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3.煙草の縁



3.煙草の縁



 女性の裸体を生で見るという、記念すべき最高の日ではあったのだが、同時にそれは、人生最悪の日でもあった。

「……一緒に煙草を吸いたかったぁ?」

 ラキオウ・シェルガと名乗った、気高きパワフルな麗人は、俺にそう説明をした。

 ここは俺の居た世界とは全く違う世界らしく、最近煙草の趣味を覚えたらしく、それを誰かと共に吸いたかったということらしかった。

 らしい。らしい。らしい。

 と、いうことのようだ。という表現でしか、今の状況を理解出来ない。

 それは当然で、何もかもが現代世界とは価値観や考え方が違う。だから、どうしてそんなことを考えたのかという常識的な質問が、全く意味を成さない。

「……で、たまたま煙草を吸っていた俺にスポットが当たった、と」

 いやいや他にも居たろうに。世界で何億人が煙草を吸っているってのよ。

「ぶっちゃけ誰でも良かったってことだよな……。感性が恐ろしすぎる」

 本当、俺が呼ばれたのはたまたまだったらしい。一緒に煙草を吸ってくれさえすれば、別に人間種でなくても良かったのだとか。

 それじゃあ普通に、この世界に生きる人たちと吸えばいいじゃんと思ったのだが……。

「これじゃあ難しいわな」

 俺は現在、彼女の家に居る。


 家というか、城だコレ。


 綺麗に補正された石畳に、きらびやかなインテリア。高い高い天井に、豪奢なシャンデリアみたいなものが吊るされている。コンセプトのあるレジャーランドみたいだ。どこかに係員とかいないだろうか。

 そんな豪華な城に招かれているわけだが、この周り一帯は先ほどの化物が大量に沸いている。人っぽくないものもいっぱい居る。そもそも生物か? っていう外見のものも居る。文字通り、魔境だ。

「で、彼女はココの管理者……か。そりゃ大変だな」

 そもそもここは人が寄り付かない、いや、『寄り付けない』地域である。そりゃそうか。あんな化物が大量に出るともなれば、人など来なくて当然だ。

 ここへ来る途中、ぼんやりとこの世界のことを説明してもらった。


 昔昔のお話。

 この世界には、魔王と呼ばれるものが居て、邪悪な魔物を大量に生み出したのだとか。

 人類はそれに対抗し、それらの魔物を駆逐した。

 千何百年とかけて、彼らは戦い抜き。

 そして後に勇者と呼ばれる者が誕生し――――世界は救われた。

 ラキオウ・シェルガは、ダークエルフと呼ばれる種族で、人類の敵だった。つまりは魔王側だ。

 けれど彼女は、人類との共存を望んでいた。――――望んでしまった。

 だから影ながら、人々を助けた。勇者も助けた。


「そんで今も……影ながら助け続けている、か」

 ラキオウからもらった煙草をくわえつつ、俺はそうつぶやく。

 火はつけない。ライターみたいなものが無いからだ。彼女はどうやって火をつけているのだろうか。魔法的な何かか?

 ちなみに俺は、わりと簡素な服を与えられ、ラキオウも新しい服に着替えて出て行った。そうだよな、これ以上のサービスシーン(俺)はいらないよな。

「で、ここが元・魔王の城ってわけか。すげえところだ」

 ラキオウ曰く、ここら一帯には魔王の瘴気が残っているらしく、それで魔物が生み出されてしまうのだとか。

 この地域よりも外側には、危険な魔物は出て行かない。それはラキオウが日夜駆逐しているからだ。

 ダークエルフってやつの寿命は長い。しかも彼女は特別製(?)らしく、魔力の濃いところや魔王の瘴気があれば、そこから生命エネルギーを摂取できるということで。つまりはほぼ不死身だそうだ。

「んで、樹木からも成長因子を受け取れて? 永遠に成長し続ける……んだったか。すげーなオイ」

 ゲームに詳しくないからわからんけど、昔見たバグ技の無限増殖バグみたいなものだろうか。底なしに成長し続けて、延々と大きくなり続ける。そして死なない。

「なんかすげー生物だな」

 その話を聞いて、俺はもしかしたら彼女は、ここいらを闊歩する化物よりも、遥かにバケモノなんじゃないかと思った。

 外見的にはスーパー美女なんだけどな。

「すまない、帰ったぞ、人間」

「お……おう、おかえり」

 やべえ、ちょっとあの生物が怖くなってきた。

 そりゃあ……人間じゃないんだもんな。つまりはその……なんだ、人間じゃないってことで、あー、語彙がねえな俺も!


