表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

12:ille crucem sceleris pretium tulit,hic diadema

(女王はラハイアの亡骸を操っていた。いつまた動き出すかも解らない)


 出来ることなら早くこの場を立ち去りたい。そこまであの女は読んでいるだろう。ならば今私が考えていることも筒抜けのはず。その上で、敢えて女王は手段を残した。私の心が張り裂けることを期待して。


(……ごめんなさい、ラハイア……エティ)


 ラハイアの傍に居た聖十字。私は私達のもう一人の学友の名を騙り、人々を欺いた。


「聖十字様、ラハイア様を襲ったというカーネフェル兵ですが、装備を見る限り名のある騎士と思われます。もう死んでいるようですが、如何致しましょう?」


 女王に憑依されないため、亡骸があってはならない。再びあの女が現れたら、その時こそ絶体絶命。

 英雄として儚く……犬死にとして散った友。本当ならば抱き締めて、手厚く埋葬したいのに。それさえあいつは許さない。私がカーネフェリアであるために、私は友の死さえ、深き眠りをも……冒涜する。何が聖女だ。あの女の嘲笑が耳の奥に鳴り響く。


(これでは私は……あの女と何も、変わらない)


 痛む心、悲しむ心。私の中に残った善が、私を偽善と責め立てる。罪の意識が概念ない……しかし己を善とも正義とも騙らぬ刹那姫の方が、まだまともなのではないか? かつて友に誓った正義の言葉が、私を内から蝕んだ。


(正義とは…………本当の、正義とは)


 多くの人が、泣かずに笑っていられることだ。例え私が涙しようと、悪と罵られようと! それが答えだ。私が正義だ。だから私は……絶対に、負けてはならない。


「カーネフェルへの見せしめだ…………八つ裂きにして、カーネフェリアを出迎えろ」



「シャルルス……なんだ、この連中は」


 第一島上陸後、倒せない敵が現れた。都に近付くにつれ……不死の兵は増えていく。フロリアスの動揺が僕にも伝わる。


「死者を操る数術です。道化師が使う禁術ですが……セネトレアで同様の術が開発されたか、奴の口利きがあったか」


 これまでは血を吸い取れば良かった。それでフロリアスは延命できた。しかし死者の軍勢は……血の一滴も通わない。動けないよう四肢を切り離すまで戦い続ける化け物だ。戦いが長引けば長引くほど、フロリアスの命は削られる。


(王宮にはラディウスが出入りしていた。その情報で空間転移は可能だけど……)


 正面突破しようとも王宮にセネトレア女王はいない。体だけを始末しても意味が無い。あの女の悪意を潰すには、カードを減らすには。


「まもなく第五公の兵がやって来ます。戦線の死守は彼らに任せ……他の道を探しましょう。貴方に与えたカードが無駄になるのは避けたい」

「……償いも果たさず、成果も出せずおめおめと逃げ帰れと?」

「状況が変わりました。本当の愚者とは、自分の死に場所以外で犬死にすることですよフロリアス。此処に王が追い付けば、彼らも幸福値を無駄にする。貴方は王を死なせるつもりか?」

「…………解った」


 僕の訴え兼脅しにようやく彼も引き下がる……かに思われた。


「だが、術者を叩けば状況は変えられる。これを操っているのは、道化師か……或いは混血の体を得た女王か第四公だ」


 都が目と鼻の先とあっては、諦めきれないのだろう。追い付いたカーネフェリアに、後は後始末だけというお膳立てをしたいフロリアス。話をするだけなら冷静な青年に思えるが、……彼らは兄妹。僕らと違い完全に二分化されておらず、彼らの境界は曖昧。フロリアスは青年フロリスと、少女フローリアから成る。フローリアはまだ幼さの残る少女。二人を納得させなければフロリアスは止まらない。


「死んで成果を出しても、アルドール様は喜ばないよフローリア」

「!」

「彼は、君ともう一度話がしたいと思う。君が倒れそうなら、君を支え……君を癒やし、一緒に戦いたいと思う。そういう人だ」


 不可指数術で敵から姿をくらましながら……僕はフロリアスを言いくるめようとする。子供に語りかけるよう、優しい口調で彼らに再び訴えた。


「君と僕の犬死にで、戦況を変えられそうだからこれまでは生き急いだ。でももう、僕らだけではどうしようもない」

《どうしようもない訳ねーだろ》


 フロリアスが思い悩む素振りを見せると同時に、僕の内から批判の声が上がる。……アルマだ。


(アルマ……今は君と言い争っている時間が無い。大人しくしていてくれ)

《はん! 弱虫こそ引っ込んでろ。俺様の嗅覚を舐めるな。そいつの言ってることは正しいんだ》

(アルマ、君は何を言っているか分かっているのか? これ以上の消耗戦は無意味だ!)

