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魔法使いの証明  作者: 0℃
序章 魔法使いの証明
5/15

05.最悪の結末

「ねえ、あんたいつまで私を待たせるわけ!?」


 神宮志穂を待たせて10分。彼女はテーブルを両手で強く叩きつけ、怒りをあらわにした。


 朝比奈は何とかここまでのらりくらりとかわしてきたが、ついに神宮にも限界がきたようだ。


 すでに灰皿は煙草でいっぱいになっている。煙草の火を消すのが、神宮はそもそも早すぎるのだ。ヘビースモーカー、ここに極まれりである。


「ねえ、証拠はどこなのよ!? 証拠をさっさと出せってさっきから言ってるんだけど!? 何なの!? 証拠がないのならさっさと帰りなさいよ!」


「いえ、もうちょっと! あと、ちょっとなんです! もうすぐ部下が来ますから、もう少しの辛抱を!」


 ――――もう! 本当にアイツ、何やってんのよ!


 神宮は、朝比奈を罵倒してくる。朝比奈はそれに耐えるように、身を縮こまらせた。よくこんなに罵倒の言葉が思いつくものだと、彼女のレパートリーの多さに感心してしまう。


 朝比奈は神宮に罵られながら、手元のスマホを覗く。ちょうどその時、鹿上から着信が入っていた。急いで電話に出る。


「鹿上君!? ねえ、何やってんの!? もう準備はできた!?」


「ええ。できましたよ。外に出て向かいのマンションを見てください。……あ。あとスマホで動画撮っといた方がいいっすよ」


「……やだ! たすけて!! おかあさん!!」


 鹿上の後ろから、子供の声が聞こえてくる。どう聞いても、泣き喚いてる声だった。


 カオルはその声を聞いて、青ざめる。

 嫌な予感しかしない。


「鹿上君? いま子供の声が聞こえたんだけど……」


「ああもう、うるせえガキだなぁ。センパイ、とにかく早く来てください。俺、外にいますから。それじゃあ」


 鹿上がそう言うと、電話は一方的に切られてしまった。


 朝比奈は放心しながらリビングを見渡す。


 ――――ここは神宮家。

 神宮志穂には一人息子がいたはずだった。


 名前は海斗カイトくん。小学4年生の男の子。

 その子の姿は、今はない。


「神宮さん! お子さんは!? 海斗君は今どこに!?」


 朝比奈は立ち上がり、神宮の肩を揺さぶる。突然のことに神宮の目は点となる。


「何よ、突然!?」


「いいから答えてください!

 海斗君はどこ!?」


 神宮は、朝比奈の勢いに気圧される。


「え……えっと、海斗は友達のところに出かけたわよ! もう! ちょっと放しなさいよ! 痛いじゃない!」


 神宮は肩に食い込む朝比奈の指を引きはがし、強く握られた自分の肩をさすった。


「……友達!? その友達の名前は!?」


「なんなのよ、一体……。

 確か、鹿上とか言ってたかしら」


 ――――鹿上。


 聞きたくない名前だった。

 部下と同じ名前。偶然なわけがない。

 鹿上が、海斗君をたぶらかしたと見える。


 ――――最悪だ。鹿上の野郎、やりやがった。


 朝比奈は、鹿上の思惑をすべて理解する。理解してしまった。


 飛行能力。

 子供の泣き声。

 彼女に空を飛ばせるには、どうすればいいか。


 すべてが線で繋がった時、朝比奈は泣き叫びたくなった。


 ――――最悪だ!


「ちょっとここで待っててください!

 すぐ戻りますので!」


「はぁ!? ちょっと、あんたどこに行く気!?」


 朝比奈は神宮をリビングに置いて、急いで家の外に出た。


 神宮家の向かいには、4階建てのマンションがある。外に出れば、それは真正面に建っている。朝比奈は外に出ると、すぐにその屋上を見上げた。見たくない光景が、そこにあった。


