17:aut regem aut fatuum nasci oportet
「今は成すべき事を優先しましょうアルドール。他人にどう思われようと、私は私。カーネフェルへの思いは何も変わりません」
俺に向かって、強く言い切るジャンヌの言葉。気丈に振る舞う彼女を見ていると、胸が痛む。哀れむことは出来るのに、残っているのは義務感だ。
どういう風に、目の前の人を思えば良いのかわからなくなる。昔の記憶、イグニスやギメルを思い出せば簡単に俺の心はドキドキするのに。ユーカーやランスのことを思っても、もっと容易く心は揺れ動く。なのにどうして? ジャンヌを見ていると、全ての心が消えていく。これが――――……存在死?
イグニスはこんな恐ろしい数術を持っていた? それを道化師に奪われた。イグニスが契約していた神々が、道化師にその資格があると、神子に匹敵する才能があると認めた証。イグニスがいなくなった今、それと変わらぬ存在を相手に俺たちは、いったいどこまでやれるのだろう?
「さぁ、早く隠れてください。突破口を開くには、私だけだと思わせなくては」
ジャンヌの言葉に従って、俺とルキフェルは共に息を潜めた。不可視数術の弾を、彼女が持っていてくれて良かった。聖十字に感謝しながら待つこと数刻。
深夜、密かに部屋へと入り込んだ者がいる。
「これが、カーネフェルのお妃様か。男みてぇな成りしてやがるが、寝てりゃ只の小娘じゃないか」
「そんでもカーネフェリアなんだろ? 細切れにして売りさばけばいったいいくらの値が付くか……」
「勿体ないこと言うなよ。その前にまず味見ってもんだろ」
なんて低俗な会話。侵入者は複数の男たち。
存在数というものを消されても、人の悪意はなくならないのか。危なくなったらすぐに数術を使えるように、俺は意識を集中させる。
敵を引きつけるためとはいえ、まさかジャンヌ……本当に寝てはいないよな? そ、それか風土病のせいで体が上手く動かないとか!?
隠れ場所から顔を覗かせた俺は、慌ててルキフェルに引き戻される。
(何やってるんですかアルドール様!)
(ご、ごめん……でも心配で)
(敵はまだ私たちがここに来ていることを知りません。奇襲のチャンスを逃す気ですか!?)
小声でも、凄い剣幕で叱られる。数時間の潜伏で夜目になれていた俺は、暗闇の中でもはっきりとルキフェルの顔が解った。イグニス関係者でここまで俺に怒りを向ける子がいただろうか? この怒りっぽさにイグニスを思い出して少し、心が揺らぐ。
おかしいな。マリウスだった記憶を取り戻した俺は、もっと上手く色んな事が出来るような気がしたのに。結局俺はお荷物のアルドールのままなのか? イグニスの命まで食い潰して、助けてもらった俺なのに。いや、ダメだ。落ち込んでいる暇なんてない。イグニスのためにも、これまで散ったカードのためにも――……俺はセネトレアを落とす。ジャンヌをちゃんと、守りながら。
気を落ち着けるよう、息を吸い込み、思いつく。
(ごめん。もう大丈夫……)
彼女への気持ちを殺されても、彼女を心配する自分が解ってほっとする。そうだ、俺は王なんだ。顔の見えない相手だって愛して見せろ。目の前の人を想えなくても、カーネフェルの民だと思えば大事に思える、そうならなくては。
(それ以上ジャンヌに近づいてみろ)
数術を部屋中に張り巡らせた。展開の合図さえ送れば一気に燃え上がる。お前達を体の内側から燃やしてやる。そう思った時だった。室内に、人が増えた。
「ほぅ……妾の居ぬ間に火遊びか? おかしいのぅ。この城の犬はすべて躾けてやったはずだが?」
鈴を転がすような美しい声、シルエットからでも解る魅惑的な肉体。闇夜よりも暗い漆黒の髪に、見事なまでに生える白。フードやマントでも隠しきれない、美しき肌の多くを露出させたその女。
「あっ!! ああああ貴女様は!?」
男達に向かってフードの下を女が見せた。此方からは見えないが、やはり……“彼女”なのだろう。彼女と目を合わせてはいけない。あれは恐ろしい女。
一目で心を奪われる。ジャンヌを襲おうとした男達が、その女に釘付けになる。誰もが目をそらせない絶世の美女。彼女こそがこのセネオレアを継いだ……奪った女。
「妾は悲しいのぉ。妾よりそんな小娘に魅了される者がおるとは」
「ご、誤解です陛下!! お、俺たちは別に……た、ただ見回りに来ただけで――……」
「そうか、ならば仕事に戻れ。これは妾の新しい玩具。勝手に触れるでないぞ? ああ、妾が遊ぶときは教えてやるから、こっそり除きに来るが良い」
「は、はいいいぃいいい!! ぜ。是非!!!!」
女の言葉に男達は大喜びで部屋を出て行く。カーネフェル王妃一人を襲うより、其方の方がずっと良いと判断して? それとも彼女の機嫌を損ねることを恐れてか。
(ここは第四公の隠れ家じゃなかったのか? どうしてここにセネトレア女王が?)
