5-5 決闘、ブラフ
「待て! ブラフ!」
「フフフ……こっちです、こっちですよ、アダムさん!」
アダムはらせん階段の間へ、ブラフを追いかける。ブラフは挑発するかのように笑いながらアダムを誘い込む。アダムはブラフと決着をつけるため、あえてその挑発に乗り、追いかける。
「さあ、追い込んだぞ、ブラフ!」
「いえいえ、追い込まれたのはアダムさんの方ですよ!」
余裕の表情を浮かべるブラフの手から雷魔法が放たれる。アダムは放たれた雷をエクスカリバーで切り裂き、壁際に追い込んだブラフに迫る。
「ブラフ、覚悟!」
「フフフ……」
エクスカリバーがブラフの体を真っ二つに切り裂いた……と思った次の瞬間、ブラフの体が幻のように掻き消えた。倒したわけじゃない、分身だ。アダムはブラフの実体のない分身を斬ったのだ。
「なに!? うわっ!」
アダムは後ろから羽交い絞めにされてしまう。スケルトンだ。いつの間にか出現したスケルトンに、アダムは動きを封じ込められてしまった。
「はーい、大逆転です。さよならアダムさん……」
剣を持った本物のブラフがゆっくりと近づいてくる。アダムの心臓を一突きしようと剣を構える。
「なにを!」
アダムはとっさにエクスカリバーを逆手に持ち替え、器用にスケルトンの体を貫いた。
ブラフの剣が迫る。スケルトンが事切れて崩れ落ちる。一瞬が永遠に感じられる中、アダムは素早く行動しエクスカリバーでブラフの剣を受け止めた。
「くっ! やりますねえ! でしたらこれはどうでしょう」
ブラフの言葉に反応するように、周囲に霧が立ち込める。
広間の床を突き破り、次々とスケルトンが現れる。
「ブラフ……貴様最初から1対1で正々堂々勝負するつもりなどなかったというのか!」
「当り前じゃないですか。私は貴族じゃない、ジゴ・ラドキ様にお仕えする仮面の悪魔ですよ?」
スケルトンはブラフを守るように、アダムに次々と殴り掛かってくる。アダムはスケルトンの拳を避けながら斬り倒し、ブラフに接近しようと試みる。だが、スケルトンが分厚い壁となり、なかなか前に進めない。
「くそ! 卑怯だぞ、ブラフ!」
「戦いの場に卑怯も何もありませんよ。それより頭上に注意した方がいいんじゃないですか?」
「なんだと!?」
アダムが上を見上げると、巨大な火の玉が浮かんでいた。膨大な魔力と引き換えに発動する、強力な炎魔法『大爆発』だ。いつの間にかブラフが仕掛けていたようだ。
「まずい……!」
アダムはスケルトンたちの中から抜け出そうとするが、スケルトンの妨害に合い突破できない。ブラフはスケルトンごとアダムを『大爆発』の魔法で吹き飛ばすつもりだ。
「『大爆発』」
ブラフが唱えた。火の玉が落下し、大爆発が起こる。らせん階段を破壊し、スケルトンたちをも巻き込み吹き飛ばす大爆発がアダムを襲った。
「うわあああああ!」
アダムは爆炎に飲み込まれ、その意識が飛んでしまう。
「う、ううう……」
しばらくして目を覚ますと、らせん階段の間は原型をとどめない状態だった。らせん階段は崩れ落ち、スケルトンたちはその下敷きとなって全滅したのだろう。魔物の気配は一切しない。ある1体を除いて。
「良く生きてましたねえ、アダムさん……とっさに防御魔法でも使いましたか?」
「そんなところだ……これでようやく1対1だな」
煙の中から仮面が現れ、次にその体が姿を現す。ブラフだ。自分の魔法で自爆するほど無能な奴でないことはわかっていた。アダムはがれきの中から起き上がり、改めて剣を構えてブラフに対峙する。
とはいえ、アダムもボロボロだった。大爆発の直撃を受けたのだからしょうがない。勇者の紋章による守りの加護と、直前に放った『光の壁』で可能な限りダメージは防いだ。それでも大爆発の威力はすさまじく、その衝撃でアダムは目には見えない内臓へのダメージを負っていた。
「ギー、ここで決める……」
<うん>
ブラフが剣を構える。アダムはエクスカリバーに魔力を込めた。
「『終末の音速剣』!」
切り札・『終末の音速剣』を放った。疾風のように走り、ブラフに接近。すばやく斬りつける。
「甘いですよ!」
対するブラフも剣を素早く振るい、アダムの攻撃を次々と受け止める。
鋭い金属音を立てて、剣と剣が高速でぶつかり合う。
だがアダムはいつまでもこの状態を続けることはできなかった。やがて終末の音速剣が時間切れになる。
