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5-6 タケシ=クボタの誓い

 アダムががれきの中で目を覚ますと、そこには少女の姿に戻ったギーとターニアの姿があった。二人ともなぜか両目に涙を浮かべている。


 「……おはよう、ギー、ターニア。どうした、二人とも……うわっ!」

 

 突然、ギーとターニアに飛び掛かられた。二人に全身を強く抱きしめられる。

 

 「痛い! 痛い! 離してくれ! まだブラフ戦のダメージが!」

 「うるさい! 僕を置いていったあげく、無茶な戦いして死にかけるんだから!」

 「アダム、もう死んじゃうかと思った! ギーまたおいていかれると思った!」


 大きな声で泣くギーとターニア。激しい痛みをこらえつつ、二人をあやしていると、ビルが現れた。その表情は険しい。


 「先生……」

 「エクスカリバーから話は聞きました。技の二重使用に捨て身の戦法、邪道にもほどがある。お一人でブラフと決着をつけようとしたことは百歩譲って許すとしても、アダム殿……いや、レオトレーシー、私はこんな無茶苦茶な戦い方をするなと教えたはずだが?」

 「すみません、ケンブリッジ先生」

 「まったく……」


 ビルはアダムの頭にげんこつを振り下ろした。アダムはそれを黙って受ける。


 「……アダム殿、私はこの戦いで多くの教え子を失っています。これ以上増やさんでください……」

 「はい……」


 たしかに、いくら勇者の誇りのためとはいえ、今回の戦いはあまりにも無謀すぎた。アダムは反省する。1人で突撃して、仲間たちに心配を掛けてしまった。ブラフを倒せたからよかったものを、もし負けていたらどうなっていたのだろう? ディメンダーXが倒した?


 「お説教はまた後日するとして……アダム殿、まずはここを出ましょう。リサ殿やカルロスが馬車で待っています」

 「はい……そういえば、クボタ殿は?」

 「クボタなら、命の爆弾の生存者の看病と、他に生存者がいないか捜索をしています。じきに戻ってくるでしょう」

 

 ビルが説明していると、崩れたらせん階段の間にブルーマジシャン状態のディメンダーX――クボタが入ってきた。兜に隠れて見えないが、落ち込んでいるように見える。


 「アダム様……よかった、ご無事でしたか」

 「はい。クボタ殿、ありがとうございました。おかげでブラフを倒すことができました」

 「そうですか……」


 クボタは変身を解いた。やはりその表情は暗い。


 「どうだった、クボタ?」

 「ソウルボムの――命の爆弾の被害者は半分が無事でした。地下の生存者は全滅です。骨を残して、全員オークの餌になったようです」

 「クボタのおっちゃん、他に生きていた人は?」

 「トンネルの奥の方に数名、生存者がいました。現在治療中です。他の方は……残念ながら……」


 魔物化・魔物との融合・魔物発生の触媒……クボタによって、死の館における恐怖の実験の詳細が明らかにされる。それでも、兵士たち全員の生存が絶望視されていた中で、計23名の生存者がいた。これは大きな成果だ。


 「そっか、でもよかったね、生きていた人がいて! クボタのおっちゃんのブルーマジシャンのおかげだよ!」

 「そうだな。ここまで悲惨な状況で、23名の生存者を発見できたのは奇跡的だ」

 

 ビルやターニアの説明によると、ブルーマジシャンが特殊な栄養剤を精製し、それを死にかけていた兵士たちに飲ませるとたちまち回復したらしい。素晴らしい功績だ。今回もクボタは辞退するのだろうが。


 「さすがですね、クボタ殿。やはりディメンダーXは素晴らしいです」

 「…………」

 「クボタ殿?」

 「……ああ、すみません。すぐに生存者の引き揚げ作業に入ります」


 アダムの称賛の言葉も、クボタの耳には入っていないようだった。

 


 

 地下に続くらせん階段はブラフの『大爆発』で完全に使えなくなっていた。他に地上に上がる手段もない。そこでディメンダーX・ブルーマジシャンの『クレーン』というつり上げ装置とターニアの忍術・『蜘蛛の糸』を使って次々と生存者を地上に運ぶことになった。

 回復魔法の使い手であるマリーが動けない今、生き残ったジャンドール砦の兵士たちを完全に回復する方法はない。ブルーマジシャンの栄養剤はあくまで応急処置のような物らしい。

 当然、生き残った23名の兵士たちが馬車に乗り切れるわけがない。衰弱した兵士たちをこのままおいていくわけにもいかない。だが王都までの行軍は不可能だ。

 そこで足の速いターニアに王都まで行ってもらい、救助隊を寄こしてもらうことにした。それまでは近くのラライアン村に食料を頼りつつ、この『死の館』で待つことになった。ラライアン村への食料調達には馬車を使ってカルロスが向かう。

