4.街の話
4.街の話
ラキオウ的に、俺という人間が居てくれて助かってるなーっていう箇所が、煙草問題である。
煙草問題。――――煙草買出し問題。
ここから割りと離れた場所に、ちょっと小さめの村がある。
ラキオウは長年、人間に変装してどこかの村や町へ煙草を買いに行っていたのだとか。
ただしこの近年(三百年くらい)、彼女の身長にストップがかからず、百九十センチを超えたあたりからどうにも警戒されるようになり、不気味がられるようになったのだとか。
俺も初めて買出しに同行したとき、確かに目立つとは思った。
当然ラキオウも馬鹿ではない(天然ではあるけれど)ので、ほとんど肌を露出させず、大きく地味な外套を羽織って出向くのだが、……うん、背がでかい。
異世界人の縮尺は現代とほぼ変わらないくらいで、外見の基準も大差ない。やや整った人が多いくらいかなーくらい。少なくともその村では。
だからまぁ、男性平均身長が百七十五センチくらいなのかな。女性で百六十五センチくらいか? 日本の平均よりもやや高いなぁ。俺、この世界だと平均以下だなーとかのんびり考えていたら。
「……あー、これは目立ちますねぇラキオウ選手」
ラキオウ・シェルガの堂々たるや。
いや、変装するとか、種族を隠す努力は素晴らしい。
けど、王者の姿勢で堂々と歩くな!
ちょっとは背を丸めたりとかその……なんかコソコソしなよ!
いやそれはそれで目立つのかもしれないが……、なんか、二メートル越えの外套の人が威風堂々と歩いてくるって……ちょっとした暴力である。
「なるほど、ならば買出しは任されよう」
これはもう、改善してどうこうなる問題ではない。
これから先も大きくなり続けるというのであれば、多少の改善を施したところで意味は無い。人間の場所には人間が行けばいいのだ。
そうして今日は、十日に一度の買出しの日である。
大きなずた袋に、とにかくありったけの煙草を入れて購入する。
しかしコンビニで煙草売ってた俺だから思うのか、カートンで購入(箱買い)したくなるな。こっちの文化にはカートン買いの文化が無かった……。うーん、面倒くさい。
ちなみにラキオウ、煙草のこだわりはほとんど無い。
こちらの世界にも多種多様の煙草が出回ってはいるものの、彼女は、『煙草を吸うという行為自体』が好きなようで、味に拘りはないのだそうだ。だからこうして色々な種類の煙草を購入している。
俺は好みがあるけどな。黄色い紋章が散りばめられたパッケージの『キュクロプス』という銘柄だ。うん……朝ラキオウがやっつけた魔物だね。
煙草の銘柄は生物や魔物をモチーフにしているものが多い。『ドラゴ・ウインド』とか、『アルラウネ』とか、『オーク・フット』に『ヴァンパイア』。あ、……『リザード』もある。
俺がラキオウにリザードと呼ばれているのは、この煙草銘柄のせいでもある。
この『リザード』という銘柄、かなり度数が強い。
煙草っていうのは度数が強ければ強いほど……何ていうんだ、まぁ、味が濃いワケだが。じゃあ濃ければ美味いのかというと、そうではない。好みの濃さというのは、人によって違う。だからこそ、こんなにも種類が出ているのだが。
「いやーしかし……気絶するほど濃いとはね」
こっちに来て最初の夜のことである。
「リザード? え、それ俺のことか?」
「トカゲ……というのは、お前の元の国の言葉でリザードというのではなかったか?」
ソレ、めっちゃかっこいいじゃん。
ソレ、めっちゃかっこいいじゃん!
ソレ、めっちゃかっこいいじゃん!!
