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魔法使いの証明  作者: 0℃
1章 逮捕不可能な魔法使い
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03.スピードスターの模倣犯

 その遺体は、新宿の公園内で見つかった。


 午前10時半の公園前には、ニュースを聞きつけたやじ馬達が現場を囲んでいた。


 朝比奈が、鹿上と共に現場に到着した頃には、すでに黄色の規制テープが公園の周りに張られており、多くの警察関係者が現場を出入りしていた。


 公園の前にいた警官に挨拶すると、朝比奈と鹿上は規制線の向こうへと足を踏み入れる。


「うわ……エグいっすね」


 鹿上は、個室トイレの中の遺体を見るや否や、顔をしかめる。


 朝比奈が聞いた話では、公衆トイレの男子便所、個室便器の中に()()()()()()()入れられていたと言うことだった。


 首は、のこぎりのようなもので切断されており、首から下の部分についてはまだ発見されていない。


 鹿上が狭い個室から出てくると、入れ替わりに朝比奈はトイレに入る。


 中を覗くと、確かに話の通り、男性の生首は便器の中に放り込まれていた。


 遺体の男性は、幼いとまではいかないが、かなり若く見える。大学生か、高校生くらいだろうか。


 半分に開いた虚ろな目で、被害者はこちらを見ている。彼のものと思われる血液が、便器の所々に付着していた。


 また、遺体の頬には黒いマジックのようなもので、大きく『はずれ』と、書かれていた。


「はずれって。一体何がはずれなんすかね」


 鹿上が言う。


 朝比奈が死体を見て抱いた感想としては、ふざけてる、の一言だった。犯人に対して、沸々と怒りがわいてくる。


 朝比奈は感情を抑え、冷静を装って言った。


「……さあね。犯人はゲームのつもりなのかしら」


 朝比奈がトイレから出ようと振り替えると、鹿上の後ろで目つきの鋭い、長身の男が立っていた。


 捜査そうさ一課いっか一係いちがかり鈴井すずい警部補だ。朝比奈と目が合うと、鈴井は手帳を片手に事件の詳細を話し始めた。


「被害者は、この近くの加賀崎かがさき高校に通う2年生、谷津ヤヅ紀美彦キミヒコ。母親によると、昨夜から行方が分からなくなっていたらしい」


 朝比奈は、鈴井の言葉に首を傾げる。


 身元の特定が早すぎるのだ。遺体が発見されたのはついさっきのはずなのに、30分と経たない内に身元が確認できている。


「特定が早いですね。何か手掛かりになるようなものがあったんですか?」


「遺体の額だ。髪をかき上げてみろ」


 朝比奈は頷き、それに従う。


 遺体に手を合わせてから、遺体の額にかかった前髪を人差し指で上げた。そこには、マジックで小さく文字が書かれている。


『加賀崎高校2年。谷津紀美彦』


 そのあとに、3つの電話番号がボールペンのような細い字で書かれていた。


 そのうちの1つは見覚えのある番号だった。朝比奈は鈴井に尋ねる。


「ここに書かれてる電話番号の内2つは、どこの番号だったんですか?」


「1つは加賀崎高校の番号だ。もう1つは、谷津紀美彦の家に繋がった。

 母親に見てもらい確認してもらったが、遺体は谷津紀美彦で間違いないそうだ。もう1つの番号については……言う必要あるか?」


「ないです」


 朝比奈は即答した。それに対して、鹿上は不思議そうな顔をする。


「え、何で? 番号は3つあるんすよね? もう1つの番号はどこの番号なんすか?」


 鈴井と朝比奈は、鹿上の様子に呆れながらも同時に答えた。


「うちの署の番号よ」

「うちの署の番号だ」


 鹿上は「はあ」と、曖昧に返事をした。



――――――――――――――――――――



 現場検証が終わると3人はトイレから出て、他の捜査員に邪魔にならないよう公園の隅に固まった。鈴井が腕を組みながら口を開く。


「当面は刑事事件と魔法事件の両方を視野に入れて捜査を行っていく。そちらで何かわかったら連絡してくれ」


 鈴井は言いながら、ポケットに手を入れる。


「悪い、着信だ。ちょっと待っててくれ」


 そう言って、鈴井は少し離れた場所で通話を始めた。


 3分ほどして彼は戻ってくる。さっきより、幾分険しい目つきだった。


「どうやら別の場所で遺体の一部が見つかったらしい」


「本当ですか? 一体、どこで?」


 朝比奈は手帳とペンを構えた。

 対して、鹿上は何もしない。


「それが……横浜だ」


「横浜!?」


 朝比奈は驚く。

 ここからそれなりに離れた場所だ。


「ああ。横浜の中華街で、腕の一部とみられる肉片が見つかったそうだ。

 その遺体にもマジックペンで『はずれ』と書かれていて、谷津紀美彦という名前と、高校名、最後に3つの電話番号が並んでいたらしい」


「なんで横浜に……。

 ここから結構距離ありますよね」


「ああ。ここから車で高速道路に乗り、向かったとしても1時間程度はかかるな」


「死亡推定時刻は何時頃だと考えられてますか?」