《お前こそ解ってねぇ! こいつらは、イグニスと同じ死の匂いがする。唯の死体じゃねぇ……このこだわりは、解るかボンクラ坊ちゃん? 簡単に量産出来ねぇってこった! ここを突破すりゃ、後は本当に……単純な命令しか聞けない。見栄えも良くねぇ死体しかいねぇ》


 ラディウスの調査から判明した、女王が殺した人間は多すぎる。しかし、首を刎ねられていて、既に使えない亡骸も多いと言うこと。胴体だけの骨や腐乱死体の軍が表立って戦えば……民の混乱も引き起こされる。普通の人間に見えるよう細工をするなら、もっと技術が必要だ。紛い物の血でも流れるように作らなければ不自然。それでもそこまで手の込んだ人形を作る理由はない。兵として人であることを疑われず……駒として最低限の戦いが出来れば、足止めにはなる。


(セネトレア側が欲しいのは、此方と交戦……衝突したという事実?)


 遠目から民にそれを目撃されることが目的? それなら、第五公の軍と第一島の勢力を戦わせてはならない?


《お前の言う通り、これ以上は時間の無駄だ。……そこで俺に案がある。むしろ、それ以外に手はねぇ。出来るはずだ、俺達四人なら》


 無理矢理アルマが表に出れば、不可指数術も無駄になる。彼女はフロリアスに自分の言葉を伝えろと僕を脅した。


「……フローリア、お前に俺をくれてやる。だから代わりに、“…………”を寄越せ」


 って、アルマが言ってます。誤魔化すように、僕は彼らに愛想笑いを送ったのだった。



「……止まった?」


 普段なら簡単に渡りきれる橋。それが数時間も掛かったのには理由が在る。

 ようやく橋の終わりが見えて来た。いよいよ私達も第一島上陸か……と言うところで、馬車が動かなくなる。再び先頭で何かがあった風。


「リオ、精霊は何て言ってるの?」

「ああ、今確認している」


 ルキフェルに急かされ私も若干苛立ちながら、先方の様子を探る。見れば、先頭の兵の間に恐怖が蔓延しているようだ。彼らは交戦しているが、相手の異常さを受け本来の力を発揮できていない。王も戸惑い、此方に指示を求めている。


(このままでは敵前逃亡をする者も出てくる頃合い。散り散りになれば、此方も危ういぞ)


 マリウスには何と伝えよう。動揺が私にも伝染している。数拍、呼吸を整えよう。私が息を吸ったところで、馬車が光に包まれた。流れ込んでくる情報群に、とうにいない人を想像し……現れた姿に失望と安堵を感じた。


「無事だったの、シャル!」


 空間転移で現れた同僚は、力なくその場に倒れ込む。ルキフェルが我立てて抱き起こすが、彼はかなり衰弱している。呼吸が整うまで会話も難しい様子だ。

 私は精霊に彼を癒やさせながら、彼に渡した精霊から情報を抜き出す。情報を受け取った時、私の顔が青ざめたこと……二人には見られてしまっただろうか。嘘を吐いてもどうにもならない。私は話すことにした。


「……マリウス様、二つの問題が生じています」

「……聞こう。続けてくれ」

「はっ。まず……兵を用いての正面突破が出来なくなりました。セネトレアは死者の軍勢を使い、王都への道を塞いでおります。彼らを殲滅することは、今の兵力では不可能です」

「別のルートは?」

「西方に別の道が。其方からジャンヌ様の所在を知れました。……が、騎士の精霊が位置情報を発信する以上、彼方も追い詰められていると考えられます」

「第五公にはこのまま前進して頂こう。我々は、西へ行く。公にもそのように伝えてくれ」


 シャルルスは何かを王に告げたいようであったが、すぐに諦め治療に専念した。彼が心に迷いを抱えたまま伝えに来た言葉。それはマリウスの判断と同じなのだろう。

 第五公に憑けた精霊にマリウスの言葉を伝えさせると、ゆっくりと……進軍が再開された。


(フロリアスに血を届ける。第五島の兵士の血と命を喰らって戦えと……アルドール様なら出来ない判断だ)


