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11:fiat lux

 「リオ、ルキフェル。力を貸してくれ。私は…………俺は、記憶を取り戻したい。あの二人が知る、アルドールに戻りたい」


 全てを消されてしまった、心を持たない哀れな人形。そんな彼が命令ではなく自分の意思で、過去を取り戻したいと口にした。


(……信じ、られない)


 その光景をルキフェルは恐れ、崇めながら凝視する。彼の背後に見えないものが見えていた。今この場所に、私はあの方の存在を感じている。

 これは奇跡だ。計算された……奇跡。涙を流したカーネフェル王。彼に記憶は残っていないが、彼の身体には情報が残っていた。中身には何もないけれど、五感に蓄積されたバックアップ。その情報を彼の頭に叩き込めば…………完全に同じ人間に戻れるかは不明だが、“アルドール”として生きてきた記憶をマリウスは取り戻す。


(イグニス様は、ここまで見越していたの?)


 違う。届いたのだ。あの方の祈りが……心が。呪われた少年王の元まで。そう、これは奇跡。それでも……足りない。


(材料は揃った。でも、それだけの情報数術を成功させられる……神子クラスの情報数術の使い手が、いない)


 セネトレアの魔女は死んだ。イグニス様も。彼ら二人に並ぶ情報数術の使い手は、…………精々あと一人。その一人は私達の最大の敵なのだ。


(イグニス様は…………この瞬間のために。今この時のために。今日まで生き延びたかったはずなのに)


 あの方は命を投げ出された。カーネフェルのために、この少年のために。そして私達に託された。手段はまだあると……私達を信じて下さった。だから私達は、出来ないなんて口が裂けても言えない!


 「マリウス様を、アルドール様に戻す方法は……あります。方法としては二つ。ですがそのどちらを選んでも、多くの犠牲を払うことになる」


 リオの返答は、誠実な物だった。足りない才能は数で補う他にない。イグニス様なら一人で出来たであろう数術。それを何人か、何十人か。


 「共通事項としては戦力の低下。ですから今すぐにということは……私には勧められません」

 「……解った。では機が熟したならば教えて欲しい」


 リオの言葉を受け……マリウス様は頷き、ようやく涙を拭う。


 「ええ、必ずや。お約束致します」

 「そうか、では」


 マリウス様がリオへと差し出すのは小指。指切りだろうか? 戸惑いがちに彼女がそれに応じると、彼の方が面食らう。


 「不思議だな。……昔、誰かと。こんなことをした……ような気がする。それを思うと胸のこの辺りが温かくなるのだが……どうしてか痛む」


 随分と幼い頃の記憶のようだ。それだけ大事に覚えているのだ…………イグニス様かギメル様とのやり取りだろう。

 そんな折……私達も橋を渡りきったのか、幌の向こうに広がる景色が一気に変わる。南国の第五島とは草木もまるで異なるそこは、切り開かれた人間の園。開拓されて自然は殆ど残らない。第五公は、微かに残る森の中に兵を分散させて夜営を設けた。


 「ジャンヌに精霊は憑けてあるが、追跡できない。あの騎士は敵に回ると厄介だな。命知らずで……何でもする」

 「場所が解らないまま、無闇には動けないって事よね。マリウス様、お辛いでしょうが堪えて下さい」


 ジャンヌ様とランス様を追いたいが、足取りが掴めない。コートカードが本気で逃げれば私達では太刀打ちできないのも当然だが、徒に幸福値を消費しているのではないか? 早く合流しなければ、カーネフェルにとって良くないことになる。


(あのソフィアが二度もしくじった相手。第四公……ファルマシアン)


 奴がまだ仕掛けて来ないのが気がかりだ。リオもその懸念があるから動けない。一度憑依された身だ。合流しても彼らの信頼を得られなければ意味が無い。身の潔白を証明するには、第四公を始末する必要がある。


(……はぁ、どうしよう)


 人知れず漏れた溜め息。直後私は、誰かに頭を撫でられる。マリウス様だ。私は男が嫌いで触れられるなんて何より苦手なはずなのに、彼の手からは嫌な感じがしなかった。性的な欲が何もない、心からの労り。彼もまた、人ではない。彼が人間としては欠けているのも頷ける。


