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魔法使いの証明  作者: 0℃
序章 魔法使いの証明
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03.魔法使いはあなたです

 神宮ジングウ志穂シホの夫である、神宮ジングウ光一コウイチが殺されたのは、3日前の夜のことだった。


 神宮家は夫婦と子供の3人家族。その日は神宮光一の誕生日で、それを祝福するために4人の友人が神宮家に招かれた。


 事件が起きたのは夜の21時のことだった。その頃、神宮志穂は息子と、3人の友人と共に、リビングで談笑していたのだという。


 しばらくして彼女は、夫が2階の自室に入ってから長らく帰ってこないことに疑問を抱き、2階に上がり彼の部屋の扉をノックした。


 しかし、返事はない。

 何故か扉の鍵も閉まっていた。


 彼女は夫に何かあったのではないかと考える。友人を全員呼び寄せ、彼らの協力のもと部屋のカギを壊して扉を開けることにした。


 なんとか扉を開けることに成功すると、部屋の中には首を絞められて殺された、神宮光一の変わり果てた姿があった。


「旦那様の死亡推定時刻は20時半頃。遺体が発見された頃には、すでに30分が経過していたと見られます。

 死亡推定時刻に2階にいたのは被害者の旦那様と、彼の高校時代からのご友人の2人のみ。それ故、警察は当初この友人を疑いました」


 しかし、証拠不十分として逮捕には至らなかった。


「遺体のそばに凶器のロープが置かれていましたが、ロープからは旦那様のDNAしか見つかりませんでした。

 おそらく犯人は手袋をしていたのでしょう。部屋にその友人が入ったという形跡もなく、捜査はふりだしに戻りました」


「私、未だにあの時2階にいた彼が犯人だとしか思えないんだけど。本当にちゃんと調べたの?」


 神宮が疑るような、鋭い視線を向けてくる。


「ええ、もちろん。ですが、残念ながら彼が殺したという事実は見えてきませんでした」


 神宮は煙草を片手にしながら、不満そうに紅茶をすすった。朝比奈もつられて一口すすり、書類の1枚を指さした。


 その書類は、犯行現場にいた全員の証言が、簡単に箇条書きで書かれているものだった。


「さて。重要なのは事件当時、皆さんがどこにいたのかという問題になります」


「それ、散々刑事さんたちに話したわよ? もう一度、全員に説明させるわけ?」


「いいえ、1人だけで結構です。志穂さん。あなたがあの時、何をしていたかだけ教えてくださいませんか?」


「はあ? 私?」


 神宮は眉間にしわを寄せる。明らかに不満そうだったが、やがてしぶしぶと口を開いた。


「そこに書いてあるでしょ? 私、1階にいたわよ」


「本当ですか? 一度も外には出ませんでしたか?」


 神宮はその質問に答えない。

 代わりに朝比奈が答えた。


「志穂さん。あなた、一度だけ外に出てますよね? 携帯電話を車の中に忘れたとかで。ご友人の証言も取れてます」


 やや間があってから、神宮は面倒くさそうに弁解をする。


「……出たわよ。確かに外に出たけど、大した問題じゃないでしょ?

 外に出てたのは5分くらいだし。……もう、なんなのよ。外から2階に上がって旦那を殺したとでも言いたいわけ?

 無理よ。梯子はしごもないし、5分で全部済ませられるとでも思うの?」


 そう言ってから、神宮は紅茶を飲み干した。


 ――――そうなのだ。

 刑事らを大いに悩ませたのは、この点だった。


 友人の疑いが晴れてから、次に刑事たちが目をつけたのは妻の神宮志穂だった。


 家にいた人物の中で唯一、携帯電話を取りに行くという口実で外に出た彼女は、確かに誰の目から見ても怪しい。


 しかし、結局は彼女にも犯行は不可能だったという結論に落ち着いてしまった。


 事件当時、2階の扉は内側から鍵がかかっていたが、部屋の窓は開いたままだった。

 そのため外からの侵入は可能だったのではないかと、刑事たちは睨んでいた。


 しかし、家屋の構造から考えて、壁を伝って2階に上がることは難しい。梯子があれば2階に上がれるが、この家には梯子がなかった。神宮志穂が隠している様子もない。


 中からも外からも侵入は難しい。


 八方塞がり。

 彼女には犯行は不可能だ。そう思われた。


「でも、もしかしたら。実は1人だけ外から侵入することが可能だった人物がいたんじゃないかって、わたし、思ったんです」


 神宮は目を丸くした。


 次第に彼女の表情は笑みに変わり、口を大きく開けて笑い声をあげる。


「あはははは!

 面白いこと言うわね、あなた!