「まだはっきりとはしてないが、母親の話では昨夜の22時には姿が見えなくなっていたそうだ」


「じゃあ、22時以降に殺害し、遺体をバラバラにして、横浜まで運んだと言うことですね」


「そうなるな。別に不可能ではないが……悪い。また着信だ」


 そう言って、再び鈴井は2人から離れる。


 電話が終わり鈴井が戻ってくるかと思えば、また着信が入った様子で鈴井は2人から離れ、電話に出た。それが、幾度も繰り返された。


 結果として、鈴井は数十分もの間、電話に振り回されていた。


 全ての電話が終わると、鈴井は疲れ切った表情で、今までの電話の内容を話し始めた。


「……まったく。面倒な事件だ。じゃあ、いいか? 話をまとめるぞ」


 鈴井の話をまとめると、結果としては『遺体は日本中に散らばっていた』と言うことになる。


 北は北海道から、南は沖縄まで。11時現在までで、24箇所に分割された遺体が日本各地で発見された。


 遺体の多くは観光名所の目立つ場所に置かれており、すべてマジックペンで同様の文字が書かれていた。


 そして、これは普通の人間には不可能な犯罪だという事実も浮き彫りになった。


 被害者がいなくなった時刻は昨夜の22時。遺体が発見された時刻は今日の10時。


 殺害し、遺体をバラバラに切り分け、北海道から沖縄までを一晩で移動し、各地に散らばらせるにはどう考えても時間が足りない。


 夜の22時からの行動では、東京から北海道までたどり着くことすら不可能だ。


「つまり、これは魔法事件ということになる」


 鈴井は断定する。確かに、そうとしか思えない。朝比奈は軽く手を上げて、言う。


「わたし、これによく似た事件知ってます」


「奇遇だな。俺もだ」


 鈴井と朝比奈は頷く。


 2人と違い、鹿上だけはわかっていないような様子だった。


「え? 何の事件に似てるんですか?」


「2年前に起きた、『スピードスターによる殺人事件』よ。ニュースでも騒がれたでしょ。覚えてない?」


 朝比奈は、鹿上に簡単にその事件の概要を説明した。


 スピードスターによる殺人事件は、2年前の夏に起きた事件だった。


 今回と同様にバラバラ殺人事件で、遺体は47の都道府県に一つずつ配置されていた。


 最初の遺体は、今回と同じように都内で見つかった。ただし、発見された場所は新宿ではなく日本橋だ。それを皮切りに、遺体は日本各地で次々と発見された。


 被害者である会社員の男性は、前日の23時から姿を消し、翌日の朝7時には遺体の一部が発見された。


 一夜で遺体が全国にばら撒かれたことから、普通の事件ではないことは明白だった。警察は、犯人が高速移動能力を持っているものだと考えた。


 スピードスター。メディアは犯人をそう呼び始め、世間をにぎわせた。


 そして、事件は唐突に終わる。最初の遺体が発見されてから一週間が経ったころ、青森の歩道でクーラーボックスと一緒に倒れている男性が発見された。


 男性は、魔法病による血液の硬化で死亡していた。クーラーボックスの中には、バラバラに切断された2人目の被害者の遺体が入っていたのだという。


 その後、魔法病で死亡した男性の家を調べたところ、いくつかの証拠が見つかり、彼が最初の男性を殺した犯人、スピードスターであることがわかった。


「違いがあれとすれば、目立つ場所に遺体が置かれてること。あとは、文字が書かれてるところでしょうね。『はずれ』って、いったい何のつもりなんだか」


「しかし、犯人がスピードスターだとすると逮捕が難しいな」


 鈴井が苦々しく言う。


 ――――確かに。問題はそこだ。


 相手は車はおろか、新幹線や飛行機を凌ぐほどの移動速度をもつ能力者だ。捕まえる方法を朝比奈は2年前から考えていたが、未だ解決法は見つからない。


 2年前、スピードスターの事件で警察が出した結論も、鈴井の言ったのと同様『逮捕不能』というものだった。


「……犯人を見つけたら、射殺するしかないだろうな」


 鈴井が深刻な顔で言う。


「そんな!」


「致し方ないだろう、朝比奈。情報の少ない今、逮捕して少しでも情報を得たいというお前の気持ちはわからないでもないが、この手の魔法使いは無理だ。被害者を増やす前に殺すしかない」


 確かに、鈴井の言ってることはもっともだった。


 しかし、そうわかっていても頭が受け入れられない。


「そもそも犯人が特定できるかどうかすらわからん。無駄な悩みなのかもな……クソ、また電話だ」


 鈴井の電話にまた着信が入ったようで、彼は面倒くさそうにポケットに手を入れる。


 今日、何度も見た光景だった。鈴井は、もはや朝比奈に許可することもなく、その場で電話に出た。


 ただ、さっきまでの電話とは少し様子が違うようだった。鈴井の声に驚きと、少しの喜びが混じっている。電話をしている鈴井の目が、ギラリと光った。


「朝比奈。どうやら『あたり』が見つかったらしい」


 電話を切った鈴井はそう言いながら、口角を上げた。


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