「そうです……、俺、リザード!」
「どうしてナナメに立つ?」
「漆黒の天空の覇者、リザードとは俺のことだ」
「リザードは空を飛べないだろう? あと夜限定なのか?」
「お、これは……」
かっこつけつつ、『リザード』と書かれた銘柄の煙草を手に取る。
「……ん? あれ、そういや何で俺文字読めてるんだ? 言葉もそういえば通じてるよな」
めちゃめちゃ今更ながらな質問だった。
いや、バタバタしてたし怒涛の展開すぎてなぁ。気にすることが遅くなってしまった。
「こちらに召喚する際、不便がないようにしておいた。いきなり私とコミュニケーションをとれなくても困るだろう?」
「……うーむ、便利だ。リザード、感激」
言いつつ『リザード』の煙草を空け、ラキオウに火をつけてもらう。
「すぅ……、……っ!! ぐぼぁっ!! !? !! なん、なんだ、この味!! ひでえ!」
「『リザード』は独特の味がするからな。普通の人間は、ちょっと吸うのは難しいんじゃないか……」
「それ! そういうの先に言って!?」
そうやってその晩、俺の名前はリザードになり、また同時に、俺の名を冠する煙草を吸えなくなった夜にもなったのだった。
「……この煙草見るたびに思い出すんだよなあ、あの夜のこと」
俺がパッケージを持ってしみじみ物思いにふけっていると、煙草屋の脇から一人の女の子が出てきた。色白で大きな目が可愛らしい、十五、六くらいの小柄な子だ。
「あの、いつも煙草をいっぱい買いに来られる方……ですよね?」
「え、俺か? あ、あぁ、そうだけど」
珍しいなぁ。ここの村の人に話しかけられるだなんて。
やべ……、もしかして不信に思われてたりするのかな。
「あーその、怪しい者じゃないんで。
俺は、その、なんだ、」
「旅人さんなんですか!?」
「え?」
俺の不安を他所に、めっちゃキラキラした目つきで俺のことを見上げていた。
「私、ここの店の長女で、リリパって言います! 旅人さん、もしも良かったらお話聞かせてもらえませんか!?」
「や、えーと、俺はその、旅人ってわけじゃ……」
あーいやでも、どうだ? 仮にここで旅人ではないと答えた場合、じゃあ何の仕事をしている人なんですかなんて、答えられるわけもない。まさかダークエルフと向こうの山の危険区域に住んでるんですよー、なんて、言えるべくもなし。
「そ、そうね……旅人、みたいなもんかな、うん」
現代から異世界に来ているからな。ある意味旅人だよ、うん。
「やっぱりそうなんだー! すごいですねー!!」
しかし驚いたな。買出しをするようになって十五年。この村の人との始めての会話が、こんなにも可愛らしい女の子とだなんて。
ん? 十五年……?
「えーと、きみ、ちなみに年はいくつかな?」
「今度で十五歳になります!」
元気よく答えるリリパちゃん。
成るほどなぁ。俺が買出しに来るようになった頃にこの子は生まれたわけか。
「……なぁ、もしかしてなんだけど。そこの煙草屋に、なんていうか、変な言い伝えとかある?」
「あぁ、ありますよ! 『とてつもなく大きな身体の人が来たら、とにかく煙草を全てかき集めるように』って! その『煙草を全て買っていく人』は、煙草屋からすると神にも近い存在だって! それで、旅人さんはその神と何か関わりありそうだよね? おんなじことしてるんだし」
……ここは、アレか。身体の大きな『人』程度に思われているという結果だけを、とりあえず喜ぶべきか。
やっぱ目立ってたよラキオウ!
人には擬態できてはいるけど、なんかお前『神』扱いされてるぞ!?
「さしずめ俺は神の御使いだな……はは」
「ねぇねぇ旅人さん! お話何か聞かせてよー! ようやく噂の旅人さんに会えたんだもん!」
つまりこの子は、噂では俺のことを(ラキオウ神のお手伝いさんという意味で)耳にはしていて、今までタイミング悪く会えなかっただけで、本当はこうして話をしてみたかったのか。
「まぁいいか。別に急ぐでもないし。
いいよ、何か話せれば良いんだけどな……」
って、ん?
見るとリリパちゃんは、右足を少しだけ引きずっていた。
「あ、これ? えへへ、この間ちょっと怪我しちゃって。まだ完治してないんだー」
「おっと、そうなのか。それじゃあここで話すほうがいいかな」
「でも向こうの牧場のほうが、綺麗な景色が見えるんだよー。旅人さんにはそっちの景色も見てもらいたくて……」
ううむ、難しいな。歩けないだろうし……。
「あ、そうだ。だったらこうすればいいんだよ。旅人さん、お願いがあるの!」
そうして俺は、彼女をお姫様抱っこしているのであった。
「あー、…………、おう、これは」
「旅人さん力持ちなんだねー!」
俺の腕の中でテンションを上げているリリパちゃん。え、何これ、事案にならない? 大丈夫?
この村の人間ではない不審な男が、小さな女の子をお姫様抱っこして連れ去っている。しかもちょっと人気の無い牧場の方へ。
いや、駄目じゃん、これ!? 事実なんだけどさ! 文章的には事実なんだけどさ!!
「いやまぁ、問題が起こったら、そのときに何とかすりゃあいいか……」
アレコレ考えても仕方ない。という考えは、こっちの世界で十五年生きてきて学んだ教訓である。
あんな人外魔境で生活していれば、そんな投げやりな考え方にもなるというものだ。
「明日は明日の風が吹くってね……」
「なんだか旅人さんカッコイイー!」
「……子供は自由だなぁ」
そうして俺は、十五年この世界で生きてきて、初めてラキオウ以外とまともにコンタクトをとったのだった。