 「えっと、……マリウス様?」

 「……私は何故、このようなことを?」


 私に聞かれても困る質問。彼は私を撫でた掌を、繁々と観察し出す。何事だと固まる私に、リオが自身の考えを告げる。


 「恐らくは、フローリプ様に対する対応なのでは?」

 「なるほどね。ねぇ、リオ。こういう些細なことでもさ……接触で感情方面だけでも先に取り戻せたら、復元時の情報数術の情報量を減らせるかも。彼の五感を刺激するような……何か記録は残っていないかしら?」

 「記録となると……不慮の事故でイグニス様の胸部に触れて、あの事実が明るみに出たという話くらいしか私は知らないな」

 「マリウス様には罪がないけど、アルドール様が復元されたら殺したいんだけどどうしよう」

 「我慢しろ。私も我慢する。それにだルキフェル。そもそも……彼が“アルドール”として生きた時間は、トリオンフィ家での記憶が大半だ。だから今の行動も妹君との記憶のなぞりなのだ。カーネフェルに来てからの記憶など、大して残っていない」

 「イグニス様ギメル様……アージン様、ルクリース様、フローリプ様…………そうね、お手上げだわ」


 シャトランジアの面々は、アルドール様と過ごした時間も長い。彼を形作る基盤として、シャトランジアとトリオンフィ家は欠かせない。私がアージン様を守りきれていたならば。悔やむ私に、リオは首を横に振る。


 「ジャンヌに懐いたのは。ジャンヌを恐れたのは。アージン殿とあれが似ていたためだろう。何事もなければ、ご養子殿は彼女と結ばれる手筈であったのだから」

 「まぁ、夫人が狂わなければ本来そのつもりよね。真純血の血を、自分の家に取り込みたかったんだろうし」


 同じ聖十字で、男装役の兵士。どちらも婚約者的立ち位置。イグニス様は、アージン様の死さえ利用した。引け目負い目でジャンヌ様は……“大切な人”になる。意識するなと言うのが無理だ。今度こそは死なせたくないと彼は強く願っただろう。


(誰より大事な人を。死なせないために他の相手と結びつけるだなんて……)


 それは狂気じみていて、純粋で崇高な愛情だ。私達の主は、恐ろしい人。そして悲しい人。もはや人とは呼べない。精霊を従える内に、あの人まで精霊になってしまったのではないか? 本当に報われない。あの人も、そんなあの人を思う私達も。


 「トリオンフィ家か……私もお前もシャトランジアには長いが、ルキフェルお前は何処まで知っている?」

 「あの成金貴族でしょ? 元々地主崩れの土地持ちとかで、それで貴族の末端になったはずよ。名ばかりの貴族が何代かでプライドだけ膨れあがって……入り婿の夫に商才あって、そこから貿易で爆稼ぎしたんじゃなかった? 悪い噂時々聞いていたし」

 「ああ。当たらずといえども遠からず。大凡そのような認識で正解だ。社交界での評判は良くない。アージンの活躍で、評価が変わって来てはいたが」

 「もしかして……アージン様もあんたの教え子だったの?」


 私達のやり取りを、マリウス様も注視する。飛び出す見知らぬ名前達が、聴覚から彼に何かをもたらす可能性もあり、私達はシャトランジアでの話を展開させた。


 「…………接する機会は多くなかったが、話をしたことはある。一般兵と貴族の令嬢を、同じ立場で教育するわけにはいかないからな。彼女は勤勉で優れた兵士だったが、最前線に送り出される教育はされていない。配属されたのも安全なシャトランジア内での警備。私が教鞭を振るったのは、最前線に行く……死と隣り合わせの教え子達だ」

 「……ごめん。もしかしてあんた、アージン様のこと良く思ってないの? そりゃ、温室育ちのぬくぬくご令嬢に見えるかも知れないけど、あの人はあの人なりに人の何倍以上も努力していた方よ。私があの方に私情でフィルター掛かってるのは認めるけど……家で大人しくしていれば綺麗なドレスで美味しい物だけ食べて、ゆくゆくは好きな男と一緒になれた勝ち組じゃない? そういうの投げ出して、聖十字に命を捧げた訳よ。表面上は混血にも理解を示してくれたし、最後は……混血の私を守ってくれた」