 

 「あの……ディメンダーXならもっと速く――」

 「やめてください。王都にあの銀の板に乗って現れたら大騒ぎになります」

 「ラライアン村に全身銀色の不審者が現れてみろ。また取り囲まれるぞ」


 ディメンダーXの銀の板――ワープスライダーを使うというクボタの提案は、カルロスとビルによってあっさり却下されてしまった。

 

 

 

 ターニアとカルロスが出発して3日が経った。

 ラライアン村からはわずかながら食料が到着した。魔の森で助けたジョンとアランの兄弟がすぐに手配してくれたようだ。カルロスはもっと食料を調達できないか、村人と交渉をしているらしい。

 王都からの救助隊はまだだ。忍びの勇者であるターニアの足なら、全力で走ればもうそろそろ到着しているころだろう。これから参謀本部に報告を入れて、救助隊の派遣を要請して――あの子供っぽいターニアにそれができるだろうか? アダムは急に心配になってきた。

 心配と言えば――

 ギーがXコマンダーとナナシキと会話をしている横で、アダムは館のソファからゆっくりと起き上がった。傷は癒えていないが、歩けないほどではない。少しくらいなら動いても問題ないだろう。

 ビルは馬車から屋敷の奥の部屋に移されたニラーナの監視を、まだ満足に動けないリサとターニアは別の部屋で休養している。そしてクボタは、1人館の前で見張り番をしていた。


 「よっこいしょ」

 「アダム、お出かけ? だいじょうぶ?」

 「ああ、ちょっとクボタ殿のところに行ってくる」


 アダムはゆっくり歩き、大きな階段を下りて屋敷の玄関に向かった。そして見張り番をしているクボタに話しかける。


 「お疲れ様です、クボタ殿」

 「アダム様! まだ動いてはいけません! どうされたのですか?」

 「ちょっとクボタ殿が心配で来ました。座っていいですか?」


 アダムはクボタの横に座った。立ったままのクボタにも座るように促す。


 「失礼します」

 「クボタ殿は生真面目ですね。俺たちには普通に接してくれればいいのに」

 「そうはいきません。私の態度次第ではラスコー王国とニホンの間で国際問題になります」


 アダムはクボタの真面目過ぎる態度に笑みを浮かべる。


 「俺たちはそんなことで国際問題にはしません……ああ、先生か」

 「ビル様は厳しいお方です。平民である私が、貴族であられる皆様に対して無礼な振る舞いはできません」


 アダムはため息をつく。ビルの硬すぎる姿勢がクボタをここまで控えめにさせたのだろうか?


 「ところでアダム様、なにかご用事があったのでは?」

 「ああ、そうでした……」


 アダムは先日の戦いの後から、心配になっていたことを聞く。


 「クボタ殿、先日の戦いの後から、ずっと暗いままですが、どうされましたか?」

 「…………」


 アダムの問いかけに、クボタは押し黙った。


 「よろしかったら、話していただけませんか? いえ、聞かせてください。先生には黙っておきますから」

 

 クボタはしばらく考えると、言葉を選ぶようにして話し出した。


 「アダム様……私はラスコー王国に来る前から、ディメンダーXとして、ニホンやほかの国で多くの魔物と戦ってきました。魔物に苦しむ人たちを助けたり……そして助けられなかったこともありました。目の前で人々が魔物に殺されたこともありました」

 

 アダムは黙ってクボタの話を聞いている。

 完全無敵と思われたディメンダーXにも、守れなかったものがあったらしい。クボタはそれを引きずっているようだ。


 「アダム様……失礼な話をしてもよろしいでしょうか?」

 「いいですよ」

 「すみません……ラスコー王国の技術は、ディメンダーXには遠く及ばないものです。ディメンダーXはラスコー王国においては無敵でしょう」

 「そうですね。俺たちが束になっても、おそらくあなたには勝てない。ディメンダーXはこの国では……いえ、この周辺国の間では間違いなく無敵の存在です」


 クボタはディメンダーXが勇者より強いこと、現在のラスコー王国の技術を遥かに凌駕していることを自覚していたようだ。そのうえで混乱を恐れて……いや、自分がラスコー王国から敵視されるのを恐れて、今までディメンダーXのことを隠していたのだろうか。


 「アダム様……私は完全に思い上がっていました。ここでなら、私は英雄になれる、すべての魔物を倒し、魔物に苦しむ人々を救い出せる。秘密のヒーローとして人々から感謝され、賞賛を受けられると……」


