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20:januis clausis

 疲れていたら何処でも眠れるものだと思っていたのに。アルドールは贅沢になった自分自身に呆れてしまった。


(寝付けないなぁ)


 一日で、色々なことを知りすぎた。頭で情報の整理が追いつかない。

 目を瞑れば今でも浮かんでくる。道化師と戦い、命を落とした後も……保管数術を使った精霊化で、俺を助けてくれた人。沢山の嘘を吐きながら、いつかそれを見破って欲しいと言っていた。どちらの名前で呼べば良いのか解らないけれど、本当に大切な人。

 今はこの戦いのことと、酷い目に遭っているジャンヌのことを第一に考えなければいけないと解っているのに。もう、“マリウス”と呼ばれても壊れない。元の自分を取り戻したはずなのに、まだ俺は“アルドール”のままなんだ。


(“イグニス”は、本当に狡いよ)


 お前のためなら何もかも捨てられるとさえ思うのに、俺に重しをつけて遠くの椅子に縛り付けて……他に大事な者を沢山与えて置き去りにする。自分がいなくなる準備をしながら、絶対に忘れられない存在になる。本当に、不思議なんだ。君が生きていたときは、君たちを神様みたいに思っていたのに。俺なんかが触れてはいけない、神聖なものだと崇めていたのに。二度と触れられないと解ると、ものすごく後悔している。

 どうしてもっと、沢山のことを聞かなかった? あの子にそれが言えないなら、答えが分かるまでずっと、その目を見つめていたかった。

 道化師が、ジャンヌを《存在死》させたのはこういう意図か。彼女のことだって大事に思っていたはずなのに、イグニスとギメルのことばかり俺の心に甦る。失ってしまった人のことを考え続けさせようとあいつは企んでいる? それは、なぜ……?


(もし、あの体がギメルの物だったなら……)


 イグニスは二つのカードを使い分け、二つの姿で俺の前に現れた。ジャンヌとの結婚が成立するまでギメルとして会わなかったのは、俺の心が揺らぐから。

 イグニスの体は既になく、ギメルの精神はもう消えていた? 二人がセネトレアに売り飛ばされて、何かがあって二人はそうなった。道化師がギメルを演じていたのは、奴も彼女を探していたから。もしかしたら道化師は、イグニスの体を奪った何者かであるのかも。

 それだけ二人を思い、二人に関係する人物は? 俺以外にいるのだろうか。でも俺が道化師であるはずがない。


(俺にとっての、フロリアスが……いた? イグニスとギメルは、この島で……そんな誰かと出会っていた? 同じ奴隷の境遇で、心を通わせた存在がいた?)


 駄目だ。考えれば考えるほど眠れなくなる。数術は本当になんでもありだ。どんなことだって出来そうで。俺が使う炎のようにわかりやすいものならまだしも、混血や運命の輪が使う数術は俺には想像も付かない。《運命の輪》と言えば……彼らが宿しているという“大アルカナ”のカードのこと、まだ聞けずじまいだった。ルキフェルさんが、明日は教えてくれるだろうか?


「眠れないなら膝でも貸してやろうか?」

「――…………!!????」


 寝返りを打ち、言葉を失う。隣に絶世の美女が寝ていた。


(り、リフル王子!!!! ご、誤解されるようなことやめてください!!)

(誤解というと、君が妻帯者でありながら女体に押し込められた野郎と寝た貞操クソ軽野郎と思われるという話か?)


 壁際まで後ずさり、小声で文句を言ったけど、返っている囁きはまさに小悪魔。


「冗談だ、アルドール君。ご婦人方がいるところでは出来ない話があってな。互いに立場を忘れ、歓談をと思い忍び込ませてもらった」

「君って……なんかこそばゆいなぁ。どっから入ってきたんです?」

「そこの窓から。実は鍵が壊れているんだ」


 さすが知人の家。勝手知ったる場所のよう。


「で、リフル王子……いえ、リフルさん。話って何ですか?」


 相手の言葉に倣い、この場は立場のない一個人として呼ぶことにした。すると、彼は可愛らしく頬を赤らめる。なぜ。


「ど、どうかしました?」

「いや、君にそう呼ばれると……我が子のように可愛がっている弟分を思い出してな。タロック人なんだが、笑った感じが少し君に似ているよ」

「わー!! ちょ、ちょっと抱きしめないでくださいーー」

「あ、すまない。つい癖で……。普段は完全装備でないとこんなことが出来ないのだが、姉様の体も使いようだな」


 毒人間であるリフル王子は、人肌に飢えているらしい。嬉しそうに俺を膝に載せ、ぬいぐるみのようにハグされる。色々柔らかいし、凄く良い匂いがします。これは浮気じゃありません。誤解です。でも凄く良い匂いがします。俺を殺してくれイグニス、ジャンヌ。


(ああ、でもなんか……懐かしい、かも)


 おぼろげな記憶。昔本当のお母さんに抱きしめられたことや、なんでかルクリースを思い出す。家に居たときはあんなんじゃなくて、もっとスパルタで厳しい姉君だったのにさ。“ルクリース”はその分、俺に愛情を沢山注いでくれた。いつだって俺の味方で、いつでも俺を愛してくれていた。


