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1-4 覚悟を決めるとき

 「この男が・・・・・・ですか?」

 「はい。あの物体があった場所に倒れていました。あの巨大な物体は、この男が新型魔法で生み出したものだと思われます」

 

 ビルはじっと男を見つめている。ラスコー王国では珍しい東洋人だからか、見たこともない体に密着したような服装をしているからか。

 

 「よく寝てますね・・・・・・この年で魔力酔いですか」

 

 カルロスはあきれた様子で男の寝顔を見ている。

 東洋人の男は魔力酔いのためにぐっすりと眠っていた。何度か揺さぶってみたが、起きる気配はない。普通、魔力酔いは魔法を習い始めの、子どもに多い。二十代の大人がなることは、まずない。よほど魔法の才能がないのだろうか?

 アダムとターニアは倒れていた男を砦の中の、兵士の宿舎のベッドに寝かせた。万が一この男が敵であった時のことを考えてリサとマリーとは別室だ。男の自転車は砦の入り口に、リュックサックはベッドの横に置いてある。

  

 「ターニア、この男は本当にブラフとは関係ないのか?」

 

 ビルはターニアに尋ねる。魔物の気配に一番敏感なのは、忍びの勇者であるターニアだ。彼女の判断が一番信用できる。

  

 「たぶん、ブラフや魔王軍とは関係ないと思うよ。変な道具はたくさん持っているけど、邪悪な気配や魔物の気配は一切しない」

 「関係があるとすれば他国、ブリテンかゲルマンでしょう。そこは起きてから本人に聞くしかありませんが」


 ターニアの説明にアダムが補足する。そして、話を続ける。

 

 「この東洋人の男はどこかの村で引き取ってもらおう。幸い、ここから王都までにはいくつか村が集まっている。そんなことより、これからのことについてだ」

 

 巨大物体のことで中断していたこれからのことについて話し始めた。


 「さっきも言ったとおり、この砦は放棄。王都に戻り体勢を立て直す。途中ブラフの襲撃を受けることも想定して、全員で移動する」 


 「リーダー、現状を踏まえるとそれでは・・・・・・」

 

 カルロスが意見する。ブラフの永遠の闇に対する方策がないこと、さらにリサとマリーが動けないこと、そして今、行き倒れの男を拾ってしまったことについての不安からだ。

 アダムは「わかっている」とカルロスの声を遮った。

  

 「カルロスの言う通り、現状を踏まえると戦闘は極力避けたい。そこで、ブラフの目を欺くため、日数はかかるが遠回りをしようと思う」


 ジャンドール砦から王都・オルレイアンまでは最短で一日で着くが、遠回りして険しい山道を進むと一週間ほどかかる。その代わり、ほとんど使われることのないルートなので、ブラフに見つかることはないはずだ。


 「一週間かかるあの山道ですか・・・・・・」

 「でも、たしかに見つかることはないかと思います」

 「結構大変だね・・・・・・」

 

 ビル、カルロス、ターニアの三人からは嫌そうな声が漏れる。だが、ここは納得してもらうしかない。


 「リサさんたちは、荷車に乗せて運ぶ。下の倉庫に一台、他の荷物に埋もれて大きなのが残っていた・・・・・・みんな、こんな不甲斐ないリーダーですまない。だが、みんなの命を守り、使命を達成するためなんだ。協力してくれ」


 そう言ってアダムは深く頭を下げた。

 アダム達勇者は、この国の貴族の出身だ。

 この国の貴族は安易に頭を下げてはならないとされている。

 王族以外、儀式や挨拶以外に頭を下げることは、特に今のアダムのように深く頭を下げることは、自らの誇りを捨てる行為だとされている。

 その行為をアダムが行ったのは、誇りを捨ててでも成し遂げたい、生き残ったメンバーを無事に返したいという、強い思いからだった。

 

 「ア、アダム殿、頭を上げてください!」

 「アダム兄ちゃんは何も悪くないよ!大丈夫、王都に帰るのが一週間くらい伸びたって僕たちは大丈夫!」

 「リーダーの判断は間違っていません・・・・・・マリーとリサ殿を助けるためにも、全員で王都に帰りましょう」


 三人が好意的な反応を見せてくれた。それだけでアダムの目頭が熱くなる。

 ――自分も随分涙もろくなったものだ・・・・・・


 「みんな・・・・・・何としてでも王都まで生きて帰る。そして魔弾を補給し、英気を十分に蓄えて、今度こそブラフを倒すんだ!」

 「はい!」

 「了解です」

 「頑張ろう!アダム兄ちゃん!」


 全員の士気が上がる。アダムは改めて覚悟を決める・・・・・・



 

