16:amicus usque ad aras
この審判には、伏せられた情報がいくつかある。
でも何が真実か。それは何を信じたいかによって変わってしまう。
いつその情報を開示するかは、運命の巡り方による。神子イグニスは、私たちにさえ明かした情報、明かさない情報があった。或いは、部下のそれぞれに託した情報も異なる可能性がある。自身の死後、道化師に情報を独占させないため――……タロック以外の各陣営に部下を送り込んだりもした。《運命の輪》の戦力を分散させたのもそう。手札の全てを道化師に奪われないように――……敢えて天秤を傾けた。
不和はあの方の望みなのだ。全てが道化師にかすめ取られてはならない。
忠実なる下僕。信じ続けて裏切らないこと。その対象が変わることで、盲信者が強敵に変化する。
敢えて蚊帳の外へ置かれた者。疑い続けてくれる者。真実はどうあれ、自身の心を優先する者。真実を知って尚、愛してくれる者。様々な駒を用意した。神子は自身の死後へ、できうる限りの対策をした。
(それなら、私というカードは何だったのか)
感謝はある。恩義もある。誰にでもなれるから、何にもなれない。しかし私は一度、あの方自身の台本を渡されたことがある。
“マリアージュ。君にこれを”
“み、神子様――……これは!?”
“覚えていて欲しかっただけだよ。僕のことをね”
私がその役を演じる機会は回ってこなかったが、あの方の心の片鱗に触れた気がした。他のメンバーが知らない情報。私だけが知っていること。《運命の輪》で、最も冷静に俯瞰的にあの方の実像を知ったのは恐らく私。嗚呼、貴方ほど矛盾した存在はきっと他にいない。なんて可哀想で罪深い人。穢れの海にありながら、光を失わない目。執念とも呼べる暗い輝きは、時に稲妻のよう熾烈に。見る者の心に焼き刻まれる。
だからこそ、不安にもなる。カーネフェルの行く末が。
(運命の輪、No.6――……“恋人”)
大アルカナ。それは神子の手札、《運命の輪》達が宿したカード。
死んだカードは、ただ散ったわけではない。死体として操ることは可能でも、その魂まで絡め取ることが出来ない。失った切り札は、使われる時を待っている。それは道化師が、触れることが出来ない場に伏せられたまま、その時を待つ。
カードによっては、死んでからこそ意味を持つ物も少なくない。少なくとも、使い勝手はよほど良い。それでも私たちを死なせたがらなかった神子は、運命に狂わせるバグを求めた。各々が違った形で自分を崇めるように、愛するよう慈しんだ。
私……“マリアージュ”も、その時を待っていた。あんなところで死ぬつもりはなかったけど、そうなった以上は仕方ない。それに喜ばしいこと。私はそれなりに、幸せな終わり方が出来たのだ。
「まだ、その時じゃないのに。“貴方”は本当に心配性ですね」
祝福相手には世話になった。主も彼をこんなになるまで苦しめた。誰かが少しは優しくしてあげないと可哀想だろう。
だって、貴方は一人じゃありませんよ。だれも貴方を見ていないだなんて思わないで。少なくとも貴方は死者に愛されている。私を含めて何人にも。
「わかりました。これもイグニス様とギメル様が残した奇跡。有効活用しないともったいないですね」
残された同僚達も助けてあげたい。私が信じたイグニス様は、こちら側であるのだから。
「だた、ちょっとの間ですからね。貴方はそんな状況ですし、私の力を使っても――……現実には作用できません」
それでもいいと、彼が言う。これも惚れた弱みか。マリアージュはそうしてあげることにした。
まったく、皮肉なものだ。肉体の檻を失った後の方が、沢山の台本を手に入れられるなんて。こちらには、死者の台本はいくらでもある。
彼が飛び起きたくなるような台本を拾ってきてやるか。“夢”って言うのも馬鹿に出来ないものですよ。ねぇ、ギメル様。眠り続けた貴女の|切り札(数術)。大事に使わせて頂きましょう。
*
届いた情報に、私は強く頷いた。
(そうよ。私たちは、ただでは死なない)
回り始めた運命は、決して止まることはない。この世の果てまで、走り続ける。
舞台裏で、審判を支える役割を担う私たち。《運命の輪》が心臓に宿したカード。
それは呪いか祝福か。最も想った相手に残されるパンドラの箱。私――……ルキフェルは、目の当たりにした奇跡に戸惑っていた。すでに散った同僚達は、 最後に誰を思っただろう?