 「私に絡むな馬鹿者が。彼女については傑物だとは認めている。よくあんな両親から清廉な娘が育ったものだと感心するよ」

 「二人とも、もう少しゆっくり喋ってくれないか? 情報の整理が追い付かない」

 「マリウス様! 馬車に文字を刻んではなりません!」

 「しかしだな、リオ……」


 ヒートアップする私達のシャトランジアトーク。マリウス様は書き記す物を求めていたが、そんな物的証拠は残せない。私は食料袋を漁り、パンや干し肉にナイフで文字を刻ませ……皆で食べることにした。


 「なんだこの儀式は」

 「いいじゃない。それで何か一つでも思い出して頂けるなら」


 要約された情報と、人名が刻まれたパンを頬張り……リオは苦渋に満ちた表情。腹が膨れれば何でも良いと私はあきらめ顔で咀嚼する。マリウス様だけが楽しそう。


 「はぁ……でもまぁ、確かにやるせないかも。時間的には接触情報的には確かに少ないわけだけど、騎士様達は悲しくなるわよね」

 「臣下の礼を取る以上、迂闊に触れ合ったりはないだろう? 当然だ」

 「それなら無礼フレンドリーのセレスタイン卿辺りはどう? 気軽に殴ったり触ったりくらいしたんじゃないの?」

 「一理あるが、文脈に悪意があるぞルキフェル。それでは暴行の上犯行に及んだような口ぶりだ」


 「…………セレスタイン。それも私の騎士だったのか?」


 その名も肉に刻むべきかと、マリウス様が顔を上げる。


 「騎士か騎士でないかと言えば騎士ですけど、貴方に鞍替えはしていない先王の懐剣ですよ。ランス様の大親友で……まぁ、二人は色々疑われるくらい仲睦まじいお二人で」

 「あれは共依存というよりは、呪いで祝福と呼ぶべきか。我々の主……イグニス様とアルドール様も似て非なるご関係です。似通う点もお有りかと」

 「呪いで……祝福」


 耳から体内に届けられた言葉を並べ、彼は何やら考え込んだ。気になる言葉を繰り返し呟きながら。


 「イグニス…………イグニスという人について、もっと知りたい。話せる範囲で、どんな人だったか教えてくれ」

 「それは私にお任せ下さい! イグニス様について語れば私の右に出る者はいません! さ、マリウス様!」

 「落ち着けルキフェル。身体も頭も休ませなければ、いざという時戦えん。あまり無理をさせるな。マリウス様はお疲れなのだ」

 「良いじゃない、こんな時だから。イグニス様の話をしたら、良い夢見て眠れるわよ。マリウス様も、私達も」


 イグニス様は天使のように美しく可愛らしい方で……出会った日は、私自分が死んだのかと思ったんです。天の御遣いが迎えに来て下さったのだと。ようやくこのクソみたいな大嫌いな世界からおさらば出来るって、嬉しくて私は泣いてしまった。


 「でもあの方には天使の翼がなくて、私を連れて行ったのも天国ではなかったんです」


 *


 「混血って最高だよな。色はまぁ派手だが、どいつも可愛い面して……ハズレがない」


 恍惚とした男の声。不快で耳を削ぎ落としたくなる。私の方の耳を。


 「だが物足りない。そういう風に使われた連中は、発育が悪い。ガキみてーな貧相な体つき。その点君は最高だ、ルキフェル。君を売り飛ばしたらいったい幾らの値が付くだろう?」

 「お褒めに預かり反吐が出るわ、変態生殖者!」


 混血は純血の良い玩具。純血と混血との間に子が生まれた事実、前例が存在しないから。美しい外見で、避妊も必要ない最高の嗜好品。


 「暴れるな。こいつがどうなっても良いのか?」

 「助けて、やめて! 助けてルキ!」

 「どうなってもいいわ、そんな奴。純血なんか、大っ嫌い! 地獄でっ……神の、私の家を汚した罪を詫びなさい!」


 友人だった女の悲鳴を聞き流し、私は剣を構えた。あいつは私を嵌めたのだ。こんな顔だけの男。愚かな恋のために、私をこいつに売ったのだ!

 彼女を盾にした男。あの子ごと刺し殺そうと思ったのに、寸前で私の手が止まる。


(どう、して……?)


