18:gigni de nihilo nihilum, in nihilum nil posse reverti
「ランス様、ご無事でしたか!」
フローリアinシャルルスと共に屋外へ脱出すると、辺りを制圧する部下達がいた。
「アルドール様とジャンヌ様は数術で別の場所へ向かわれました。俺は急いで追いますが――……後ほど知らせを送ります。追いかけてきて、くれますね?」
集まった兵達に視線を送れば、大歓声が辺りに響く。悪いことをしている自覚はあったが、勝つためならば仕方が無い。ハイレンコールでの一件でもこちらは問題なかった。刻んだ数術が良かったのだろう。同じ物を十字架剣にも施した。これであのような遅れは二度と取らない。
*
度重なる襲撃。数術弾による信号でも戻れなかった者、海に飛び込んだ際――……カーネフェル兵、聖十字兵の大半が流されてしまった。いまだ合流できていない兵は何処へ行ったのか。思い出すは第四島を離れた日。“ギメル”様を置いてきてしまったあの時だ。
《私の伝手じゃこれが限界よ、ランス》
合わない海水を吐き出しながら、水の精が頼んだ品を船へと持ち帰る。
「十分です母さん、ありがとう」
第四島から第一島は厳しいが、第五島から第一島なら可能性がある。南北を分かつザビル河に比べれば、穏やかなものである。ならばいけると俺は考えた。
《でも、でもでも! 母さんこういう作戦、あんまり好きじゃないわぁ――……》
「戦争に好きも嫌いもありませんよ。不測の事態に備えてです」
母の伝手で入手したのは二枚貝。大きなシェルオパールの触媒。片貝を俺が所持し、もう片貝を小さく分けて加工する。炎の溶かした金属と合わせて指輪にすれば完成だ。
《即席にしては見事なもんね。ほんと何でもよくやるわ。“あれ”を加工するなんて――……さすがは上位カード、なのかしら? 炎の数術、その純度も更に上がってるし》
「じゃあ、はい。母さんにも」
《えっ!?》
余った材料で作った小さな指輪を手渡すと、ヴィヴィアンの顔が赤らんだ。
《うう、正直悔しいけど嬉しい――……》
母の様子を察するに、本命にはこんな真似出来ないくせに、どうでもいい女にはなんでもできるのねと言わんばかりだ。仕方ない、あるものを使うしかない。
カーネフェル軍には女性が多い。人口割合、希少価値的にそうなってしまうのである。
兵達の船室に赴けば、歓待の声が上がったものだ。防音数術をかけた上で、俺は作った触媒を彼女らに見せた。
「皆さんは、カーネフェルの中でも選ばれた人だ。このセネトレア攻めによく加わってくれました。あなた方のような精鋭を、出来ることなら失いたくない。そこで――……無事に生きて帰れますよう、お守りです。アルドール様を真似て――……我が剣を、溶かして指輪にしました」
「き、きゃあああああ!! ランス様が、私に指輪を!?」
「私がもらった方が輝きが綺麗よ。これは私が本命で間違いないわ!」
「オパールの石言葉は――……ふふ。古代の方かぁ。本当に病から守ってくれそう!」
「馬鹿これシェルオパールよ!? この石言葉くっそやばいんだけど!? 実質もう既成事実みたいなもん!! 求婚よ!! こんなのもはや求婚よ!!」
「この戦争が終わったら俺と結婚してくれって話!?」
「私は死ねねぇぇええええ!! 生き残った奴が嫁ってことですよねランス様?!?!」
この人達、数秒前に話したお守りって話を一切聞いていないな。良いけど別に。
二人きりになり一人ずつロマンチックに手渡す時間はなかったので、ほぼ配給方式だがその辺りはそれぞれ脳内保管してくれた模様。
(この触媒は水の加護と――……一方的ではありますが、俺の声を貴女に届けることが出来ます)
「き、きゃあああああ!! ランス様の美声が私の脳内に!!」
「聞こえる!! 聞こえますわランス様ぁああああ!!!!」
触媒の質が良くとも、これは素人の俺が作った見よう見まねの即席触媒。加工の仕様もあり十字架剣とは違い、双方の意思疎通は出来なかった。命令や集合地点を教えることは可能だろう。
第四島でギメル様が使った放送数術のようなこと。それを敵に知られることなくやりとげるにはこれしかない。
「あの、ですがランス様。これ万が一敵に盗まれたらまずいんじゃ――……?」
