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1-2 見捨てられた勇者たち

アダム達勇者とブラフ率いる魔物たちが戦った小高い丘の近くの渓谷、その谷の間に挟み込まれるようにしてジャンドール砦はあった。

 山奥にありながら、ラスコー王国の王都・オルレイアンに攻め込んでくる外敵や魔物を何度も退けてきた由緒ある砦だ。

 戦場から撤退したアダム達は息を切らせながら必死に走る。途中でジャンドール砦から出発した増援部隊に救援を求めようとも考えたが、近づいてくる気配はない。どこか別のルートを通っているのだろうか?


 「みんな頑張れ・・・・・・もうすぐだ」


 とにかく、アダム達は走るしかなかった。

 走って、走って、走って――夕日が沈みかけた頃、彼らはようやくジャンドール砦まで戻ることに成功した。

 だがそこで彼らを待ち受けていたのは、驚くべき光景だった。

 

 「おかしい・・・・・・誰もいない・・・・・・」 

  

 ジャンドール砦はもぬけの殻だった。

 先ほどの戦いで動けなくなったリサとマリーを医務室のベッドに寝かせ、アダム、ビル、ターニア、カルロスの4人は砦の内部を徹底的に探索する。しかし、そこに兵は一人も残っていなかった。増援に来てくれるはずだった兵士たちも、砦の守備隊も、そして砦の指揮官であるニラーナ将軍も、皆、ジャンドール砦から姿を消していた。

 消えていたのは兵士だけではない。食料や魔石、馬車も砦の中から消えていた。

 残っていたのは、まるで大慌てで移動した際に誤って落としたかのように、床に乱雑に散らばった兵士に支給される鉄の剣が数本だけだった。

 

 「どういうことだ・・・・・・」

 

 散らばった剣を元の場所に戻し、アダムは集合場所の医務室に戻る。

 もうすでに、ビルたち他の面々は戻ってきていた。

 互いに自分の見てきた状況を報告する。


 「こっちは何も見つけられなかった。変わったところといえば剣が床に散らばっていることくらいか・・・・・・先生のところは?」

 「残念ながらこちらも収穫なしです」

 「こちらも同じく。人・食料・馬車まで全部消えています」

 「ごめん、アダム兄ちゃん、誰もいなかった」

  

 アダムから『先生』と呼ばれたビルも、カルロスもターニアも、何も見つけられなかったことを報告する。

 

 「一体どうなっているんだ・・・・・・?」


 アダムは頭を抱える。しかし、カルロスは何かよくない考えをひらめいたようだ。言いづらそうに慎重に言葉を紡ぐ。

 

 「・・・・・・あの、リーダー、これはもしかして・・・・・・」

 「どうした?」

 「もしかして・・・・・・ニラーナ将軍たちはこの砦を捨てて、逃げ出したんじゃ・・・・・・?」

 

 カルロスの言葉に全員表情を暗くする。

 勇者たちを置いて――言い換えれば、国の最強戦力である勇者たちを囮にして、魔物から逃げ出す――軍法会議間違いなしの愚かな行為である。もし本当に逃げ出したとなれば、ニラーナ将軍やジャンドール砦の兵士たちには厳しい処分が待っている。だが実を言えば、アダム達には、彼らがこういう行動をとることに、思い当たる節がなかったわけではない。


 「俺たちは・・・・・・役立たず・・・・・・か」


 アダムは独りごちた。

 三百年前、ラスコー王国に魔王ジゴ・ラドキが現れ、ラスコー王国とその周辺諸国は魔王軍の侵攻によって危機的状況に陥った。

 国土の多くを失い、完全制圧一歩手前まで追い込まれたその時、神のお告げによって選ばれた八人の勇者が現れた。

 勇者たちは魔王軍の魔物たちを次々と打ち倒し、国土を奪い返す。そして、三人の賢者が作り出した八枚の『封印の鏡』を使い、魔王ジゴ・ラドキをラスコー王国北東に位置するセントアン島に封印、ラスコー王国に平和を取り戻した。

