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魔法使いの証明  作者: 0℃
序章 魔法使いの証明
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04.鹿上修也という後輩

 朝比奈は、今年入った新人に頭を悩まされていた。


 彼の名前は鹿上シカガミ修也シュウヤ

 24歳で、朝比奈の1つ下だった。


 もともとは捜査一課一係に配属される予定だったらしいが、直前になって魔法病に対する抗体遺伝子が見つかり、朝比奈の勤める警視庁けいしちょう刑事部けいじぶ特別とくべつ防疫ぼうえき対策係たいさくがかり、通称『ボウエキ』に配属する運びとなった。


 しかし、この男。まったく仕事をしないのである。


 遅刻、欠勤は当たり前。好きな時に来ては、好きな時に帰る。刑事の何たるかを、社会人の何たるかをわかっていなかった。


 そんな彼から意外な言葉が飛び出したのは昨日の事だ。


「ああ、もう! 証拠はいったいどこにあるのよ!!」


 地下一階の奥。防疫対策係室には、寂しくデスクが4つ配置されていた。


 朝比奈は一人、自分のデスクで頭を抱えてうめいていた。


 追っている事件は、神宮家で起きた殺人事件。


 朝比奈が頭の中で描いた推理自体は、自分自身でも完璧に思えた。神宮志穂が夫を殺したに違いないのだ。しかし、証拠はどこを探しても見つからない。


 ――――いや。証拠などそもそもないのだ。きっと彼女は証拠を残さず、全てをうまくやってのけた。


 魔法が使えるというのは、当然かなりのアドバンテージになる。


 完全犯罪など容易く、事実そうやって迷宮入りしていった事件は珍しくなかった。


 ――――それだけに、悔しい。


 犯人はわかってるのに。

 証拠さえあれば捕まえられるのに。


 あと一歩のところで手が届かない。


「すいぶんとうるせえ声を上げるんスねぇ、センパイは」


 時刻は午後3時。ボサボサ頭の鹿上修也は、気だるそうに()()してきた。朝比奈はもはや怒る気にもなれない。すでに彼に対しては、諦めの感情がうまれはじめていた。


 鹿上は、朝比奈の向かいのデスクにカバンを落とす。乱暴に椅子に腰を掛け、背もたれを軋ませた。


 スマホをポケットから取り出すと、デスクに頬杖を突きながらそれを眺めはじめる。


 顔とスタイルは悪くないのにな――――。


 朝比奈は目を細めながら鹿上を観察した。180センチを超える長身に長い脚。


 中性的で、整った顔立ち。実際、婦警などには影でもてはやされているのに、この態度のせいですべてが台無しになっている。


 鹿上は、朝比奈の視線に気づき、スマホをデスクの上に乱暴に叩きつけた。


「……なに人の顔見てんすか?」


「いや、別に見てないけど」


 朝比奈は視線を逸らす。


 鹿上は立ち上がり、朝比奈のデスクの方へとまわった。朝比奈が、鹿上の接近に身を縮こませていると、鹿上は勝手に朝比奈のPCを覗く。


「……なんだ、まだ例の事件を追ってるんすか。これ、こないだ神宮家で起きた殺人事件っすよね?」


「そう。誰かさんが協力してくれないから、この事件を一人で追ってるの。かわいそうでしょ?」

 

