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7:Et in Arcadia ego.

 「イグニスという者がもういないのなら、使える手はある。その者の外見を、この島の人間は知らないな? この中で最も年が近い者は?」


 再び訪れた第五公の居城、城下町ブラウデザート。


 「我が名はイグニス。シャトランジア教皇である。セネトレア第五公、ディスブルー殿に内密な話がある」


 “マリウス”様はブラウデザートの、警備隊長を捕まえ公爵を呼び寄せることを叶えた。

 彼の堂々たる態度は、相手に不信を抱かせない。身元を証明するロザリオも私が持っているのだから。アルドール……マリウス様の読みは数術めいている。なればこそ、イグニス様を騙ることも不可能ではない。視覚数術の付与はランス様や私達二人には出来る。精霊か数術弾を用いれば。


 「浮かない顔だなルキフェル」

 「そりゃあね」

 「……どう思う」

 「どうって……」


 リオの急な問いかけに、ルキフェルはしばし口籠もる。


 「不安はあるけど、頼りになるわ。今のアルドー……マリウス様は」


 *


 ルキフェルが思い出すのは、昨晩……海底での会話。


 「相手の企みが見えているなら話は早い。人種や血統による心情、そして打った手としても……ディスブルー公なる人は此方の味方であったわけだ。それが裏切ったというのなら、それ相応の理由があるはず」


 これまで黙っていたアルドール……いいや、“マリウス”様。彼は助けを求めたジャンヌ様に気付き、望まれた人格を作り始める。この状況を変えられる人間を。


 「探る意味でも会いに行くのは間違いじゃない。直接会って話せば解る。アーカーシャ……あの女と同じような術が使える者はこの場に居ないか? 会いに行くのが問題ならば攫ってくれば良い。そうすれば兵など後から追ってくるだろう」

 「……その手があったか」

 「リオ?」

 「……情報ならあります。第五公のご子息エリアス様は今、別の島に避難しているのです。彼を保護しているのは、我々と共闘関係にある組織」

 「ではディスブルー公が此方に協力する姿勢を見せていたのは」

 「有り体に言えば人質です。エリアス様が解放されたか、或いは……人質としての価値がなくなったか」

 「どちらにせよ、第五島が第四公に惑わされているのなら……第五公を連れ出すことは意味があるってことか」


 ディスブルー公を連れ去ることで、プリティヴィア公を表に引っ張り出せる。表舞台に立つ以上、前回のような奇策の幅は限られる。

 マリウス様はこれまで聞くに徹した会話から、此方の情報を見事に言い当てる。まるで優秀な数術使いのようだけど、彼は自分の頭で考えている。

 これまでのアルドール様に足りなかった物が、今の彼には備わっている。心強いことこの上ないが……


(さっきよりも弱々しく見える……ジャンヌ様も、ランス様も)


 無力な王を守るため、強くあろうとした二人。その心や思いまで踏みにじるような……悪意のない横柄さ。マリウス様は、一人でも大丈夫。そんな風に思えるから、行き場をなくしてしまうんだ。イグニス様だって何でも出来たけど、あの方は私達を人間として見て扱い、頼り労った。この方にはそれがない。


(王の器はあるけれど、人の心をなくしてしまったみたい)


 こうなった原因は、ジャンヌ様にあると言うのは酷だろうか? 上手く嘘をつけるような人じゃないから真実を話したのは自然な流れ。何のための旅で、何のための戦いなのか。唯の戦争ではないと伝える必要があったのは確か。


『私達の目的は……王たる貴方を生き残らせ、カーネフェルを守ること。そして貴方は宿敵である道化師の正体を暴き葬り、審判の勝者となるのです』

『そのためなら、この場に居る者全てを使って構わないと?』

『ええ。私も例外では在りません』


 マリウス様は、命令に従うだけの人形。主人として認めた仮の登録者さえ、優先しない。彼が優先するのは主人から下された命令だ。人格の方向が決定してしまった今、随時主の思いをくみ取るような器用な真似は出来ない。完璧なポンコツ。風の噂で聞いた、少し前のランス様のよう。


(聖女様は正論を言う。本音をもっと話したら良いのに)


 彼が眠っている時は、あんなに弱音を吐いていたのに。変わってしまったアルドール様の前でも、ジャンヌ様はまだ強がっている。それは立派なことだけど……とても悲しいことだと思う。

 悲しい命令を受けたマリウス様は、最善の策を練るべく……犠牲を恐れない。ジャンヌ様さえ勝利の前には簡単に捨ててしまうだろう。


 「聞く限り、公爵殿は跡継ぎを愛する余り政を疎かにしている。政務については傀儡。内々に面倒な敵が居るとみて間違いない。血筋はカーネフェル系。ここ数年で左遷された、或いは没落した名家がないか? そうなっても公爵家への忠義を忘れぬような家が。それで子のいずれかが……いや、娘が行方知らずになっている家を探して欲しい」

