表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの証明  作者: 0℃
序章 魔法使いの証明
2/15

02.朝比奈カオルの推理

 女子高生を預けた交番から、歩いて10分。神宮家は、閑静な住宅街にある。


「突然お邪魔してしまって申し訳ありません」


 朝比奈アサヒナカオルはそう言って、リビングのソファーに腰を掛ける。

 カバンの中をまさぐっていると、神宮ジングウ志穂シホがキッチンから姿を現した。


 神宮は不機嫌な面持ちで、紅茶の注がれたティーカップをテーブルに並べていく。


 成金趣味で有名な彼女らしく、高価そうなティーセットだった。部屋の雰囲気や、彼女の派手な服装によく似合っている。

 話によれば、それら全てはオーダーメイドで合わせているらしい。


 さすがは金持ち。

 金の使い方が派手である。


 並べ終えると、神宮は大仕事を終えたように大きく息を吐く。向かいのソファーにどさっと腰を掛けた神宮は、朝比奈を睨みつつ煙草をくわえて火をつけた。


「日曜だっていうのに、ほんっと迷惑。用事が済んだらさっさと帰ってよね。それで? 今日は何の用?」


 朝比奈はその様子を見ながら苦笑する。


 テーブルに並べられた紅茶は高価なものであるだろうに、その香りはタバコと香水で台無しだ。


 朝比奈はわざとらしくせき込む。

 嫌いなタバコに対しての、ささやかな抵抗だった。


「あなたの旦那様、神宮ジングウ光一コウイチ様が殺された事件に進展がありまして。そのお話をしようと今日、ここに」


「……へえ。進展が?」


 神宮は興味なさげに聞き返す。


 自分の旦那が殺害された事件の話だというのに、神宮は最近買ったらしいピンキーリングの方に目を落としていた。


 初めて会った時から、彼女は変わらずこの調子だ。つまりはこういう性格と言うことなのだろう。


「あ。あった」


 朝比奈はカバンから数枚の書類を見つけ出す。テーブルの上にそれを並べると、神宮は不思議そうに首を傾げた。


「なにこれ?」


「先週起きた事件の資料です。この事件が、今回の事件の謎を解く鍵になりました」


 書類にはその事件の詳細な説明と、いくつかの写真が記載されている。


 神宮はその中の1枚をつかむと、興味なさそうにそれを眺めた。


「この事件が、うちの旦那と何の関係があるワケ?」


「旦那さんを殺害した人物と、同一犯による犯行だと考えられます。事件について、簡単に説明しますね」


 朝比奈は紅茶を一口すすると、その事件について話しはじめた。


 事件が起きたのは5日前の午前5時半頃。


 ランニングを日課にしている男性が、マンションの脇で血を流して倒れている男性を発見した。


 遺体で発見されたのは秋山アキヤマ秀夫ヒデオ。32歳の会社員だった。発見したときには、すでに死後数時間が経っているとみられた。


 遺体の発見された場所がマンションの脇だったことや、遺体は頭部を強く打ったことによる即死だったこと。


 そして何より、マンションの屋上で男性のものとみられる靴が発見されたため、警察は当初、その事件を飛び降りによる自殺だと判断してしまった。


「自殺? それじゃあ、事件じゃないんじゃないの?」


 神宮が、真正面の朝比奈に向かって、馬鹿にしたようにタバコの煙を吐く。朝比奈はせき込みながら顔を背け、煙を手で払った。


「コホッ、コホッ……ええ、当初はそう考えられていました。ですが、現場を調べているうちに、自殺と考えるには不自然な点が2つ出てきたんです」


「不自然な点?」


「ええ。1つは靴が綺麗だったことです」


「靴が綺麗って……」


 ――――それの何が問題なのよ。


 そう言いたそうに神宮は眉根を寄せる。

 朝比奈は一枚の書類を、彼女の前に差し出した。


「この写真を見てください」


 そこには、被害者が履いていたと思われるスニーカーの写真が記載されていた。


 神宮は書類を手に取り、まじまじとそれを眺める。


「確かに綺麗だけど。それがどうしたって言うの?」


「これ、ちょっと綺麗すぎるんです」


 言いながら、朝比奈はニッコリと笑う。


 神宮には、朝比奈の言いたいことがわからない様子だった。呆れたようにため息を吐く。


「だから、それの何が問題だっていうのよ。別にいいじゃない。靴が綺麗だって。刑事さんはそれの何が気にかかるわけ?」


「このスニーカー。被害者の男性が事件の前日に購入したものなんです。

 男性の家を調べたところ、レシートが残っていました。購入した店の方からも確認は取れています」