「お渡しする際にある数術を刻みました。本人以外が装備をした場合の対策は出来ていますよ」
「流石ランス様!!」
大事にしてくださいね。そう言って微笑めば、彼女たちは信頼できる俺の兵。敵の入り込む隙はない。
《ランス――……あんたって子は》
「俺は勝つためならば、なんだってしますよ母さん」
使えるものはなんでも使う。自分が他人からどう映るのかももう解っていた。ユーカーの十字架、聖十字の耳飾り。それと同じものが作れなくとも、何かが出来ないか? アルドール様が壊れた触媒剣から指輪を作ったのが良いヒントとなった。
「なんなら本当に生き延びてくれた人と、生き延びた全員と結婚しても構わない。そのくらいの覚悟はあります」
《審判で死ぬつもりだからって、前向きに責任取ろうとしないでよぉ――……》
家名を冠する剣はこうして手放した。縛られるものがなくなり身軽になった気さえする。
「俺はただの、騎士ランスです」
*
シャルルスは命がけでアルドール様を復元した。その結果、彼の体に残されたのが――……
部下達を追い越し、馬を走らせ目的地へと急ぐ傍ら。先を走るは馬の背から、その子は少し浮いていた。荷物がない分、非常に速い。それでも待ってくれているんだ。此方の馬さえ彼女の追い風で速度を上げてもらっているのに、まったく追いつけない。
「なるほど――……まずはお礼を言うべきですかフロリアス、いえ……フローリアさん?」
「それは不要。でも急いで欲しいランス様」
全く混血の数術は、俺の理解を超えている。彼女と言えば良いのか彼なのか。シャルルス・アルマ。そして、フロリス・フローリアからなるフロリアス。一つの体に二人の人格、魂を植え付けられた存在。彼らが互いに魂の一つを交換して、己の体に閉じ込めた。
憑依数術とも保管数術とも異なるが、彼らの複雑な身の上があってのこと。
彼ら四人の奮闘があり、アルドール様は元の記憶と人格を取り戻したのだと――……外見シャルルスの少女フローリアが教えてくれた。
「アルマは満身創痍。でもまだきっと……生きている。“あのカード”がまだあるから」
「カード――……?」
「さっきの。貴方も、複合数術の使い手?」
次から次へと知らない情報がポンポン出るな。移動の間で何処まで聞き出せるのか。
「水と火の元素は扱えますが、あなた方のようにはいきません」
「出来ると思う。純血でも、大精霊を二体も付けてれば」
「大精霊?」
《きゃっ♥ そんなに褒めないで》
にわかには信じられないが、母さんは大精霊だったのか。確かに以前の妖精サイズからは大きくなったから言葉としては納得ではある。
「母さんの件はひとまず置いておくとして」
《きゃー!! 置かれちゃったぁ♥》
体が大きくなった分、スキンシップが過剰な気がする。抱きつかれると養母さん相手でも少々気恥ずかしい。
「それが見えているのに、あっちは見えていないの?」
「失礼ですが、あっちとは?」
「《|黄昏の聖炎(フェスパァ=ツァイト)》。シャルルスの話だと、神子様? 教皇様? が持ってた精霊。分火の方はアルマが持ってた」
「それが何故か、俺にも憑いていると?」
「したたかな人だったらしいし、そのイグニス様って人の仕業だろうね。基本的にはカストラートしか操れない精霊だって」
「そ、それ!? お、おかしくありませんか!?」
なんだこの状況。あまりよく知らない相手から、お前去勢された雄にしか扱えない精霊が憑いてると言われている。
「アルマは肉体が女にされた男だから使える。たぶん、イグニス様もそう」
あ、当たっている! なるほど。この子は謎の複合数術の使い手である混血。数術への理解も分析能力も高い。俺たちに弱い情報分野にも役立ちそうだ。そして何より――……アルドール様への忠誠心。俺でも勝てるのか不安になる盲信度。味方になってくれるなら、ありがたいことではあるのだが。
人格が女性である相手から、こんな酷いことを言われるのは初めてだ。何故か無性に傷ついている自分がいた。
「で、ですがなぜ俺も」
「状況という呪い。自らに科した枷。例外としてそれは、精霊が認めるほどに。良かったねランス様」
「は、はぁ――……え。ええ」
失礼ではあるが、強い精霊の加護を得たなら心強い。つまり女性に手を出しさえしなければ、その加護でより強い数術が使えるかもしれない。これはそういう話だろう?