 「すぐに情報を集めます。一刻を頂きたい」

 「ああ。頼む、プロイビート」


 ディスブルー公と会うこと自体は容易いが、城内に敵が居る以上……それで話は終わらない。冷えた食事に手を付けながら、マリウス様は静かに言葉を紡がれた。


 「えっと、あの……アル……いえ、マリウス様」

 「何か疑問が? ラトゥール」


 ここにはカーネフェリアが多すぎる。名を呼ぶ許しを私達は得ていた。今までの“アルドール”様がおかしいだけなのだが、何にせよ面倒臭い性格になってしまったと感じてしまう。


 「マリウス様は、……もしジャンヌ様の言葉が矛盾していたらどうしますか? 以前聞いたことと、これからお願いされることが違っていたら」

 「どちらを優先させるか姉さんに聞く」

 「……その時傍に、ジャンヌ様がいなかったら?」

 「おかしな事を言うのだな、姉さんがいないならどうやって姉さんの願いが矛盾するんだ?」


 何も解っていない少年王は青い瞳を瞬いた。そんな動作は人間らしく見えるのに。


 「該当情報が出ました、マリウス様」

 「早いな、プロイビート! 素晴らしくお前は優秀だ。シャトランジアを捨ててカーネフェルに来ないか?」

 「畏れ多いことですが、有り難く辞退させて頂きます。私の仕える人は、あの方がいなくなっても変わりません」

 「そうか。良い女だな……イグニスとやらが羨ましい」


 この少年王! さ、さらっとリオを口説きやがった!! いや社交辞令、褒め言葉だとしても以前の彼ならまず出ない台詞! ジャンヌ様は狼狽えつつも悔しそうだし、ランス様は微笑みながら唇を強く噛み締め……口の端から血を零していた。


 「さて、先程の……空間転移だったかを使える者はいるのだろう? 先にアロンダイトをディスブルー城へ送り込む。没落した逆恨みをして城に入り込んだ娘などいると思うぞ。名は……今の情報通りだ。お前は顔が良いのだから誑かせ。お前一人で手紙は本人まで届けられる」

 「し、しかしアルドール! ランスのカードは一人では……」

 「姉さん、その男には何が出来るのだ?」

 「彼はどのようなことでも出来ます。ですから簡単に失って良い人ではありません!」

 「……姉さん、それは“命令(お願い)”か?」

 「アルドール……」


 伴侶の目に浮かんだ悲しみ、失望にも彼は気付いていないのか。早速矛盾するジャンヌ様の願いに、マリウス様は疑問符を浮かべている。


 「ジャンヌ様……陛下の仰る通りです。此処で死ぬような男なら、カーネフェルも我が君も俺を必要とはしない。マリウス様は私を試していらっしゃるのです」

 「察しが良いな。頭も切れるというのも本当らしい。次はその知略と剣の腕を見せてくれ」

 「……御意」


 自分を庇うランス様に上機嫌でマリウス様は微笑んだ。表情こそは人間らしいが、本当に……この方は“欠けて”しまった。


 *


 そう、だから不安でならない。ルキフェルはそう思う。

 今はカーネフェル王とディスブルー公が会談中。精霊に中を探らせながら、私達は部屋の外で見張りをしている。今の所密談は上手く進んでいるようだ。恐ろしい程すんなりと。

 マリウス様は確かに聡明。彼を頼らざるを得ないのもまた事実。私は一時、己の不安を見て見ぬ振りだ。隣で静かに佇む同僚に、ちらと視線を向けてみる。


 「便利よねリオ、あんたの精霊」

 「そのための私だ。必要なものは全てあの方に与えられている」

 「あっそ……」


 味方を奪われた時も人海戦術を行える、情報数術特化の精霊までリオは所持していた。精霊達に、イグニス様は命令していたのだろう。今後はリオの命令に従えと。例えその後あの方自身が言葉を違えようとも……と。道化師の脅威をやり過ごせるようリオは全てを託されていた。


 「イグニス様は最善を尽くされた。それは私だけに限らない。お前にも……シャルルス、アルマにも」

 「解ってるわよ、言われなくてもそんなこと」


 それでも既にあの方含め、仲間のカードは散っている。与えられた最善では太刀打ちできない敵が居る。それは内にも外にも……。


(最善じゃ、足りない。届かない……カーネフェリアは、アルドール様は本当にそれを埋められるの?)


 イグニス様が信じた少年ならば信じたい。けれど今のアルドール様は……別人に等しい。車輪を何処へ運んでいくか解らない。冷静に物事を見極める目はあるが、セネトレア女王相手に通じるのだろうか? 正道では決して攻略できない相手を前に、機械的に正しき王の戦いは。機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)なんて、この世界には存在しない。人形の王が、人間に……人の悪に勝てるのだろうか?


(駄目よルキフェル! しっかりするの!!)


