墓参り
早春。土手の上。
頭のずっと上の方から降り注ぐ、温かい陽射し。
「父さん。」
呼び掛けてから、あ、と気づき、慌ててポケットから数珠を手に取る。
幸介のそんな様子に、里子と友加里の表情が微かに緩む。
春の陽射しは、どこまでも人懐こく、ゆっくりと時間をかけて、身体の奥深くまで染み込んで来るようだ。
そんな空気の中、父の啓介が静かに眠る地面の上の石碑が、陽の光を反射して眩しく照り輝いている。
「父さん、俺。」
数珠を手に、ひとしきり黙って拝む格好をした後、幸介は静かな声で話し始めた。
「就職が決まったよ。四月から社会人だ。前からやりたかった、家電の開発の仕事。俺、頑張るよ。まだ右も左も分からない若造だけど、がむしゃらにやってみる。母さんに、初任給で何か買って、その後も毎月仕送りするんだ。今まで散々苦労かけたから。お礼。東京に行くから一緒には住めないけど、姉ちゃんが母さんのそばにいるからね。でも、離れてても、俺が二人を守る。だって、男だし。そうだよね?」
友加里が横から口を挟む
「生意気~。」
その言葉とは不似合いに、少し泣きそうな表情で。
「あたしたちのことなんかより、あんたは桃ちゃんを守りなさいよ。あたしは彼に守ってもらうから。」
そこではっとして、二人は目を合わせる。
「いや、あの、お母さんのことは、私たち二人が守るからね、もちろん。」
里子は黙って、じっと墓石を見つめている。やがて顔を上げると、
「あんたたちに守ってもらおうなんて、思ってません。私にはお父さんがいるからね。守るって、なにも両手でギュッと抱きしめるばかりじゃないのよ。心の中に住んで、内側から私を見守ってくれているわよ、お父さん。心の中にいるだけでいいのよ。あんたたちのお父さんは、そういう人です。――まあ、分かっているだろうけど。」
友加里と幸介は、少し照れくさそうに、小さく頷く。申し合わせたように、同じしぐさで。
――三月下旬の、郊外墓地。
昼に近づくにつれ、少しずつ暑さを増していく陽射し。丘の上から、端から端までを見渡せてしまうような、小さな町。
これまで本当に色んなことがあった。そのすべてを包み込んでしまうように、春の気がむんむんと萌え立つ。
再びまた始まる。いや、すべてはこれから始まる。
俺、頑張るよ。本当に頑張るよ。見守っててくれよ! な、親父。