君臨すれども統治せず。そんなセネトレアに、女王と公爵の間で手を取り合う出来事があったのか。危険は一つ去ったが、もっと恐ろしい奴が来た。ますます迂闊に動けない。
(でも、チャンス……なのかも。カードで勝っていればこちらが。負けていてもルキフェルさんもいる。それならここで……“彼女”を殺せる?)
女王と共に侵入をした影がもう一つ。彼女と話し込む声も女。聖十字で鍛えられたジャンヌとルキフェル、それに一応男の俺もいる。接近戦も数術攻撃も負ける気はしない。この女を殺せばセネトレアでの戦争は終わる。そう思っているのは俺だけではないはずだ。寝込みを襲われ掛けても微動だにしなかった、ジャンヌの呼吸が僅かに荒くなる。震える鼓動の音まで聞こえそう。奇襲を掛けるチャンスをうかがっているんだ。つられて俺も緊張してきた。
でも、彼女たちの会話を聞いていると……何かがおかしいことに気がついた。
「……こちらです」
「なるほど。面倒なことになったな。解毒をしてやりたいが、材料と人員が足りない。早く合流したいところだが、この体では――……」
女王はゆっくりジャンヌに近づいて、彼女の顔を覗き込む。もう一人はカンテラで室内を照らしつつ、外への警戒を怠らない。
女王に付き従は使用人らしきメイド服。明かりに照らされるのは、ほっそりとした小綺麗な少女だ。目や髪の色に深みはないが、品のある面立ちのタロック人。
(目を、怪我してる?)
メイド姿の少女は隻眼だ。片目というとやっぱりユーカーのことを思い出してしまう。こんな時彼が傍にいてくれたなら。彼なら今の俺を見て、何を言ってくれただろう。怒ったかな。叱咤してくれたかな。シャラット領で互いの弱さを知ってから、俺は彼を信頼したんだ。ユーカーの周りでも、彼にとって大事な人が死んでいった。まだ生きてるのに、諦めるなと――……彼なら言って、くれるだろうか?
(そうだよな、俺もジャンヌも、まだ……生きている)
守れるはずだ。守ってみせる。集中を途切れさせるな。いつでも数術を発動できるよう保て。自分に強く言い聞かせる。俺たちは、もう呼吸さえ忘れて奴らの様子をうかがった。 そんな中、ふぅと吐き出されたため息は、セネトレア女王のものだった。
「アニエス。君の力で彼らを逃」
「……っ!!」
それは女王が従者に振り向いた、ジャンヌから視線を外した一瞬の隙。
寝台に隠した剣。一瞬で相手の首筋まで届かせて、ジャンヌが叫んだ。
咄嗟に身をよじったものの、その場に容易く組み伏せられた女王。箱入りのお姫様が、軍隊で鍛えてきたジャンヌに接近戦で適うわけがない。やった!! きっと俺たち三人は、全員そう思ったよ。
今の襲撃で相手のフードが取れた。女王の素顔があらわになる。なんて美しい女性だろう。一度見たことがある相手のはずなのに、見ているだけで魂を引き抜かれそうになる、魅入られる。暴力的なまでの美しさ。闇の中でも暗く深く怪しく光る深紅の目。タロックの美姫……彼女は正真正銘、セネトレア女王刹那その人だ!