 じゃあ犯人はどうやって、2階のあの部屋に侵入したっていうのよ!?」


 朝比奈は、真剣な眼差しを神宮に向けて答える。彼女のその言葉に、迷いはなかった。


「――――犯人は多分、()()()()()んだと思います」


 朝比奈のその言葉に、神宮の笑みは凍りつく。朝比奈は続けた。


「犯人は、恐らく『魔法病まほうびょう』に感染しているんだと思います。勿論、ご存じですよね?

 ――――奇病、魔法病。

 感染した者の身体は変異し、特殊な能力を得る。犯人は、おそらくそれに感染し、空を飛ぶ能力を得たんです」


 朝比奈は、じっと神宮の顔を見つめる。神宮はその視線に耐えられず、目を逸らした。

 朝比奈は手のひらを彼女に向け、言う。


「そして、その『空を飛べる魔法使い』は、あなたですよね、神宮志穂さん。

 そう考えれば、この2つの事件は説明がつくんです」


 最初の秋山アキヤマ秀夫ヒデオの事件は、深夜の犯行だった。おそらく被害者は眠っていたのだろう。神宮はその被害者の家に忍び込み、彼を抱え、空を飛んで犯行現場まで運んだ。


 被害者はやせ型で、女性でも抱えることは可能だったはずだ。犯行現場まで着いた神宮は、そのまま被害者を空中で手放し、落下死させたのだろう。


 そうすれば、屋上に被害者、加害者の両方の痕跡が残らなかったことが説明できる。


 当然、靴が汚れることもない。


 被害者の靴は、カバンか何かに入れておいたのだろう。それを屋上におけば、一見は自殺に見える。そうして、神宮志穂は彼を自殺に見せかけて殺害したのだ。


 神宮光一の事件については、もはや語るほどのこともない。


『携帯を忘れた』と言って外に出た彼女は2階まで飛び、窓から侵入して神宮光一をロープで絞殺したのだ。あとはなに食わぬ顔で玄関から部屋に戻ればいい。


 神宮光一の部屋に鍵がかかっていたのは、彼女にとって誤算だったのだろう。


 そのため部屋は密室になってしまい、友人に罪を着せるはずが、すぐに疑いは晴れてしまったのだ。


 ――――さて。ここまでは順調だ


 朝比奈にとって、問題はここからだった。

 朝比奈はゆっくりと、慎重に言葉を選ぶ。


 朝比奈は、魔法使いである彼女を、どうにかして救いたいと考えていた。


「いいですか、志穂さん。魔法病は『死に至る病』なんです。あなたには、早急に医師による診察が必要なんですよ。

 その飛行能力は、選ばれし者に与えられた能力なんかじゃない。それどころか、あなたに死をもたらす、恐ろしい病なんです」


 朝比奈のその目は、必死そのものだった。


 魔法使いを見る世間の目は、ひどく冷たい。

 それ故に、朝比奈は何とかして彼女たちを救いたかった。


 だが、朝比奈にできる救済といえば、彼女を逮捕することしかできない。それは、ひどく歯痒いことだった。


 だが、救うためなら全力でやるしかない。


 しかし、神宮は聞く耳を持たなかったようだ。神宮はうまそうにタバコをふかしながら聞いてくる。


「――――で? その証拠はあるワケ?」


 証拠。

 その言葉に朝比奈は思わず顔を歪ませた。


 朝比奈にとってそれは、今日もっとも聞きたくなかった言葉だったからだ。


 ――――でも、無理よね。

 ここまで追い詰められれば、誰だって聞いてくるに決まってる。さすがの犯人も、やられっぱなしってわけにはいかないもの。


 朝比奈は自分のスマホをカバンから取り出すと、彼からの着信が入っていないかを確認した。


 残念ながら液晶画面には、実家で飼っているミニチュアダックスフンドが表示されているだけだった。


 着信なし。

 つまり、時間を稼ぐしかないようだ。


「ねえ、刑事さん。証拠はどうしたのって聞いてるんだけど?」


 神宮から追い打ちが入る。


 しかし、焦っていることを悟られてはいけない。朝比奈は平静を装い、胸を張って答える。


「もちろん証拠はあります。いま、部下に証拠を持ってこさせていますので、少々お待ちください」


 部屋の中に沈黙が籠る。

 煙草の煙が宙を舞い、朝比奈はただただ、それを目で追っていた。


 ――――気まずい。

 嫌だな、この空気。


 唾を飲み込むことすら、何かを悟られる気がして迂闊にはできなかった。


 そもそも朝比奈は証拠の正体を知らない。

 その証拠と言うものが実在するのかすら、彼女には定かではなかった。

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