 被害者は私よ。悪いのはお前達。それなのに、どうして泣くのよ。神に祈るように私を見るの? 助けてなんて言わないで。


 「……馬鹿な、女だ。お前はどうしようもないくらい、善人なんだよ。良い子ちゃん? お前は大事な教会を、穢すことが出来ないんだよ!!」


 蹴り飛ばされて、私の手から剣が離れる。用済みだとあの子を放り投げ、男は私の手を思いきり踏みつけた。


 「骨が折れたか? 混血って言っても、身体能力の差は無いんだな。唯の無力な女だ」

 「ぐっ……、その……汚ねぇ足をさっさと退けろ! クソ野郎っ!!」

 「ははは、清楚なシスターに口汚く罵られるのも興奮する。これから口の利き方を教えてやるから覚悟しておけ。なぁ、ルキフェル? 俺はお前のことはよく知っているよ。そこの馬鹿が、俺を喜ばせようと何でも話してくれたからな。お前の母親も上玉だったらしいじゃないか。そこに混血補正が加わって、お前が良い女なのも頷ける」


 見定めるよう身体を舐め回す、男の視線に吐き気がした。視線で人を殺せたら。そんな力が欲しいと願っても、私の状況は何も変わらない。


 「お前の母親は、教会に逃げ込んだから迫害を免れた。お前も今日まで生きて来られた。そんなお前に人を殺せるわけがないだろう? こいつや俺がどんなに憎かろうと、お前は傷付けることも出来ない。教会を血で穢すわけにはいかないからな」

 「混血は、私は……お前等の道具になるため生まれたんじゃないわ! 私は私を守って生かしてくれた人の命を背負ってる! その人の願いのために、祈りのために!! 私は幸せになるために、生まれ生き延びたのよ!」

 「精々好きに叫け。なぁ、ロリー? 何時までその強がりが続くか、秒で正確に計ってくれよ。上手に出来たら後でお前も可愛がってやる! 可哀想になぁ、ルキフェルちゃん? お前はこれから血で穢すんだよ大事な家を! お前の血でな!」


 私は混血なのに、どうしてこんなに無力なのだろう。私が何か悪いことをした? ただ生まれて生きているだけじゃない。

 生き延びたこと、感謝と祈りに生涯を捧げよう。そんなささやかな願いも叶えられないの? 私が、混血だから? 神様は、私の願いを、祈りを聞いて下さらなかった。違う、もう彼らは存在しないのだ。そうでなければこんな奴。こんな人間達、とっくの昔に滅ぼしているわ!


(神が罰を下さないなら。悪意に踏みにじられるならっ……! この名前通り、私は“悪魔”になってやる!!)


 恨み憎しみ、人間が抱え得る全ての醜い感情に身を明け渡し、私は全てを呪おうとした。その時だった。パンと短く響いた音は、それは最後の時を告げるラッパだろうか? 天の門が開かれた音? 暗い地下まで暴く光は、室内全てを焼き尽くし……神の怒りを告げる雷。


 「……間に合って、良かった」


 私の家を汚した人は、一滴の血も残さない。蔓延る悪を全て、神の怒りで焼き払ったのだ。もうお終い。そんな所で救世主。全てが都合の良い夢のようで、私は本当に死んでしまったのだと泣き出した。そんな私を抱き締めて、あの人が優しく背中をさすって下さった。


 「君の罪は、僕の罪だ。君の手が汚れなくて良かったよ」


 温かい。この人は神様でも天使様でもなくて、生きた人間。温度を感じる私も、生きているんだと安堵して……私は子供のようにまた泣いた。


 「神の家に宿った光……君に悪魔は似合わない。次の数字を与えよう、“ルキフェル=ラ=トゥール”」


 唯の悪魔であった私に、あの方は人としての名前と祈りを下さった。


 「明けの明星……良い名前じゃないか、“ルキフェル”。君にぴったりだ」


 違います。違うんですよイグニス様。貴方が私の光だったんです。

 運命の輪は汚れ仕事ばかりですけど、それからもイグニス様は、私には人殺しの役を決して任されませんでした。仲間のように私もお役に立ちたいと言う度に、私はあの方を困らせた。しかし非日常を生きる彼らに、日常を与える役を。神の家を守る役を命じられたのです。


 *


 「イグニス様は……そんな風に、呪いを祝福に変えて下さったのです。私だけじゃない。仲間の多くがあの方に救いを見出しました。そんなイグニス様のお言葉だから……私達は貴方を信じます。“アルドール様”が、最後の一枚となって……この腐った世界を本当に正しくて、優しい世界にしてくれるって信じています」