「落ち着け、カーネフェリア。防音数術を其方が張っているなら話は別だが」
どうなの、ルキフェルさん。ちらりと彼女に視線で聞けば、一応OKと頷く様子。不可視数術とセットで展開するのが基本らしい。あの弾一発で両方効果があるなんて、便利な武器だな。
「なるほど、この部屋は罠であったと。くくく……見事な数術だな」
興奮冷めやらない俺たちとは異なり、女王の方は落ち着いている。此方が彼女の命を握っていること、理解していない風ではないのに。こんなに冷静な姿を見せられると不安になってくる。彼女には底知れぬ、大きな切り札があるのでは?
(そうだ、もう一人の女の子を取り押さえなきゃ!)
まだ彼方には俺たちの姿が見えていない。取り押さえようと飛び出す俺は、……
(……え?)
見えている? 片目の少女と目が合った。次の瞬間取り押さえられたのは俺の方。
「形勢逆転、とまでは行かないが。これでドロー。少しは冷静に話し合う気になったか?」
「こ、これが落ち着いていられますか!? セネトレア女王!! お前が私に毒を盛ったというのに!!」
「……話していいか、アニエス姫。恐らく彼らも巻き込まれた口だ」
「ええ。那由多様」
どこかで聞いたことのある名前。なんだっけ。考え込む俺の視線の端で、ゴーグル姿のルキフェルが怒りに震えている。何かが見えて、いるようだ。
「さ。最悪っ!! あいつらこんなことをするなんて!!」
「全くだ。必要なときに必要な物が無い。残ったのはこんなカードだけ」
ルキフェルの声も届いている? 不可視&防音数術をすでに彼女達は見破っていた。気付いた瞬間、この数術は解けてしまうから。
メイド服の女性から明かりを受け取った女王は、自分のカードを俺たちへと晒す。手の甲にはタロックと関係するスペード、そして手のひらには。
(あり得ない……一国の長が、上位カードじゃないなんて!)
王ならA。女王でも2……そのくらいのはず。それがこの人のカードはおかしい。王がKのはずがない!
「剣を収めてくださいジャンヌ様!! その方は、聖十字の協力者です!!」
隠れていたベッドの下から飛び出して、二人の間に割り入るルキフェル。
「き、協力者? では、貴方の仲間が女王に化けているとでも?」
「“憑依数術”――……ご存知ないか? セネトレア産のろくでもない数術には、こちらも困らせられている」
憑依数術のことは、俺たちだって知っている。目の前の女性は、自分もその数術の被害者であると主張した。
メイド姿のアニエス姫に、俺を解放するよう指示を出し……それをみたジャンヌも渋々剣を退ける。それを見て、俺の力が抜けていく。張り巡せていた数式も霧散。なにがなんだか解らずに、その場に腰を抜かしてしまう。
「生憎名前が多すぎて……なんと名乗れば良いものか。すでに捨てた名ではあるが、公の場では那由多。一応、タロックの第二王子だった者だ」
「え。ええと。那由多って――……そ、そうだ! 確かタロックの亡くなった王子様!!」
前に、イグニスから聞いたことがある。処刑されたタロック王子の話。
ちょっと待って。またイグニスパターンですか。俺はまた、女性の体になった男性に思わずドキドキしてしまったってこと?
「はじめまして、金髪の少年王。近くで見ると純朴で愛らしいではないか」
あの刹那姫がしゃがみ込み、座り込んだ俺に視線を合わせる。そうして彼女は俺に手を出し延べて、握手と共に立ち上がらせる。あり得ない。あの女なら、こんなこと……!