 しかし、三か月前、三百年前の時を経て魔王ジゴ・ラドキは突如蘇り、再びラスコー王国に魔の手を伸ばした。そんな時、再び神のお告げによって、伝説の八人の勇者たちの子孫の中から、新たに八人の勇者が選ばれた。それがアダム達八人の勇者だった。

 アダム達の使命は、蘇った魔王ジゴ・ラドキを再び封印することである。魔王ジゴ・ラドキは様々な種類の魔物たちによって構成された魔王軍をラスコー王国各地に送り込み、再び侵略を開始した。アダム達は封印のために必要な、ラスコー王国の各地に眠る『封印の鏡』を探し出し、伝説の勇者たちと同じように魔王ジゴ・ラドキを封印するため、王都オルレイアンから旅立ったのである。

 彼らの旅は苦難もともなったが、それでも各地で暴れまわる魔王軍を退けつつ、八枚のうち六枚の封印の鏡を手に入れた。

 

 「たしかに、僕たちでは力不足なのかもしれません・・・・・・」

 「うん・・・・・・」

 

 暗い表情で、カルロスとターニアもアダムの言葉に悔しそうに同意する。

 順調だった彼らの旅は、仮面の悪魔・ブラフの登場によって一転、過酷なものになった。

 ブラフは『永遠の闇』によって魔物を無限に生み出し、アダム達は過酷な物量戦を強いられたのだ。

 倒しても倒しても湧き出てくる魔物の大群の前に、アダム達は苦戦し、魔物たちに占領された街を前にしながら撤退を余儀なくされる。そして激戦の中で『召喚の勇者』モニカ=フエーテルと『魔剣の勇者』ヴォルフ=スリーファイブが行方不明――いや、名誉の戦死を遂げ、ヴォルフが持っていた魔剣レーヴァテインが失われた。さらに、ブラフに人質にされた人々を救うため、ブラフとの取引で二枚の封印の鏡も奪われてしまった。先ほどの戦いで、切り札だったカルロスの魔弾も使い切ってしまった。

 こうしてアダム達は二人の大切な仲間と、大事な封印の鏡を二枚も失い、旅の始まりである王都オルレイアンの付近まで後退してきたのである。

 

 「我々の情報は将軍たちにも共有されています。ニラーナ将軍やこの砦の兵たちも表向きは好意的でしたが・・・・・・実際にはかなり悪く思っていたのでしょうか・・・・・・?」


 ビルは己の無力さを嘆くかのように頭を抱える。

 アダム達勇者は、ラスコー王国最強の戦力である。その最強戦力が期待された戦果をあげることができなかったとすれば、信用は地に落ちたも同然だ。敵の襲撃を前に囮にするという嫌がらせをしたい気持ちもわかるが・・・・・・


 「俺たちに失望したからといって、何も囮にしなくてもいいだろう・・・・・・軍法会議物だぞ」


 アダムが呟く。と、同時にベッドで寝ていたリサが起き上がった。

 

 「リサさん、もう大丈夫なんですか?」

 「なんとかね。ありがとうアダム君」


 それにしても、とリサは続ける。

 

 「私たち、捨てられちゃったのね」

 「すみません、リーダーである俺のせいです」


 仲間二人と苦労して集めた封印の鏡を失い、アダムは責任を痛感していた。

 アダムは――聖剣の勇者は、勇者たちのリーダーであることが伝統的に決まっている。リサはそうでもないが、年齢が倍近く違うビルがアダムに対して敬語を使うのはそのためだ。

  

 「リーダーのせいじゃありません。ブラフが強すぎるんです。あれでは伝説の勇者でも勝てません」

 「そうだよね。ブラフには勝てないよ・・・・・・」


 カルロスとターニアも弱音を漏らす。そんな二人にリサが反論する。

 

 「ターニアちゃんもカルロス君も何言ってんの!私たちならきっと勝てる!ブラフも、永遠の闇も怖くない!私たちは選ばれた勇者なんだから!」

 「しかし・・・・・・」

 「無理だよ、リサちゃん・・・・・・」

 

