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14:vade in pace

(これが……私の力か)


 眼前に広がるこの世と思えぬ光景に、コルディアは思う。此処は既に地獄であると。

 倒しても立ち上がる死者の群れ。命を投げ出し果敢に戦う者から倒れていった。忠義のない者達は散り散りになり逃げ惑う。数では勝った陣形も、途端に崩れてなくなった。


(私は……公爵の器になかった)


 解っていたこと。しかし突き付けられる現実に、心までが奈落へ下ってしまうようではないか。まだ温かい屍の山。ここに生きている者は、私と敵方の指揮官だけだ。屍人形に取り押さえられた私の前に、そいつはとうとう現れた。


「……来たか、魔女め」

「ふふふ。カーネフェルに組し、セネトレアに刃向かったとは言え……貴方は同じ公爵ですもの。最期くらいはそのよしみで看取って差し上げましょう」


 全ては解っていたことだ。私は時間稼ぎの捨て駒なのだと。私は第四公を引きずり出すための餌。私の裏切りがタロック側に知られていないなら、天九騎士の助けもあるかと密かに期待していたが……僧祗の助けはない。一縷の望みも絶たれた。

 公爵として姿を見せたファルマシアンは、数術研究の賜か。昔と変わらぬ美貌でそこにある。過ぎた歳月に、年老いたのは私だけ。


「何か、言い残すことはありますか?」

「……あの夜は、儂にとって最大の過ちだ。だが、それはお前にとってもそうなるだろう。我が息子エリアスが、お前の野望を食い止める!」

「それはそれは結構なことで。でもお忘れかしら? 貴方は私を魔女と呼ぶ。魔女の手により生まれた彼が、人間になどなれませんことよ? “貴方が愛したエリアスが、貴方の愛した島を焼く”と! このファルマシアンが宣言しましょう!」


 魔女は屍兵士に私を処刑するよう命じ、私の胸に深々と剣が突き立てられた。


(…………エリアス、エリザベータ。最期にもう一度だけ、お前達に……)


 血に伏した、私の頭上で……何者かの声がした。


「貴様等と、その方の違いを教えてやる。ディスブルー公の血には価値があり……ファルマシアン!! 貴様の血には一銭の価値も無い!」


 そうだ。私達の前に、カーネフェル王とSUITが先行していた。ならばこの声は……そのどちらかだろう。彼らが私のエリアスを、救う希望。声はまだ若く、しかしながら凄まじい怒気を孕んだ声色だ。この私の死を、彼は悔やんでいるようだ。


(こんな無能な儂を……私の死を、悼んでくれるのか)


 彼は……聖教会の者とは違う。心の宿った言葉をしていた。


「まだ、死ぬなよおっさん!」


 今度は違う声が聞こえた。乱暴な物言いの後、私の周りに轟音が響く。目の端に見えたのは、大地から伸びた巨大な蔓。蔓は伸び出す際、地に穴を穿ち、私を地中へ連れて行く。



「シャトランジアに、王家や神子に仕える数多くの精霊がいるように。それは盟友カーネフェルにも存在します。その昔、シャトランジアは精霊数術を盟友へと伝え、友好の証にと……その精霊をカーネフェルへと譲り渡した」

「へぇ、そんなことがあったんですね」


 神子からの講釈を、シャルルスは有り難がって聞いている。あいつは覚えることと働くことが生き甲斐のつまらない奴。俺の苦言を聞かされて、それでもあいつは上機嫌。


「ですからカーネフェルには二大精霊が本来いたんです。王が受け継ぐ精霊と、王位継承権を失った者が持つべき精霊が」

「でもそんなものがあるのなら、カーネフェルはこんなことにはなっていませんよね」

「そういうことです。無精霊の扱いは本当に難しいですから」


 精霊は元素の集まりが人格と姿を持った存在。その中で最も強い力を持つのが無精霊。意識はあっても心を持たない精霊なのだと俺もシャルルスの耳で聞く。


「精霊持ちよりも相応しい適合者がいたなら其方について行ってしまう。カーネフェル王家の血は、よく言えば優しく悪く言えば腰抜けです。その辺容赦無いタロックに、精霊の一体を持ち帰られてしまった。残る一体もそうならないよう封印した結果……」

