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4:Miserum est arbitrio alterius vivere.

 なにもない。それがなにもないときがついた。いや、思い出した。僕は言葉を。そういう風に設定された。誰に教わらなくとも言葉が解る。彼らの話していることが。

 ああ、だけど。目ってどういう風に開けるものだった? まだ、思い出せない。わかるのは、音と匂い。それだけ。今はそれが全て。

 だけど誰かが話しかけてくる。それは耳には聞こえないけど。その声に引き面れるよう見えてくる景色。誰も僕を呼んではいなかった。聞こえていたのは風の音。サラサラと砂野崩れて消える音。


「なに、してるの?」


 目を瞑ったまま僕は見ていた。その子には声が届いていないのか。もう一度聞く。


「何を、しているの?」


 何度声を掛けても無駄だった。その子は僕に気付かない。僕が見えていないよう。

 ボロボロになった欠片を拾い集めている。辺りは一面の砂漠。良く見ると、散らばる砂の色は一色ではない。その子は砂漠の中から金色の砂を探している。掬い上げ、指から落とし……その繰り返しで本当に少しずつ。


「あれは、土人形を作っているのです」


 その子の代わりに教えてくれるのは、光り輝く髪が美しい女性。その人は、いつの間にか僕の傍に立っていた。彼女は僕が見えている。僕が発した言葉にも、何かしらの反応を示す。


「土人形?」

「ええ、土人形。砂を集めて水を与えて捏ねるのです」

「どの砂で作ってもいいんじゃないの? 砂なんてここに沢山あるのに」

「私もそう思います。けれどあれにとってはそうではないのです。貴方がそのように思うなら一つ、貴方が人形を作りなさい。私があれにそれを与えてあげましょう」

「でもそれは、あの子が欲しい人形とは違う」

「渡すまで解りません。もしかしたら、それをあれは気に入るかも知れない。そうすれば、あんな途方もないことは止められる。貴方はあれを哀れに思うのでしょう?」

「うん、可哀想だ」

「それはどうして? 貴方にはあれの姿も見えていないのに」


 言われて気付く。目の前の人とあの子は違う。人形作りをしている影は小さくて、真っ黒だ。砂漠の中にある異物。ここは美しい場所だから、あの子だけが浮いて見えている。


「貴方はあの子が嫌い? ここから追い出したいと思う?」

「では貴方はあれが好きなのですか? 顔も見えないあんな醜い影のことを」

「あの子が僕に何かしたわけじゃないし、嫌う理由はないよ」

「そう思うなら人形を作りなさい。作り終えた時、あれはお前を目にするだろう」


 不思議な人。丁寧な受け答えから、突き放すような言葉になった。機嫌を損ねたのだろうか? それ以上言葉を交わすこともなんだか憚られて、僕は身近の砂を集め始める。なるべく綺麗な砂を集めた。少し離れた場所にはオアシスもある。その水で僕が人形を完成させた頃、影はまだ瓶の中に黄金の砂をほんの僅かしか集めていない。これでは何年かかるのだろう。瓶には蓋がないから、ずっと片手で押さえてないといけないし……片手で砂を探し集めるのは難しいし……僕にはその影が、とても愚かなことをしている風に思えた。


「ね、僕が見える? 気に入らないかも知れないけど可愛く出来たと思うんだ。君がなくしてしまった物はもう戻らないかも知れないけど、これを貰ってくれないか? 時間を掛ければ新しい人形を、好きになれるよ」


 君のことを思って作ったんだ。顔も見えない影に近付き僕は笑った。その子の顔は真っ黒で、未だ見えない。それでも焦った様子は伝わってくる。


「っ!」

「あ、受け取ってくれるの?」


 伸ばされた手は僕の人形を掴む。その刹那、僕がまだ触れている場所から人形は溶けて行く!