思えば教会で使った火の数術。道化師相手にそれなりの立ち回りが出来た。精霊が与えてくれる数値が、一時的でも幸福値の差を覆したのだ。
(上位カードの俺がそう思うんだ。道化師に――……“何”があった?)
幸福値が俺レベルまで磨り減らされたとは思えない。今の道化師には、隙がある。それは精神的動揺。やはりあの“イグニス様”の死が関わっている?
(それに、――……“あいつ”は)
気がかりなことがある。少し黙り込んだ俺の顔を、抱きついたまま母はじっと覗き込む。この様子では、彼女は気付いていないようだった。
《むぅ。でもこいつ、無精霊よ? 人格もないし話も出来ない。私の方がいいわよね? ね? ランス!》
「その分余計な雑念がなくて、純粋な数値の塊。高性能な触媒代わりと言えば伝わる?」
「なるほど。普段は隠れているというわけですか」
精霊は人に取り憑ける。養母さんが出て空いたスペースに入り込んだのだろうか? 精霊のことは知ったつもりでいたが、まだまだ解らないことが多い。後から母さんに詳しく聞いてみるとしよう。しかし今は――……
「着いたよ、ここ!!」
フローリアが導く先は、すでに戦いが終わった後。カラカラに乾いた兵士の無数の骸、大穴の下――……焼け焦げた死霊軍。すでに死んでいた者、死んでしまったばかりの者。敵と味方の死体の山。王都への道を閉ざしていた敵が今は見えない。しかし、先を行っていた第五公の軍もほぼ壊滅状態。相打ちと呼ぶにはあまりに地獄絵図。
「こ、これは――……だ、誰か、生存者はいないのか!?」
「第四公と交戦して、アルマとフロリスがやりすぎた。でも、まだアルマ達は死んでない」
死体の山からフローリアは、焼け焦げた一人を見つけ出す。
「良かった――……まだ、間に合う」
彼女はそれの手を握りしめ、愛おしげに頬ずりをする。そして、奇妙な事を俺に言うのだ。
「ランス様、炎の数術を出してください。複合数術で私が唯一使えない元素を」
「そばに火を出すだけでいいのですか?」
回復数術を、と言われずに助かった。まだ生きている消し炭は、とても助かりそうにない。そんな俺の判断を、この子は覆せるというのか? まだ俺の知らない情報が?
「不死鳥は、体を燃やし灰の中から甦る。シャルルス――……貴方からもらったカードを今使うね」
フローリアが手にする一枚のカード。車輪の絵が描かれている?
彼女はそれを、アルマの胸に突き刺した。するとカードは輝いて、アルマの……いや、物理的にはフロリスの体に溶けていく。それを確認した直後、複合元素で作った白い花で彼は包まれた。
「今です! 燃やしてください!! 発動には四元素全てが必要なんです!!」
「は、はい!???」
どうせもう助からなさそうだし、やるだけやってみるか。言われるがまま放った炎はいつもより伸びが良い。犯罪の片棒を担がされた気分だが、空まで登る火柱に……とんでもないことをしてしまったような後悔。そんな気分の俺の傍、フローリアは満足げに言い放つ。
「刻め《運命の輪》!! 新たな名はグローリア! 私たちは、No.10グロリアス!!」
*
「もうカード、ちゃんと使ってくれました? 使い方は解りますよね?」
「ああ」
「じゃあ、数字を決めないと! えーと、すでに散ったコートカードというとなんだろ。Kがハートとダイヤ。Qがハートとクラブ。Jがスペード、ハート。そんな感じか」
「どれにすれば良いんだ?」
シャルルスとフロリアスの会話。俺は内側で聞いていた。
「強さで言ったらキングにしたいところだけど。ジャックの可能性に賭けるのもロマンだよね。元素としてはセネトレアで戦う意味でダイヤがおすすめかも」
「クィーンにメリットは?」
「クラブの場合、フロリアスに欠けてる元素が補えるのが大きいよね。コートカードは幸福値の分、元素の加護が殆ど与えられないけれど、紋章が刻まれる以上微々たる元素は流れてくるでしょ? そして何より――……アルドール様にとって、大事なカードの一人だったよ」
「あ! それを言ったら一番はイグニス様のカードだったんだけど。あれはちょっとややこしいですよね」
確かに面倒くさい。あいつは元々ハートのキングなのに、ジャックのラハイアと隠れ強制交換させて。それから裏技でクィーンももう片手に宿させた。