「結果……?」

「あのボンクラ王家、何処に隠したか忘れてしまったんですよ。僕の過去読みで探そうにも、カーネフェルの土地は広大ですし……命懸けで探し出したところで、道化師側の手に渡るくらいならそのまま封印していた方が良い」

「あ、あはは……それは何と言うか、カーネフェリア様方らしいですね」


 亡国はなるべくしてなったのではないか。シャルルスにもフォロー出来ない様子。折角あいつと二人きりなのに何でそんなつまらない話をしているのか。俺は不服だった。


《おいシャルルス。そういうのどうでも良いからそこでイグニスを押し倒せ。そこで俺が成り代わる》

「やっても良いけど、その時はシャルルスが《黄昏の聖炎》の資格保持者になってしまうね。ああ、それはいいな。やってみる?」


 イグニスは、表に出ない俺の言葉も読み取って誘うように微笑んだ。やったらすぐに去勢するぞと。


「や、やめてよアルマ! イグニス様も!! 今は僕の体なんですよ!? それに《黄昏の聖炎》って……」

「うん、端的に言うと玉座簒奪を企まないよう去勢して、そいつを国のための戦力にするための精霊だよ」

「うわぁ……」


 砕けた口調で恐ろしいことを言うイグニスに、シャルルスは震え上がった。


「男子虐殺令が出る前は、去勢して跡継ぎ争いとか未然に防いでたんだろうね。そこで大精霊持って行かれちゃったわけ。日和って、精霊持ち去勢させなかったんじゃないの? 一応声変わり前の少年なら、あの子使役できるしさ。代償無しの分、本来より弱体化はするけど」

「それじゃあもうカーネフェルに連れ戻せないんですか?」

「最初の使役化の時に、カーネフェルを守護するよう策は練ったんだ。だから連れ戻す方法はあるにはあるよ。唯……ちょっと荒技になるから簡単ではなくて」


 後の細かい話は覚えていない。興味も無かったし、シャルルスが覚えていれば良いと俺はあいつの顔ばかりを見ていた。……それから。再び精霊の話をしたのは、旅立つ前日のこと。


「“イグニス”、随分と可愛い格好してるやがるな」


 いつもの礼服とは違う姿のイグニスは、眠りもせず外の月を眺めていた。


「……壁をよじ登ったんですか? この高さを? シャルルスが寝ているからって無茶なことを」


 窓から現れた俺を、呆れたように出迎える。


「自分勝手な行動が目立てば封印しますよアルマ。カーネフェルに戻ったらそういうことは言わないように。僕のことはちゃんと“ギメル”と呼んで下さい。出来ないようならこれが今生の別れです。僕が死ぬまでシャルルスしか表に出られないようにします」


 ルキフェルに泣き疲れ、シャルルスは再びカーネフェルへと戻ることになっていた。必然的に俺も同行することになる。同じ肉体に同居しているのだから仕方ない。


「つれないこと言うなよ。どうせ今生の別れなんだろ」

「……ルキフェルが寝静まったタイミングで僕の部屋に来る辺り、全く……君の野生の勘は素晴らしいね」


 このまま二度と会えなくなるのではない。もう少しだけ……視認出来て声も聞けるなら嬉しいとルキフェルは言う。健気なもんだ。俺は違う。


「そうだよ、君達とは途中で分かれることになる。すぐ後を追って来ては貰うけど、直接話せるのは……お終いだ。後は念話数術でかな」


 掴んだあいつの手。俺の体温を奪い取り、温かいと錯覚させる冷たい手。こうして触れられるのも最後になるのに。何が嬉しいんだ? 俺の手にもう片方の手を乗せて。俺を見つめイグニスは微笑んだ。


「アルマ。君にお願いしたいことがある。もしそれが上手く行ったなら……僕たちは、もう一度出会えるよ」



 逃げた兵士は生かしても、今後役には立たない。一度逃げれば味を占める。再び裏切るだけと、容赦無く養分にした。果敢に戦った者の死も無駄にはしない。彼らの血液を貰い……長時間全力で戦える力を手に入れた。そして……第五公、カーネフェリアに連なる血。


「コルディアが価値ある血? 笑わせるな。その男は運び手よ。供給源として役には立たない」

「それでも、真純血の血を引いている。精霊に訴えるには十分だっ!」


 俺達に足りなかったのは、時間と犠牲。フロリアスの複合元素を使えば、屍人形の完全なる破壊は可能!