(イグニス様は――……私のことを想ってくださらなかった、きっと)
想われたのはこの少年。甦った、カーネフェル王アルドール。
(だって、あり得ないことが起きた)
いくら神子様が天才だとは言え、命がけの。死して尚残した数術で、奇跡を引き起こすだなんて。奴隷商によって破壊された、マリウスという少年の人格。そしてリセットされたアルドール様の人格。どちらの記憶も引き継いで、融合した人格が甦るだなんてあり得ない。
(具体的には何がどうなるのか、解らないけど――……)
いつも軽口のように私を口説く同僚がいた。そいつが死んだとき、私には何も来なかった。あいつが最後に想ったのは別の相手に違いない。その相手ラハイアさえ、もう失われてしまった。
(――……違う。私は、私はまだ――……)
まだ、傍にあの方を感じる。消えてしまったあの人を。それがどういう意味なのか、私はようやく理解できた。私はまだ、一人ではない。だから涙を拭って立ち上がれるのだ。そうよ、イグニス様は約束してくださった!
《切り札》は、誰の心の中にある?
「アルドール様――……これは貴重な弾です。でも使います。今使わなきゃいけないと思うんです」
空間転移の数術を、弾に刻んだ教会兵器。数術が使えない者にも、込められた奇跡を瞬時に引き起こす。数術では革命能力しか持たない私には、数術弾は必需品。貴重な能力持ちとして、逃げ延びるために託された高価な弾――……そして。おいで、私の新たな《切り札》!
空へと翳した手のひらに、私はそれをつかみ取る。やっぱり、そばに――……いてくれた。
大嫌いだけど、信じていたわ。貴女のことを。
「行きましょう!! 場所はお分かりになりますね? 貴方の騎士と、奥方様の場所です」
*
罪、罪――……私の罪。ジャンヌ=アークは罪人か?
一介の兵が、この場にいることが罪? 私が何を望んだだろう。故郷の平和を願うことが、そんなにも許されないことだった? ただ土地が人が文化が自然が蹂躙される様を黙って受け入れるのが運命なの? 抗うことは罪なのですか?
(違う、違う!! 絶対に違う!!)
それは正義。剣を持てないか弱き人々の代わりに剣を取ること。代わりに罪を背負うこと。私が選んだ私の正義。敵の命で、大事な人々を守れるのならこの手を汚す意味はある。私は理解している。なのになぜ、どうして迷う?
(ギメル様は――……イグニス様だった)
アルドールがどんなに、あの人達を――……あの人を。愛していたか知っていた。
だから、同じ顔で現れた道化師に、私は苦しめられている。貴方は何者? 貴方は誰?
貴方こそが、本当の――……イグニス様? であれば本来その立場を奪っていたのは、私が知っている方のイグニス様? 偽物の神子は、アルドールを救うためだけに――……国を世界を巻き込み、大勢の人を操った?
自分一人の願いのためだけにそんなことを? それこそ、罪ではないのだろうか。しかし罪と言い切るには、あの人はいつも必死で。自分のことも顧みず、アルドールを守り続けた。結果として、カーネフェルを助けてもくださった。
あの人はどんな気持ちで、私にアルドールを託したのだろう。
(嗚呼、そうか――……私は)
祖国のためと言いながら、思い合う二人を引き裂いた。そう、命じられたにせよ受け入れたのは私自身。彼が私を見ることを約束してくれてからも、心のどこかに不安が残った。貴方のことで一喜一憂してしまう、そんな風になった私は。担ぎ上げられた仮面が剥がれ落ちるよう、元の一兵士に。ただの村娘に戻ってしまうようで恐ろしい。自分には似合わないと、肩書きだけの妃だと言い張った肩書きに、縋る自分が許せない。
倒れたアルドールの代わりに、この戦を勝ち抜こう。そう思いながら、手段を選ぼうとする。肝心なところで、私は正義に縛られる。大義名分のために、踏み越えられないラインがある。勝つためなら本当に何をしても良いの?