 影が引っ張り掴んだ時に、人形は二つに割れる。半分は掌からいなくなり、もう半分は……影が掴んで遠くに投げ飛ばす。砂へと落ちた半身は、さっと崩れて砂漠に消える。


「何するんだよ」

「馬鹿っ!!」

「え?」


 影に思いきり、頬を打たれた。暴力的な影だ。影に個性があるかどうか知らないけど、普通影は人を殴ったりしないのに。


「壊れた、惨めで情けなくてっ……どうしようもない人形でも、君を好きだった人達を君はなんとも思っていないんだね“アルドール”っ!!」

「え、僕は……何それ。何処の言葉? 誰の名前? 僕は……ぼくは」


 胸ぐらを掴む影。影の頬に流れる光。左右から止めどなく流れるあれは……涙だ。涙が影の黒を微かに洗い流して、白い肌を現した。


「えっと、ごめん」


 言い淀みながら、伸ばしてしまった手。影の頬へと手は触れて、人形を吸い込んだ掌から、影の涙も吸い込んだ。泣いているのが嫌だったから、そうすることで涙がなくなるならいいなって、もう片手も影へと伸ばす。


「ね、どうしたら笑ってくれる? ここはなんだか寂しいところだ。ここに僕らしかいないなら……仲良くしようよ」

「無理だよ」

「なんで」

「君はもう、ここからすぐにいなくなるから」


 *


「ね、教えて下さいよフロリアスさん」


 暇でしょう? 道連れの混血が言う。僕らには会話が必要だと。


「フロリアスで良い」

「それではフロリアス。言える範囲で良いんです。カーネフェリア様との思い出を……」

「知ってどうする」

「何も変わらないかもしれない、でも僕はもっと貴方を好きになれるかもしれない」


 だって貴方は僕のことは別にそこまで知りたくないでしょうと、彼は言う。そうだなと頷づいてから気付く。彼から話しかけて来なければ、この旅に会話はない。反応に乏しい私達に、自分だけ話し続けることに疲れたのだろう。


「共に過ごした時間がほんの僅かな間柄で、ここまであの人に貴方が尽くしているのなら、昔のカーネフェリア様は凄い方だったのかなって思ったんですよ」

「混血の私をカーネフェルの民カーネフェリーだと言ってくれた」

「え、それだけですか?」

「唯一言で、人を救える言葉があるなら。その人は世界最高の数術使いだ。リア様はそういう方だった」

「……なるほど」

「姉君の話もされていた。喧嘩で勝ったことは一度もないとか。あの方を口で負かすのだからリア様も……マリア姉さんが継承権を得れば良いのだなんて冗談も。そうやって家族のことを口にするリア様は、普通の少年の様に見えた」

「リアって、偽名ですよね」


 僕は……私は、もしかしたら誰かに話したかったのかもしれない。あの方のことを口にし始めると、幾らでも言葉が流れて行くのだ。決して誰にも話せない、呼んではならなかったあの人の名前。それを再び口にしてしまう。あの人を、壊してしまった……呪いの名。


「……姉君は、カーネフェリアに肖りマ“リア”と名付けられたそうだ。“    ”様は姉君のように……無理をし強くあろうとそう名乗ったのだと思う」

「“    ”……ですか」

「美しい名だ。カーネフェリアの血を体現している」

「……そうですね。僕の知っているカーネフェリア様は、フロリアスの言う人とは違っていたけれど……優しい人で、いつも何かを守ろうと頑張る人でした」

「……」

「一言で誰かを救えたりするような、器用な人じゃなかった。でもその人を助けるまで何度でも言うし、傍に居ようとしてくれる人。あ、王様としてはダメダメですよね。国のことを一番に考えなきゃいけないのに、周りの人の悲しみに同調して一緒に泣いてしまうような弱っちい王様ですもん」


 フロリスとフローリアわたしたちが知らない、あの人の話。あの人を否定されるように感じないのが不思議だ。僅かでも、その人を見、話をして……嫌な気分にならなかったからだろうか? 僕は、私達は……嬉しかった。あの人が生きて居てくれたことだけで、嬉しかった。だからこんな風に、知らないあの人のことを聞くのは楽しい。楽しいなんて、感じることが心を蝕む毒になっても。聞かせてくれ、もっと。促しながら彼の話に耳を傾ける。