 クボタはまるで汚いものを吐き出すかのように、自分の名誉欲を口にした。傍から聞いていても、褒められるような内容ではなかった。


 「ですが実際は違った。私はブラフを倒し損ねていた……それだけじゃない、多くのジャンドール砦の兵士たちを救えなかった……」 

 「酷いうぬぼれですね……確かにディメンダーXはこの国では万能の存在ですが……」

 「いいえ……ディメンダーXは決して万能の存在ではなかったのです。救えない命もあれば、敵わない敵もいる……だから私は永遠に未完成、進化し続けるという意味を込めてXの文字を当てたのに、私はそれに背いてしまった。うぬぼれてしまった……」


 気が付くと、クボタは大粒の涙を流していた。

 クボタは多くの救えなかった命の重さに苦しんでいた。


 「クボタ殿……」

 「何が正義のためだ! 何が平和のためだ! 私は、こんなにも醜くて、無力だと言うのに……」

 

 クボタは己の非力さを嘆くように、人目もくれずに泣き叫んだ。

 この人は、見ず知らずの救えなかった人のために、こんなにも嘆き悲しむことができるのか……

 アダムは諭すように、クボタに話しかける。

 

 「クボタ殿……クボタ殿が経験したこと、俺たちにも経験があります。助けられた命も、助けられなかった命も、たくさんあります。それでも俺たちは、使命のため、誇りのため、全部乗り越えて戦ってきました。ここに来るまでのクボタ殿もきっと同じです」

 「アダム様……」

 「クボタ殿は、やさしい方です。俺たちは見ず知らずの誰かの死を、涙を流すほど悔やむことはできない。人の死は悲しいことですが、俺たちにとって一番大事なのは、勇者としての誇りです。誇りを守ることが国を、全てを守ることです」


 レオトレーシー家に来てから、10年。アダムは養父からそう教わって生きてきた。だから、絶対にその考えは正しいと思っている。


 「ですが、クボタ殿の考えもきっと間違いじゃありません。あいまいな正義やあいまいな平和も、誇りとつながっています。俺たち勇者は誇りのために戦うことで、全てを守る。クボタ殿は正義と平和のために戦うことで、何かを守ろうとしているのではありませんか?」

 

 アダムは、クボタの流した涙は本物だと信じていた。演技でここまで泣くことはできない、感情的になることはできない。

 クボタは涙を流しながらアダムに問いかけた。


 「アダム様……年下のあなたにこんなことを聞くのも変ですが、私はあいまいな正義や、あいまいな平和のために戦っても、いいのでしょうか?」

 「いいと思います。正義や平和のために本気になれる人を、俺は初めて見ました。この前、あなたの戦う理由を聞いた時、疑ってしまいすみませんでした。守ることができた正義と平和が、あなたの誇りです……タケシ殿」


 ラスコー王国の貴族の間では、家族や友人など、親しい人間にのみ、名字ではなく名前で呼ぶ。アダムはクボタを――タケシを、自分にとって親しい人間だと認めた。信頼できる仲間だと認めた。アダムにとって、タケシ=クボタは正体不明の不思議な力を行使する怪しい人間ではない。ディメンダーXに変身して正義と平和のために戦う、一人の尊敬に値する人物だ。


 「ありがとうございます、アダム様。私も、これからは全力で戦います。失われた命の重さを忘れず、全ての人々を魔物の脅威から救うために!」


 そして涙をぬぐい、タケシは誓った。ラスコー王国で、正義と平和のために戦うことを。


 「タケシ殿、魔王軍を倒すため、勇者の代表として、略式ですが貴殿への協力を正式に要請します。俺たちが危機に陥った時、貴殿のその類稀なる才能をお借りしたい」

 「及ばずながら、謹んでお受けいたします。正義と平和のため、ディメンダーXの力、存分にお使いください」


 そして二人は笑いあった。

 アダムは、正式にディメンダーXへの協力要請を出した。そしてタケシはそれを引き受けた。ビルは猛反対するだろう。タケシももう後には引けなくなった。これからは魔王軍を倒すまで、勇者たちとタケシは運命を共にすることになるだろう。

 これもアダムがタケシを信じ、タケシがアダムを信じた結果だろう。


 「さて、最初の仕事は……」

 「ビル様の説得でしょうね。どうしますか、アダム様?」

 「はあ、大変だ……」


 アダムはため息をつく。しかしその表情はどこか晴れやかだった。


第5話終了

第6話『王都オルレイアン』


年内に第5話を終えることができてよかったです。

本年も『ディメンダーX』を応援していただきありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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