道化師は、アルドールが戻ってくると言ったけど。本当に、何もかも変わらないアルドールが帰ってくるのだろうか? 生者のため親友の亡骸を傷付けた私を、あの人はよくやったと言ってくれるだろうか? 傷ついたような笑顔で無理矢理笑うのだろうか?
貴方を守るため喰らった毒で、罪のない人々を傷付けてしまったこと。信じる正義に囚われて、的の策にはまってしまった愚か者。それでもまだ、私は――……カーネフェリアたりえるのでしょうか?
聞こえる、聞こえる――……不気味の歌声。私を責めたてる無数の声。
*
「被告は、聖十字兵を殺めた。それが何を意味するか皆様お分かりでしょう。カーネフェル王妃が、シャトランジアに牙を剥いたに等しいのです」
「この戦争の最中――……手を取り合い、共に戦っていたシャトランジアを裏切った。それがカーネフェルの選択か? それとも貴女自身の考えで? 何もお答え頂けないのですね」
眠ったところで意味はない。自分自身が抱える罪の意識からは逃れられない。
祖国のために戦うことは罪か。人々のため、大義名分があれば罪は清められるか。
「何か弁解の言葉は? ――……よろしい、では判決を」
小さな教会には大勢の元奴隷達。ギャラリーは熱狂の渦に包まれながら、判決の時を待っている。判事を気取った道化師の言葉が終わる前に、観客席が明るくなった。あれは、本物の炎!?
「弁護をさせていただこう。ラハイア殿はもっと早くに死んでいる。証人を連れてきた。セネトレア王都ベストバウアーで彼が首を吊られた証拠がある!!」
「アロンダイト卿――……!?」
Ⅲが一枚で何になる。多少数術の才があろうとなかろうと。暇つぶしだ、奴が来るまで遊んでやろう。
あれは、炎によって外へと逃げた者達の悲鳴? 逃げ惑う民衆が、再び協会内へと逃げ込んでくる。あっという間に道を開いて、聖女をその腕に救い出す。そんな姿が誰より様になっている。あのカーネフェル王には勿体ない騎士だ。
「――……まだ、間に合わないと思ったけど?」
「別働隊ですが?」
騎士の涼しげな顔。どうせたいした回復は出来ていない、強がりのクソ野郎。お前自身満身創痍だろうに、嫌味たらしい。こんな大きな炎数術まで使って消耗もあるだろう。他人任せのはったりか?
しかし包囲しているのはカーネフェル兵? 一体どこから来た? 海を渡った連中は、これまでの襲撃で殆どが消滅したはずでは?
「何。“イグニス”様のやり方を、真似ただけですよ。利用するにしろ、心を込めて向き合えば――……部下は最後まで付いてきてくれる」
なんて忌々しい台詞だ。それは、ルキフェルを絡め取れなかったこちらに対する、最大の侮辱!
確かに。聖十字が一枚噛んでいる以上、それは可能だ。襲撃で散り散りになった部下を潜伏させ、情報収集に当たらせたか?
(ちがう――……あれは!?)
それだけじゃ、なかった。この男は水の精霊しか連れていなかったはず。それがなんだ、その精霊は。いつから“炎”を連れている!? 火と水は相容れない。この男にその二系統の数術の才があろうとも、神子でもない人間が反発元素の精霊を連れ歩けるわけがない。それも只の純血風情が“大精霊”など、従えられるはずがないのだ。
この度の回復数術も、部下との連携も――……大精霊の存在あってこそ。
(何者だ!? アロンダイト卿ランス!?)
道化師には覚えがあった。第四島の火山で、目撃した精霊がなぜここにいる!?