「僕もそんなに長い間、彼を見ていたわけではないんですけどね。今まで誰にも落とせなかった僕の友人の、心の中にも入り込んでしまった人だから。凄い人だったんですよ、“アルドール”様も」

「そうか。……その話の結論は?」

「性格や人格が変わってしまっても、変わらない物はあるんだと思うんです。僕達や貴方達も、カーネフェリア様も」

「もう一人は別人ではないのか?」

「最初は別人になろうとしました。だけどなれなかった。二つに切り離されても、それでも僕らは僕らなんだって、感じることがあるんです。僕らの芯、根本的なところ……それは同じものだから」


 彼はその根本を語ることなく言葉を続ける。解り合おうと言いながら、まだ踏み込ませられない領域が彼の方にもある。


「だから大丈夫ですよフロリアス。カーネフェリア様は、カーネフェリア様です。目覚めたあの方に共に勝利を届けましょう。あ。薬、切れたら言って下さいね! まだまだありますから!」

「どこから出した」

「ふっふっふ、これぞ保管数術! ではないんですけど、そんなような物です。貴方のやり方は攻撃としては素晴らしいけど、延命としては危なっかしい。聖十字印のこの特効薬のが純化されていて安心です」

「叱るのか自慢するのかどっちかにしてくれ。でも、……礼は言う。ありがとう」

「いえいえ、これも仕事ですから! 話に付き合って頂き感謝します、良い感じに時間潰せましたね」


 あまり急ぎすぎると後続と距離が広がってしまう。薬の力を使えば、まだ時間は引き延ばせるそうだ。


「……空間転移では駄目なのか?」

「そこは女王も手を打っています。奇襲で寝首をかくわけにはいきません。女王を殺しても、それが女王ではないことも大いに有り得ます。一つ誤れば、全てが終わってしまう」

「“憑依数術”……」

「ええ。僕の上司もその対策はしてますけど、それには……カーネフェル軍が、カーネフェリアがセネトレアを落とさなければ」

「私は何を、すればいい?」

「カーネフェルはカーネフェル軍を、セネトレアで作る必要があります。第五島は敵ではなく味方にしたい」

「……ならば」

「辛い役目ですが、貴方の言った通りです。僕と貴方は、カーネフェルの敵になります。貴方がやったことは、カーネフェルは一切関与しない。憎悪を煽っても良い。勝利条件をお膳立てし、都とやり合える戦力が出来た時点で、彼らに僕らを討たせる必要があります」

「そんなことが……出来るのか?」

「間に合わせます、それまで僕は貴方を死なせない。アルドール様に、貴方を討たせることを約束します」


 あの人を、必ず元に戻す。それまで死なせないと……彼が言う。何故そんな自信を持って言えるのか解らない。


「……シャルルス、アルマ」

「大丈夫です。僕は優秀ですから!」


 彼が話した“アルドール”様のようじゃないか。何度も追いかけ話しかけ、こうして心に入り込む。何の得もそちらにはないのに。それだけの忠誠を教会に誓っているなら、いつか対立することもあるだろうに、そこまで言い切る彼らは。そこまで生き延びる気が無いのだ。このセネトレアで、僕らと共に死ぬことを笑顔で語れる覚悟があるのだ。


「……ああ、頼む」


 *


「これは……」


 ランスは目を見開いた。数刻前まで戦場となっていただろうその場所は、静寂に包まれていた。我々以外生きた人間は存在しない。誰の血も残らず、花々が先散らかされた光景は不気味……いっそ美しいとも思う。残っているのは骨と、薄く張り付く肌くらい。それも既に乾き切り、風邪に触れて砂となる。彼がこの第五島を……砂漠に変えたのか? そんな馬鹿げたことを思いつく。俺は何を言っているのだ。ここはそれ以前からそういう場所である。


(混乱しているのだ、俺は)


 これまで出会った混血には敵も味方もいた。純血では手にすることが出来ない才能を前に、例え羨むことはあれど臆したことはない。相手も人間だ、必ず隙はある。倒せない存在ではないし、分かり合えない相手でもない。そう、思っていたのだろう。

