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1-3 勇者と謎の男

 「とりあえず、これで大丈夫か」

 「大丈夫なの、アダム兄ちゃん?二人とも血だらけで、腕も足も確実に折れているみたいだけど・・・・・・」

 「呼吸があるだけましだ。とにかく、二人はこのまま安静にしておこう」

 

 破壊されて使い物にならなくなった医務室から、リサとマリーの二人を運び出し、兵士の宿舎のベッドに移す。手持ちの回復薬をすべて飲ませたが、二人とも未だに意識は戻らず、手足も歪に折れ曲がったまま。頭部に巻かれた血のにじんだ包帯が痛々しいが、幸いにもまだ呼吸があるのが救いだった。

 いつもなら、癒しの勇者であるマリーの回復魔法で怪我や毒を治してきた。それだけに、マリー本人が完全に動けなくなると、残った勇者たちには回復薬を飲ませる以外には手の施しようがなかった。

 ひと段落ついて、ビルは尋ねた。

 

 「アダム殿・・・・・・これからどうしましょう?リサ殿とマリーの二人が動けないとなると、またブラフに襲われたときにまともに戦えません。カルロスの魔弾ももうありませんし、遠距離攻撃と回復ができないことになります」

  

 ビルの懸念はもっともだった。

 現在、戦えるのはアダム、ビル、ターニアの三人のみ。三人とも近接戦闘担当だ。リサとマリーは言わずもがな、カルロスも魔弾が切れたため、戦えない。カルロス自身も魔弾が切れた時のために多少の剣術は習得しているが、全く動けないリサとマリーを守って自衛するのが精一杯だろう。アダム達三人も魔法は使えるが、魔法の威力も魔力の量も、リサやマリーには及ばない。さらに悪いことに、先ほどのブラフとの戦いで三人とも残りの魔力を使い切ってしまっていた。

 これまでリサ、マリー、カルロスに支えてもらっていた後衛がいなくなることは、ただでさえブラフと永遠の闇に対して有効な手立てがない現状の中で、さらなる苦戦を強いられることを意味していた。

 アダムが返答に詰まる中、カルロスが提案があります、と手を上げた。


 「リーダー・・・・・・今、ブラフの襲撃を受ければ我々は全滅してしまいます。どうでしょう、この砦からこっそり抜け出し、一番足の速いターニアちゃんに王都まで走ってもらって、援軍を要請してもらうというのは?」

 「いや、ダメだ。今までブラフは俺たちの行動同を先読みしている。なぜか撤退予定先で待ち構えていたこともある。俺たちの考えを読まれて、一人になったターニアを襲撃されると元も子もない・・・・・・」

 

 アダムはカルロスの提案を却下した。ブラフは非常に狡猾だ。ターニアを単独で動かすのは逆にリスクが大きいと判断したのだ。

 

 「でもアダム兄ちゃん、このままここにとどまっていてもどうにもならないよ?」

 「わかっている。とりあえずこの砦は放棄する。そして王都に一度戻って態勢を整える。問題はブラフに見つからずにどうやって撤退するかだが――」

 

 アダムがそこまで話したその時だった。

 ――凄まじい轟音、そして地響き。

 大きな衝撃がアダムたちを襲った。突然の出来事に驚きながらも、四人は不測の事態に備えて戦闘態勢に入る。

 

 「な、なんだ・・・・・・地震か!」

 「ア、アダム殿・・・・・・あれを!」 


 窓のそばに立っていたビルが外を指さす。 


 「なんだあれは・・・・・・!」


 アダムは窓の外を見て驚きの声を漏らした。

 ジャンドール砦を挟み込む山、かなり遠くの方だが、その山肌をまるで大きくえぐり取ったかのように、巨大な銀色の三角形の物体が山に突き刺さっていた。

 

 「ブラフの新兵器でしょうか?」

 「その可能性は高いな・・・・・・」

 

 カルロスの疑問に答えつつ、アダムは窓からしばらく様子をうかがう。

 しかし、銀色の物体は全く動きがない。

 そしてしばらくして、


 「き、消えた・・・・・・!」


 光を発したかと思うと、三角形の物体は跡形もなく消えてしまった。


 「なんだったんだ・・・・・・今のは・・・・・・」

 

 突然の不思議な出来事にアダム達は茫然としていた。一体何が起きたのか彼らにはりかいできないでいた。


 「あ、あれ・・・・・・人かも!」


 ターニアが叫んだ。『忍びの勇者』の能力、『遠見の目』だ。

 謎の三角形の物体があった場所に、人がいるらしい。


 「人・・・・・・何者だ?ブラフじゃないのか?」

 「わかんない。遠くてよくわからないけど、倒れているみたい」

 「倒れている・・・・・・?」


 ターニアの報告を受けてアダムは考える。

 人・・・・・・いや、人型の魔物、ブラフの可能性もある。

 倒れているところを油断させて襲う罠かもしれない。


 「ブラフの罠か?」

 「でも、魔物の気配はないよ?」

 

