01.魔動隊①
警視庁刑事部特別防疫対策係。
通称『ボウエキ』。
今年の4月から、そこは鹿上にとって第二の職場となった。
ボウエキは魔法病に対しての抗体遺伝子を持っていなければその職務を任されないため、自然と少数精鋭になってしまう。
結果、この職場には鹿上と係長を含め4人しかいない。しかも、その内の1人は未だに顔も見たことがなかった。確か、名前は茜とか言っただろうか。
――――職場に行くのは気が重いな……。
先日の事件で、どうも自分はやりすぎてしまったらしい。鹿上はそれを気に病んでいた。
魔法使いを憎むあまり、歯止めが利かなくなることはこれまでもしばしばあったが、今回のように子供を巻き込んだのは初めてだ。さすがに、やりすぎだろう。
今回の事で、自分に何らかの処分が下るだろうと考えていたが、未だに音沙汰はない。恐らくあの人、早乙女管理官の力が働いているのだ。全く、強大で恐ろしい限りだ。
署に入り、階段で地下1階に降りる。長い廊下を歩き、突き当りにある部屋の前で立ち止まると、鹿上はポケットから折り畳み鏡を取り出して自分の姿を確認した。
――――髪はボサボサにしてある。
ネクタイもしっかり緩んでる。
スーツは着崩して、ボタンは外しておいた。……よし。完璧だ。
深呼吸をしてから、わざと扉を乱暴に開けた。
部屋には係長と、赤く目を腫らした朝比奈が、すでにデスクに座っていた。時刻は10時ちょうど。仕事をしていて当然の時刻だ。
鹿上はふらふらと自分のデスクへ歩き、カバンを適当にデスクの横に置く。
「おはよう。鹿上君」
頭のハゲ散らかした小柄な井上係長が、柔和な笑みを浮かべて鹿上に挨拶してくる。
「……うっす」
鹿上は軽く頭を下げながらそれだけ返すと、椅子に乱暴に腰を掛ける。
カバンからスマホを取り出そうとすると、向かいのデスクから激しく何かを叩くような音がした。
何かと思って見れば、朝比奈が強くデスクを叩いたようだった。青筋を立てて怒りながら、あからさまに作った笑顔を張り付けてこちらを見てくる。
「お・は・よ・う!! 子供をだしに使った上に、犯人を死に追いやった鹿上君!
今日も何も気にせず、余裕の遅刻とは恐れ入るわ!」
「うん……。朝比奈君。ちょっと言いすぎじゃないかな?」
係長が取り繕うとする。しかし、無駄だろう。こんなので彼女の怒りが鎮火するとは思えない。
「まだまだ全っ然言い足りないですよ! なんで、コイツにも、わたしにも何の処分も下らないんですか!? おかしいでしょ!?」
「まあまあ朝比奈君。数少ない職場の仲間なんだからさ、仲良くやってこうよ。処分が下らなくてよかったじゃない。ねえ、鹿上君」
鹿上は何も言わず、フォローをいれてくれた係長に会釈だけしておく。
朝比奈はギリギリと歯ぎしりをしながらこちらを睨んでいた。
彼女の目は、何故か充血していて赤くなっている。事件が解決すると、彼女はいつもあの目だ。
――――しかし、さすがにこれはやりづらいな。
係長は、老人のようなほくほくとした笑みを浮かべながら言った。
「そもそもさ、魔法使いを追い詰めたこと自体すごいことなんだから。二人ともよくやったよ。確かに犯人は捕まえる前に亡くなっちゃったけど、いつものことじゃない」
「……それがいつものことじゃ困るんですよ」
朝比奈がため息交じりに言った。
係長の言うように、魔法使いの事件は追い詰めること自体が難しい。今回のように魔法使いを特定することがそもそも難しく、さらに逮捕となればほぼほぼ不可能だ。
そもそも、相手が逮捕できないような能力を持っている可能性もあるのだ。
すり抜け、透明化、今回のような飛行能力。そういった能力だとわかれば、普通は逮捕を諦めて、別の方法で追い詰めるのが「ボウエキ」の定石というものだ。
その点で、朝比奈という人物は他とは違う目線を持っていた。
「わたし、とにかく逮捕してサンプルを出さないことには、病気も調べようがないと思うんですよ。
この病気、原因も治療法も未だわかってないでしょ? 感染者は増え、病は広がり行くばかり。私たちが一役買わないと」
係長がうーんと唸ってから答えた。
「そうは言ってもねえ、僕らは普通の人間だよ? 魔法使いに丸腰で挑むなんて、そもそも無茶なんだよ。
そう言うのは『魔動隊』にでも任せればいい」
「……えぇっ? そんなの都市伝説じゃないですか。それとも本当にあるんですか、魔動隊。まさか係長、わたしに存在を隠してます?」
朝比奈はデスクから立ち上がり、係長に詰め寄る。係長は手を振り、否定した。
「いやいや、僕も知らないよ。でもさ、けっこう噂で聞くじゃない、魔動隊。もしかしたら、本当にあるかもよ?」
「……常識的に考えて、あるわけないじゃないですか。あったとしたら大問題ですよ」
朝比奈は大きなため息を吐き、自分のデスクに戻った。
魔動隊。朝比奈の言う通り、それは都市伝説のようなものだ。
『警察は秘密裏に、魔法病感染者のみで構成された部隊を編成している。その部隊は、市民の中の悪質な感染者を排除するために組織された』
そう言う噂を、鹿上も時折耳にする。
確かに3年前、メディアはそう騒いでいた。『決定的証拠』と謳って、感染者同士が争う動画が公開されたこともあったが、証拠としては乏しく、結果的には今も噂だけが独り歩きしている状態だ。
警察側は当然、その存在を否定した。
魔法病は、特殊能力を使えば死に近づく病だ。
感染者に仕事をさせるということは、警察は、『その感染者たちの命を、警察の利益のために消費させている』ということになる。
そんなことを認められるわけがない。
「センパイは信じてないんすか? 魔動隊のこと」
鹿上は、朝比奈に聞いてみる。
朝比奈は一瞬だけムッとした表情をしたが、返事を返してくれた。
「もし存在してるとしたら、わたしたちがその存在を知らないのはおかしい」
「え? どういうことっすか?」
「魔動隊って、世間の話を聞く限りだと感染者を抹殺するための機関なんでしょ?