 フロリアスは敵ではない。此方の味方に近い存在だ。彼の失態は許し難い事ではあるが……心情的に彼を責める気持ちは起こらない。彼はその責任を取るべく、こうして一人戦っている。だが、その力はあまりにも……。一緒に行動は出来ない。彼が口にするのも解る。


「血を吸った……?」


 ハイレンコールに降った花とも様子が異なる。植物を操る数術使い? ……そんな数式、彼以外に俺は知らない。基本的に数術使いは、一度の数式で一つの元素しか扱えないが、時間差で発動……或いは数人の協力があれば。同時に異なる元素の精霊を操るか? だとしても位の高い精霊は気難しい。何か一つの元素……その大精霊に愛されるような者は、他の元素に嫌われる。同時に成立は起こりえない。俺の場合は俺自身が火、水の精霊な母さんの加護があるから同時に火と水を操れるだけ。


「彼は……カードなのですか?」


 この芸当、成し遂げるなら下位カード。コートカードという線もあるかとルキフェル、リオさんに疑問を投げる。


「ダイヤの女王がまだ判明していませんが……それ以外は既に」

「それなら彼が……という可能性はありますね」

「でも、クィーンって基本女が選ばれるカードじゃなかった? キングは男だし」


 受け取った情報では、彼は何とも言いがたい。元々混血であった少年を、純血へと作り替えるなど……悪魔の所行。彼の身体は二つに分けられ、購った純血の臓器パーツを組み込まれ……二人の純血へと生まれ変わった。元は一人の人間が二人の兄妹になり、妹の死によりパーツが戻され再び一人へ戻る。


「ランス様……セネトレアは危険な国だけど、イグニス様が私たちを送り込んだのは、混血はあの病気に感染しないからなんです」

「それは本当ですか!?」

「えっと、詳しくは私もよくわからないけど……こういうのはリオの方が」

「あれは……タロックが生み出した悪しき毒の一つ、病気ではありません。あれはアロンダイト卿、貴方のお父上の世代と同じ頃の出来事でしょう」


 ……父が前線に出ていた時代。それはまだ若かりし頃の狂王とあの方がぶつかり合った時代のこと。その頃の父は今の俺とそう変わらぬ年頃か?


「タロックは、カーネフェルを滅するべく……カーネフェルの血に反応する毒を作り上げました。その実験場所となったのがこのセネトレア第五島ディスブルー」


 ディスブルー公爵家はかつてカーネフェルの姫と結ばれた。カーネフェル王位継承権は持たないが、セネトレア公爵家で唯一カーネフェル人の外見を持っている。公爵を慕い、頼り流れ着く人々は……奴隷上がりのカーネフェル人。第五島の住民は、カーネフェル外見の者が多く集まる。そのため戦争ともなれば、彼らが最も苦しい立場に立たせられた。


「お前の祖国はどちらだと責められる。カーネフェル人と戦えることを証明するため、彼はこの地が戦線となることを受け入れなければなりませんでした」

「……敵も味方も、身体構造がカーネフェル人ならば。そんな毒が本当にあるのなら、恐ろしいことです」


 第五島ごと、敵を討つ。まだ狂人と呼ばれぬ時代の須臾王が……そんな策を取っていたのか。


「先代カーネフェリア様……アルト陛下が前線に立つようになったのは、その後の戦と聞いております」


 この島で、あの人は多くの仲間を失った。すぐに立ち去ろうと思うばかりのこの地……踏みしめていた足が微かに震える。


(アルト様……)


 貴方が最後にユーカーを守ってくださったのは、過去への清算だったのですか? 貴方が命を賭して守ってくれたあいつを、俺はすり減らし……ボロボロにした。貴方の国のために、俺自身のために。