「ほ、本当に……タロックの、王子様なんですか?」
「もうその立場は死んだ。今はこの街の……根無し草だよ」
にこりと微笑む姿が可愛い。年上の女性に、中身が男性なのに可愛いってどういうことですか!? ジャンヌの方から向けられる、視線がチクチク俺へと刺さる。そりゃ腹立たしいよね! 自分に対しての感情全てを失った伴侶が、宿敵の肉体に入った初対面の男にドギマギしてるんだもの。本当ごめん。申し訳ない。タロック王族ってなんなんだよ。魔性の王家なのかよぉ。俺だってそういうのがあればもっと、簡単に人の心が掴めたろうに。
責任転嫁の劣等感に苛まれる。マリウスモードを思い出せ。取り繕って貼り付けた顔。少しはマシに見えるはず。
「……我が妻を、助けてくださった事には深く感謝を。挨拶が遅れて申し訳ない。私はカーネフェル王、アルドール」
「初めましてカーネフェルのアルドール陛下、ジャンヌ陛下、それから貴女は《運命の輪》――……ロセッタの同僚だったな? ありがとう、貴女のおかげで助かった」
俺たちには初めまして。ルキフェルには守ってくれた礼を言う。穏やかに微笑む姿に、俺たち全員が赤面。女王を憎むジャンヌさえ例外ではない。疑いを捨てきれぬまま、それでもこの人は……人を魅了する何かを持っている。男嫌いと聞いていたルキフェルさえ一瞬魂が飛びかけていた。我に返った彼女は、王子に向かって不思議なことを言い出した。
「一応確認です。あの女の口癖は?」
「“馬っ鹿じゃないの?”“ぶっ放すわよ”」
「あいつのコードネームは?」
「No.21、ソフィア」
「…………当たってますね。本物です。口癖はともかく、あの女が女王相手にそこまで言うはずがありませんから」
ルキフェルの保証を得、それでもジャンヌだけはまだ納得できない様子。
「あ、あなたは本当に……? あの女では、ないのですか?」
「真似がそんなに似ていたか? 数回しか話したことはないが、なら及第点か。ふふ、姉上とセネトレア王の策略でな。不本意ながら体を交換させられてしまった。その様子では、ずいぶんとあの女が迷惑を掛けたのだろう? 縁は切ったも同然だが、非礼を詫びさせて欲しい。本当に申し訳ないことをした。私に出来ることなら償おう」
姿形こそ同じなのに、確かに違う人に見える。優しい笑い方をするんだ。刹那姫本人は、無理矢理情欲を抱かせられるような印象なのに。この人は――……月のような美しさ。どこか儚く、手が届きそうで届かない。そんな中にも残る可憐さ。思わず恋してしまいそうになる、可愛さがある。どちらにしても、魔性の女なんだけど。
「償いなんて――……死んだ者は、帰らないのですよ? だって、あいつは――……カーネフェルの民だけではない! 大勢を殺しました!! ラハイアのことだって……あいつは、私の友さえ手に掛けた!!」
「ああ、そうか。君が――……貴女が、ジャンヌさんか。こんな形で出会うとは思わなかったが――……これを。彼の形見だ」
十字架の耳飾りを差し出されたことで、ジャンヌは再び激高! 女王の喉元狙って再び抜刀。
「お前が、お前が彼を!!!!」
「ま、まままま待ってくださいジャンヌ様! 那由多様……っていうかリフル様の情報は私も同僚から届いてます! 彼はセネトレアで、ラハイアの活躍を支えた陰の功労者です!!」
「そんなつもりはない。あの男自身の実力だ」
「そこはご謙遜なしで行きましょう!?」
那由多王子から嬉しそうに、愛おしそうに呟かれた声。懐かしさ以上の温度が灯った言葉。何かそれ以上聞いてはいけない響きを感じる。彼らの間には深い繋がりがあったのだろう。ジャンヌも薄らそれを感じたようだ。
「本当に、いい男だった。いつかあの男に捕まり、処刑されることが私の夢……もう、叶わぬ夢だが」
続けて悲しげに呟かれた声。彼女の瞳を見ていると、それが真実だと解る。でも、解らない。最強のコートカードである那由多王子の望みが、聖十字に処刑されること?