 ターニアが付け加える。

 意図的に消した可能性もあるが、そうでない場合はまずい。

 アダムは指示を出した。


 「念のため調査に向かう。先生とカルロスはここで待機。ターニア、ついてきてくれ」

 「了解」

 「ターニア、アダム殿、お気をつけて」


 アダムとターニアは砦に二人を残し、物体があった場所に向かう。

 オレンジ色だった空がどんどん暗くなっていく。

 

 「ターニア、そろそろ夜が来る。お前の探索能力だけが頼りだ。頼むぞ」

 「任せて、アダム兄ちゃん」


 二人は気配を消しながら、物体のあった場所に向かう。

 山には魔王軍に属さない野生の魔物もいる。ターニアの忍びの勇者の気配を消す能力でそれらを回避しつつ、ターニアの先導で目的地まで走る。勇者の力で、馬並みのスピードで山を駆け抜ける。

  

 「もうすぐみたいだよ!」


 しばらく走ると、まるで土砂崩れでも起きたかのような、えぐり取られた山肌が見えてくる。そしてそのえぐれた地面の真ん中に、一人の男が倒れていた。


 「罠の可能性もある。十分警戒するんだ」


 二人は聖剣・エクスカリバーと双剣を抜き、男に近づく。男は東洋系の顔をしていた。体に密着した黒い服を着て、両手に籠手を着けており、腰には棒や銃――のようなものが取り付けられたベルトをしている。

 二人はその姿を見て、不思議な格好の男だと思った。小柄だが、それなりに年は取っているようにも見える。二十代くらいだろうか?

 男の近くには、無数の穴が開いたヘルメットと不思議な形のリュックサック、そして、ゲルマン国で作られたという自転車――絵で見たものよりもかなり洗練された印象を受けるが――が転がっていた。

 ブラフでないことは確かなようだが・・・・・・


 「この人、生きてる?」

 「生きているようだな」


 アダムはこの男の呼吸を確認する。とりあえず生きてはいるようだ。外傷もない。

 

 「まさか」


 さらに額に手を当てる。男の体から不安定な魔力を感じる。と、いうことは、


 「魔力酔いだ・・・・・・」

  

 アダムはそう結論付けた。

 魔力酔いとは、魔法に失敗したときに、魔力が精神に逆流して酔っ払ったような状態になる症状だ。魔法を学んだ初心者に多くみられるもので、アダムも昔は苦しめられた。

 

 「と、いうことは、あの三角形の物体は魔法だったってこと?見たこともない魔法だったけど?」

 「たぶんな。ブリテンの息がかかった人間だろう」

 

 アダムは考える。

 きっとこの男は魔法技術が進んでいる、ブリテン国の人間だ。新たな魔法を実験しようとして、失敗、そして魔力酔いで意識を失ったのだろう。

 

 「まあ、それでもおかしな点は多いがな」


 この男が東洋人であること、ゲルマン製でラスコー王国では普及していない銃や自転車を持っていること、そして見たこともない不思議な服装をしていること――


 「どうする、アダム兄ちゃん?」

 「とりあえず目が覚めてから話を聞こう。明日の朝には目を覚ましているだろう」


 不法入国者や他国の間者の可能性もあるため、ここに放置することはできない。

 

 「ターニア、そこのリュックと自転車を頼む。貴重な証拠品だ」

 「りょーかい」


 アダムは東洋人の男を背負い、ターニアは男のリュックを背負い、自転車を押す。

 再びターニアの能力で気配を消し、砦に向かって歩き出した。


 「これが自転車かぁ」

 

 ターニアが興味深そうに自分の押す自転車を見る。

 

 「珍しいか?」

 「ちょっと乗ってみる!」


 そう言ってターニアは自転車にまたがった。


 「あ、おい!」

 「えーと、こうだっけ?」


 自転車の横のレバーに足を掛けて、歯車を回そうとする。だが、


 「うわああああ」

  

 バランスを崩し、ターニアは自転車と一緒に倒れてしまった。


 「言わんこっちゃない・・・・・・大丈夫か?」

 「大丈夫・・・・・・これ難しいよ!」


 アダムははあ、とため息をつく。勇者になっても、幼馴染みの彼女は変わらない。いつまでも好奇心旺盛で、子どもっぽい。手のかかる妹のようだ。


 「アダム兄ちゃん」

 「なんだ?」


 自転車を起こして、ターニアはアダムにこう言った。

 

 「戦いが終わったら、一緒に自転車乗れるようになろうね!」


 辺りはもう、すっかり夜だ。

 それでも、アダムにはわかった。自分に向けるターニアの笑顔が切ないものだということに。

 

 「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 アダムにはそう答えることしかできなかった。

 ヴォルフとモニカ――犠牲者は二人出た。さらに今日、リサとマリーが――重症者も二人出た。

 戦いは今後さらに苦しくなるだろう。

 もしかしたら、ターニアも死ぬかもしれない。そのことをターニアもわかっている。わかったうえで、アダムに笑顔を見せている。叶わないかもしれない夢を語っている。


 ――そんな、悲しい思いをさせるくらいなら・・・・・・


 砦に戻る道すがら、アダムはひそかに覚悟を決めた。

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