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断片集  作者: 奥野森路
2/7

永遠に

 公園のベンチに、ひとり座っている。

 

 柔らかい陽の光を背景に、桜がはらはらと散る。優しい、優しい風景。暖かい空気。善意のかたまりのように、全身を包んでくれる。空は青く、どこまでもどこまでも、高い。


少し風が吹いて、僕はパジャマの襟を合わせる。


 幼子をブランコに乗せている父親。ジャングルジムではしゃぐ小学生たち。すべり台に興じる幼児たちと、おしゃべりしながら見守る母親たち。犬を散歩させる若い女の子。向こうのベンチに並んで座るカップル。何もかも、まるで作ったようだ。非の打ちどころのない幸福の形。人間の世界は、こんなに幸せに満ち溢れ、輝き、美しい。


 ガラスの仕切りが一枚。挟まっている。自分とこの世界との間には。すべてはガラスの向こうの世界の出来事であり、自分のものではない。すでに。自分はただ、黄泉の世界から、ガラスを通してこの世界を見ている。


 抜け出してきた病院から、もうそろそろ自分を探して誰かが来るのだろう。黙って出て来たのだから。そう、最後に、人間の世界を見ておきたかったのだ。あたたかい心が触れ合う世界を。自分はただ見るだけだと、分かっているのだけれど。


 姪っ子が今度結婚するって言ってたな。幸せな日々を作っていくだろう。おめでとう。自分は未婚で、子供はいないけれども、彼女と呼べそうな人はいる。ひょうきんで、柔らかい人。僕ではない、別のいい人を見つけて欲しい。この世界に属する人を。両親にもしばらく会っていない。入院していることも知らないはずだ。最後に会いたい人も、挙げればたくさんいる。しばらく会っていなかった学友たち。アパートの隣の部屋のご夫婦。職場の仲間たち。


 ボールが目の前に飛んできた。思わず受け止める。

「すみませーん。」

小学生くらいの女の子が駆け寄ってくる。僕は薄く微笑んで、ボールを投げ返す。

「ありがとうございまーす!」

駆けて行く少女は、光のかたまり。少女が駆けもどるのを待っている友だちもみな、より大きな光のかたまり。やがて小さな光は、より大きな光に溶け込み、ひとつになった。


 そうだね。すべてよし。この世はすべてよし、だ。

 

 午前十一時二十三分。太陽が天頂に上り詰める、この世界が絶頂に達する少し前。肌に親しむ空気が、ゆっくりと流れる。世界は平和と慈愛に満ち溢れて。この世界を離れる時がもうすぐ来ても、この日、この時間の、この風景は、永遠に消えない。切り取った写真のように。


 もう一度言うよ。すべてよし。この世は、すべてよし。


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