 お前にいて欲しい、お前の力が必要だ。そう思う時ほど、己の罪を思い出す。こんなにもお前が必要なのに、何故お前がここにいないのか。俺がそういう風に、お前を使ってきたからじゃないか。お前はカードなんてならなければ良かったのに。そんなにも、あの子の事を想わなければ良かったのに。アスタロット、君が憎いよ。俺はアルト様が残してくれたすべてを滅ぼし捨てた、だから……カーネフェルだけは、命に代えても守りたい。


(こんな俺のことを、それでもお前は責めないんだろうな)


 お前が残した剣を掴んで、そう思う。思ったところで伝わる先は、お前じゃない。ジャンヌ様が悲しげな瞳を俺に送っていた。あいつのことを思う時、俺は俺の心を覆い隠せる。こんな時までお前を利用していることを恥じるしかない。


(それでもお前は、俺を見捨てない)


 だからまだ、生きている。俺は生きていられる。お前が与えられた幸福値、向けられた先は誰より俺だ。フロリアスの存在も……良い方に場を動かすための幸福、その手がかりかもしれない。


「アロンダイト卿、Disは理論上……血液を入れ替え続けることで器官を守れます。毒と化した血が体内を巡ることで肉体が破壊されるものですから」

「この島に、健康な人間はほとんどいないし彼より重い病人はもう寝たきり。動く人間の血を取り入れれば……時間は稼げるってことよね」


 本来混血が感染しない毒に冒されたフロリアス。彼の臓器は既に毒に冒された状態にあり、新たに生み出される血液も毒となる。死を待つのみの彼は、生きるために他者の血液を必要とする。その犠牲を敵に支払わせようというのだ。刹那姫の元へ辿り着くまで……多くの犠牲を積み上げて。犠牲者は多かれ少なかれ悪人。それでもアルドール様が目覚めていたら、反対したに違いない。カーネフェルが罪を被らず、女王の島まで踏み込める。アルドール様のお心を踏みにじることで、カーネフェルは勝利に近づく。アルドール様は、俺を信じてくださった。俺の判断を信じると。

 アルドール様は何も知らなくて良い。目覚められたその時に……平和なカーネフェルの地と勝利の知らせを届けたい。


「Disが恐ろしい毒だと言うことは解りました。タロック人の血液を輸血したところで、感染が防げるという単純な話ではないことも」

「……後天性混血」

「ルキフェル?」

「そういう同僚が何人かいます。純血が突然変異で混血になるケースが……稀に。真純血のような濃い血じゃなくて、普通の人。タロックとカーネフェルの血がどちらもそれなりに入っているような……」


 ぽつりと零した彼女の言葉に、リオさんが強い視線を向ける。予想外の情報公開について咎めているのか。


「それは表舞台に必要な情報か?」

「必要よ、そのメカニズムが解析できれば……純血を混血にすることが出来るなら。ジャンヌ様を治すことができるかも。臓器がまだ無事な内なら」

「馬鹿なことを考えるなルキフェル、一朝一夕でどうにかなるならとうに解決していることだ。そんな物は策じゃない。神頼みだ」

「ええそうよ、神頼み。だけどジャンヌ様はコートカードよ。その幸運を持ってすれば……可能性はゼロじゃない。それに……私がいる。私が革命でランス様のカードを反転させる。距離を置かなきゃいけなくなるけど祈りの範囲は問題ないわ。言ってしまえばコートカードが一時的に二枚の状況になる。これで可能性はかなり上がると思わない?」

「必ず成功するとも限らない。幸福値を無駄に消費することに繋がるかもしれない」

「冷たいのねリオ。彼女は貴方の教え子でしょ? 貴方の所為でカーネフェル王があんなことになったのに」

「戦争に勝利に私情は挟めない。カーネフェリアを目覚めさせるためか、カーネフェルの勝利のために幸福値を使うべきだ」

「あの……後天性とは? 身体能力と言うと山賊レーヴェのような者? しかし彼女は純血でした」

「情報では聞いています。あれは数値異常の食物摂取による症状。増幅したのは筋力のみでしょう。後天性混血は……数術こそ扱えませんが、身体能力が常人とは比べものになりません」