(イグニスは言っていた。タロック人がセネトレアに“炎の無精霊”を解き放ったと)


 それもこの第一島で。偉大なる精霊は主を求めて彷徨っている。かの精霊を従えさせられるのは少年の歌声。それも、ただの少年ではいけない。その力を引き出すために必要なのは去勢された男(カストラート)の歌声だ。

 フロリアスも俺も、女の体のフローリア……そして女の心のシャルルスと混ざり生きて来た。未完成なんだよ。死んでるんだよ、殺されたんだ。とっくの昔に! 生まれた時から!

 それでも足りないって言うなら。必要なのはカーネフェリアに連なる血。


「“俺は哀れなる贄だ! 不完全なる贄だ! 俺達の怒りを! 俺達の嘆きをっ……喰らい出でよ《黄昏の聖炎(フェスパァ=ツァイト)》!! ”」


 他人の体という感覚は無い。これまでだってそんな風に自分は生きてきたのだ。アルマはフロリアスの肉体で、戦場に舞い戻る。第四公ファルマシアンも、それが唯の哀れなフロリアスだとは思っていない。詳細を彼女は知るよしもないが、憑依数術の使い手ならば此方も同じ事をしたと考える。


「その数術! ……フロリアス、だけじゃ…………なさそうね」

「あんたに名乗る名前はないぜ。俺の好みじゃないんでな! 口説く必要もねーよ」

「あら、随分と活きの良い。私は好きよ、そういう子。私の屋敷にいらっしゃい?」

「……“仲間”の仇だ、消え失せろっ!!」


 フロリアスの複合元素で急成長させる植物。割れて掘り起こされる大地から、死者の群を地の底へと叩き込む。第五公とは違う大穴に! 表舞台と命じられ、本体で来たのがこの女の敗因だ。


「数術使いが空を飛ばない理由を知ってるか? 無駄だからだ」


 空間転移で移動した方が早い。あれ自体が複雑な数術だが、浮遊数術は格好付けられるだけでもっと燃費が悪いのだとシャルルスが言っていた。才能のある風の精霊使いなら低燃費でやれるだろうが、基本的には空間転移と同等の高位数術。尚かつ総合的に、数術代償は空間転移以上。


「魔女なら空を飛んでみろ。解ったか……お前は人間なんだよ。だから……こっからお前は逃げられない」


 精霊に命じ、穴の底へと身を躍らせる。フロリアスの数術で、枯れた花をそこへ降らせて。これで穴の底はあっという間に燃え広がった。業火は屍人形を焼き払い、灰へと変える。ファルマシアンの肉体も炎に飲まれて行ったが、地の底からは奴の笑い声が響いていた。


「私は、何度でも甦る! こんなことをしても無駄よ!! 私には次の体がっ、あははははっっ!!」

「逃げられないぜ。そいつは魂をも焼く精霊だ。試しに、飛んでみろ。何処にも行けやしないから」

「へぇ、そいつは結構」


 トンと軽い音がして、俺の視界が揺らぐ。遠くなる穴の上では、鎧の男が嗤っていた。


(……敵かっ!? 味方の兵に、紛れていた!?)


 そいつは傷つきもしない内から死んだ振りをして、フロリアスの吸血から逃れた。逃げもせず、死にもせず……数術の自動選別から逃げおおせた!