 朝比奈の嫌味は、鹿上には通じない。耳が聞こえてないんじゃないかというくらい無反応だった。朝比奈は溜息を吐き、姿勢を正す。


「一応、犯人はわかってるんだけどね。証拠がないのよ」


「は? 犯人はわかってるんすか?」


「うん。犯人は妻の神宮志保。彼女に間違いない」


「なんでそう言い切れるんすか?」


 そう言われて、朝比奈は事件の日のことを思い出す。忘れもしない。彼女の言い放ったあの一言は決定的だった。


「あの人ね、『六角形の建物がある』って言ったのよ」


「六角形の建物?」


「うん。わたし、偏頭痛持ちでさ。現場に行くのに頭痛薬忘れちゃって。

 それで、どうしても頭痛が我慢できなくなって、神宮志穂に『この近くにドラッグストアはありませんか?』って聞いたの」


 神宮志穂は快く答えてくれた。


 ドラッグストアは神宮家から少し離れてはいるが、複雑な道順ではなかった。


「その時にね、彼女、『六角形の建物があるから、そこを左に曲がってまっすぐ進む』って教えてくれたの」


「六角形の建物って、変わってますよね」


「そうでしょ? だからわたしもどんな建物なんだろうって、少し期待しながら行ったのよ」


「それで、どんな建物だったんすか?」


「それがね、なかったの。そこにあったのは普通の家。よくあるような、屋根の平らな四角い家だった」


 しかし、それが神宮志穂の言っていた『六角形の建物』であるのは間違いなかった。その民家を左に曲がると、確かにその先にはドラッグストアはあったのだ。


「彼女がなんで六角形の建物なんて言ったのか気になってさ。わたし、ドラッグストアの帰りにその家を訪ねたのよ」


 その家のインターホンを鳴らすと、出てきたのは30代くらいの男性だった。


『この辺りに六角形の建物があるって聞いてきたんですけど、知りませんか?』


 朝比奈がそう尋ねると、男性は驚いた顔をして、


『ここがそうだよ。でも、よく六角形だとわかったね』


 と笑ったのだった。


 その話を聞いて、鹿上は首を傾げる。


「どういうことっスか?」


「話を聞いてみれば、その家は確かに六角形だったのよ。ただし、上から見た場合のみね」


 男性は、白雪教しらゆききょうと言う宗教の熱心な信者なのだという。


 宗教名から察することができるように、その宗教では雪が祀られているらしい。


 雪の結晶は六角形。そこから、六角形のものを所持していると、ご利益があるのだと考えられているそうだ。


「それで家を六角形にしたってわけですか。すげえな」


「ただ、誰の目から見ても六角形に見えるようにするのは恥ずかしかったみたいで、地上から見ると普通の四角い家に見えるように細工してあるのよ。

 上空から見なければ、誰もあれが六角形だとは気づかない」


「でも、それに気づいたヤツがいた」


「そう。神宮志穂。彼女は、なぜかそれに気が付いた。つまり、彼女は飛行能力者なのよ。空を飛んで、あの家を上空から見下ろした。そうとしか考えられない」


「でも、微妙じゃないですか? 最近は地図アプリで上空からの画像も見れますよ」


「残念ながら、それはない。

 この家が建ったのって一週間前の事だから。どのアプリも更新されてなくて、その家を見下ろした画像はどこにもなかったのよ。

 それにね、わたし、面白いことに気が付いたの」


「面白いこと?」


「ちょっと、これ見てみて」


 朝比奈はマウスをクリックし、地図のソフトを立ち上げる。


「一週間前、秋山秀夫っていう男性がマンションから飛び降りたのは知ってる?

 色々と不審な点が多くて、わたし、その事件のことを覚えてたんだ。それで、ここがその秋山さんの自宅なんだけど」


 朝比奈はマウスでカーソルを動かし、一つの民家を指した。そこが秋山秀夫が住んでいた場所だった。


「それで、こっちが飛び降りたマンション」


 朝比奈はゆっくりとカーソルを左上に動かす。そこにはマンションの名前が表示されている。


「さて問題。この二つを線で結んだ時、中間にはなにがあったでしょう?」


「わかんないっす」


 鹿上は即答した。


「……もうちょっとクイズに付き合おうって気はないワケ?」


「で? その中間に何があったんすか?」


「はあ、まったく。じゃあ、答えだけど。この中間には、さっき言った六角形の民家があったの。ここね」


 朝比奈はマウスで、その中間あたりを指す。


「それって……」


「つまり、神宮志穂は今回の事件を起こす2日前に、秋山秀夫を殺害する事件を起こしていたのよ。

 今から4日前、まず彼女は秋山秀夫の家に行った。で、秋山秀夫の身体を抱えたまま、一直線に高い建物を目指したのね。それが、このマンション。

 そして彼女はその途中で、上空から六角形の建物を見下ろしたのよ」


 犯行時刻は深夜と予想されるが、夜でも六角形の家は屋根がぼんやりと光るように設計されているらしい。一体、誰がそれを見るのかは知らないが。


「そこまでわかってるなら、逮捕すればいいじゃないですか」


「だから言ってるじゃん! 証拠がないんだって!」


 朝比奈はデスクを叩く。鹿上は、しょうがないな、と言った様子で息を吐き、言った。


「証拠って、殺したっていう証拠っスか? それとも、飛べるっていう証拠?」


「……ボウエキとしては、飛べるっていう証拠があれば終わりね」


 魔法病に感染した者には報告義務がある。


『感染者は、自分が感染したと予測できる情報が充分である日から、二日以内に医師による診察を受ける必要がある。また、感染が認められた場合、速やかに警察、及び市役所に報告しなければならない』


 これを破った場合、殺人罪と同等の重い罰が下される。


 神宮志穂は、少なくともこれを破っているはずだ。であれば、殺人の証拠がない今、この罪で引っ張ってくる方が手っ取り早い。


「じゃあ、俺が神宮志穂を飛ばせてやりますよ」


 鹿上はそう言うと、神宮家事件のファイルを手に取り、パラパラと眺めた。


 朝比奈は、彼の言葉に驚く。


「は? 飛ばせるって……どうやって?」


「そこは俺に任せてくださいよ。とにかく、明日。センパイは神宮の家でご自慢の推理でもかまして来てください。俺は俺で準備してるんで、終わったら電話しますから」


 鹿上はにやりと笑いながらファイルを持ってどこかに行ってしまった。


 新人が初めて協力してくれる。でも、全然うれしくなかった。朝比奈の胸には不安と焦燥が沈んでいるだけだ。


 ――――アイツ、マジで何をしでかすつもりなんだ?


 そう思いながらも、朝比奈は鹿上に言われるがままに従ってしまっていた。


 まさかこの時、最悪の事態を招くことになろうとは……まぁ、大体予想はできていたのに。

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