 冷酷だが賢明な判断。その決断を後押しするよう後方より風が吹く。とうとうセネトレア第一島・ベストバウアーまで上陸が成った。ほっと息を吐く間も無く、ルキフェルが呟く不安げな呟く声。


「“あの女がいないなら、とうに第一島へ上陸できている”……“言霊数術”……私達が上陸できたって事は、あの天九騎士の言葉通り……第四公が死んだって事なのかしら」

「……“第四公を排除すれば、お前達は必ず王都まで辿り着く”、とも言っていた。今は一時的に不在だが、恐らくまだ生きている」

「何よリオ、不在ってどういう……」

「…………アルマと、フローリアが。あの女と戦ってる」


 会話が出来る程度には回復したシャルルスが、咳き込みながら言葉を紡ぐ。立ち上がった彼は馬車に不可指数術を施そうとして再び倒れてしまう。


「無理をするな、その位なら私がやろう」


 私は精霊に頼み、馬車を外から感知できぬようにする。このまま第五公から離れ、西へと向かうよう御者にも事情を伝えた。


「第五公と共に戦いたければ降りてくれ。馬車は私が動かそう」

「いいえ、公爵様より皆様にお仕えするよう命じられています。こんな所で投げ出してしまったら、公爵様に顔向けできませんよ」


 御者となったのは、第五公の話し相手であったメイドだ。あの騎士様に骨抜きになり付いて来てしまった。御者台には聞こえぬよう防音数術を張っていたため、彼女は何故ランスとジャンヌが出て行ったのかも理解していない。忠義を果たしながら、意中の相手も追いかけられるならと上機嫌。第五公もこんな小娘を戦死させるのが忍びなく、私達に預けたとも取れる。


(……娘への贖罪のつもりか)


 本人以外に償ったところで、何も解決しないというのに。第五公は愚かな男だ。まぁいい、此方の味方であるのならこのまま利用させて貰うまで。私は精霊の反応があった場所に印を付け、地図を娘に手渡した。


「此処へ向かってくれ。なるべく急いで欲しい」

「解りました。お任せ下さい!」


 御者台から降り、私は皆に向き直る。この間もマリウスとルキフェルが話を聞き出してくれていた。


「ルキフェル、話はどうなった?」

「えっと……アルマの発案で試した数術は成功したみたい。その直後に空間転移をしたからシャルルスはボロボロで……」


 要領を得ない語り口。ルキフェルは考え込んだ後、自分の中で話をまとめ再び口を開いた。


「端的に言うと、数術得意のシャルの中に数術得意のフローリアが入ってる。肉弾戦得意のアルマが、やっぱり数術凄いけど肉体ボロボロのフロリアスの体に入ってる。アルマの精神力で、フロリアスは限界まで体を動かせる。二人はお互いの半身を、交換したのよ。元々二人が一人だった彼らだから出来た芸当でしょうね。フロリアスは数術の他に、アルマの戦闘センスも得て……これまでより上手く戦えているはずよ。そして……」

「…………僕らは、カーネフェリア様を復活させるために、戻りました。フローリアは、……いいえ、フロリアスはマリウス様に会うため此処へ」


 そう言って、シャルルスは自身の体をフローリアへ明け渡す。姿形は変わらないが、彼の纏う空気と数値が変わる。


「…………マリウス、様」

「……お前は」

「ごめんなさいっ、僕は……貴方を、王を守れなかった! 貴方が民と呼んでくれたのに……僕は二度も、貴方を殺してしまったんだ!」

「……顔を上げよ“フロリアス”。不甲斐ない王の元へ、よくぞ帰って来てくれた」


 頭を垂れる少年に顔を上げさせ、マリウスは視線を合わせようと膝を突く。


「騎士にさえ見限られた、情けない王のため……今も戦っておる其方を誰が責められよう? 私が追うとして戦うために、今一度民の……其方の力が必要だ」

「マリウス様……はい、どんなことでも! なんだって、致します!!」

「では…………唯、傍にいてくれ」


 優しく手を掴まれたフロリアスは、感極まって絶句している。自身の罪がこうも容易く許されたことに動揺している。


「今望まれているのは私ではない。アルドールだ。……しかし聞くところによれば、アルドールは私よりも未熟な王だ。だから……お前が導いてくれ。正しき王の、姿へと」


 フロリアスの返答を待たずに、引き起こされる数術反応。二人を包む数術群……二人の間を恐ろしいまでの数が往来している。これは、アルドール様に関する記憶の移行? 情報のサルベージ、再インストール!?