 落下するより先に、俺を嬲った激痛。心身を燃やし滅ぼす嘆きの炎。精霊も戸惑っているが、一度体に付いた炎は精霊自身にも消せないようだ。


「残ったのが馬鹿な方で助かった。楽にあいつの手駒を減らせたな」

「誰が馬鹿だっ! てめぇも道連れにしてやる!!」


 “俺は人間じゃない”! フロリアスの数術なら穴の上へは戻れるが……火を消せないことには俺もフロリスも。お終いなのか……? 第四公は殺しても……すぐそこに手掛かりが、道化師への手掛かりがあるってのに。


「くそ、がぁあああああああああああああああっっ!!!!」


 炎に燃やされながら、俺は土壁をよじ登る。フロリアスの力を使うまでもねぇ。

 精霊を渡してはならない。万が一、道化師が《黄昏の聖炎(フェスパァ=ツァイト)》を手にすることがあったらとんでもないことになる。


(イグニスに、頼まれたんだ)


 俺が《黄昏の聖炎(フェスパァ=ツァイト)》を従えろ、道化師には決して渡すなと。


「“罪には、罰をっ! ”」


 ごめんなおっちゃん。さっきの言葉は本当だ。あんたのことを助けたかったよ。会いたい奴がいるのに、会えないままで死にたくねーよな。

 隣穴にフロリアスの蔓を伸ばして……ディスブルー公の血液全てをかっ喰らう。カーネフェリアの血だ。血は水だ。カーネフェリアの血によって、この精霊を操る事が出来るなら! 第五公の血は、炎を打ち消す力に出来る。一か八かの賭けだが上手く行った。いや……炭化は免れたが、全身の大火傷までは癒やせなかった。そこまで上手くはいかないか。


「はぁ……はぁっ」


 まだ肉体に、俺達の精神は踏み留まれた。焼け残った手に俺が構える十字銃。精霊に命じ……銃を触媒として宿させた。この弾で撃ち抜かれれば、穴の下の連中と同じ事になる。……とまで解っていないだろうが、男は後ずさる。持ち帰りたかった精霊が、姿を消したと判断したのだ。


「……手負いの獣ほど、怖いものはないか。解った、今日の所はこれで終いだ」


 数術で男が姿を消すのを見届けて、俺はその場に倒れ込む。


(フロリス……悪ぃ。お前の体で、ここまでしか……出来なかった。行きたかったよな。お前……都まで)

《…………アルマ。僕はカーネフェリアのため。だけど、君はそうじゃない》

(何言ってんだ。一蓮托生だろ……俺も、お前と一緒に)



 阿迦奢が去った後、東の空が燃えた。胸騒ぎを感じつつ、ルキフェルは祈る。


(リオがシャルルスを目覚めさせようとしてくれている……私には祈ることしか出来ないなんて)


 精霊に働きかけ、術者であるシャルルスの覚醒を彼女は図っているが、自分は何も出来ない。そう思うと悔しさに呑み込まれそう。


(イグニス様……)


 主のロザリオを手に祈り続ける。過ぎた時間は解らない。唯……東が再び暗くなった頃、馬車の中が光り出したのだ。


「ち、ちょっとリオ! 上手く行ったの!? し、シャルルス!? 急に起き上がって大丈夫なの!?」


 倒れたシャルルスが身体を起こし、再びしっかり両手でマリウス様の手を握る。


(凄い……前回よりも、数値の行き交う量が桁違いだわ!)


「……これは――……“イグニス様”だ」

「え。え? えええ!? そんなの益々落ち着けないわよ!!」

「黙れ! 今度こそ、失敗したらお終いだ! 今は見守るしかないっ!!」


 今シャルルスの身体を操っているのが、イグニス様!? 信じられない。あの方はもう……命を落としたはずなのに。嬉しさと動揺、それから心配。はやり彼女の言うように、黙って祈り見守るしか出来ないのだろう。


「…………“精霊化”だ」

「……え?」


 怒鳴ったことを詫びるよう、リオが小声で話し出す。


「イグニス様が私を最後の供に選んでくださった、理由だ。私はイグニス様の精神を保管数術で運んでいたのだ。アルドール様の復元のために」

「“精霊化”って……ご自身を構成する元素を精霊にしたの!?」


 リオは精霊ならば大量に体内に保管できる、保管数術の使い手。

しかし一つの肉体には一つの精神しか宿れないのが普通。シャルルスアルマ、フロリアスのような存在は希有。保管数術であっても、生きた人間の精神は収納できない。

 人と精霊の違いは肉体の有無。人の保持する記憶は、肉体の記憶と精神の記憶が組み合わさり……膨大な情報量を持つ。実体を持たない精霊は、情報量も少ない。この違いが大きい。