落ち着け、落ち着け。動揺を知られぬよう、一度深く呼吸をしてからいつも通りに笑ってみせる。
「…………へぇ、凄い凄い。あそこから回復したの? 壱が自分に回復数術使うの、馬鹿みたいだけど?」
「主君の前にはすべてが些事。逃げられると思うなよ。この村は完全に包囲した」
殺すは容易いが、あまりに不気味。“二枚目”の件が片付くまでは泳がせるつもりだったが、衝動的に始末したい気にもなる。この男を一秒でも長く場に留まらせるのが心底嫌だ。上位カードの癖に、お前は本当に幸福な人間なのか? まるでタロック王のような異質さだ。自ら得たものを、幸福をかなぐり捨てて階段を駆け下りるような異常性。
誰かに止められる日が来るまで、生きながら罰を求め続ける暴れ馬。騎士よ、お前の鎧は空洞だろう。馬が運んでいるのは抜け殻だ。自分の前に立つんじゃない。今すぐ消えてなくなってくれ。お前を見ていることが、唯々――……苦しい。もっと罪に血に穢れて汚れてくすんでしまえ。
「アロンダイト卿……あまり私を怒らせない方が良い。長生きをしたいのならね」
「生憎ですが、まだまだ俺は死にませんよ。貴方が一番お分かりでしょう?」
生意気な奴。そっちがその気なら、思い切り嫌がらせをしてあげよう。お綺麗なお貴族様のその顔がその目が、絶望に染まって歪むところが見たい。
「……それで? どうする? 私のこと、殺してみる? 試しに斬りかかってみても良いよ? ……――まぁ、貴方じゃ殺せないだろうけどね」
「……!?」
此方を恐れなければ一撃くらい浴びせられるだろう。やってみる価値はある。助言をしてあげたのだけれど、青い瞳は僅かに一瞬、迷いに揺れた。気付けるわけがないだろう。そう思っての言葉なのに、厄介だなこいつ。調子に乗って遊びすぎたか。このくらいは許される。この男のせいでこちらも迷惑してるんだ。
(アロンダイト卿――……何処で消すのが一番か?)
全く、彼の存在には悩まされる。弱いカードと放置するには、この男は有能すぎる。出来れば早めに摘みたいが、孵化への影響は避けられない。“彼”より先にこの男を殺せば、“もう一枚”を手中に納められない。
ならば仕方ない、一つ呪いを残してやろう。騎士にむかって指を差し、道化師は数術を言葉に乗せる。
「“貴方が恋さえしなければ、《私》は今も……そこにいた”」
狼狽えるアロンダイト卿。そうだよね。心当たりが多すぎる? 貴方の騎士道には、忠誠心にはあまりに犠牲が多すぎた。忍び寄る罪の足音に、いつまで耐えられるのだろうね?
お前を脅かすのは、お前の過去! 騎士として生きてきた己自身!! 輝かしき栄光の影で踏み躙った全てに恐れるが良い!
「ふふっ! あんまり同じ技を使うの芸がないけど、騙される方が悪いよね?」
あの時あの場にいなかった、貴方には知るよしもないことだけど。
腕の中で崩れ、骨と土塊と化す死体人形。守り切ったと思ってこれだ、騎士に僅かな隙が生じた。逃げるには一瞬隙があれば良い。奪えた物資は有効活用するべきだ。十字銃を己に撃って、一人分の空間移動が即完成。同じ手法で本物の、聖女ジャンヌは移動済み。
「あはははは! ねぇ騎士様? 貴方って、惚れた女の顔も解らないんだ? 数術使いとしての格も知れるね。あーあ、その程度の目なんだ?」
姿も透けて攻撃も当たらないというのに、怒りを抑えきれずに斬りかかってきた。わぁ、怒ってる。怖い怖い。こんな審判さえなければ、簡単に此方を殺せたのに残念だね。逆鱗が何か垂れ流しにしてる方が馬鹿なんですよ。
「この体、使ったのがそんなに憎い? 貴方が大事にしないからだよ?」
「道化師っ!!」
もう一撃切り込んできた。馬鹿みたい。当たるはずもないのにさ。キィインと最後に聞こえた音は、タイミングの悪い来訪者に当たった音だろう。
*
(許せない、許せない、許せない!)