「ここであなた方に出会えたのも何かの縁だ。ラハイアは私の身代わりとなって処刑された。そして今、私は姉上の身代わりにされかけている」
刃物を突きつけられても揺るがない、深紅の瞳はただ気高い。自ら首を持ち上げて、刃先に喉を触れさせて――……薄皮一枚、血を流させる。気に入らなければこのまま首を切って構わないと言うかの如く。この人には、俺に足りない物が備わっている。王族としての誇り。身分を名を捨てた後も、逃れられない鎖。責任と向き合う姿が美しい。
いよいよジャンヌも否定が出来ない。目の前の人が、憎き女であると思えなくなったのだろう。震える手で再び剣を収めた。
「……タロックの、那由多殿下。貴方は彼とはどういった関係が……?」
「関係性か……宿敵。好敵手。立場は違えど、同じ方向を向いている信頼できる相手だと、私は思っていたよ。実に好ましい男だった。貴女のように清廉な目をしていた」
那由多王子の言葉に、ジャンヌは言葉に詰まる。やがて聞こえた嗚咽。放っておけず、俺は彼女の傍へと寄り添った。
「大丈夫、大丈夫だよジャンヌ……」
彼女を思ってと言うより半ば義務的な行動だが、大丈夫……記憶は残っているんだ。“存在死”された彼女への気持ち。それは0に戻っただけ。また最初から、絆を深めていけば良い。生きていればやり直せるはずだ。
言われたこと、何度も助けてもらった事。覚えている。覚えているのにそこに心が伴わない。この事実を知って一番ショックを受けているジャンヌに。気の利いた言葉が出てこない。何かないかと自分の身を探り――……コロンと手のひらに転がり落ちてきたそれ。
「……ジャンヌ。もう一度、受け取ってくれないか?」
「アル、ドール……」
「どこでも、好きな指にはめてくれ」
「……馬鹿。指のサイズが全部同じ訳が、ないでしょう?」
この指のために作られたものなんだから。涙を浮かべてジャンヌが笑い、手のひらの中握りしめる。
「もう一度、最初からやり直しですね」
「じゃあ、シャトランジアでみたいに俺を一回殴っとく?」
「次に、貴方が愚かなことを言ったらそうしましょう」
ぎこちない同士ではあるが、俺たちはふたりで揃って小さく笑う。
そんな俺たちを心苦しそうにタロックの王子が見ていた。
「アニエス姫。これもあの女の仕業だろうか?」
「奴にそんな力はなかったはずです。別の者の仕業でしょう」
「あ、あの! アニエス姫……は、セネトレアの王女様でしたよね? ということは、ここは――……王宮なのですか? 私たちは、第四公の隠れ家と聞いていたのですが――……」
「ああ。我々も脱出をしようと城を回っていたところだ。あの女、王宮にこんな設備を作っていたとな。というかまだ生きていたのか。一度殺したはずなんだが――……」
殺……? 何やら物騒な言葉が聞こえてくる。やっぱりこの人も須臾王や刹那姫のように危ない人間なのだろうか?
「那由多様、そこまで教えちゃっていいんですか?」
「協力者に嘘を吐くのは誤解につながる。聞かれたことは何でも答えよう。今の私に出来る誠意はそれと色仕掛けくらいしかないからな」
あれ? 堂々とした言葉と共に、何かやっぱり怪しげな響きが? 視線を彷徨わせる俺に、ルキフェルがコホンと咳払いの後、言い難そうに言葉を紡いだ。
「も、元々の那由多様は、生まれと処刑の影響で二つの能力に目覚めました。老若男女を魅了する眼と、体液全てが猛毒という毒人間。見つめて触れるだけで、人を殺せる特殊な混血です」
「今は姉上の体に封じられているから、毒殺は出来ないし魅了できる相手も少なくなってしまったな。本気で色仕掛けくらいしか役に立たない荷物で申し訳ない」
しれっと日常会話で出てくるワードじゃないよ。元王子様が色仕掛けやら暗殺が得意ってどういうこと? セネトレア怖いね。今度はジャンヌと目が合った。彼女もうんうん頷いている。
「改めて別の名を名乗らせていただこう。私は、殺人鬼Suit。以後、お見知りおきを」
そ、その名前もどこかで耳にした。確かフロリアスが、暴れに行った時に使った名前?