「……君自身はそう悪い人間ではなさそうだ。そうだな、君が勝ち上がるのもやぶさかではない」

「え……?」


 俺を何でもって判断したのか? リフル王子が認めてくれた。しかし、そこに続く言葉が問題だった。


「だが、どうにも私は……君の信じる“神子様”を、信用できそうにない」

「どういう、こと……ですか?」

「ラハイアの件だ。ハートのKの特性は理解したが……気がかりなことがある」


 彼は、ルキフェルさんの前でこの話をしたくなかったのか。イグニスを盲信する彼女の前で、出来ない話を言いに来た。


「本来のラハイアのカード。ハートのJは君達の神子イグニスが消費した。ラハイアは神子のハートのKを、幸福値をほぼ完全に残したまま神子へと戻した。奴が使った幸運など、一度絞首台の縄を切ったくらいだ」

「か、カードになったのに……!?」

「戦わず対話で解決しようとした正義馬鹿だからな。あいつのああいうところが私は好きだよ」


 大事な人を馬鹿にした後、嬉しそうに言うリフル王子。大好きだったんだろうなその人のこと。ジャンヌの親友さんってそんな凄い人だったのか。かつて俺なんかが彼と重ね見られたのが申し訳ないんですが。


「すまない話を戻そう。つまり神子イグニスは、ハートのJQK……コートカード三枚を一人で消費したに等しい」


 指摘されると確かにそうだ。イグニス随分と狡いことをしてたんだなぁ。そんなルールの裏をかいてそこまでやっていたのか。全部俺を勝たせるためと言われたら、ものすごい重圧ですが。


「Kとジョーカーの幸福値の差が如何ほどかは知らないが、他のカードの1差と同等と仮定しよう。君たちの前に現れた道化師は、コートカード複数と対峙した場面で、奇策を用いたことは? 逃げ帰ったことは?」

「……俺の騎士にジャックがいます。クィーンも2枚ありました。それに、ペイジもいます。確かに、道化師が正々堂々と……挑んできたことは殆どありません」

「ならばなぜ、神子は敗れた? ルール上の問題だとは言わせない。“数値破り”が存在するからな」

「す、数値破り……?」

「ああ。君たちの所ではまだ知られていないか? ルール上殺せないカードを、殺せるんだよ。幸福値を削りきればな」


 まてまて待て。怖い怖い怖い。知らない話がまた飛び出してきた。


「え、えっ、え!???」


 それじゃあ今まで何のためにうちのユーカーは、あんなに汚れ役を押しつけられてきたんですか。可哀想すぎるよ。


「“数値破り”は己の願いを捨てること。勝ち残っても審判の勝者にはなれず、己の願いは叶わない。しかし、他者に願いを託し勝ち上がらせるため……敢えてルールを破る裏技だ」


 願いだけが救いだろうに。願いを放棄し命を落とすデスゲームに留まり続けなければならない“数値破り”。そんな裏技、一体誰が使うのか。驚愕した俺の目を、リフル王子は覗き込む。ああ。それも“俺のため”なのか、イグニス。

 俺の瞳が揺れるのを見て、リフル王子が頷いた。


「うちにいる《運命の輪》は、カードでもある。神子の選んだ人間を勝ち残らせるため、手を汚す覚悟と強い意志を持った人間だ。それは……あのシスターも同様に」


  《運命の輪》を敵に回せば、自分より弱いカードであっても命を狙われる。そんな馬鹿な話があるか。


「《運命の輪》は神子の親衛隊ではない。聖教会の暗部。死刑が存在しない十字法における……《諜報部兼死刑執行機関》」


 今まで俺たちを助けてくれた彼らが? イグニスの部下達が死刑執行人?

 マリアージュ、シャルルス、アルマ、ルキフェル。個性豊かで明るい彼らが? どうにも信じられないが、王子が冗談を言っている風には見えない。冗談と言えばむしろ……


「じ、冗談だと思ってたけど……た、確かに。某セクハラ卿相手に、部下に暗殺させますよとか言ってた気はする……」


 ギャグパートに伏線置いていくなイグニス! 頭を抱えてしまったが、それでもやっぱり思い出すあの子の表情はいつも通り、俺を馬鹿にしながら楽しそう。ああ、俺はあの子のあんな顔が好きだった。勝手に緩むな俺の顔。ピシャリと己の頬を打つ。

 俺が平静を取り戻したのを確認し、王子は次なる疑問を提示した。


「……実質コートカード3枚分の幸福を持った神子が、道化師に“数値破り”を遂行できなかった。私なりに、その理由を考えてみた」


 彼の話を聞くのが怖い。俺のようにイグニスに対する余計な感情がないからこその、客観的視点が怖い。


「そこまで策を弄さなければならないほど、彼は追い詰められていた。己の命を繋ぐために、ラハイアの幸福を奪う必要があった」


 審判が始まる前に、もうイグニスは死にかけていた? カードを得て幸福値で延命を図った。それでも普通の人と同じくらい。なら、二枚になって……やっと、コートカードの立位置になる。体に刻まれたカードも、焼け残った証でしかないとしたら?