「情報数術!? ちょっと待って、これって発動させたのフロリアスじゃないわよね!? まさかマリウス様が!?」

「落ち着けルキフェル! アルドール様の数術代償は体温だ。炎の精霊に暖めさせる!!」

「でも似た事例だと、数術代償が違うこともあったわ! 代償的にはマリウス様は別人でしょう!?」

「解析を急がせる。低下している数値……これは!?」


 精霊が伝える解析結果。今数術を発動させたのはマリウスでもフロリアスでもなく、シャルルスであるということ。そして……使用している数術代償は。


「止めろシャルルス! お前はまだ、“願い”を叶えていないだろう!?」



 半分は自分の物ではない肉体。意識のリンクを切り離してしまえば、何も見えないし聞こえない。ゆっくりと記憶の海へと落ちて行く。そこには夢と現の区別もない。表に出られない間、僕らが見ているのは夢ではないのだ。剥き出しの心が、記憶の波に撫でられる。僕の知る記憶、知らない記憶……アルマの記憶。


(アルマ……もし僕らがちゃんと二人で生まれていたなら)


 僕らはどんな双子になれただろう? 君と喧嘩をしても殴り合う想像が出来ない。体が足りないから僕らは口喧嘩をするしかなかったね。こんな状況だけれど、そんな夢は叶った。

 フロリアスの中からフロリスの記憶と精神を、僕の中からアルマの記憶と精神を入れ替えた。初めて僕らは違う身体で話が出来た。

 生き急ぎ、死に急ぐ君は何のために戦う? 愛した人はもういないのに。


「俺はイグニスの仇を討つ。この体なら半殺しまでならいける」


 フロリアスの宿ったカードを握りしめ、アルマは決意を僕に語った。


「アルマ、それは犬死にだ。道化師はこんな所に出て来ない。行くならジャンヌの方だ。持ち場は逆にすべきだよ」

「適材適所だ、良いから行けっ! お前がいるからフロリアスが全力で戦えねぇんだよ!」


 巻き込まれたくなかったら逃げろと吐き捨て、アルマは数術を紡ぐ。全ての兵を蹴散らす気か!? 一から花を咲かせるのではなく、この場にある植物を利用している。荒廃した第一島に咲くサボテンにフロリアスの複合元素を叩き込みっ……屍人形を串刺しにする! 退避しなければ僕もやられてしまう。最後の忠告をしたアルマは、僕がいることもお構いなしに……大技を繰り出し続ける。


(……アルマ)


 僕はリオから預かった精霊を彼女へ飛ばし、空間転移を行った。精霊の加護を無くして消耗が増しただけじゃない。精神交換数術は難解だった。それで僕が弱ったことをアルマは見抜き……僕らを庇った。


 そして。そう、何とか皆の所へ僕らは飛ぶことが出来たのだ。今使った数術は大がかりな術だけど……弱った僕でも出来ること。数術代償は、元々幸福値である者はそれ以外の手段を持たない。しかし、他の代償を生まれ持つ者は……幸福値に置き換えることが出来る。他の代償で済むところ、わざわざ命を削るなど馬鹿なこと。そう考える者が殆どだ。


(極力数術を使わないように……)


 瞳をアルマと入れ替えカーネフェル人に扮し、一般的な純血の聖十字兵として教会兵器を用いて戦ってきた。しかし、星が降ればなりふり構っていられない。「状況に応じて、代償を使い分けてください」とは主……イグニス様の言葉。思い出すのは、懐かしい記憶。声を使わず精神だけで行う僕らの会話。


《気にせず使って良いんだぜ? お前の精神がすり減っていなくなったらお前の体ごと俺の物になる。楽しみだな、その日がイグニスの退位記念日だ!》

(表向きはまだ即位してないって)


 僕の体を得て、イグニス様を結婚で立場を取りあげるつもりだと……あの日アルマは言っていた。


(そんなことになる前に、幸福値使い切って僕は君ごと死ぬさ)

