6-1 キャサリン=レオトレーシー
「助けてくれ! 私は無実だ! すべて勇者たちが悪い! 勇者たちのせいでジャンドール砦は落ちたんだ!」
アダムたちが王宮の1階にある憲兵の詰め所に入ると、拘束されたニラーナが大声で叫んでいた。憲兵たちも迷惑そうにしている。憲兵たちは地下の牢屋に移送しようとしているが、ニラーナは座り込み、頑として動こうとしない。
「勇者様……お待ちしておりました。ちょっとうるさいですが……」
「大丈夫です。ニラーナ将軍は無罪を主張されているのですね?」
「はい……ところでレオトレーシー様、この不思議な格好の男と、そこの少女は?」
「今回の事件の証人と、俺の聖剣です。彼らも同行させてください」
「はあ……」
憲兵に通され、アダムたちは用意された椅子に座る。アダム達の事情聴取が始まった。
アダムはニラーナが自らの独断でジャンドール砦を放棄したこと、ブラフを介して魔王軍と内通していたことを伝える。
「ニラーナ将軍は魔物寄せを使い、俺たちを殺そうとしました。魔物寄せの所持をここにいるタケシ殿が気づき、ニラーナ将軍は自分が魔王軍と内通していることを自白しました」
タケシはニラーナから奪い取った魔物寄せの瓶を憲兵に渡す。瓶の中身は少し減っており、使用されたことは明白だった。
「違う! すべて勇者たちのでっち上げだ! その魔物寄せはそこのクボタとかいう怪しい奴が用意したものだ!」
大声で喚くニラーナを無視し、アダムは説明を続ける。
「俺たちはニラーナが呼び出したスケルトンの大群を倒し、ニラーナの自白から、死の館という場所でジャンドール砦の兵士たちがブラフの実験台にされていることを突き止めました」
「違う! ブラフと内通していたのは勇者たちの方だ! 私の配下の兵士たちはそこの勇者たちの手によって殺されたのだ!」
ニラーナのわめき声を無視し、アダムの説明を憲兵が淡々と調書に記入していく。アダムの説明が終わり、憲兵が質問をする。
「そこのタケシ……とやら、なぜニラーナ将軍が魔物寄せを持っているのがわかったのか?」
「私のレーダーデバイスがホウシャセンを……魔物寄せの反応を検知したからです。私は母国で魔物退治の専門家をやっておりますので」
「にわかには信じられんな……レオトレーシー様、彼の証言は間違いないですか?」
「間違いありません。彼の言うことは真実です」
「他の皆様は?」
「間違いない。私も信じられないが」
「その通りです。この目で見ました」
「リーダーとクボタ殿のおっしゃる通りです」
憲兵の問いかけに、ビル、ターニア、カルロスの3人も肯定する。
「わかりました。ただ……」
憲兵は言い淀む。
「どうかされましたか?」
「いえ……ニラーナ将軍が魔王軍と内通していた証拠はありますか?」
「ありません。ただ、それはニラーナ将軍が自白しました。ここにいる全員がそれを聞いています」
「でもねえ……」
憲兵は大声で喚くニラーナの方を見る。ニラーナは相変わらず自分が無実であること、勇者たちがジャンドール砦の兵士たちを殺したと言い張っている。
「ニラーナ将軍は錯乱しているようですし、真偽の確認はできないんですよね……」
「ちょっと待ってください! ニラーナ将軍を拘束しないというのですか?」
アダムは身を乗り出すが、憲兵は困ったような顔を浮かべ、どっちつかずの態度をとっている。
ラスコー王国の司法判断では、証言も物証と同等の証拠として扱われる。勇者であれば、その証言の信用度はかなり高いはずだ。それが証拠として認められようとしていない、これはおかしな状況だった。
「……貴公、我々の証言が信用できないというのか!?」
「そ、そういうわけではないのですが、ケンブリッジ様……ニラーナ将軍もああおっしゃっていますし……なによりニラーナ将軍は錯乱されていますので……」
ビルの剣幕に憲兵はたじろぐが、ニラーナの言葉を根拠に、拘束には否定的な態度を示す。
「憲兵殿、ニラーナ将軍が砦を放棄したこと、兵士たちを実験台にしたことは、生き残った兵士たちに聞けばすぐにわかります。とりあえず我々の証言で拘束していただけませんか?」
「ニラーナ将軍は追い込まれて、やぶれかぶれに嘘ついているだけだよ!」
「アダムを嘘つき呼ばわりするなー!」
「しかしですね……」
カルロスとターニアとギーも訴えるが、憲兵は態度を変えようとしない。
「憲兵さん、これでもダメですか?」
タケシが左肩に着けている黒い箱――レーダーデバイスを操作した。
『すべてお前たち勇者が悪いのだ……勇者が弱いから、私は生き残るために魔王軍と手を組んだだけだ』
『言ったはずだ、この戦いで勇者が不利なのは……王国が不利なのは目に見えている。私は生き残りたかっただけだ』
『誇り……そんなものが何の役に立つ? そんなことより金と命だ! それがなければ私は……私の人生は満たされない!』
『時間切れだ……お前たちは私のスケルトン軍団の餌食になる』
空中に、ニラーナが自白している時の風景が音声付きで映し出される。憲兵もアダム達も、そしてニラーナも驚いてそれを眺めている。
「こ、これは……!」
「立体映像です。あの場面は証拠として記録しておきました。これが動かぬ証拠です」
「し、しかし、このような聞いたことのない技術を、証拠として採用するわけには……何よりタケシとやらは身元不明の外国人であるわけですし……」
タケシの持つニホンの驚異の技術をもってしても、憲兵は難色を示す。いや、すごすぎて逆に不審に思われているのだろうか。
おかしい……アダムは不思議に思う。
勇者たちの証言がそろっていて、魔物寄せという物証まであるというのに、なぜ憲兵はニラーナの拘束に否定的なのか?
