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断片集  作者: 奥野森路
1/7

墓参り

 早春。土手の上。

 頭のずっと上の方から降り注ぐ、温かい陽射し。


「父さん。」

呼び掛けてから、あ、と気づき、慌ててポケットから数珠を手に取る。

 幸介のそんな様子に、里子と友加里の表情が微かに緩む。


 春の陽射しは、どこまでも人懐こく、ゆっくりと時間をかけて、身体の奥深くまで染み込んで来るようだ。

 そんな空気の中、父の啓介が静かに眠る地面の上の石碑が、陽の光を反射して眩しく照り輝いている。


 「父さん、俺。」

数珠を手に、ひとしきり黙って拝む格好をした後、幸介は静かな声で話し始めた。

「就職が決まったよ。四月から社会人だ。前からやりたかった、家電の開発の仕事。俺、頑張るよ。まだ右も左も分からない若造だけど、がむしゃらにやってみる。母さんに、初任給で何か買って、その後も毎月仕送りするんだ。今まで散々苦労かけたから。お礼。東京に行くから一緒には住めないけど、姉ちゃんが母さんのそばにいるからね。でも、離れてても、俺が二人を守る。だって、男だし。そうだよね?」


 友加里が横から口を挟む

「生意気~。」

その言葉とは不似合いに、少し泣きそうな表情で。

「あたしたちのことなんかより、あんたは桃ちゃんを守りなさいよ。あたしは彼に守ってもらうから。」

そこではっとして、二人は目を合わせる。

「いや、あの、お母さんのことは、私たち二人が守るからね、もちろん。」

里子は黙って、じっと墓石を見つめている。やがて顔を上げると、

「あんたたちに守ってもらおうなんて、思ってません。私にはお父さんがいるからね。守るって、なにも両手でギュッと抱きしめるばかりじゃないのよ。心の中に住んで、内側から私を見守ってくれているわよ、お父さん。心の中にいるだけでいいのよ。あんたたちのお父さんは、そういう人です。――まあ、分かっているだろうけど。」


 友加里と幸介は、少し照れくさそうに、小さく頷く。申し合わせたように、同じしぐさで。


 ――三月下旬の、郊外墓地。

昼に近づくにつれ、少しずつ暑さを増していく陽射し。丘の上から、端から端までを見渡せてしまうような、小さな町。


これまで本当に色んなことがあった。そのすべてを包み込んでしまうように、春の気がむんむんと萌え立つ。

再びまた始まる。いや、すべてはこれから始まる。


俺、頑張るよ。本当に頑張るよ。見守っててくれよ! な、親父。


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