表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

日々是好日

エンゼルとカテーテル

作者: 如月 一

大丈夫

使い方は間違っていない筈

「うっ……」

 俺は眩しさに呻く。

 視界はオレンジ色の光の海で満たされる。

「気がつきましたか?眩しいでしょう。今、ブラインド降ろします」

 光に(めしい)た俺の耳に柔らかな声が届く。

 コロコロとなる鈴のように耳に心地よい声音だ。

 光が弱まり徐々に視界が戻ってくる。

 まだ少し霞む視界に一人の女性が浮かび上がる。

 女性は淡いブルーの看護服を身にまとい優しげな笑みをたたえていた。

「看護師さん?」

 俺は呟きながらキョロキョロとあたりを見回す。

 カーテンで仕切られていたが両隣にはベットがあり、人の気配もあった。

「病院?俺は一体……」

 困惑する俺に看護師はゆっくり近づいてくる。

「倒れたんですよ。記憶にないですか?」

「倒れた。俺が?」

 全く記憶にない。

 俺の名前は、桜木(さくらぎ)(だい)

 26歳。会社員。

 大丈夫だ。思い出せる。

 だが、記憶がなくなる直前に何をしていたかは思い出せない。

 まるで墨で真っ黒に塗りつぶされたように記憶が欠落していた。

 看護師は少し意外そうな表情を見せた。

「昨日の夜ですよ。全然覚えていませんか。

じゃあ、私の事も忘れちゃいました?」

 看護師は悪戯っぽく微笑む。

 古今東西、看護師さんの微笑みは天使(エンゼル)の微笑みと言うが正に同意だと俺は思った。

 デレッとした表情になりながら(多分)、俺は看護師の胸のプレートに目を走らせる。

 『飯島(いいじま)』と書かれていた。

 飯島、飯島と俺は心の中で呪文の様に唱えながら記憶を探る。

 飯島、飯島、看護師の飯島……

「あっ……!」

 俺は突然全てを思い出した。


ドンチャカ ドンチャカ

 大声、喚声、手拍子で場末(ばすえ)の居酒屋は喧騒に包まれていた。

 いつもの繰り返される日常。

 店の片隅では若者たちが出逢いを求め、互いに凌ぎを削っていた。

 平たく言うと合コンである。

「へーー、看護師さんなんだぁ。

ナースかぁ、なぁあぁすぅ~かぁ、俺、憧れなんだよねぇ」

 顔を真っ赤にした男が大声で叫びながら、女の肩に手を回す。女は少し困った顔をして身じろぎする。抗議と拒絶の仕草(ジェスチャー)だが、余りにもささやかなので男には全く通じていなかった。

「名前、なんだったっけ?

飯吉(いいよし)稲森(いなもり)

違うな、ああ、飯島だあ!

飯島、飯島、飯島……なんだったっけ?」

麻央(まお)です」

 消え入りそうな声で女は答える。

「麻央ちゃんくぁあ~。可愛い名前だよね。

俺、桜木(さくらぎ)(だい)。大きいって書いて『だい』って読むの。格好いいでしょ」

 (だい)は、一人満足そうに大笑いする。そして、ふと視線を麻央の胸辺りに落とす。

そして、真顔になって言う。

「うん、俺、基本大きな胸が好きだけどささやかでも気にしないよ。微乳とかも全然O.K. !」

 大は、ひきつる麻央の表情を華麗にスルーすると、親指をぐっと立ててニヤリと笑う。

 その時、別の席でシャンシャンと手拍子が起きる。見ると二人の青年が至近距離で互いを睨み合っていた。腕捲りし、手には大きなコップを握っている。

「おおう、飲み比べか!

待て、待て、待てぇい!!」

 大は叫ぶ。

「俺も参加するぞ」


「あっ……。俺、飲み比べやったんだ」

「そうです。それで倒れたんですよ。

急性アルコール中毒。

そして、そのまま私の病院に担ぎ込まれたんです」

「そ、そうなんだ」

 はい、と答えながら麻央はベットに近づくと唐突に大の足元に潜り込んだ。

「えっ? ちょっと、何するの」

 突然の事に大は大声を上げる。

「大丈夫ですよ。じっとしていてくださいね。

暴れると危ないですよ」

 布団に潜り込んだ麻央のくぐもった声。そして、大は股間に異様な感覚を覚える。

 大事なところをズリズリと何が這いずり、引き抜かれる感触。

「おおぅ」

 痛いような、むず痒いような感覚に思わず声が出た。

 麻央は布団から顔を出す。手には茶色い管が握られていた。管はベットの横のラックへと延びている。麻央は慣れた手つきでラックから透明なビニール袋を取り上げた。

 袋には黄身がかった液体が半分ほど入っていた。

「そ、それってまさか……」

「はい、桜木さんのおしっこです」

 平然と答える麻央に大は慌てて尋ねた。

「じゃ、じゃあ、さっきのあの妙な感覚って……

と言うか、その管、俺のあそこに入ってたの?」

 麻央は何も答えず、ただ小首を(かし)げるだけだった。

「それでは桜木さん、お大事に」

 麻央はそう答えると呆然とする大を後に病室を出ていく。

 と、戸口で立ち止まるとくるりと振り返る。

「そうそう。おしっこする時、気をつけて下さいね。もしかしたらちょっと滲みるかも知れませんから。

カテーテル入れる時、注意したつもりなんですけど傷つけちゃったかも。

名前の割に小さかったから苦労しました」

 麻央は、クスクス笑いながらにそう言った。






《おまけ》

*()は麻央の心の声


「へーー、看護師さんなんだぁ。

ナースかぁ、なぁあぁすぅ~かぁ、俺、憧れなんだよねぇ」

(馴れ馴れしいなぁ)

「名前、なんだったっけ?

飯吉?稲森?

違うな、ああ、飯島だあ!

飯島、飯島、飯島……なんだったっけ?」

(うるさい。人の名前を連呼すな!)

「麻央です」

「麻央ちゃんくぁあ~。可愛い名前だよね。

俺、桜木大。大きいって書いて『だい』って読むの。格好いいでしょ」

(態度がでかいの大じゃないの?)

「うん、俺、基本大きな胸が好きだけどささやかでも気にしないよ。微乳とかも全然O.K. !」

("プチッ")


2018/04/14 初稿

2018/04/14 題名を「エンゼルとカテーテル」に変更しました


セクハラ大魔王 Vs セクハラ天使 という対立構造でした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。書いてくださってありがとうございます。 なるほど、こう来ましたか(笑) 大くんはこのあと、どういう思考をしたのでしょうね。 しょんぼりするのか、あるいは…… うう、背筋が凍る……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