「とにかく、証拠としては不十分なので、ニラーナ将軍の拘束は――」
「それなら、これを使って判断すればいいんじゃない?」
憲兵の言葉を遮るように、鎧で身を包んだ1人の少女が詰所に入ってきた。剣を腰に携えていることから貴族であることがわかる。その手には大きな天秤が握られている。
「お前は……キャサリン! いつ戻ってきたんだ?」
「おひさしぶりです、お兄様。つい先週戻ってきましたわ」
振り返ったアダムを『お兄様』と呼ぶ少女は、キャサリン=レオトレーシー。アダムの血のつながらない妹だった。だが、2人の間に穏やかな雰囲気はない。どこかピリピリしている。特にキャサリンは義兄のアダムに対して冷たい視線を向けている。
「……アダム兄ちゃん、この人誰?」
「キャサリン……俺の義妹だ。そうかターニアは初対面か?」
「うん……アダム兄ちゃんの家上がったことないし。小さいころ一緒に遊んだこともないし。士官学校にもいなかったよね?」
「あいつはブリテンに留学していたんだ」
小声で話すアダムとターニアを横目に、キャサリンは机の上に大きな天秤を置く。
「憲兵さん、これが何か御存知かしら?」
「これは……魔法の天秤……ど、どうしてこれを?」
「ここから大急ぎで運び出されようとしていたので、ちょっと強引に戻させていただきました。さて……」
憲兵は気まずそうな表情をしている。何かまずいことがあるのか?
「この魔法の天秤、たしかこちらの備品でしたわよね?」
「……」
「これがあれば、勇者たちの証言が正しいかどうかわかるはずです。言葉が本当ならば右に、嘘ならば左に傾くアイテムですから。お兄様、もう一度証言をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ……」
キャサリンに促され、アダムはもう一度証言を繰り返す。
天秤は右に傾いた。
「それではニラーナ将軍、あなたの言葉も聞かせていただけないでしょうか?」
「……」
ニラーナ将軍はしゃべらない。目をそらし、口をつぐんでいる。
これは自分の言葉が嘘だと理解しているということだろう。
「これで、どちらが嘘をついているかは明白ですね、憲兵さん」
「…………ニラーナ将軍を拘束します。お前たち、早く地下牢へ連れていけ」
取り調べの憲兵は観念したかのようにつぶやき、他の憲兵たちにニラーナを地下牢へ移送するよう促す。
「ああ、そうだ。そこの憲兵さん」
「今度は何ですか……あっ!」
キャサリンは憲兵のポケットから金貨を取り出した。
憲兵への給与にしては金額が大きすぎるし、金貨で持っている意味もない。
ニラーナからの賄賂だろうか?
「あんまりこういう真似はいけませんね」
「い、遺失物として処理させていただきます……」
「キャサリン、お前のおかげで助かった。感謝している」
「別にお兄様を助けたわけではありませんわ。養子とはいえレオトレーシー家の長男の証言が認められないなんて、屈辱以外の何物でもありませんから」
取り調べが終わり、アダムはキャサリンに礼を言う。しかしキャサリンはどうでもいいような様子だった。
「それよりもお兄様、そこのタケシとかいう外国人と、ギーという女の子は誰ですの?勇者一行には似合わない方々ですが」
キャサリンはタケシとギーに目を向ける。たしかに初めて見る人にとっては、勇者一行には見えない。
「初めまして、キャサリン様。私、ニホン国で魔物退治の専門家をしております、タケシ=クボタと申します。この度、アダム様たちの魔王軍との戦いで協力させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
「ギー。アダムの剣。エクスカリバー! アダムの妹? よろしく!」
「……はあ……意味が分かりませんわ」
キャサリンは頭を抱えた。いきなり知らない国の外国人が自国の勇者たちに協力していると言ってきたり、小さな女の子が自分は剣だと言っても、確かに意味が分からない。
「キャサリン、意味が分からないと思うが、この2人の言っていることは事実だ。タケシ殿は俺たちの協力者で、ギーは聖剣エクスカリバーだ」
「お兄様……ほかの皆様も、大丈夫ですか?」
キャサリンはまるでおかしな人を見るような目でアダムたちを見ている。
「ま、まあ、とにかく、陛下への謁見がすんだら早く屋敷に帰ってきてください。お父様やお母様もお兄様に会いたがっていますので」
「わかった。ありがとう」
キャサリンは返事をすることなく、その場から立ち去っていった。