「というわけで、僕のおすすめはクラブのキングかハートの――……」
「いい。その時が来たら発現させる。もう決めた」
「え? そうなんですか!? 今じゃなく!?」
「あの人を復活させるまで、俺はカードになれない」
フロリアスね、なんて頭が固い奴。フロリアスに与えた空白札。体に宿らせたが、肝心の数はまだ刻めていなかった。盗まれるリスクを回避できたのはありがたいけどな。でも肝心の体がボロボロじゃ意味がない。なんでこんな奴にカードをあげちまったんだ。最初はそう思ったよ。
2枚の空札。その予備札は、審判を始めた者が入手する。それは予備の名の通り、失われたカードを補うカード。すでに死んでしまった札を、新たに任意の別の人間に宿す事が出来るのだ。
であれば、コートカードを宿したい。極論、終盤で使いたい切り札。誰かがジョーカーを倒した所でこの札を使えば、それまで無関係の第三者であった人物の勝利は揺るぎない。
しかし、そこまでこの札を守り切るのは難しい。ブランクカードは審判開始後も物理的に存在するカードであり、宿す前に破壊されれば失われてしまう。1枚はすでに道化師に盗まれている。となれば早い者勝負。相手に使用される前に、ジャックかキングのカードを入手するべき。
《――……フロ、リア?》
「違うよ、アルマ。あの子は、再び一人になって――……その体に戻った。僕らの仲間――……No.10運命の輪。コードネームは、グロリアス。栄光ある運命」
《な、なんでお前がいるんだよシャルルス!?》
「僕も死んだと思ったんだけど。僕らの存在しないもう一つの心臓が、カードになって彼女に渡った。それを使ってくれたんだ」
俺はまたシャルルスの体に戻ったのか。奴の内側で唖然とする俺は、俺以上に面食らっている騎士に気がついた。
「あ、ランス様! ただいま帰りました! 僕がいない間寂しくありませんでした? 僕の大活躍もう知ってくださったんですよね?」
《こらお前!! 俺の体でイグニス以外に抱きつくな!!》
*
「と、言うことなんですランス様」
説明されてもなかなか上手く飲み込めない。聖教会諜報部《運命の輪》が自身の心臓に持つ、大アルカナカード? 空白札? 消滅したはずのシャルルス人格の復活、消し炭のアルマinフロリスボディの復活。この奇跡には二枚のカード関係している。
「大アルカナのカードは、聖教会の至宝。《運命の輪》が死ぬと、1枚のカードになって――……それを心臓に宿した者が後継者になるんです。この時一度だけ、致命傷を回復できる。僕が死んだらそれで、フロリアスの病を治すつもりだったんですが――……」
イグニス様もそんな情報を秘匿されていたとは。これが、あの方の切り札――……。
半身を入れ替えていたことで、シャルルス・アルマも復活できたということか。
《大アルカナかよ騙しやがったなフロリアス兄妹!! 早くカードを使えって言っただろ!! 違う方の人格が持って行ったと思ったじゃねぇか!!》
おかしいな。今表に出ているのはシャルルスの方なのに、もう一人の人格……アルマの声まで俺の耳に届いているのはどうしてか。
「シャルルス……これは一体?」
「分火の所為ですね。アルマとランス様が同じ精霊を使ったので共鳴が残ってるみたいです。しばらくしたら消えますよ」
この騒がしさはしばらく続くと言うことか。諦めながら解りましたと頷いた。いや、解らない言葉がいくつか出てきていたけれど。
「大アルカナというと、我々の手のひらにあるトランプ……小アルカナのカードとは別物ですね?」
「はい、審判の参加には関係しないカードですのでご安心を。でも、それを左右する力になり得るかもしれないカードです。基本は聖十字&聖教会運営や審判の裏方サポート用なんですけどね。イグニス様が世界平和と私情のために悪用しちゃいました」
《カーネフェルに肩入れしすぎなんだよな。優しくて好きだぜ》
副声音の惚気はひとまず無視し、俺はシャルルスとの会話を選んだ。
「しかしいきなりですね。これまでそんな素振りは一切……」
「審判における大アルカナはイグニス様の死後に、発動するカードですから。それまで情報解禁出来なかったんです。説明のしようがありませんし……あの方がもっと長生きしてくだされば、表に出回ることはありませんでした」
