6-4 スリーファイブ家
「次は……ヴォルフの実家か」
フエーテル家を後にしたアダムが次に向かったのは、ヴォルフの実家であるスリーファイブ家の屋敷だった。
スリーファイブ家の屋敷もレオトレーシー家やフエーテル家に負けず劣らず、豪華な造りの屋敷だ。魔剣の勇者を輩出してきたスリーファイブ家は、聖剣の勇者を輩出するレオトレーシー家と並んで、8つの勇者の家系の中でも高い位置づけにある。
フエーテル家の時と同じように使用人に案内されて客間へと赴く。
「待っていたぞ、アダム=レオトレーシー」
スリーファイブ家の当主は高齢だった。髪は白く染まり、しわまみれの顔には老いが見て取れる。ヴォルフも当主が年老いてから出来た子供だと聞いている。
「この度は申し訳ありませんでした。大事なご子息を――」
「そんなことはどうでもいい。勇者の紋章と、魔剣レーヴァテインはどうした?」
スリーファイブ家の当主はその老いた容姿に似合わない鋭い視線をアダムに向ける。アダムは威圧を感じながらも説明を続ける。
「魔剣レーヴァテインは、ヴォルフと共にアミアンに散りました。魔王軍の支配地域であることから、回収は不可能です。勇者の紋章は、ここに……」
「そうか……あのバカ息子め。我が家の家宝を道連れにするとは、なんと愚かな……」
アダムからヴォルフの勇者の紋章を受け取った当主はあきれたようにに呟いた。まるでヴォルフの死よりも、魔剣レーヴァテインが戻ってこなかったことが残念のような言い方にアダムは怒りを覚える。
「お言葉ですが、スリーファイブ殿、あなたのご子息であるヴォルフは俺をかばって重傷を負いました……」
アダムは感情を抑えて反論する。そして、ヴォルフの最期を思い出す。
アミアン市からの撤退戦は、困難を極めた。モニカの犠牲によって一時的に魔王軍の侵攻は止まったが、それでも市街地からの撤退が精一杯だった。
そんなとき、アダム達は仮面の悪魔・ブラフから取り引きを迫られた。魔王ジゴ・ラドキの封印に必要な『封印の鏡』2枚と引き換えに住民への攻撃をやめるというものだった。
ブラフからの持ちかけられた取り引きである。本当に攻撃してこないなんて信用できない。当然、アダムたちは最後まで反対した。しかし、アミアンの領主とアミアン市の幹部たちは、この取引に応じてしまう。さらに悪いことに、話を聞きつけて暴徒と化した一部の住民の手によって、管理をしていたカルロスから、2枚の封印の鏡を奪われてしまった。
『ありがとうございます、領主様……それでは、天国へご案内!』
2枚の封印の鏡をブラフに手渡したアミアンの領主と、アミアン市の幹部たちはあっさりとブラフによって首をはねられてしまった。ブラフは最初から、約束を守るつもりなどなかったのだ。そこからアダムたちは、住民をターゲットにした魔王軍の猛攻に対峙することになってしまった。
ブラフの永遠の闇から湧き出てくる無数のバーサークゴブリンたちを相手に、アダム達勇者と、生き残ったアミアン市の兵士たちは、避難する住民を守るため必死の防戦を繰り広げる。倒しても倒しても湧き出てくるバーサークゴブリン達の激しい猛攻。一瞬の油断が命取りになる状況の中、不覚にもアダムは背後を取られてしまった。
バーサークゴブリンが大きな斧でアダムに斬りかかる。
『しまった……!』
『アダム! ……ぐわあっ!』
斬られそうになったアダムを、とっさにヴォルフがかばった。鎧を切り裂かれ、鮮血が飛び散る。
『く、くそおおおおお!』
バーサークゴブリンを斬り倒し、アダムは重症のヴォルフを安全な場所に退避させる。だが、ヴォルフの命は風前の灯火だった。バーサークゴブリンの一撃は、勇者の紋章の加護をも凌駕してしまう強力なものだった。
『ヴォルフ、しっかりしろ、ヴォルフ!』
『ダメだ……この傷じゃ助からねえな……勇者の紋章の効果もここまでか……』
ヴォルフはアダムの手をどけて、ゆっくりと立ち上がる。血まみれの手で勇者の紋章を外し、アダムの手に握らせる。
『……アダム、悪いが魔剣はあの世まで持っていく。親父たちに謝っていてくれ。勇者の紋章は預ける……この撤退戦、誰かが殿にならなきゃいけない。ちょうどここに、死にかけの最大戦力がいる……』
『何を……何を言っているんだ、ヴォルフ……』
『来るな!……これが俺の最後の戦いだ……俺が時間を稼ぐ……あと頼むわ……『炎の剣』!』
『うわっ! ……ヴォルフ! ヴォルフー!』
ヴォルフはアダムが追ってこれないように、『炎の剣』で巨大な炎の壁を作る。そしてヴォルフは、バーサークゴブリンたちとともに炎の壁の向こうに消えていった。
その日、アダム達勇者と生き残った兵士たち、住民たちはアミアン市郊外及び近隣の領地へ脱出に成功した。ヴォルフが命がけで戦ったのだろう。ブラフ率いる魔王軍が追いかけてくることはなかった。
「……そして撤退の時間を稼ぐために、殿にはもう助からないと自分がと、魔剣と運命を共にされたのです。もっとヴォルフの死を悼んでください。そうでないとあいつが浮かばれません」
だが、アダムの反論を当主は一笑に付した。
「若いな、レオトレーシー殿。我ら勇者の家系は、次代の勇者に託すことが使命だ。魔剣レーヴァテインを失い、次の魔剣の勇者は魔剣を持てなくなった。これはヴォルフの犯した罪だ」
「しかし……!」
「次の魔剣の勇者が決まるまで、スリーファイブ家の勇者の紋章は預かる。よくここまで届けてくれた。レオトレーシー殿、感謝する」
スリーファイブ家の当主はアダムの反論を断ち切った。アダムは腑に落ちない気持ちを抱きながら、スリーファイブ家の屋敷を後にした。
<あっ! アダム!>
アダムがスリーファイブ家の屋敷を出たところで、空から剣が降ってきた。エクスカリバー……ターニアと一緒に王宮探検をしていたはずのギーだ。
「ギー! どうした?」
「うん。ターちゃんがすぐに来て、だって」
ギーはエクスカリバーから少女の姿に戻り、ターニアからの伝言を伝える。
「来てって、どこに?」
「えーっとね……が、がいむ?」
「外務局か。タケシ殿に何かあったのか?」
外務局にタケシの保護を依頼したのだが、何か問題でも起きたのだろうか? タケシの持っている道具は未知の技術が使われているから、担当官が驚いて何かしらのトラブルでも起きたのか?
「なんかね、ディメンダーXが服脱がされて裸になって、天井にぶら下がっていたよ」
「拷問じゃないか!」
アダムは叫んだ。ギーはよくわからないような顔をしているが、大変なことだ。外務局の連中は一体何をしているのか。下手をすれば本当にタケシの本国、ディメンダーXを生んだ謎の超技術国家・ニホンとの国際問題になりかねない。
「急ぐぞ! ギー!」
「あいあいさー」
アダムはギーを伴って、外務局に向かって走った。