《あ! 恨むぞそんなことしたら!》

(君が暴れてイグニス様にあんなことしたから、僕の未来は潰れたんじゃないか)

《優秀なシャルルスさまは? 俺が出て来なきゃ退屈でクソつまんねぇ長いだけの人生送ってたんだろ。死んでるみたいな人生を。お前そんなんが本当に欲しかったのか?》


 あの日、アルマに呪い事を言われなかったことで僕は救われた。それを軽口に変えられるくらいには、僕たち二人の関係も改善されていた。


(……あはは。僕は君が羨ましいよ、アルマ。僕はそこまで誰にも心を傾けられない)


 漠然と生きてきた僕だ。必要とされ、仕える喜びはある。僕の力を発揮できる環境も。……それでも、心の底から心が震えるような感情の動きを僕は知りたい。そう願って生きて来た。そんな僕がジャンヌの傍へ、カーネフェルへ送られたこと。それはイグニス様から僕への祝福だった。

 カーネフェルの人々は、皆感情豊か。絶望の内でも明るく笑ってみたり、強がったり格好付けたり。かと思いきや、泣いたり深く傷ついたり怒り出したり。

 僕ら混血は、心が壊れているのだと思っていた。純血とは違う。辛い境遇で、同僚達も保護した子達も皆壊れ……何かが欠けた者ばかり。そんな彼ら以上に、一番僕らが欠けていた。

 体が足りないということは、その分心も足りないのだ。僕は信じて疑わなかった。運命の輪として手を汚す度、何も感じない優秀な僕の精神に……僕は絶望していった。罪を犯すことに同僚達は苦悩している。だから神子に縋り救いを求める。僕は傷つかないから、イグニス様への気持ちは揺るがない。僕に意味をくれた人――……ある程度大事で、それ以上には決してなれない。だからアルマが羨ましい。アルマのようになれたらどんなに、生きているのが楽しいだろうか。

 ……だから僕も擬態した。普通のカーネフェル人のように、感情があるように振る舞って。


(……ジャンヌ。君は僕の嘘に何一つ気付けなかった。そんな愚鈍さ……純粋さに僕は少し救われていた)


 君に大事な人を取り戻させてあげたい。ずっと戦い続けた君が。君の願いが何一つ、叶わないなんて僕は許せないんだ。

 君達と。カーネフェル人と過ごした時間は、僕に演技ではない心を、その灯火を与えてくれた。そして――……僕は、その先でフロリアスに出会う。純血にされてしまった混血に。


(出来損ないの混血……ずっと僕らだけだと思ってた)


 不完全な混血である君。それでも立派な心を持った君。君に死の運命を与えることになっても、今より君は長くは生きられる。


「待って、シャルルス!」


 すぐ傍で聞こえる少女の声。今はアルマに代わり、僕と肉体の同居を行う存在。“心の中、映し出す風景は……僕が綺麗と言った死の姿。フロリアスが作り出した、花々が咲き乱れる亡骸の丘。


「……主のいない世界はどんなものかと言ったね、フローリア。これが答えだ」


 僕の声に呼ばれるように彼女も姿を現して、同じ景色を二人眺める。情報数術の間、彼女の精神すら表に出られなくなったのだ。


「…………“何も、変わらなかったよ”」


 再び何も感じなくなる、心が壊れてしまうと思った。あの人を失うことは、世界を僕を失うことだと信じていたのに。


「そんなことない」


 不思議なものだ。死都ハイレンコールで、生前の彼女と出会ったこともない。フロリアスを通して知った彼女が、必死に僕へと呼びかける。


「貴方は変わった。私達が見ていた少しの時間の間にも……本当の顔を見せてくれるようになった」

「……うん。そうかも。…………そうだね」


 一つ変わったのは……何も変わらないことを僕が悲しいと思えるようになったこと。

 あの人がいなくなったこと。ルキフェルやリオのように悲しみたい。アルマのように怒りたい。僕は昔に戻っただけだった。あの人に出会う前の僕に。


「今のカーネフェリア様は、僕と同じなんだ。だから僕は彼を見つけられると思う。フロリアス……あの人を元に戻したいという、君の願いが傍にあるなら」

「人一人が犠牲になって、人一人を救うことは……正しい事なの?」

「正しい事だよ。彼に限っては」


 フロリアスも変わった。フロリスとフローリアに分かれたことで。分かれた二人が再び一人に戻されても、完全に元通りには戻れない。“唯カーネフェリアのために”……そう願い続けたフロリアスの内にも疑問が生まれた。それが切り離された、フローリア。