「力以外もと言うと、俊敏性などですか?」

「数値の加護がすべて肉体に作用していると言うことです。力とスピードその他に、身体自体が頑丈ですし体力も桁違い。回復速度も異常ですし、致命傷を受けてもしばらくは戦えます。人目に触れさせるには、危険で恐ろしさしか与えないため、隠密、暗殺に優れています」

「彼は……それであると? 元々混血であったようですが……なにやら複雑な話ですね」


 この場で数術を扱えないのはジャンヌ様だけ。彼女は真剣に耳を傾けながらも困り顔。話について行こうとすればするほど、頭が痛くなるらしい。苦手な学問の講義を受ける学生のよう。

 数術使いの話をよく理解出来ないのだ。彼女もユーカーと同じで、聞く力には優れているが……視覚開花はない。士官学校の座学は受けただろうが、専門的に数術を学んだ訳でもない。数値が見えない人間に、数術を語ったところで決して理解は得られない。こればかりはそう言うものなのだ、同じ純血であったとしても。


「フロリアスの身体能力は異常よ。元々数術使いが、後天性にも半分開花したようなもの。だからアルマ達しか追いつけなかった」

「ルキフェル……お前はこう言いたいのか? 彼は先天性の数術と、後天性の身体能力を併せ持った混血だと?」

「待ってください、仮にそれが成功したとしても……ジャンヌ様はカーネフェリアです。カーネフェルを背負うべき方が、混血になるというのは……受け入れられない民も多いはず」

「後天性混血は、目の色が純血の頃から変化しないことが特徴です。彼らが変化するのは髪の色だけ。そのくらいなら誤魔化すのも難しくはない。長かった髪を簡単に貴女は切ったと聞いています」


 窮地を脱する、自身の延命の可能性。話を半分も理解できないジャンヌ様も、答えの見えた会話の流れに迷いを顔に表した。そんなことが出来るなら、それでカーネフェルを救えるのなら……なんだってする。けれど……


「ふふ、ごめんなさい……私、おかしいですね本当に」


 ジャンヌ様が涙を流す。その姿に俺とルキフェルさんは固まった。


「ルキフェルさんは、私を死なせないようにと考えてくれました。イグニス様も……私達に多くのものを与えてくださった。感謝しています、それは本当に……でも。シャトランジアで過ごした私は、純血とか混血とか……そんな区別する意識はなかった、今までずっとそう思っていたのに、怖いんです」

「ジャンヌ、さま……」


 *


「カーネフェルを勝たせるために、私がそんな風に強くなれるなら喜ばしいことなのに。命を落とすことより、変わることが怖いんです」


 混血に、なりたくない。それがカーネフェルを救うことに繋がるのだとしても。私は混血を、彼らを特別悪くは思わない。思っていないつもり。それなのに、怖くて堪らないの。


「カーネフェリアさま……?」


 ルキフェルさん。彼女は私のため、カーネフェルのためを考えて……情報を明かしてくれたのに。罪悪感が胸を刺す。イグニス様を失って、それでもまだ力を貸してくれる聖教会。私の言葉は、裏切りだ。彼らに対するこの上ない裏切りだった。

 カーネフェルのために生きて死ぬ。それが私の願い。私を最後の一人には出来ない、それでもせめて幸せな最後を迎えられるように。そんな優しささえ感じている。二つ返事で飛びつけない、私に誰もが戸惑っている。私もそう。


(こんなの、私じゃない……)


 どうして頷けないのジャンヌ? 私の寿命が延びる、カーネフェルのために出来ることが増える。この身体が変わろうと、全てが明るみに出る前に表舞台から去れば良いじゃない。私は何に脅えているかを理解しぞっとする。

 何も出来ないカーネフェル王。私が守ってあげなきゃいけないアルドール。弱い幼い王。貴方の存在が私をこれまで支えてくれた。でももう貴方はいなくて。目覚めた貴方は私を覚えていない。その時貴方はどう思う? 混血になった私を。カーネフェル人でもない、貴方の妃として不釣り合いな私を。これまで過ごした時間も、交わした言葉も。何一つ貴方が覚えていないなら……貴方は、私を選ばない。戸惑うように逃げるように脅えながらも私を見ていた貴方の目。貴方の嘘を私は気付いていた。近付いてくれない貴方に私から近付いた。貴方が私を兵や駒と思えないよう、もはや私も貴方を国の化身と思えない。

 弱くても王であろうと泣きながら、頑張る貴方が好きだった。貴方も同じ気持ちだと私は知っていたんです、アルドール!