 しかしそれは、朝比奈にとって予想通りでもある。


「あ。センパーイ。俺ここっすよー」


 マンションの屋上。フェンスのこちら側。一歩前に進めば落ちてしまう狭い足場で、鹿上がのんきな声を上げている。


「おかあさん! おかあさん!! 助けて! ゔぇぇぇぇん!!」


 神宮の息子、海斗君に関してはもっと酷い状況だ。


 海斗君は、鹿上が伸ばす腕の先にいた。


 つまり空中。海斗君の足は、何もないところで宙ぶらりんになっていた。海斗君は青い顔をしながら、遠くなった地面を見て泣き叫んでいる。


 鹿上が手を離せば、海斗君は当然、真っ逆さまに落ちていくだろう。比較的高さのないマンションとはいえ、無事で済むはずがない。


「ねえ!? アンタ何してんの!?」


 朝比奈が鹿上にそう言おうとした時、朝比奈の後ろから誰かが先にそれを言った。振り返れば、神宮が鬼の形相でマンションの屋上を見ている。


 ――――最悪だ。


「ねえ!? これ、どういうこと!? なんで海斗があんなことになってるワケ!?」


 神宮が、朝比奈に詰め寄る。

 朝比奈はタジタジだった。


「これは、その、すぐ降ろさせますので!」


「当たり前でしょ!? 何よあいつ!? うちの子に何してくれてんの!?」


「あー。神宮さーん。あんたの息子、このままだと落ちちゃうよー。あんたのご自慢の魔法でさあ、息子を救ってやんなよー」


 鹿上は相変わらずの暢気な声で、神宮を煽る。


 ――――やめてくれ!


 朝比奈は叫びたかった。

 神宮は眉間にしわを寄せ、マンションの方へと近づく。


「あんたねえ! 誰だか知らないけど、こんなことしてただで済むと思ってんの!? うちの子を放しなさい!」


「放していいんすかー。落ちちゃうけどー」


 子供がそれを聞いて、いっそう泣き叫ぶ。足をジタバタさせ、今にも鹿上の手から離れそうだった。神宮の顔に焦りが見える。


 神宮は地団駄を踏んで、屋上の鹿上に叫んだ。


「そうじゃなくて! ……あのねえ、あんた、こっちには刑事がいるのよ!? どうなるかわかってるんでしょうねぇ!? 言うこと聞かないと、あんたなんかすぐに刑務所にぶち込んでやるんだから!」


「あー。俺も朝比奈センパイと同じ刑事っすよー。まだ新人っすけどー」


「な……!?」


 神宮が朝比奈を睨む。


 ――――あのバカ。

 こっちに飛び火させやがった。


「これ、どういうこと!? あいつ、あんたの事を先輩呼びしてるけど!? ねえ、さっき言ってた部下ってあいつの事なの!? もしかしてあんたがこれを仕組んだワケ!?」


「違います、違います! 今すぐ降ろさせますので! 鹿上君!! いますぐその子を安全な方法でこっちに降ろして!!」


「嫌ですー」


 ――――ふざけやがって。


 思わず舌打ちが出る。

 朝比奈はプライドを捨て、鹿上に懇願した。


「お願い! 海斗君を助けてあげて! 本当にこれ、シャレにならないから!」


「すいません。そろそろ腕も限界なんで、手ぇ放しますねー。あと10秒でー」


 神宮の顔が青ざめる。

 子供がさらに強く泣き叫んだ。


 ――――まずい。

 アイツ、本気で手を放す気だ。


 顔を見て、声を聴き、相手の様子を注意深く見れば、その発言が本気かどうかなど朝比奈には容易くわかった。


 結果、鹿上は犯罪の証拠をつかむためなら、子供を殺すことすら厭わない人間だと理解する。


「じゅー。きゅー。はーち」


 鹿上がカウントダウンを始める。

 神宮は絶叫した。


「やめて!! やめなさい!! うちの子を返せ!! あんた、早くなんとかしなさいよ!!」


 神宮が朝比奈の肩を叩く。しかし、どうしようもなかった。今からマンションに向かっても、階段を上る前にカウントダウンは終わるだろう。絶望的だ。


「なーな。ろーく。ごー」


「おかあさん!! たすけて!!」


 悲痛な子供の叫び声が、朝比奈の鼓膜を刺激する。


「ねぇ、お願い! こんなことはやめて!」


 朝比奈は何とか子供を降ろしてもらうように鹿上を説得するが、彼の耳にその声は届いていないようだった。カウントダウンは止まらない。


「よーん。さーん。にー」


 ――――終わりだ。

 朝比奈はそう思った。


 ところで、さっきまで喚いていた神宮の声が、いつの間にか聞こえない。朝比奈は神宮の方に振り向いた。


 ――――神宮の姿がない。

 見渡しても、見つからなかった。


「いーち。…………ぜろ」


 カウントダウンが終わる。

 朝比奈は屋上に目をやった。


 屋上にいる鹿上。その腕の先にいたはずの、子供の姿が消えている。


 ――――どこへ? 落ちたのか?