無駄と解っていても、攻撃せずにはいられなかった。外見こそ大恩あるイグニス様とうり二つの相手、道化師。人を不快にさせる天才だ。今この場所でどんなに殺してやりたかったか。己のカードの弱さがただただ、悔しい。
空間転移で消える道化師への最後の攻撃、何故か手応えがあった。
「落ち着いて。私たちは味方――……あれ?」
空間転移で入れ替わり、此方に飛んできたのは見覚えがある金髪の少年だ。
「――……君は、シャルルス!? 一体何があった!?」
「話は後でする。ひとまず、カーネフェリア様が完全に復旧した。それであなた方の所へ駆けつけるはずが」
「ああ……」
やりやがったな道化師。あいつを真似て口汚く吐き捨ててやるならそうなるか。
「て、敵の妨害ですね。それは」
平静を取り繕うとこうなった。
*
(悔しい? 悔しい? ねぇ悔しい?)
遠くの窓を眺めやり、道化師はくすくす笑った。でも同じくらい此方も悔しい。
同時に道化師を三体出せるようになったのに、彼方は同一の大精霊を三カ所に出現させた。あの“イグニス”は一体何をやったのか。奪っても、取り戻しても理解の及ばない事象が多すぎる。此方に足りないのは圧倒的に、情報。情報を求めるならこの街が一番の場所。情報屋《TORA》――……セネトレアの魔女が死んだとしても、拾える話は多いはず。
そのために、時間稼ぎの布陣は整えた。後は勝手に潰し合え。
道化師が暗い決意を固めたところ、片手の小指がピクリと動く。お目覚めか。特等席で見ているだけはどんなに辛いだろう。
(まだ……ダメだよ、貴方が戻れなくなるように。取り返しが付かないことをしてあげる)
カーネフェルにお前の帰る場所はない。そうさせてやる。
己の胸に手を当てて、内側へと教えてやった。逆らえないだろう、抗えないだろう。甘い言葉に誘われて、全てを投げ出した敗者の末路。お前は蛹の中のドロドロのスープ。スープに何が出来る? 誰かの腹を満たすしか出来ないさ。骨まで喰らい尽くされるだけの贄なんだよ。ジョーカーとは、そういうものの残骸だ。皮肉な言葉を借りるなら、生きた骸そのものだ。“彼女”とは鏡あわせの反対に。心はすでに死んでいる。体だけが死に損なった化物に。これからお前もなるんだよ。
(君が私と同じになるには、まだまだ痛みが足りないの)
大事に大事に育ててあげる。そのために貴方には辛い目に遭ってもらわなければならない。せいぜいもっと人に世界に絶望し続ければ良い。この国で、お前達にもっと地獄を見せてやる。
セネトレア第一島。王都ベストバウアー。この街はいつも騒々しいが、以前よりもっと荒れていた。欲望渦巻くこの街で、多くの命が散るだろう。それもまた、この国らしいか。そう、それは――……いつものこと。
「“貴方の守りが、呪いになるよ。セレスタイン卿ユーカー”」
*
言うには言ったわ。貴方のことを信じますって。でも、信じた結果がこれとはなんだ。これがAの招く不幸なの?
「ば、バカバカバカバカぁ!! なんで格好よく奇跡みたいに復活したくせに、ここで失敗してるんですかぁ!!」
それはないでしょ! ルキフェルは飛ばされた場所で恐れ多くもカーネフェル王に殴りかかった。
「えっと、途中でランスとジャンヌの気配が離れちゃってその……それぞれ、違う方にとばされたちゃった、的な」
アルドール様はやはり役に立たない。イグニス様とは大違い。
「ひ、ひとまず冷静になりましょう。私たち以外に他に飛ばされてきた人は――……」
振り向き絶望。馬しかいねぇ。私がとっておきの複数人用数術弾使ったのに、どんな適当センサーしてるの? この馬鹿王無能すぎんでしょ!!