「カーネフェルを愛した私は、カーネフェル人であることが誇りだった。隠すことが出来るものでも、私が私でなくなることが恐ろしいのです」


 アルドールに目覚めて欲しい。そう思っていたのに……今は目覚めないで欲しいと思う。あの人は、混血を愛していた。純血と変わらぬ人間として、友として、恋をする相手として……対等な立場の存在として。

 私は私を思い知る。あの人と私は違う。私は庶民でも純血。あの人の傍にいて共に戦うことが許される。混血ではカーネフェルの王に寄り添うことが出来ないと、心の何処かで優越感を感じていなかったか? どれだけ貴方があの人を崇めても、神様は貴方の傍にいられない。貴方が戻ってくるのは私の所。祖国を愛する戦友になろうだなんて、馬鹿げた言葉。私は貴方と共にあることを喜びだと思うようになっていたのに。

 純血だから貴方の伴侶になれる。どれだけ愛しても、貴方の愛する人は貴方の物にはならない。だから私を見て。私と貴方なら、すべてを分かり合えると……信じていた。その事実が明るみに出て、私は動揺を隠せない。


(混血に、なりたくない)


 貴方が元に戻っても、戻れなくてもそう。混血になった私は敗北する。あの人に勝てない。貴方に愛されたい。カーネフェルだけでは、愛せない。貴方がいない、カーネフェルなんて!


「私は純血だから、アルドールにとって……あの人と違う立場がありました。私があの人と同じ混血になって……同じ場所で捉えられた時、きっと私は……。その現実を思い知るのが怖い。カーネフェルのことより、アルドール一人のことで……私はこんなに脅えている」


 国に必要な王だからじゃない、アルドールにどう思われるかを怖がっている浅ましさ。狡いですよアルドール。貴方の所為。国の道具であることを望んだ私を、誰かへの贖罪で……普通の女の子として扱った。私がそうなってしまった時、貴方は私を見てもくれなくなったのに。


「そんな風に感じた心に気付いたこと、それが一番恐ろしい。毒に冒されるまでもなく、私は……誰かに崇められるような女じゃなかった」


 聖女だなんて、皮肉な呼び名。唯の女だ、小娘だ。あの女王が口にしたよう、私はこの国で……化けの皮を剥がされる。


「狡くて汚い……ただの、小娘」

「……ジャンヌ様。貴女はジャンヌ様です。貴女が何であっても、俺が仕え……守るべきカーネフェリアです。行きましょう、貴女を貴女のままで……必ず俺が、カーネフェルを勝たせます」

「……ランス」

「貴女は我が王をそんなにも愛しておられる。貴女がカーネフェル王妃カーネフェリアであるために、必要なのはそれだけで良い! 過去や未来は解りません。でも今この時、アルドール様を誰より思っているのは、ジャンヌ様……貴女です!」

「わ、私は……」

「我が王を……アルドール様を、そこまで思って頂いたこと、感謝致します」


 泣き崩れた私の傍に跪き、カーネフェルが誇る騎士が真っ直ぐ私を見つめて言い放つ。泣いている私には指一本触れぬまま……言葉だけで彼は私を立ち上がらせた。


「アルドール? それは誰の名前だ?」


 それは少年の声。この場でそんな声を出せる者は居ない。ならば敵襲? 声の方向を向き私は目を見開いた。


「アル、ドール!?」


 これまで荷物として運ばれていたアルドールが、自分の足で立っている。青い瞳を私に向けて、私を見ている!


「その者は私に似ているのか? 私は“マリウス”。忘れたのか姉さん。冗談でも酷いな、二人きりの姉弟なのに」

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