「Jの覚醒だったか? カーネフェルとシャトランジアのJ二枚を手中に納めることで、更に道化師への切り札を確保しようとしていた。QK二枚持ちでも勝てないことを知っていたようにしか思えない」


 イグニスと道化師の戦いは、Kとジョーカーでしかなく……幸福の差で順当に敗れた?


「ち、……ちがうと思います」


 途中までは当たっていると思う。でも一つだけ、どうしても認められない箇所がある。俺は彼の赤い瞳を見つめ返した。


「イグニスは沢山嘘を吐くけど、そういう嘘は吐かないんだ。先読みの神子は、勝算のない賭けは絶対にしない」


 もらった言葉に嘘があっても、あの子の行動は嘘にならない。琥珀色の目はいつだって、俺に何かを訴えかけていた。そう……信じて欲しいと、言っていた。


「あいつは俺から離れて囮となって……俺から道化師を引き離した。例え心中することになってもら自分が道化師を殺すって。そう言っていたんだと、思うんです」


 イグニスは“数値破り”で道化師を殺すつもりだった。そのための切り札が、両手のカード。あの時点で、彼女(ギメル)の体は生きていたと俺は信じる。どんな数術を使ったか解らないけど、イグニスの精神とギメルの肉体が生きていた。生きたカードが二枚存在したんだ。


「あれは……俺の願望ですけど、言霊数術使いが僅かでも可能性のあることの、可能性を上げるために言った言葉。確信がないことの嘘は吐かないと思うんです」

「……そうか。熱くなりすぎた」


 俺からそっと離れ、王子は……リフルさんは悲しげに笑って見せた。


「私は……“彼”があんな風に死んだのは、“自殺王”の特性ではなく。死にかけの神子と幸運値を入れ替えられたからだと思っている。君の信じる人を、信じられなくて申し訳ない」


 その言葉もきっと、嘘ではない。イグニスならやると思う。目的のためなら手段を選ばない人だった。それでも全部、それは俺のために切り開かれた道だから。そこに残され立っている、俺が受け止めるべき責任だった。俺は王になることで、他人に手を汚させ続けている。

 対するリフルさんは、王子という身分を手放して……自分の手を汚している。今この場で彼は、無防備な俺を殺せる。その気があるのなら。やるならやってもいいよ。覚悟をして目を伏せた。うう、くすぐったい。首を触る細い指。今から首を絞めれるのか。そう思いきや頬を撫でられ……違和感に気付いて目を開ける。明けた途端、美女の美しすぎる顔がある。唇に、口内に違和感。この人、他人の体で何してるんだ? 呆然としている内に、背筋がぞくぞく震え出す。


「……だが、君のことはしばらくの間信じてみよう」


 妖艶に自身の唇を拭いながら、そんなことを言う王子様。情けないことに俺は立ち上がれない。未知の感覚に腰が抜けてしまった。


「な、な、な。何するんですかぁああああ!!!?」

「いや、されたいのかと思って。まぁ、セネトレア流の親愛の挨拶だな」

「嘘!! 嘘!! ぜったい嘘!!!!」


 殺す気なら殺せよと思ってたら、急にすごいキスされるとかどういうこと!? この人本当にあの狂王の息子なのか!?


「少しは頭も落ち着いたのではないか? 何しろ姉様の顔だ。他の女やら男のことは、しばらく忘れられるだろう?」


 おやすみと言い残して窓から消えていく王子様。最悪だが、本当だ。イグニスとギメルのことでシリアスに悩む気持ちが一瞬で消し飛んでしまった。もう自棄になって寝るしかない。ふて寝だふて寝。

 後から思えば、あれはタロックの毒だったのかな。その後まもなく俺は爆睡。翌朝、ジャンヌに「いい加減起きてください!」と叩き起こされるまで十数時間も眠っていた。


「そんなに疲れていたんですねアルドール」

「あ、あはは……そ、そうかも」


 ジャンヌからの優しい言葉が気まずくて、俺は彼女と目を合わせられない。


「くくく……まだまだ子どものようだなアルドール王? よく寝ると背も伸びるらしいぞ。ふふ、羨ましいな」

(くそぉ……)


 元凶様は優雅に今日もお美しいばかり。すっかりあちらのペースだが、負けていられない。カーネフェル王として須臾王に勝つためには、この人に負かされてるようでは駄目なんだ。


「ね、寝坊したのは謝るよ。ごめん。だけど、そんなことより……!」

「ああ。行動の前に、残りの話くらいはさせて貰えるのだろう? まだ“このカード”の件が出ていなかったな」


 流れるように話の出汁にされてしまった。

 リフル王子が取り出した大アルカナ、《吊るされた男》のカード。ラハイアさんが遺したというそれの秘密。確かに俺も気になっていた。ルキフェルさんにみんなの視線が集まると、彼女は観念したように呟いた。


「あぁ……やっぱりこの話しなきゃ駄目かぁ」


前話が長くなってしまったので短めにしました。

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