じゃあ、どうしたって感染者の情報は必要になるわよね?
でも、感染者の情報のほとんどは私たちボウエキが握ってる。しかもそれを外に流すことはないの。
感染者の情報が流れれば、たちまち世間は混乱するし、市民は感染者を糾弾しようとするでしょう?
だから、私たちはそれを防ぐためにほとんど外に情報を漏らさないの」
「え。そうなんすか」
「そうよ。だから、もし魔動隊が存在しているとして、彼らはどこから情報を得ているのかっていう疑問が生まれるわけ。
さっき言った通り、私たちが他の部と交換する情報は少ないし、上への報告は形式的でしかない最低限のもの。
彼らが独自の情報網を持ってたとしても、一般市民や情報屋からの情報だけじゃ限界がある。
結局、魔法病の情報を得るには、このボウエキを通すしかないんだよ」
鹿上は頷く。
確かにそれは言えていることだった。
「わたしは誰かに情報を漏らさないし、係長があの様子でどこかに情報を流してるとも思えない。
もう一人の茜ちゃんは……まあ、多分ないでしょう。そこから鑑みるに、魔動隊は存在しない。
仮にもし存在してたとしたら、今頃は情報の乏しい、厳しい戦いを強いられているでしょうね」
「へえ。じゃあ、信じてないんすね」
「ただ、もし存在してたとするならば、あなたがその魔動隊の一員よ」
朝比奈は鋭い目で、鹿上を睨む。
「――――は?」
突然自分に白羽の矢が立ち、鹿上は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと、なんで俺なんすか?」
「だって鹿上君、この部署に来るまで他で何やってたの?
鹿上君の事、軽く調べさせてもらったけど、情報がペラッペラなんだよね。
それに、ほとんどここには顔を出さないし、何をしているのかがわからない。
何かの目的で、人目がない間にこの部署の情報を漁ってると考えれば、辻褄は合う」
「……ひどい言いがかりじゃないっすか」
「4月に突然入ってきた理由も不自然なのよ。最初は一係に配属される予定だったって言ってたけど、冗談でしょ?
署はボウエキに人を求めてる。
今、もっとも必要とされてるし、人材不足になりやすいからね。
だから、一番最初に遺伝子を調べてるはずなのよ。なのに直前に変更ですって?
なんの手違いがあったワケ?」
鹿上は、言葉が出なくなる。
朝比奈は、見てられないといった様子で頬杖を突き、長いため息を吐いた。
「じょ・う・だ・ん・よ。悪かったわ。キミがあんまり憎たらしくて、つい追い詰めちゃった。ただ、あまりにもここに顔出さないでいたら、わたしも本気で疑うからね」
朝比奈はデスクの上に積まれた書類を手にすると、パソコンで何やら打ち込む作業を始めた。鹿上は立ち上がる。
「俺、ちょっと便所行ってきます」
「……報告しなくていいって。勝手に行きなよ」
朝比奈はしかめっ面で、鹿上を見送った。
鹿上は部屋から出て、階段脇にあるトイレに入る。
鏡の前に立つと、自分の顔を呆けたように見つめた。
思い出したかのように蛇口から水を出すと、手ですくってバシャバシャと豪快に顔を洗う。
「…………ビビったぁ。マジでばれたかと思った……」
鏡には焦燥の色に染められた自分の顔が映っている。
朝比奈の言ったことは、すべて図星だったのだ。
鹿上の心臓は、朝比奈に追い詰められた時から強く脈打っていた。