「君に聞こえていたか解らないけど、アルマが目覚める前に……フロリアス。フロリスが言ったんだ」


 フローリアは大事な妹だと。痛いのも苦しいのも耐えられない子供だと。フロリアスの肉体は苦しみながら死ぬ定めにある。フロリスは、フローリアに二度も苦しみの死を与えたくなかったのだ。


「フローリア、君に託したい事がある。聞いてくれるね?……この審判に、運命の輪全員がカードにはなれない。半数までは行かないけれど、二十枚近くを僕らに宿すことは出来ないから」


 AとKの傍からカードは決められていく。それでも神子の配下全てをカードにすることは不可能。あぶれる者は現れる。


「力を使ったときにしか浮かび上がらないけど、これがもう一つのカード」


 今の僕の姿はイメージ映像になるけれど、心臓の真上に光る紋章をフローリアに見せた。


「運命の輪は、違う場所にカードが刻まれている。僕らも生き延びることは出来ないし、道化師は殺せない。それでも一人一人が呪いか祝福を残せる」


 カード持ちの運命の輪は、トランプカードと大アルカナカードの二枚持ち。これまで散った同僚達も皆、決して犬死にではない。


「僕はこの手に紋章を持たないけど、心臓に紋章がある。僕はその力を君に託そうと思う」

「……それが、貴方の数術代償? シャルルス! 貴方はこの数術で、消えてしまうつもりなの!?」

「僕は知ってることも多いけど、知らないことが多いんだ。そんな僕に、正義の意味を主は教えてくれた」


 優秀と持てはやされてきたシャルルス。その僕が無駄に生きること、燻っていることをあの人は良しとしなかった。


「出来る力があるのにそれを行わないこと。救える者を見捨てること。それこそが悪だ」


 肉体は数字で構成される。精神もまた同様に。僕の数術代償は、僕の精神を消費する。僕が数術使いとして生きることを決めたなら、僕の精神はいつか消えて無くなる。そのためにアルマがいた。何時か僕の体は、あの子の物となるはずだった。それがアルマの決断によって、譲り渡される相手がフローリアへと移行した。


(出来る、僕には出来る。アルドールとマリウスを知るフローリアの情報があれば!)


 僕は優秀なんだ。代償全てを支払えば、絶対にアルドール様を復元出来る。最初から消え失せる定めなら。だから僕は感情を知らずに生きていた。これは保護装置だったんだ。消え失せる瞬間に、僕が悲しいと思わぬように!


(大丈夫。僕は……)


 誰の一番にもならないように生きて来た。僕がいなくなっても大丈夫。悲しんでくれる人は、精々アルマくらいだ。そのアルマでさえも、死を見据えた戦いに身を置いている。だから寂しくなんかない。


(接続成功! カーネフェリアの記憶領域に同調……)

「…………っ、いなくならないでよシャルルス!」


 アルドール様の情報へアクセスした瞬間、聞こえたフローリアの泣き声。情報数術に、彼女の雑音が混ざり込む。


(“フローリア強制終了”っ! 接続再開っ!!)


 これでどうだ? 不安になる。ちゃんとアルドール様の意識に入り込めただろうか? 彼女の雑音によって、数術が失敗したなら大事だ。本当に取り返しが付かない。


(…………ここは、何処なんだ? 暗い…………何の記憶も、心象風景も見えない)


 この虚無が。広がる暗闇が彼の情報墓地なのか? 信じられない。僕の知る限りの少年王は、もっと感情豊かで他者への愛を持った人だった。初期化されたからって、ここまで空洞になる物か? これが、人の手により壊された……人間。セネトレアの悪しき数術、その破壊の爪痕。


「“アージン”“フローリプ”“ルクリース”……“ユーカー”“ランス”“トリシュ”“パルシヴァル”っ……」


 名前と共に情報を流し込んでも、暗闇は暗闇のまま。大事な名前ほど口にしたくなかった。そのどれもが何の反応も示さないことが恐ろしくて。

「“マリアージュ”、“エレイン”、……“レーヴェ”、“キール”……“双陸”、“エルス”」

「“ジャンヌ”! …………“ギメル”、…………“イグニス”」

「……“フロリアス”、…………“マリア”」


 罪の記憶を呼び起こそうと、傷付けた者……散った名前も駄目だった。 切り札と、思った名前も駄目だった。


「“アルドール”」


 もう思いつく名がなくて、最後に絞り出したのが彼の名前だ。その瞬間、世界が僅かに明るくなる。そうか、彼は皆の名前を忘れても……呼ばれ続けた名前は僅かに覚えているのだ。イグニス様は何度だって、その名で彼を呼んで来た。