審判の裏ルール。つつけばまだまだ出てきそう。この様子なら、《運命の輪》と親しくして置いて損はない。甦って精神が高揚しているのか、シャルルスは喋れることはしゃべりたくて仕方ない風。二度と喋れないと思っていたのが、生き返ったならそうもなるか。シャルルスは誰かと話せる幸せを噛みしめている。此方にとっては好都合。
「審判以外の時期なら、引き継ぎもっと楽なんですけどね。死ぬ前に後継者に譲れるので。でも「大アルカナはちょっと気難しくて、引き継ぎが上手くいかなかったり、別の使われ方をしちゃうと、欠番になっちゃうんです」
「それが、No.10?」
「はい。僕とアルマは心臓が一つ足りない双子。でも二人で運命の輪。消えた心臓の方に刻まれていたのがそっちのカードだったんです。透視数術で見てみます?」
シャルルスが俺に施す数術。僅かの間、目にした物が何もかも透過する。服より肌より下にある、見せてくれた彼の胸――……動く心臓には戦車の紋章。そこには二頭の馬。そして車輪が描かれている。
「長らく欠番だった大アルカナの1枚は、存在しない僕の心臓にあったみたいで。アルドール様の復旧で、僕は一回死んだことで、カードとして具現化できたみたいですね」
死んでみるもんですねと笑うシャルルスは何故か前より可愛らしい。金髪はそのままに、瞳は赤い。声も高くなっている。そして、先ほどのぞいた骨格も――……些か妙だ。
「あ、これですか? アルマとパーツを交換したんです。イグニス様もいないので、アルマが男になっても問題ないかなと。その方が強さを発揮できるわけですし」
復活に伴い、性別を反転させたのか。とんでもないなこの混血は。元は男性だというイグニス様の前例があるのでなんとも言えないが。
「僕ら《運命の輪》が死んだら生まれるカード。心臓に宿らせれば次の《運命の輪》になり蘇り、手に宿らせれば前任者の能力を一つ引き継げる。そうやって僕らは代々審判のためのカードを守護してきたんです。物理的に外に出しておくと、盗まれたりしちゃうので」
《運命の輪》メンバーが残すカードは恐ろしい。数術の才能がない純血にさえ、特殊能力を植え付けられる。そんなシャルルスの説明に、俺も思い出したことがあった。
「これまで散った《運命の輪》は、マリアージュとイグニス様ですか?」
「ええ。他陣営では別にもいますが、こちらで殉職したのはその二人です。流石ランス様! 神子親衛隊というのは表向きの表現ですからね。教皇カードがあるわけですから、イグニス様もカウントされてますよ」
「では、その二人のカードはどこに?」
「形見みたいな物ですから。大事な相手の元に届きます。審判中は先ほど言った通り、イグニス様の死がトリガーとなり、それまでカードは取り出せません。そもそも取り出すは本人が気付かなきゃいけないので素人にはちょっと難しいんですけど」
そのカードは、生前――……最後に強く想った相手の元に届けられる。必要としたときに、発現して助けてくれる。
「でも、この強い思いというのも問題で。憎しみならば呪いの逆位置として。祈りなら祝福の正位置として、別のカードになるんです」
「それはまた――……難しい話ですね」
死の瞬間の感情をコントロールできるか? イグニス様が祈りで終われたならば相手はアルドール様で間違いない。しかし、もし相手を憎みながら散ったなら。イグニス様の大アルカナを継ぐ相手はおそらく道化師。
「大アルカナは死を迎えた瞬間の感情数が影響しまして。僕も祝福で追われたので、運良く目覚められました」
元々はNo.7《戦車》のシャルルス。それが勝利や援軍を意味するカードとなった結果、存在しない第二の心臓――……生まれてこなかった、欠けたパーツが、転換、変化をもたらす《運命の輪》になってこの世に現れた。シャルルス自身の体には、戦車のカードが残ったままに。
死んだら終わりの審判に、死後に意味を持つカードが介入するとは思わなかった。死ぬことが前提のゲームらしいが悪趣味な。
「この情報が、これまで伏せられていた理由が解りました。確かにこれは――……知られたくない」
「ですよね……でしたらイグニス様亡き後、シャトランジアと僕らの仲間が道化師の手に落ちたらまずい理由。お分かり頂けましたね? あ、この情報もイグニス様が生きている間は開示できないものだったので、今喋ってまーす」