「で、でもひとまずほら! じ、ジャンヌはいたから! ね!?」
イグニス様。私はこんな少年と何処が似ていたんですか? 目をそらしながら穏便にと訴えかけてくる少年王。あまりに頼りがいがない。
「そう……ですね」
なかなか立派な内装。窓や扉をふさいだ鉄格子が気になるが、身分の高い者の監禁場所のよう? そんな部屋の中、ジャンヌ様は整えられた寝台に寝かせられている。彼女の様子を確認するに、一応目立った外傷はなさそうだ。問題は。眠りが深そうなこと。
「そやなぁ。見た感じ、第一島内の第四公の別荘やね」
中身ごと移動してきたのか。馬の口からタロックの女騎士の声がする。戦闘能力は期待できそうにない。
「うわああああん! 主よ、神子よ、イグニス様ぁああああああああ!!!!」
「ごめん、ひとまずいったん落ち着こうルキフェルさん。ここが何処か解らない以上、あまり騒ぎ立てたくない。もう一発」――……さっきの球はある?
「あれ一発で国家予算何年分だと思ってるんですかアルドール様ぁ――……あるにはありますけど、複数人用はあれでお仕舞い。あるのは――……これ。一人用がこれだけです」
私の手のひらに、コロンと転がる数術弾。もう一発分しかない。保管数術の使い手リオを失ったのが本当に痛い。
「他の奥の手があるにはありますけど、それは一回しか使えないんです。本当に今、使って良いのか解りません」
あれを使えばみんなでもう一度逃げられるが、何処へ飛ぶのが正解なのか解らない。また、敵の罠が待ち構えていてもっと最悪の状況に陥る可能性だってある。
「と、とりあえずジャンヌを起こそうか」
そっと彼女のそばに膝を折り、寝たきりのジャンヌ様の手を両手で優しく包み込む。なんて優しい目――……どんな言葉を掛けるのか。いや!? もしかしたら、王子様のキス的ななにかとか始まるんですか!? なんてちょっとときめいた時間を返して欲しい。
「ジャンヌ、ジャンヌ、ジャンヌさん! 起きて、俺だよアルドール!!」
なんて色気のない呼びかけだろう。イグニス様こういう男の何処が良かったんですか?
いや、キザな男は普通に私も嫌いなんですが。マリウス様モードの王様成分何処へ行ったの?
「ある、どー……る?」
「うん、ごめん。心配掛けたよな。……帰ってきたよ。無理させて、頑張らせてごめん――……」
「ある、アルドール!! ほ、本当にアルドールなんですか!? よかった……よかった、無事で。本当に……」
目覚めてすぐ、感極まって王へと抱きつくジャンヌ様。二人は直ぐに我に返って顔を赤らめた後、何故か同時に青ざめた。なんなのこの人等。呆れて眺めるその内に、私も違和感に気がついた。
(あれ? ちょっと、ちょっと待って)
私だって彼女のことは心配していた。隠しメンバーで彼女自身が知らなくとも、同じ《運命の輪》なんだもの。他ならぬイグニス様が守ろうとした相手でもある。その彼女が目覚めたこと、嬉しいはずなのに――……心に一つの波紋も起こらない。平穏。平穏なの。感情が何も、何一つ揺れ動かない。
なのに、ジャンヌ様が目覚めた瞬間、すべての心が消え失せたのだ。
(もしかして、アルドール様も。なの?)
恐る恐る視線を向けた先、私と同じ状況に陥っていた少年王が、縋り付くよう私を見ていた。
「そ、そんなこと――……!?」
私はサッとゴーグルを装着。自身の、そしてアルドール様の感情数を確かめる。恐ろしいことに、数値は何処までも正直だった。安心、安堵、喜び。そういったものが消えている。私たちの数値は、動揺。とても、仲間が目覚めた状況に発する感情ではない。
ましてやアルドール様は。これまで共に戦い、友のよう……或いはそれ以上に心を許した己の伴侶。その存在に対する全ての感情が消え失せたなら、どうなるか? アルドール様は、自分の復旧に不備があったのだと絶望している。でも違う。これは――……
「し、失礼ですがジャンヌ様。道化師に――……その、裁判のようなことをされませんでしたか?」
「え、ええ。眠らされる直前、そのようなことを言われましたが――……私は、なんとも――……ない、ですよね?」
「そ、それが――……その……少々まずい、状況かも、です」
イグニス様の切り札の一つ。神子の才能と位を持つ者だけが扱える、神々との契約数術。その内が一つ《偶神法廷》。気位の高い神々を、同時に使役するこの技は、契約数術の最高峰。聖教会と聖十字のトップシークレットであり、神子の証とも言える。イグニス様が倒れた今、偶神サイドは全て道化師に乗り換えたという事実。単純計算、運命を司る上位存在、その世界の半分が敵ってこと。世界の行く末を見守る審判に直接手を出すことはないだろうが、とんでもない絶望だ。奇神サイドも上位存在すぎて人の心が解らない。奴らの善意が余計なお節介や試練になることだって多い。
死は救い! と宣う神と、産めや増やせ! と言い放つ神。その手段や経緯は問わないならば、人にとってはこの世は地獄。あいつらは、人の心も痛みも解らない。数値という結果しか理解できない欠陥品の神々だ。
私一人、女の身でカーネフェリア二人をどこまでお守りできるのか。悪意ばかりのこの国で、信じられるものはどこにある?