 その割に、静かなものだった。泣き叫ぶ子供の声はないし、神宮が悲鳴を上げることもない。


 いや。やはり微かに泣き声は聞こえる。しかし、声が聞こえる方向は屋上ではない。もっと近くだ。朝比奈は視線を下ろす。


 マンションの下。子供を抱きかかえる神宮の姿が、そこにはあった。


 ――――能力を使ったんだ。


 朝比奈は察する。神宮は空を飛び、鹿上の腕から子供を奪ったのだ。


 自分の逮捕と子供の命。その選択で、彼女は子供の命をとったということだろう。


 鹿上の狙い通りになってしまったのは腹立たしいが、ともかく、子供が無事でよかった。そう思いながら、朝比奈は胸をなでおろす。


 粛々《しゅくしゅく》と抱き合いながら泣いている神宮と海斗君に、朝比奈は近づいた。


「ごめんなさい。こんなことになって、本当に……」


 朝比奈は、神宮に頭を下げた。神宮は何も言わず、赤くなった目で、ただこちらを睨んだ。


「本当に、ごめんなさい……」


 消え入りそうな声で、朝比奈は言う。


「謝んなくていいっすよ、センパイ。

 そいつ、人殺しなんですから」


 いつの間にか、鹿上は朝比奈の隣にいた。


 鹿上は事の重大さをわかっていないようである。子供一人を危険にさらしたのに、悪びれる様子もない。朝比奈は鹿上に怒鳴る。


「あんたね! 自分が何やったかわかってんの!?」


「証拠をあぶりだしただけじゃないですか。事実、俺のおかげでコイツは空を飛んだ。さっきの見たでしょ?

 やっぱコイツ、センパイの言った通り魔法使いだったんスよ。とっとと逮捕しましょう。飛行能力なんて、逃げられると厄介だ」


 鹿上はそう言って、ポケットから手錠を取り出した。


「……謝んなさいよ」


 神宮が、地鳴りのような低い声で言う。

 鹿上は彼女を見下し、鼻で笑った。


「は? 人殺しに何を謝れって言うんだよ」


「私じゃなくて、この子によ!!

 うちの子に、謝れっ!!」


 神宮はそう叫んで立ち上がると、鹿上につかみかかる――――かに見えた。


 しかし、実際にはつかみかかることはなく、神宮は鹿上の前で倒れてしまう。


 ぐしゃり。唐突に、彼女は床に崩れた。


「神宮さん!?」


「おかあさん!!」


 子供が神宮に駆け寄ると、神宮の身体を強く揺すった。


 力なく、神宮はただ揺れる。目を開けたまま、口を開けたまま、神宮は虚ろな目で、どこを見るとなく空を見ていた。


 ――――意識を失ってる。


 朝比奈は神宮に駆け寄り、脈をとろうとする。しかし、手に触れた時点で、朝比奈はあることを察してしまい、その手を落としてしまった。


 皮膚が異常に硬くなっていたのだ。朝比奈には、この症状に心当たりがあった。


 ――――これは、まさか。


 朝比奈はもう一度神宮の手を取り、確認する。


「ダメだ……血液が硬化してる……」


 魔法病が悪化すると、血液は粘度を持ち、ゼリー状になっていく。全身の血液がそうなれば、やがて死に至る。皮膚が硬くなるのは、その影響によるものだった。


 こうなってしまっては、もはや医者には処置のしようがないのだと言う。


 朝比奈は犯人がこの最期を迎えるのを、何度となく見ていた。


 何度見ても、慣れることはなかった。


「おかあさん!! おかあさん!! 起きてよ!!」


 子供の声が響く中、朝比奈は力なくうなだれる。


 鹿上は面倒くさそうにスマホをポケットから取り出すと、署へと電話をかけていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一話からの展開が読者を引き込む構成になっているところ。そして第一章一話での鹿上の正体を表すストーリーが非常に上手く仕上げられているところ。会話のテンポもちょうど良かったです。 [一言] …
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