 つまりその、俺と違うモノってことで。


「――――すまない、人間。

 やはり恐ろしいよな、こんな生物は」


 あぁ――――だから、俺は馬鹿なんだよな。

 なんでこんな風になっちまうんだ。

 でも仕方ねえじゃん? いきなり異世界に飛ばされて? んで異世界の中でもヤベー奴と一緒に居て? そいつに恐怖を抱くなっていうほうが無理じゃん?

 だから俺は悪くなくて――――


 ――――それでも、そりゃ俺が悪いだろ!


「ラキオウさん! いや、ラキオウ!」

「っ! な、なんだ?」

 だから俺は、『そういうの』はやめてほしかったから、言った。

「すまん、俺は嘘がつけなくてさ! あと美女にも弱いから、たぶん何言ってるのかわかんなくなるところが度々あると思うんだけど!


 俺はお前が怖い! まずはここは、正直に伝える!」


 城の、高い高い天井に。

 俺の汚い声が響き渡る。

「――――そうか」


「怖いけど! 俺は、美女が好きだ! あんたの外見が好きだ!」


「……うん?」

 ぱちくりした表情がかわいい。

 なんかそんな風に思ってしまう。

「すまん。下心全開だ。でも正直に言わせてくれ! あんたの性格も、これまでの経緯も、正直全然分かってない。だからラキオウを怖がらずに、どこか好きになれって言われたら、外見しか今のところ無い!」

「……う、うん」

 ラキオウの顔が呆気にとられる。

 このとき俺は、仮にこのラキオウに呆れられた場合、すぐに殺されるかも、とか、

 見放されてこの魔境な場所に放り出されて、結果死を迎えてしまうのでは、とか、

 全然考えていなかった。

 考えていなかったけれど、でも、それでいいかもとも思った。


 俺、春巻 蜥蜴は、名前のせいでいじめられていた。


 蜥蜴という名前は、クソみたいな両親が語感だけでつけた名前だ。

『ハルマキトカゲってカッケーんじゃね?』

『えー、確かそういう名前の生き物いるよねー?』

『いるいる! だからそれでいいんじゃね?』

 それはエリマキトカゲだろ、馬鹿野郎ども。

 育児放棄にはならなかったものの、そんな名前だったので、当然のようにいじめられた。そしてそんなことに、両親は無関心だった。

 そうして結局――――十五年。中学を卒業して、俺はそのまま家を出て、フリーターで暮らしていた。まぁその、それも今回の件で終わりみたいなんだけど。

 けど――――いじめられていたからこそ。俺もそっち側に回ることだけは、嫌だった。

 俺が何を言いたいのかわからないという、困惑した表情をしたラキオウを見る。


 いじめとは、もちろん違う。

 けど、理解できないものを、自分とは違うからと避けるのも、また違うんじゃないか?

 だって俺はそうやって――――排他され続けてきたんだから。


「だから俺、お前のことをもっと知りたい!

 下心しかないし、たぶんまだまだ、お前のことを怖がるかもしれないけど、

 それでも――――俺をそばに置いてほしい!」


 なんか年甲斐も無く、感情が爆発してしまった感がある。

 でもこれで良いんだ。

 きっとこの先どうなってしまっても、俺の想いはラキオウに伝わっているはずだから――――


「うーん……、それは微妙?」

 あれええええええっ!?


「え、微妙って、何?」

「いや、言いたいことはわかったし、きちんと包み隠さず言ってくれたことは嬉しかったぞ。そこは、うん、良いと思う。ラキオウ・グッドだ」

 なんだラキオウ・グッドって。

 表情を変えずに親指をぐっと上げるラキオウ。

「けど、下心だの外見だのと堂々と言うのも、正直いかがなものかと。

 ラキオウ・バッドだ」

 そしてそのまま親指を下へと向けるラキオウ。

「えぇ、そう……? そうかな。ていうかまぁその、俺も表現の仕方が、悪かった、よね? ごめんね?」

「あ、いや、嬉しかったのは嬉しかったんだがな?」

「あ、はい」

 えーと…………。

 主人公のやつらってすげえええええんだなああああああ!!

 俺、無理だったわ! 決めシーンだったのに、何か無理だったわ! 一応和解には成功してるけどさ! たぶんラキオウ的にも大丈夫な感じになってるけどさ!?