 「ルキフェルは、イグニスを愛しているのだな」

 「ぶはっ……! あ、あああああいあいあいあ愛……して、ますけど! 低俗なそういうのではなくて、もっと神聖な愛です!」


 イグニス様は私の恩人でヒーローだと伝えたはずなのに、要約されてしまった。それが正解なのがちょっと悔しい。恥ずかしい。


 「感謝するぞルキフェル。そんな出会いなら、大切に思うのも解る。……それが私の親友か。早く思い出したいものだな、どんな風に出会って……どんな風に俺がイグニスを思っていたのか」

 「…………たまに、言われました。私とアルドール様がちょっと似てるって」

 「私と、お前とが?」

 「盲目的に慕っていた。そういう意味でだと思いますけど。だから……私が初めてあの方をお名前でお呼びした時、イグニス様はとても嬉しそうでした。命令ではなく私が自分の意思で、歩み寄ろうとしたことが」


 私の中に失った記憶のヒントがあるのでは? じっと見つめられても困り、釈明を行った。


 「盲目だったのは事実です。私は運命の輪で一番最初に救われました」


 だから私は知っているのだ。あの方の憂い顔。その理由が、目の前の少年に在ることも。


 「イグニス様は私にはいつも優しくて……私を悪く言うことは一度もありませんでした。大事に大事にされたけど、私はアルドール様が羨ましい。あの方は貴方の前だけで、神子の仮面を外されるのです」


 私達にとっては神聖な人。そんな神子様が、肩の荷を解かれ年相応の子供に帰る。私もそんな風に、神子ではないあの人と……もっと話がしたかった。馬鹿なことだと思う。生涯を信仰に捧げようとした私が、唯一人の人間として……あの方と。あんなにも呪わしく思った。忌み嫌った人の営み。誰かの幸せを見送るだけ、そんな暮らしが辛く思えるなんて思わなかった。誰も愛さずに生きようと誓ったのに、貴方に愛されたいだなんて。


 「何を言っても貴方があの人を嫌わないことを知っているから。貴方に酷いことも言う。貴方との深い信頼があってのことです」

 「軽口を叩けるような仲か。俺は言い返していたか?」

 「いいえ。あの方の言葉、対応全てが貴方にとって福音でした。そんな関係をあの方は、呪わしくお思いで。ですから貴方が、カーネフェルが独り立ちした時……イグニス様はとてもお喜びでした」


 真名を知ってしまうこと。今回の件はいつか起こり得たこと。先読みの神子は当然策を練っている。イグニス様を信じるなら、今セネトレアにいるメンバーだけで対応出来るはずなのだ。


(今、セネトレアに…………)


 そうだ、早い段階で送り込まれた仲間が数人居る。彼らは第一島に派遣されていた。彼らと連絡が取れたなら。そう考えて真っ先に思い出すのは赤毛の同僚だ。


 「アルドール様が知らない時間の中……あの方の傍に、一番長くお仕えしたのは私です。私を先に助けたことで、間に合わなかった仲間もいます。本当に助けが欲しいときに、誰にも救われなかった仲間がいます。……第四公は、そんな仲間の仇です」

 「ほう、お前があれを仲間と言うか? どういう心境の変化だルキフェル?」

 「う、五月蠅いわね!」

 「ルキフェル、もう少し聞きたい」


 眠くなってきたのだろうか? 目を擦りながら……マリウス様は続きをせがむ。面白い話ではないのに、彼は情報に貪欲だった。


 「第四公は……最低で最悪の女です。あいつが歪んで当然。女の尊厳を傷付けるのが、男ばかりとは限らない。あれはその象徴たる悪です」


 私とは違うトラウマと過去を背負ったソフィア。間に合った私と、間に合わなかったあの子。同じ景色を見ていても、感じる心は別だろう。あの子にこのセネトレアは……どんな風に見えているのか。

 都は目と鼻の先。迂闊に動けないのは、あの女が残っているから。ソフィア同様目を付けられたジャンヌ様の身に、危険が迫っている。


 「ジャンヌ様を、必ずお助け致しましょう。約束します。アージン様を守れなかった私ですが…………貴方の傍に居る限り、私は彼女を救えます。だから絶対に、助けましょうアルドール様!」


 目を瞑り頷く“アルドール”様の小指を握り、私も彼と指切りをした。

十字編①の女教皇【逆】で書こうとした所の一部抜粋、ルキフェル回。

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