ですよねとルキフェルに確認すると、彼女は困った様子で肯定をした。
「彼は、この第一島で活躍する……暗殺請負組織SUITの頭。混血と奴隷を救うため、商人・貴族を殺して回る暗殺者です。彼の組織にも私の仲間が潜入していて、今は一時的に《運命の輪》と共闘関係にあります」
「私の所も、少々面倒なことになっていてな。この体に入って良かった点もあるのだが――……時期が悪い。其方に都を落とされるまでに元の体を取り戻さなければ――……私が処刑されかねない」
確かに、こんな話説明しても誰が信じてくれるだろうか。数術使いでない者は、恐らく彼女を信じない。処刑逃れの戯言だ虚言だと言われてお仕舞いだ。
「元の体に戻る前に、カーネフェル軍に拘束させるくらいまでは協力してもいいのだが。恨みで暴徒の私刑にあっては少々困る」
「あの、あんまり困ってなさそうに見えますけど……」
「ふふ、元々死にたいのが私の望みだったからかな?」
「どうして、そんなことを言うんですか?」
信じられない。笑いながら死が望みなんて言う人に、俺は初めて出会ったよ。俺には全く理解できない。王族の座を追われたとは言え、この人にだって付き従う民はいたはず。無責任に投げ出せるものじゃないだろう?
自分の責任は、死ぬことだなんて。どんな気持ちで口にするのか。
「ああ、誤解しないでいただきたい。ラハイアの代わりになるならば。或いは自身の罪で裁かれるなら本望だが、あんな女の罪を背負う気など更々ない。《運命の輪》の言葉を借りるなら……“罪には罰を”、だったか? 本人の罪は本人に償ってもらおう」
その考えも立派だけどさ。血のつながったお姉さんですよね? そんなに簡単に割り切れる? 俺がルクリースを見捨てるようなものだよ。普通だったら、出来るはずないじゃないか。
タロック王族には、俺の常識が通用しない。彼らに心がないわけじゃないのに。この人はこんなに優しそうな人なのに。俺との交渉が上手く進まないからか。那由多王子は別のカードを持ち出した。何の目的もなく、此方を助けてくれたわけではないらしい。
「幸福の置物にしか過ぎないが、命ならば削られよう。手を組まないか、カーネフェル? 私の本体にある毒を使えば、其方の風土病――……もっと押さえ込めるかもしれない」
俺に向かって真っ直ぐと。再び差し伸べられた女王の手。
まさかこんなことになるなんて思わなかったけど。コートカードが必要なのは、本当だ。ジャンヌの負担を和らげられる。
どうする? と、問われた視線を見つめ返して。俺が告げた答えははいでもいいえでもなかった。
「……俺の初恋の人は、混血の女の子でした。大事な友達だったその二人は、セネトレアに売り飛ばされて……俺には何も教えてくれないけど、すごく、凄く辛い目に遭ったんだと思う。俺の民も大勢道具みたいに虐げられた。仲間だって風土病に苦しめられてる。だから俺はこんな国、滅んでしまえと思っています」
「憎しみで、国を滅ぼすと?」
「いいえ。助けるために、そうしたい。あの時の俺が助けられなかった二人を。同じ境遇の人たちを助けるために、俺はカーネフェルの王になったんだ!」
かつてイグニスに誓った言葉。あの子はもう、どこにもいないけど。思い出せば視界が涙で揺れるけど。王としての意志を宿敵の子へ伝えてやるんだ。
お前こそ、どんな覚悟で王座を捨てた? 生きているのになぜ、戻らない? タロックの民が大勢虐げられているのに、どうしてこんな国にいる!?