「アルドール……“アルドール=トリオンフィ”!」


 僕の知りうる限りの情報。フローリアの記憶領域からも引き出す音声情報。僕らが耳にした、仲間からの情報で受け取った、彼を呼ぶ音声全てをこの空間に叩き込む!



「シャルルス……マリウス様」


 二人は手を繋いだまま、ずっと眠り続けている。膨大な情報の流れが彼らの間を行き来しているのだ。馬車は目的地へと近付くが、眠ったままの彼らを危険な場所へは運べない。私達はジャンヌ様がいるという場所から離れた森の中に馬車を隠した。


「これでは動きようがない。だが……いざとなったらルキフェル、お前だけでも救援に行ってくれ。村の様子は精霊に探らせる」

「うん……なんだか不穏な感じよね。火の手も上がってる」


 村を焼いたのは誰か。ジャンヌ様がやったとは思えないが、彼らが合流したと言う聖十字は何者だ? ラハイアが生きているはずが無い。今、ジャンヌ様とランス様は窮地に追い込まれている。


「ち、ちょっとリオ!? どうしたのあんた!! こんな時に止めてよあんたまで……」


 精霊を飛ばしたリオが、突然呻き……馬車を飛び出す。彼女は外で吐いていた。戦地で過ごした過去がある、そんな彼女が吐く程の情報があったのか? 馬車に戻った彼女を介抱しながら私は口を尖らせる。


「…………何が、見えたの?」

「……言いたく、ない。だが、あの子は何も悪くない。あの状況で、よく辛い判断を下したと……褒めて、抱き締めてやりたい。だが…………私の教え子の、あんな姿を見るのは…………私が死ぬよりも辛い」


 ジャンヌ様は無事? でもその言い方は、他の教え子に何かがあったように聞こえる。ではラハイアは本人だった? 少なくとも肉体は。


「……ラハイアに、何があったの?」


 シャルルス達が出会った死者の軍勢。その情報と照らし合わせ、私にも答えが見えてくる。答えないリオに代わって、一つ一つを問い質す。抱え込むな。ライバルでも仲間でしょう? 共に果たすべき使命がある。私の追求を受け、リオも語る決心をする。隠すことが時間の無駄だと葛藤に蹴りをつけたのだ。


「奴も、あの方に選ばれた。大アルカナの加護がある。あの馬鹿は、戦わずに死んだ。…………発動したのは、祝福ではない」


 掌のカードはイグニス様が使い潰したカードに戻した。心臓の紋章は、既に解き放たれ彼の肉体には残らない。


「あれは呪いだ。彼は最期の瞬間に……この世界を呪ったのだ」


 聖人として生きた男が絶望の中惨めに死んだ。その呪いは如何ほどか。考えるだけでぞっとした。


「彼の心臓カードって……“吊された男”よね? 本当なら、その呪いは女王へ向かう物ではないの?」


 彼の犠牲はセネトレア平定に役立つ布石。彼は生き延びても散っても重要な位置付けのカードである。


「…………無差別に呪いたくなるほど、彼の絶望は深い。あれの亡骸は、災いを呼び込む。ましてや、傷付けたり等……してはならなかった。あれは、あれ以上……苦しみたく、なかったのだ」

「あの二人が、何かを……してしまったの? 私が今から行って、状況は変えられる?」

「これ以上は近づけない。二人が逃れてくるまでは無理だ。あの村全てが呪いに汚染されている」

「…………大アルカナの存在も、力も知らずに。セネトレア側はこの状況を用意したってわけ?」

「………………それが“言霊数術”だ」


 刹那姫に与えられた祝福。彼女と敵対する私達への災い。解決の糸口も、希望の光も何も見えない。私は形見のロザリオを握りしめて祈ることしか出来ないのか。


(イグニス様……どうか、我々を。彼らをお守りください)



久々に絵本書けて嬉しい。嬉しいのにこんな展開だよちくしょう。こんな展開しかないよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