 ルキフェルは強く自分に言い聞かせ、静かに呼吸を整える。

 リオは……良い女だと私も思う。気に入らないとか可愛げが無いとも思うけど。任務に心を向けることで、悲しみに蓋をする。もう憑依数術に付け入られる隙もない。私もそう、強くいよう。私の任務が終わるまで。力を求め、握りしめたロザリオは微かに暖かい。


 *


 数年前まで、第五公爵家に仕えた名家。名医に失脚させられた薬師には娘がいた。彼の読み通り、彼女は行方不明。メイドとして城へ潜入するも、既に城内には腐敗が蔓延していた。

 公爵は生かさず殺さず、甘い蜜を吸いたい輩が群がっている。そんな奴らからして見れば、公爵を殺されてはならない。その方が遙かに得だから。

 やがて娘は気付くだろう。父を、家を失脚させた巨悪の正体に。その頃彼女は己の無力を思い知り、唯一人城内で心寂しく震えている。誰一人味方の居ないその場所で。


(いや、一人だけ……第五公だけが彼女の味方。彼女だけが公爵の味方。恐らく城内唯一の)


 奇しくも彼女は父や先祖と同じよう、再び公爵家に仕えるようになった。身分ではなく心で。


(一番肩身の狭そうな娘がそれだとは伝えたが……)


 空間転移で送り込んだ先、ランスはめぼしい相手を見つけて籠絡。その娘を使い、第五公と外部で信頼できる相手を結び、この密談場所を設けさせた。僅か一日足らずでそこまでやってのけるのだ、顔だけの男ではないとマリウスも認めることとなる。


 「皆の評判通りの男だな、貴方は」

 「お褒めに預かり光栄ですよ“イグニス”様」


 完璧な男は本心を語らぬ顔で優しく微笑む。いまいち信頼出来ないのはそういう表情の所為だが、使えるならば使い倒そう。


 「これより大事な話になる。お二方は外へ出て頂けますか? 決して悪いようには致しません」


 第五公は二人きりでなければ本心を語れないだろう。此方の策に説得力も必要だ。

 俺は騎士と姉さんを室外へと追いやった。


 「ディスブルー公、非礼は先に詫びさせてくれ。だが我々には時間がない。今本島でもこの島でも悪しき噂が流れている。そこで私は一計を案じた。カーネフェリアの血こそ、風土病の特効薬だと今噂を上書きしている」

 「……教皇聖下」

 「少なくともこれで貴方の民の無駄な犠牲は減るだろう」

 「あの方より伝え聞いた貴方の言葉は、真実なのですか? 私の息子は……エリアスは!」

 「この戦争で、部下との連絡が取れずにいる。しかし屈強な護衛を傍に配置している、そう易々と手出しはされまい。あの場所が危険だというのなら、この世界の何処にも安全な場所はない。コルディア殿……貴方はどこの魔女に化かされた? この先読みの神子が信じられぬと?」

 「……無礼を承知で申し上げます。私は貴方に脅されてきた。貴方のために命を投げ出す覚悟も決めた! しかし貴方を信じる判断材料が足りないのです聖下!」

 「…………仮にご子息が病に冒されたとしましょう。それでも彼を助ける術を我々は幾つか知っている。そう、例えば……“憑依数術”を知っていますか? ああ、コレは最悪の事態に」


 魔女が持ちかけただろう取引と同じ内容で掠め取る。


 「そうそう、第一島には貴方のお抱え医を超える天才がいる。私の部下はその男をも確保している。タロックの度家。その跡取りと言えば……解るだろうか? 風土病Disを作り上げた天才だ」

 「!?」

 「表向きは阿家の企みとなっているが。あれは度家の息子が考案した毒だ。その共同開発で阿家が盗み取ったのだ。天九騎士の僧祗という男を知らないか? コンプレックスを抱えたような暗い男だ。何も父を越えるためにこの島で暴れているわけではないぞあれは」


 「洛叉は幼き頃にDisを作り上げた化け物だ。その化け物は生き延びている。当然治療法も確立している。そうでなければ兵器として用いられるわけがないだろう」

 「聖下、貴方の言葉はつまり……」

 「ああ。ご子息の傍に洛叉はいる。Disから最も安全な場所。そして……貴方が裏切るというのなら一番危ない場所に」

 「っ……!」


 教会から得た情報で少し脅せばこの通り。単純な男だ。しかし念には念を。カーネフェルの二人を追いだした理由を此処で告げておく。


 「既に貴方は一度裏切った。感染させられたかも知れないな。まぁその時は……アルドールの身体を差し上げますよ。此方としても好都合です」

 「……盟友を差し出すというのですか!?」

 「何を仰るのか。私が守りたいのはシャトランジア。一時的に手を結ぼうと、カーネフェルともいずれ争うときが来る。貴方も貴方のご子息も、星に手を伸ばしていないようだ……だから見逃そう。これでもまだ、足りないと?」


 これでこの男は、二度と俺を裏切れない。万が一の時のため、先を行く“カーネフェリア”の身体を守る理由も出来上がる。ここまで言えば、私をカーネフェリアと疑う余地もない。


 「カーネフェリアは先に第一島へと向かっている。彼を守るために貴方の力が必要だ。兵を出して頂けますねコルディア殿?」

 「はっ……ですが、奴が……第四公が見逃してくれるかどうか」

 「その女なら私が始末しよう。貴方は安心して進軍なさい」

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