理解は出来るが、もっと早くに教えて欲しかった。そんな思いを先に封じられている。しかし知ってさえいれば、もっと《運命の輪》達をカーネフェルのため籠絡していたものを。
「シャルルス――……貴女が無事で本当に良かった」
「くぅうう、明らかに愛国下心があるの見え見えなのに美形過ぎて嬉しぃぃいい! 心まで本当に女の子になっちゃうぅうう」
熱いまなざしを彼女に向けると、嬌声を上げ悶えるシャルルス。いけそう、もう一押しだ。グロリアスはそれが気に入らないのか、片手で彼女の肩へと触れる。
「ん? どうかした、グローリア?」
「……あ」
慌ててその手を下げるグロリアス。フローリアことグローリアは、男シャルルスへ思うところがあるらしい。それが今や女シャルルスに、男グロリアスになっている。難儀な関係だ。
(しかし、大丈夫なのだろうか。彼は本当に)
混血の少年が肉体をばらされ、他人の臓器と組み合わされ男女の純血にされた。これが、フロリス&フローリア。
死んだパーツをそぎ落とし、組み合わせてまた一人の少年に戻された。これがフロリアス。
シャルルスの肉体にフローリアが同居、フロリアスの肉体にアルマが同居。これでそれぞれの戦いが繰り広げられ――……彼らは半死半生。
フロリスフローリアが元の体に戻り、《運命の輪》として甦ったのがグロリアス。ついでにシャルルスアルマは、肉体を入れ替え復活。なんともややこしい。
俺もアルドール様も面倒な人間関係に巻き込まれてしまったものだ。いや、大アルカナの守護を得るにはどんどん絡んで思ってもらわなければ困るのだが。
「どちらも大アルカナであるのだから、上手くどちらからの好意も得られるよう立ち回らなければ、とか考えてます? 僕は嬉しいですけど百合に挟まる男は美形でも命を狙われるらしいですよ」
「それはどうでもいい。ランス様……貴方はカーネフェリア様の、アルドール様の一番の味方だろうか?」
此方を品定めするグロリアス。俺は、フローリアに見せた姿だけでは彼らの信頼を勝ち取れていなかった。
「……空白札はまだ、使っていない。保管数術で俺の体内に隠してある。歴代運命の輪の引き継ぎも、本来はこの方法なんだろう? 使うんじゃなくて、隠してる」
その言葉に、どくんと俺の心臓が鳴る。求めてやまないコートカード。俺の手の届く場所に、それがある。
「貴方にこのカードを譲ってもいい。アルドール様も守り、この戦争を終わらせてくれると約束してくれるなら」
俺は今、何を試されている? 当たり前のこと……ではなかった。俺は一度アルドール様……マリウス様よりジャンヌ様を優先してしまった。俺は今、ジャンヌ様よりアルドール様を優先できるかと問われている。
「そっか。もうすでに失われたジャックが二枚あるんですよね! カーネフェルに覚醒候補が2枚あるのは熱いし、ランス様がイグニス様の……いや、元々あれはラハイアのだったんだけど。アルドール様がイグニス様だと思っていたカードを継いでくれたなら、アルドール様の精神安定にすごく良いと思います!」
シャルルスの無邪気な言葉に鼓動が逸る。
「し、しかし俺はすでにカードです。二枚のカードを宿す事など、できるのですか?」
「イグニス様がやってましたので、理論上は可能です。基本は精神に1枚宿るんですけど、あの方は肉体にも1枚宿らせてました。かつての貴方の願いと同じくらい強い、もう一つの願いがあれば……理論上はたぶん」
カードの弱さで全てを覆されてきた。もし俺がユーカーと同じジャックになったなら。アルドール様にもっと頼っていただける。数術、剣技……持ちうる力すべて存分に発揮し、全てを守れるようになる。あいつやジャンヌ様を使い潰すこともなく、俺も一緒にコートカードの辛さを分かち合える。ああ、欲しい。そのカードが何よりも。俺の願い、そのものじゃないか。
「……この剣に誓って。必ずや誓いを守ります、我が命……“カーネフェル王”のために!」
「……ありがとう。絶対に守ってね」
フローリアの口調で、グロリアスが微笑んだ。
彼らが体内から取り出すは、美しい純白のカード。すでに散った運命を刻み込める奇跡のカード。それが今、俺の手へと託される。
《運命の輪》のメンバー達が宿した大アルカナカードの説明回&空白の予備札回。
フロリアス兄妹こと、グロリアス兄妹の名前がややこしくて済みません。