「じゃあ、靴が綺麗でもおかしくないんじゃないの? 買って一日しか経ってないんなら、そんなに汚れないでしょう?」


「いいえ。それがおかしいんですよ。

 だってこのスニーカー、()()()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()んです。

 恐らくこの靴は、一度も履かれていません」


 神宮は朝比奈の言葉に目を細める。

 朝比奈はその様子を見て、満足げにほほ笑んだ。説明にもエンジンがかかる。


「一度でも履けば多少の砂の付着や、靴底の磨り減りがあるものなんです。

 でも、この靴にはそのどちらもなかった。

 明らかに新品。箱から出したばかりのようでした」


 神宮は煙草の煙を吐くと足を組み、退屈そうに頬杖をつく。


 挑戦的な眼差しは鋭く、朝比奈の胸を射抜くようだった。まさに、蛇に睨まれた蛙だ。


 ――――怖い。


 なんていう目をするんだろう、この人。

 でも、この態度に怯んじゃダメだ。


 朝比奈は心の中で、自分自身を叱咤しったする。くじけずに話を続けた。


「でも、そうなるとおかしいですよね。

 何故、買ってから一度も履かれてない靴が、屋上に置いてあったんでしょうか?

 そもそも被害者は靴も履かずに、どうやってマンションまで来たんでしょう?」


 男性の遺体は裸足で発見されていた。その足は砂で汚れている様子もなく、綺麗なものだった。


 そこから考えると、被害者が裸足で移動したとは考えづらい。


 そうなると、被害者は靴を使用せず、なおかつ裸足でも移動をしなかったことになる。


 そんなこと、普通ではありえない。

 つまり、これは魔法が使用された事件なのだ。


 犯人は、この状況を可能とする能力、魔法を持っている。

 5年前に生まれた魔法病という奇病のせいで、こういった事件は爆発的に増えていた。


 では、犯人が持っている能力は、一体どういったものだろうか?


 朝比奈が導き出した答えは、一つだった。


「つまり、被害者は自分で歩いてきたわけじゃないんです。きっと彼はむりやり誰かに移動させられた。犯人は恐らく――――」


「――――で? もう1つの不審な点ってのはなんなの?」


 朝比奈が言おうとすると、神宮はまるでそれを遮るように話題を変えた。


 朝比奈は面食らったが、ここで次の話題に移るのも悪くないと思える。


 ――――そっちがその気なら。


 そう思いながら、朝比奈は次の説明に移った。


「もう1つは、マンションの屋上の鍵が閉まっていたことです」


「……鍵が?」


「ええ。現場検証のために警察が屋上まで上がった際、屋上の扉の鍵は閉まったままだったんです」


「それの何が変なのよ」


 神宮はいらだったように、煙草の灰を灰皿に落とす。


「変ですよ。だって、扉の鍵が閉まってたのに、どうやって被害者は屋上に上がり、そこから飛び降りたんですか?

 被害者は扉の鍵なんて持ってませんでした。それどころか、そもそも屋上の扉のドアノブには、被害者の指紋なんて付着していなかったんです」


 朝比奈はそれらの説明がある書類を手で示したが、神宮はそちらを見ようともしない。


 ――――まったく、嫌な女っぷりが徹底している。


 彼女は気にせず、話を続けた。


「屋上の手すりも隈なく調べました。でも、被害者の指紋は屋上からは一切見つかりませんでした。ここから言える事はひとつ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 朝比奈は得意気に言う。神宮は睨むような視線を朝比奈に向けた。感情を隠そうとしないその態度は、あまりにもわかりやすい。


「……意味が分かんない。結局、何が言いたいワケ?」


「簡単ですよ。被害者は屋上に上がらなかった。つまり、彼はそこから飛び降りたわけじゃないんです」


「待って。それはおかしいじゃない。屋上に上がらずにどうやって飛び降りたって言うのよ。それにこの事件が、旦那の事件との同一犯とも思えないわ。犯人のやってることが、全然違うじゃない」


「いいえ。そう思われるかもしれませんが、この事件は間違いなく同一犯による犯行。どちらも、とある能力があれば実現可能な犯罪なんです。

 それでは次に、旦那様の事件について振り返りましょうか。ご存知かと思いますが、一応こちらの方を」


 そう言いながら、朝比奈はテーブルの上の書類をまとめて端に置き、神宮家の事件に関する書類をまた新しくテーブルの上に広げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