 敵が夜襲を仕掛けてくる可能性のある場合、見張りを立てて交代で眠るのが常道だ。

 深夜、日付が変わるか変わらないかの時間、兵士たちの宿舎で寝ていたアダムはカルロスに起こされて、彼と交代で見張りをするために砦の監視塔に上った。 

 

 「アダム兄ちゃん・・・・・・」

 

 見張りを始めてしばらくたったその時、ターニアが塔に上ってきた。まだ彼女の番ではないはずだが・・・・・・

 いつもの元気で明るいターニアの様子ではない。どこか、不安そうだ。何かあったのだろうか?

 

 「どうした?」

 「ごめん、なんか眠れなくて」

 「横になるだけでもいいから休んどけ。明日からはかなり辛い旅になる。休めるときに休んでおいた方がいい」

 「そうなんだけど・・・・・・何か不安で」


 やれやれ、しょうがない奴だ。

 アダムはため息をつき、宿舎に帰るよう促そうとした時だった。


 「アダム兄ちゃん、()()()、無事に帰れるよね?」

 「・・・・・・」


 『みんな』を強調して聞いてくる。

 痛いところを突かれたと、アダムは思った。


 「・・・・・・当然だ。全員無事に、王都まで帰る。そして態勢を立て直す」

 

 アダムは嘘をつくのが苦手だ。

 喉の奥から、絞り出すように声を出す。ターニアに気づかれないよう、なるべくいつも通りの声を心掛ける。


 「嘘じゃない?」


 ――どうして聞き返してくるのか・・・・・・!

 アダムに焦りが生じる。

 実を言えば、「全員無事に王都にたどり着く」という話は嘘だ。遠回りくらいでブラフを避けられるとは思っていない。必ず追いついてくるはずだ。残酷なようだが、必ず犠牲が出る、犠牲が必要だとアダムは考えていた。

 わかっていて、アダムは嘘をついた。

 

 「嘘じゃないよ。大丈夫さ」

 「本当に嘘じゃない?なんかすごい胸騒ぎがするんだ・・・・・・」

 

 ――まずい、なんでこいつは変なところで勘が良いんだ・・・・・・この話は早急に切り上げなければ・・・・・・!


 「・・・・・・ほら、さっさと部屋に戻るんだ。一緒についていってやるから」

 「で、でも・・・・・・」

 「大丈夫だ。明日起きれなくなったらそれこそ命とりだぞ」

 「う、うん・・・・・・」


 アダムはターニアの背中を押し、納得のいっていない彼女を半ば強引に部屋に戻す。

  

 「じゃあな、お休み」

 「うん。お休み・・・・・・」

 

 ふう・・・・・・

 部屋の前で安堵のため息をつく。

 どうにか、ごまかしきれたようだ。 

 ――今、覚悟を悟られるわけにはいかなかい・・・・・・

 アダムは再び監視塔に戻って行った。



 夜が明け、朝日が昇り始める。


 「晩ごはんなかったのもきついけど、朝ごはんないのもきついね・・・・・・」

 「ぼやくな。今までもこういうことは何度かあっただろう」

 「あったけど、慣れないよ~」

 

 翌朝、兵士たちの宿舎の一室。朝食がないことをぼやくターニアと、それをいさめるビル。手持ちの食料は既に尽きており、砦から逃げたニラーナ将軍たちも砦の食料をすべて持っていったため、昨日から何も食べていない。四人とも空腹だった。

 

 「リーダー、マリーとリサ殿、それと例の男はまだ眠ったままです」


 カルロスが戻ってきて報告する。それを聞いて、アダムが全員に切り出した。


 「みんな、そろそろ移動を始めよう。まずは三人を運び出すんだ」

 

 アダムの指示で、勇者たちは行動を始める。

 ビルが倉庫の中で埋もれた荷車を引っ張り出し、三人それぞれがリサ、マリー、東洋人の男を一人ずつ運び出し、下の階に運んで一人ずつ荷車に乗せていく。最後に、東洋人の自転車とリュックを乗せて、準備完了だ。

 

 「よし、出発だ!」


 最初にアダムとビルが荷車を引いて、ジャンドール砦から出発しようとしたその時だった。何かを察知したターニアが叫んだ。


 「・・・・・・!アダム兄ちゃん!」

 「どうした?」

 「ヤバいよ・・・・・・ブラフの気配だ。多分この近く」

 