(イグニス様なら何でも出来るでしょうけど……そんなことまで出来ただなんて)


 主の凄さに嬉しくもあり、知らないことがあることにちょっと傷ついたりもする。それでも主の片鱗を、こんな形で触れられるのは純粋に嬉しい。話したいことは幾らでもある。それでも……今は何もしてはいけない。


「…………でも、どうしてもっと早くイグニス様出してくれなかったの?」

「シャルルスとカーネフェリアを仮死状態にさせられたなら可能だったが。肝心の情報が足りなかった。復元にはフロリアスの協力が不可欠だった」


 何故出し惜しみをしたのだとリオに聞く。彼女は呆れながら私に答える。

 リオは死んだ人間……仮死状態の人間の身体ならば、数値に変えて保管できる。ハイレンコールの一件では悪用されてしまったが。


「あの方はもう存在しない。保管した精神も、死の領域にある。精霊化させ目覚めさせるためには膨大な元素が要る」

「膨大な元素…………まさか、さっきの東の光は!」

「シャルルスはアルマ。アルマはシャルルス。二人は切っても切り離せない。アルマが大精霊を従えたなら、シャルルスの肉体にも精霊の加護は流れ込む。その元素を使いイグニス様は目覚め……お前が目を瞑り祈っている間、私は仮死状態のシャルルスを保管した」

「それで、シャルルスの身体にイグニス様が……?」

「…………復元数術の、消費量は莫大だ。しっかりと見ろ。正真正銘……これがあの方の。最後の、数術だ」



「シャルルス!」


 掴んだ手。飛び出した言葉の意味は分からない。砂のように消えゆく彼を、そのままにはしたくなかった。窓の外、飛び出した世界は……あの砂漠。彼を掴んだはずの掌に、残っていたのは手ではない。小さな一体の人形。青い瞳に金の髪……伸びた髪は三つ編みに結ばれて、そこには願いが込められている。髪を束ねたリボンには、薄らと血の匂い。この人形には見覚えがある。

 確信があった。あの子に渡すのはこの人形だ。今なお必死に土人形を作り続ける黒い影。影が作っているのは等身大の土人形。そのどれもが僕の人形とは違う姿をしていた。僕はその人形達の名前を、一人一人……思い出せる。一人一人の名を呟くと、影は土を捏ねる手を止めた。


「この子が、シャルルス」

「!?」

「僕を……“俺”を助けに来てくれた。君も、そうなんだろ?」


 ここには土人形が二体足りない。思い出さなくても良いと思ったのか? 逃げようとする影を捕まえて、今度こそその手を掴む。


「人形がなくても解る。……ここにいないのは“ジャンヌ”、“君の名前はイグニスだ”」


 俺が名前を呼ぶことで影は実体を得、俺の親友へと変わって行った。


「…………それじゃあ、君は?」

「俺は……“俺はアルドール”。“お前の親友で、カーネフェルの王だ”!」


 俺の回答に、あの子は嬉しそうに泣いたんだ。昔見た涙とは違う。嗚呼、俺はずっと……彼の……そんな顔が見たかった。


「お帰りアルドール……」

「イ……」

「……でも、これでお別れだよ。今度こそ」


 俺が渡した人形を、彼は俺の腕へと押し戻し……顔を歪めて逡巡後、俺の手を強く振り払ったのだった。


「イグニス!!」


 その顔は、見たくない。昔と同じ顔で、泣かないでくれ。本当はそんなこと言いたくないんだろ。本当のことを教えてくれよ! 俺は探すから。お前の願いを叶える方法を!!


「君は、僕の……王だけど。僕は君の王じゃない! カーネフェルに帰れ!! 僕よりもっと、救うべき人がいるだろう!?」


 手を伸ばしても届かない。代わりに俺が掴んだ物は……


「お帰りなさい、“アルドール様”」

ここまで書くの辛かった。この後もっと辛いけど。一気に駆け抜けようと思います。

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