 けどなんか、良い雰囲気に持っていくのって難しいわー……。

「そ、それじゃあ人間、お前の部屋はあっちだから」

「あ、うっす」

 そうして俺は、初めての異世界での夜を迎えるのだった。








 迎えるのだったと綺麗に締めたつもりだったのだが、まだその夜には続きがある。

「はえー……お布団しゅごい……」

 体がずぶずぶ埋まる。なんだこの柔らかさ。体験したことねえよ……。

 物置のような部屋なのかなーと思っていたのだが、逆で、めちゃめちゃ豪華だった!

「シャンデリアがあるけどスイッチが見当たらないんだよな……。どうやってオンにするんだ?」

 それもまた魔力なのだろうか。この世界には分からないことが多すぎる。

 外は太陽が落ちてきたのか(そもそも太陽なのかどうかも分からないが)、薄暗くなっている。かろうじてベッドに転がり込むことはできたが、薄暗すぎて何が配置されているのかがわからない。

「不明瞭なまま触って、変なことになっても怖いしな……」

 最初はこのベッドも、寝転んで大丈夫かと思いはしたのだが、眠気には勝てなかった。

「まずい、眠いな……」

 色々あって疲れたのか。腹も減ってはいる気がするが、眠気のほうが上回る。

 うとうとしつつ、完全に意識が落ちたあと――――

 意識が浮上した。


「人間」

「おっぱい!?」


 ……いやほんと、性欲の忠実なるしもべで申し訳ない。

 けど仕方なくね? 誰だってさぁ、


 ラキオウみたいな褐色美人に馬乗りになられて、顔の近くにおっぱいがあったら仕方なくね?


「おっぱいではない。ラキオウだ」

「あ、はい大丈夫っす」

 大丈夫ではないんだけれどな!

 え、何々、どういうこと? 夜這い? 俺、脱・童貞?

 ちょっと身長差はあるけど、エキゾチックな巨乳美人と、今夜一線越えちゃうKA・N・JI☆!?

 ゆさ、と、体を少し動かす度に胸が揺れる。

 ラキオウの人差し指が、俺の唇と頬をさらりと撫でる。ちょっとだけしっとりした指先が、なんとも気持いい。

 そのまま人差し指と中指が口腔へと入ってくる。

「――――っ! なん、」

 頬の内側を、そのまま指でなぞられる。舌先も少しだけ指で弄ばれたかと思うと、そのまま指が引き抜かれ――――


「よし、口腔内に傷などはなかったな。

 ならば本題だ。煙草を一緒に吸うぞ、人間」


 …………。

 ……あー。あぁ、なんかそういえば。

 そういう、アレだったな。

 そういう理由で呼び出されたんだっけなあ俺!?

「どうして前かがみなんだ人間? 行くぞ?」

「……お前の血は何色だぁ!? ちくしょうめえええ!!」

「うん? ダークエルフだから赤色だぞ?」

「うるせえ! ……ちょっと待ってて!」

 なんか、俺のときめきと童貞卒業の覚悟を返してほしい。






 ――――そんなして、結局二人で煙草を吸ったのが出会いだ。

 ちなみにあのとき、俺の口腔内をまさぐったのは、俺が渡された煙草を吸っていなかったから、何か怪我でもしているのかと思ったから、らしい。

 なるほど魔法を日常的に使っている生物としては、そういう思考回路になるのか。

「そんなアホなやりとりをしつつ――――十五年かぁ」

 煙草を吸うラキオウを見ながら、どこか感慨深くなる。

 いやもちろん、こいつからしたら十五年なんて、時間経過のうちにも入らないのかもしれないが。

「それではリザード、今日も修行に移ろうか」

 煙草の火を消し、吸殻をきちんと消し炭にしつつ、彼女は言う。

 ポイ捨て駄目、絶対。……けどだからといって、存在そのものを消し去るっていうのは斬新すぎるだろ。俺も同じこと出来るけどさ。

「喫煙者にとってのポイ捨て問題を、こんな方法で解決するとはなぁ……。

 うし、それじゃあ今日もよろしく頼んますわ」

 そうして、こうして、俺たちの日常が今日も幕を開ける。

 彼女、ラキオウ・シェルガは、俺の主人にして師匠のポジションになった。


 俺は日々、

 寝起きに命を救われ、

 修行で苦労させられ、

 共にここいらの化物狩りにつき合わされて、

 仕事後に一緒に煙草を吸う、


 ……なんていうんだろうな。

 従者? みたいな、感じになっている。


 こうして俺は、日々を過ごしていて、四十歳になった。

 その日から数日後。まさか、あんなことが起こるとは思わなかったのだ。




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