 ターニアの言葉に、ビルとカルロスの表情が青くなる。


 「なんだと・・・・・・?」

 「なんでこのタイミングで・・・・・・」

 

 しかし、アダムだけは冷静だった。


 「わかった・・・・・・意外に早かったな」

 「ア、アダム殿、何を落ち着いておられるのです!」

 「何となくこうなることはわかっていました。先生、お願いがあります」

 

 動揺するビルに、アダムは落ち着いた様子で、驚くべきお願いをした。


 「先生の鋼鉄の剣と、俺のエクスカリバーを交換してください」

 「は?」

 「あと、俺の勇者の紋章を預かってもらえませんか」

 「あの、アダム殿、何を・・・・・・?」

 

 そこでアダムは、さらに驚くようなことを口にした。


 「時間がありません。俺が殿(しんがり)になります」

 「はあ・・・・・・はあっ!?」


 アダムは、犠牲が必要だと考えた。

 アダムはその犠牲に、自分を選んだ。


 「俺が時間を稼ぎます。先生たちはその隙に、作戦通り遠回りで王都に向かってください」

 「本気なのですか・・・・・・アダム殿・・・・・・」

 「リーダー・・・・・・たしかに・・・・・・殿は必要です・・・・・・ならば・・・・・・ならばリーダーではなく、僕が!」

 「ダメだ、カルロス。これ以上犠牲は出せない。ヴォルフとモニカが死に、リサさんとマリーも重症だ。ここまで追い詰められた責任を、リーダーの俺がとる必要がある」


 アダムの言葉に、ビルとカルロスは茫然となる。

 

 「ダメだよっ!」


 ターニアが叫ぶ。


 「ダメだよっ!みんなで助かるんじゃなかったの?」

 「・・・・・・すまん。あれは嘘だ」


 アダムは短く謝り、指から勇者の紋章を外して、腰のエクスカリバーと一緒にビルに手渡そうとする。


 「先生、俺は勇者たちのリーダーとして責任を取らなければなりません。エクスカリバーと勇者の紋章は次の聖剣の勇者に渡してください」

 「アダム殿・・・・・・私は・・・・・・私は・・・・・・」

 

 ビルはぶるぶると震えている。腕を伸ばそうとするが動かない。


 「・・・・・・無理です・・・・・・アダム殿・・・・・・無理ならば、強行突破でも」

 「『高貴なる者には責任が伴う』・・・・・・教えてくれたのは先生です。俺にとって今がその時なんです」

 「しかし・・・・・・しかし・・・・・・」

 「ケンブリッジ先生!」

 「・・・・・・わかりました、アダム殿・・・・・・私は先生失格ですな・・・・・・」

 

 ビルは迷った末に、指輪と聖剣を受け取った。代わりに、自分の鋼鉄の剣を手渡す。

 カルロスは、何も言うことができない。

 

 「ありがとうございます・・・・・・先生、カルロス、ターニア・・・・・・みんなは最高の仲間だった。あとは頼む。さらばだ」

 「アダム兄ちゃん!」


 砦の外から出ようとするアダムの腕を、ターニアがつかむ。


 「行っちゃだめ!」

 「ターニア・・・・・・」


 アダムは立ち止まり、ターニアの方に向き直る。


 「アダム兄ちゃん、みんなで考えよう、どうすればいいか・・・・・・」

 「ターニア・・・・・・」


 ターニアは目に涙を浮かべて、逃がさないように強くアダムの腕をつかんでいる。

 

 「アダム兄ちゃん、おっちゃんの言う通り強行突破しよう。可能性は低いけど、みんなが助かるには――うっ!」

 「許せ、ターニア」

 

 アダムは掴まれていないほうの腕で、ターニアの腹を思いっきり殴った。


 「・・・・・・アダム・・・・・・兄ちゃん・・・・・・なんで・・・・・・」


 不意を突かれて殴られたターニアは、痛みで床に倒れた。


 「リーダー・・・・・・」

 「カルロス、先生、ターニアを頼みます」


 腕をほどかれ自由になったアダムは、振り返らずに砦の外へ、ブラフたちの気配を追いかけて飛び出していった。


 この時、勇者たちは気づいていなかった。

 東洋人の男の右肩に着けられた黒い箱が、激しく振動していることに・・・・・・

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