「うっ!」
攻撃の反動でアダムは膝をついてしまう。ブラフがこの機を逃すはずがない。
アダムの首にブラフの剣が振り下ろされる。
<アダム!>
ギーが悲鳴を上げる中、アダムはエクスカリバーを手放した。そして、
「グラビティ……パンチ!」
ディメンダーXの見よう見まねで、ブラフの剣を思いっきり殴りつけた。籠手をまとったアダムの拳で受け止められた剣に、大きな亀裂が入る。
ブラフの剣は何かしらの方法で強化されたものだろう。だがそれでも、魔力を込めた『終末の音速剣』で何度も斬りつけられれば大分もろくなる。そこにパンチが入れば1発でも破壊することができるのだ。
「ば、馬鹿な……!」
「行くぞ! ブラフ!」
驚くブラフに、アダムは剣を捨てて殴りかかる。両腕を振りかざし、ブラフの顔面に拳を叩きこんでいく。大きな剣を振るうよりも速い連続パンチに、ブラフは対応できない。顔面をガードするので精いっぱいだ。
「うおりゃああああ!」
「くっ!」
アダムが強烈な一撃を食らわせようとすると、ブラフの姿が煙のように掻き消えた。パンチが空振りすると、気配を読みつつ、今度は足に力を込めた。
「ボルト……キック!」
「ぐえっ!」
背後からの気配を察知し、アダムは回し蹴りを放った。新たな剣を持って背後から奇襲を仕掛けようとしていたブラフを蹴り飛ばす。
「な、なぜだ……なぜ私の行動が読めた……?」
「同じ手には二度も引っかからない。それだけだ……ギー!」
<りょうかい!>
エクスカリバーが飛んできて、再びアダムの手の中に収まる。
「これで決める!」
再びエクスカリバーに魔力を込める。アダムの魔力でエクスカリバーの刃が光り輝く。
「させん、させるかあっ!」
悪あがきのように、ブラフは闇魔法を連発する。アダムは悠然と歩きながら、乱暴に放たれる闇魔法を一身に受け、その浸食に耐える。
<アダム、よけないと闇に体がのみこまれるよ!>
「大丈夫だ。ブラフにとどめを刺すまでは持つ。今度こそ確実に、ブラフにとどめを刺す!」
雨あられのように放たれる闇魔法。それを全身で受け止めるアダム。ブラフとの距離が徐々に縮まっていく。
「馬鹿な……なぜだ……なぜ倒れない!」
「行くぞ! 『終末の音速剣』!」
アダムは絶対に避けられない距離まで近づくと、再び『終末の音速剣』を放った。猛スピードで剣を振るい、ブラフを斬りつける。
しかしまたも、ブラフの体は消えてしまう。
「『雷の矢』!」
すかさず、アダムはブラフが消えたところに雷魔法を放った。聖剣の勇者であるアダムは、マリーやリサと違って魔法を多用することはできない。だからこの一発にかけた。
「ぐわあああああ!」
消えたはずのブラフの体がうっすらと浮かび上がる。だがそれは半透明で、まるで実体を持っていないかのようだった。まるで『修復途中』のような印象を受ける。
ある1か所を除いて。
「『光の刃』!」
『終末の音速剣』で加速された状態はまだ続いている。アダムは『終末の音速剣』を使ったまま、『光の刃』を放った。
唯一完全に実体化している、ブラフの仮面をめがけて。
「グアアアアアア!」
人ではなく、魔物のような叫び声をあげるブラフ。仮面は両断されても、ブラフの顔に貼り付いたままだった。
「やはり、その仮面がお前の本体だったか……」
「何故だ……なぜそれが分かった……?」
「俺の勘だ。でも顔面を殴ろうとした時、お前は初めて防御した。だからそれで確証が持てた」
クボタが……ディメンダーXがブラフを倒した時、おそらく仮面の部分は狙わなかったのだろう。そしてディメンダーXの必殺技で倒された魔物は、例外なく全て爆発している。それが隠れ蓑になっていたのかもしれない。
「見事だ……だがアダムさん……これで終わったと思わないほうがいいですよ……」
不吉な負け惜しみを言うと、半透明だったブラフの体は黒い霧となって消滅する。半分に割れた仮面も地面に落ち、音もなく砕け散った後、その破片もやはり黒い霧となって消えた。
「仇は取ったぞ、モニカ、ヴォルフ……そしてアミアンのために戦った、名も知らぬ大勢の兵士たちよ……」
<アダム……? アダム……!>
ブラフの激しい攻撃、捨て身の接近戦法、技の二重発動……さすがに聖剣の勇者・アダムと言えども短時間に無理を重ねれば無事では済まない。ブラフの最期を見届けたアダムは意識を失い、がれきの中に倒れこんだ。