(イグニス様――……我々を、どうかお守りください)
形見のロザリオを私はぎゅっと握りしめる。私はイグニス様からこれを託された。これがない限り、正式に聖教会聖十字があいつを迎えることは出来ない。あいつは必ず、私に交渉を仕掛けてくるはずだ。それまではギリギリの所で攻め手を抑えるはず。舞台を移したここから先は、――……仕掛けるならば消耗戦。今回の件はその切っ掛けだ。
「状況は絶望的です。アルドール様。マリウス様と融合した貴方が、本物のカーネフェリアとして覚醒しなければ――……この戦は勝てません」
イグニス様という指針を失った私は、迷うしかない。新たな指針たるアルドール様もぐるぐる回る方位磁石なんだもの。
嗚呼、この恐るべき事実を、どう説明するべきか。道化師はイグニス様を殺し、その契約さえ奪い取った。神との契約数術さえあいつの物になってしまった。
アーカーシャは抜けたのか? ただの馬に戻ったそれが、何も知らずにヒヒンと鳴いた。
「ルキフェルさん、それってどういう――……」
「道化師の仕業です。世界中から、ジャンヌ様への好意的な感情が一切消えたと思ってください。それは、私や――……貴方の中からも」
「「え――……!?」」
言うしかなかった。教えるのもあまりにむごい――……残酷すぎる。でも、知らずに苦しむのも辛すぎる。嘘を隠し通しこじれるよりは、先に伝えて傷付けた方が良い。大事な人への思いが欠片もなくなってしまったら。記憶は残っている、取り戻したから唯々苦しい。
ジャンヌ様は精神も肉体も無事に見える。であれば失ったのは。下された刑は《存在死》。
人々の心の中から、ジャンヌ様の存在を消してしまった。存在自体が消えたわけではないから軽い罰だが、聖女のカリスマ目当てに彼女という神輿を担いできた私たちはどうなるの? 残っているのが悪評だけならとんでもない。
「彼女のカリスマは地に落ちた。新たな神輿が必要です。担がれてくださいアルドール様」
「解った……どう、すればいい?」
「セネトレアに潜伏している、仲間がいます。彼女の潜入先には歴史の表舞台上、死んだことになっている要人が複数いて。そこにはこの風土病を治せるかもしれない医者がいます」
「ここから脱出して、彼らと接触する。それが大前提――……だよね?」
「ええ。仲間との回線はつながらない以上、接触は困難ではありますが――……目立てば向こうから近づいてくれるはず。彼らは歴史の表舞台には現れません。うまく交渉して、手柄を貴方のものにするんです」
「第四島でギメル様が――……イグニス様がされたことです。混血保護と、奴隷解放。これを続けながら都を攻めれば必ず、向こうから接触してきます!」
アーカーシャの言葉が何処まで真実かは不明だが、ここが第四公がらみの場所なら、ここに囚われている混血がいるはずだ。
「脱出の方法はあります。でも、もう少し情報を仕入れたい。ここの主から情報を引き出しましょう」
何週間も悩みながら色々書き殴りました。
0、6、8章を数年ぶりに一気読みした結果、ユーカー欠乏症が発症しました。早く復活して欲しいので続き頑張って書こうと思います。
これまで待っていてくれた皆様、応援してくれた皆様ありがとうございます!




