れるな照れるな。そりゃ知性を持った生物だもんよ。知性のある生物と、話したくなるよなぁ」
「いや、私は精霊とかとも話せるから……。リザードよりも高度なこと話してたりするからな?」
「オウ……、リアリー?」
イジったつもりが軽く反撃を受けてしまったが、ともかく。
「トンネルを作ってた炭鉱夫を見て、だったか? 煙草に興味を持ったのは」
その昔。えーと、ラキオウ基準だからどれくらい昔かは分からんが、昔。
その頃はどうやら、ここいらの化物どもも、そんなに活発では無かったようで、機を見計らっては旅をしていたそうな。
ただし、人とは関わっていない。営みを遠くから見つめるだけの、孤独な旅。
ショーケースに入った品物を見るだけで、実際には触れない子供のように。
人を、人類を、羨望の眼差しで見つめていた。
そこでたまたま目にしたのが、煙草だったそうな。
……大抵煙草ってもんは、味がどうこうよりも、吸っているそのビジュアルに惹かれるもんだよな。それは人間も、ダークエルフも変わんないのか。かくいう俺も、マンガキャラが吸っていたのが格好良かったからってのが理由だったし。
一仕事終えた炭鉱夫は、謎の煙を吸い、煙を吐き出す。それがまた、美味そうなのだと。
仕事の後の一服は格別ですな。
そう話す彼らを、
だから、彼女は見つめてしまった。
生物学的に。ダークエルフという種族に、煙草の煙が良いとされているのかどうかは、分からない。たぶんラキオウも分かっていない。
けれど少なくともこの三百年くらいは、異変は起こっていないらしい。
つか、この世界にはそんなにも長く煙草が存在しているのか。知らんかった。すげえ歴史のあるアイテムなんじゃねえのか、コレ。
「……仕事が終わったあとは、煙草を吸う。それも、一人ではなく、仲間と」
ラキオウに近づき、俺は言う。
「良いんじゃねえの? 二千年に一回くらいの我がままだ。
それに、俺も眼の保養になるしな! ちょっと図体はでかいかもしれないが、こんなスケベな身体したやつの近くに居られることなんざ、たぶんまともに生きてたら絶対訪れない――――ぐおお、死ぬ! 死ぬやつコレ!!」
俺の身体中に電撃が走る。しかも意識が飛ぶか飛ばないかのギリギリのやつだ。一週回って気持いい。あ、でも脳がショートする。やべえ。
「エルフが真面目に話しているのに、茶化すからだ馬鹿者め」
「ツッコミが強いんだよなぁ!? そしてそれでいて絵面が地味めだよ! 暗殺者かお前は!」
俺がツッコミを入れ終わったと同時、俺の身体へラキオウは音も無く、しかし素早く移動した。
忍者かこいつは。
「おう、なんだ?」
「いいからこっちを見るな。黙って煙草を吸っていろ」
「うん? お、おう」
肩口に豊満な胸が当たり、脇の下から両腕が差し込まれ、腹の前で組まれる。
頭頂部らへんに、ラキオウの額が乗ったのがわかった。
「お、お、おっぱ……、おい? ラ、ラキオウさん? 師匠?」
「いいから煙草を吸っていろ。こっちを見るな。あと性欲も感じるな」
「無茶な!?」
そんなじゃれ合いをしつつ、俺は煙草をふかす。
「あぁ――――良い、匂いだ」
それはどっちの言葉だったのか。
深い深い夜の森。
人間が一人、ダークエルフが一人。
いつまでもいつまでも、こうして寄り添っていたいなぁと、俺は静かに思った。
「あー、今日も、俺まともに仕事してねえや」
本日の成果、買出しだけである。