にらみつけた俺の言葉に、那由多王子は静かに笑う。そしてお返しと言わんばかりに、彼も秘密を教えてくれた。
「…………私の初恋は、奴隷商の娘だった。毒殺処刑の仮死状態。棺から目覚めた私を拾ってくれたお嬢様。記憶を失い奴隷として教育される内に、忌まわしき力に目覚めてな。私の数術が、屋敷の人間全てを殺し合わせてしまった」
自分も奴隷だったと彼は言う。俺と似た境遇? でも違う。この人の抱える痛みは、絶望は。俺と同じ色ではなかった。
「私が国に帰れば、民など一人も残らない。私は生きている限り、人を死なせ続ける毒だ」
彼の境遇を知り、余計に視界が曇ってしまう。情けなくも泣き出す俺に、那由多王子はやっぱり優しく微笑んでくれる。
「こらこら、初対面の相手の昔話に泣く奴があるか。優しい子だな君は。……だが、そのまま背負う玉座は重かろう。早く仲間のところに戻してあげないと心配だな」
ぽんぽんと俺の背中を優しくさすってくれる王子様。何この包容力。これが、彼の王の器なのか? もう何も信じられない。
「な、なんなんですかルキフェルさん! あの女の弟君がこんな性格してるの世界のどういうバグなのですか!?」
「それは私にもさっぱり……これは確かに、シャトランジアもおかしなことになるかぁ」
「セネトレアに嫁いで来てくれたのが那由多王子だったら良かったと私も本気で思っています」
女の子達三人も、那由多王子の言動に惑わされている。悔しいが、本当に俺とは違ったタイプの王族だ。
「アルドール王。私はな……私が認めた相手に殺されたいのだ。罪でしか悪でしか人を救えぬ私は、絶対の正義に殺められたい。もし元の体に戻れなくとも、カーネフェルがそうなってくれるなら……喜んでこの命を投げ出そう」
「そんなこと言われたら、絶対に戻さないとって思いますけど」
「ふふ、ならば精々頑張ってくれ。交渉成立、でよろしいか?」
「はい!!」
今度こそ、俺たちは本当の意味で手を握り合う。何故かここで、那由多王子が赤くなる。照れてぱっと離されてしまった手。
「し、失礼。普段は素手で人に触れないようにしているのでな。手で触れても人が死なぬ体とは……地味に感動する」
本体ならば手汗でも人が死ぬとの宣告に、とんでもねぇなと驚いた。全身凶器の毒人間。
戦闘能力が皆無でも、普段は色仕掛けでなんとかなるってそういう話? ダメだ、俺には刺激が強すぎる。それ以上深く考えないことにして、俺も彼から目を逸らす。
「じ、じゃあそろそろ脱走の方法を考えようよ。いつまでもこんな場所にはいられないし」
「それもそうか。ここであの男を殺すには準備不足。大元の数術使いを先に始末する方が良い」
「あの男って誰です?」
「セネトレア王だ。本体はすでに暗殺したんだが、今は憑依数術で別の男の体に甦っている。そいつを殺めても、恐らくまた同じ事の繰り返しだ」
「うわー、俺が知らない情報がいっぱいあるぅ……」
時間がいくら合っても足りないや。話し込むには向かない場所であるのは事実。困ったときは聖十字。やっぱりイグニスの部下は頼りになる。提案があります、そう口にしたルキフェルが那由多王子に近づいた。
「リフル様……とお呼びして構いませんか? 私は《運命の輪》No.16ルキフェル=ラ=トゥール。協力してくださる貴方に、一つ……《運命の輪》の秘密をお教えします。それは美貌以外に武器のない貴方に、一つ力を授けてくれるはず」
彼女の言葉に、王子はくすくす笑う。正直すぎて小気味よいと言うことか?
「ああ、ルキフェルさんよろしく頼む。その秘密というは、このカードのことだろうか?」
王子が俺たちに見せてきた一枚のカード。大アルカナのNo.12《吊された男》。
「この体になって困っていたところ、いつのまにか傍に落ちていたんだが……」
「それは――……!! も、もう具現化されていたなんて」
歓喜と驚愕。ルキフェルの変化に俺やジャンヌはついて行けない。そんな俺たちに、彼女は真剣な眼差しを向けるのだ。
「これらのカードは呪いと祝福。私たち《運命の輪》が、死んで意味を持つカード」
ただでは死なない。無駄死にしない。イグニスの部下は、確かな信念を心に抱き、自身の胸の前で手を組んだ。彼女の体にも、大アルカナ――……名乗ったNo.、そのカードが刻まれている?
「アルドール様、貴方の元にも一枚……届いているはずです。感じませんか? 傍に、イグニス様のカードを」
「イグニスの、カード……? それって手のひらにあったハートの……」
「違います。あの方は、ご自身さえも世界の駒とした。――……大アルカナ。“教皇”のカードは、貴方の所に届いたはずです。最後の時、あの方が思う相手はきっと……貴方以外にあり得ません」
その二枚があれば、この場からまだ巻き返せる。ルキフェルは強くそう言い放った。
カーネフェル編とSUIT編が同じ時間軸に並びました。
どちらの視点で何処を書くか迷いましたが、こうなりました。
アルドールとリフルの邂逅。憑依数術の暴走で、こんな所での出会いとなってしまいましたが、弱い王族同士頑張って乗り切ってくれ。