 リサの励ましも、カルロスとターニアには通じない。二人は失意の中から抜け出せないでいた。

 

 「カルロス、ターニア、しっかりしろ!リサ殿の言うとおりだ。ここで我々がくじけてどうする!」

 

 ビルも強い口調で二人を叱咤する。それでも二人の表情は晴れない。

 

 「ビル殿・・・・・・僕は病弱だった兄上の代わりで魔弾の勇者になったんです。もともと無理だったんです。それに魔弾も使い切りました。今の僕はただのお荷物です・・・・・・」

 「おっちゃん・・・・・・僕には向いてなかったんだよ、勇者なんて・・・・・・だって怖いんだもん!ヴォルフ君やモニカちゃんが死んでからずっと!次は僕の番かもって!」


 カルロスもターニアも、『勇者』という使命に対して複雑な感情を抱いていたようだ。今まで抑え込んでいた感情を吐露する。そんな二人の暗い感情に気づけなかった自分に、アダムはさらに強い責任を感じていた。

 だがそのカルロスの言葉も、ビルの感情を逆なでしてしまったらしい。ビルはカルロスの胸ぐらをつかみかかり、大声で怒鳴った。

 

 「貴様ら・・・・・・それでも勇者かぁっ!勇者の紋章は飾りかぁ!」

 「ちょっとビルさん!」

 「よすんだ先生!」


 ビルの突然の行動に、ベッドの上のリサも驚いて声を上げる。

 アダムは激高したビルに駆け寄ると、カルロスから引きはがした。

 

 「先生、ここで俺たちが言い争ってもしょうがない。迷いや戸惑いは誰でもあります。だからここは抑えてください」

 「・・・・・・くっ!」


 ビルは悔しそうに近くの椅子に腰掛ける。

 そんなビルを横目にアダムは続ける。


 「カルロスもターニアも、堪えてくれ。二人の不安な気持ちはわかる。俺だって不安だ。でもここは戦場なんだ。頼む、堪えてくれ。ヴォルフやモニカのためにも」

 「・・・・・・すみません、リーダー」

 「・・・・・・ごめん、アダム兄ちゃん」


 医務室が暗い雰囲気に包まれる。

 その時、リサの横で寝ていたマリーが目を覚ました。


 「マリー・・・・・・ごめん、起こした?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「マリー?」


 カルロスが声をかけるが、マリーの様子はおかしい。

 感情のない目で宙を見つめ、何かをぶつぶつと呟いている。


 「どうした、マリー?」

 「・・・・・・て・・・・・・れた」

 「なんだって?」

 「・・・・・・すて・・・・・・られた・・・・・・わたしたちは、すてられた・・・・・・」

 

 アダムの問いかけにもうわ言のように答える。

 いつもの、気弱だけど前向きなマリーじゃない・・・・・・五人はそう感じた。


 「・・・・・・わたしたちは、すてられた・・・・・・永遠の闇は消せない・・・・・・魔王軍はたおせない・・・・・・わたしたちに存在価値はない・・・・・・」

 「そんなことないよ!マリーちゃんの癒しの術のおかげで、みんな戦ってこれたんだから!」

 「・・・・・・ここにいるのは役立たずの集まり・・・・・・私も含めて・・・・・・勝てないのなら・・・・・・みんな死んでいくのなら・・・・・・もう楽になりたい・・・・・・」 

 

 リサの言葉もマリーの耳には入らない。

 そしてマリーは、唐突に魔法の詠唱を始めた。

 

 「わが魔力よ・・・・・・全てをここに解き放て・・・・・・」

 「マリーちゃん!その詠唱は――!」


 リサの顔が青ざめる。


 「みんな伏せて!」

 「・・・・・・『魔の全の解放』」


 リサの悲鳴とマリーが魔法を放つのは同じだった。

 ほんの一瞬、凄まじい魔力の嵐が狭い医務室内で暴れまわり、部屋を破壊する。

 ほんの一瞬の出来事だったが、それはジャンドール砦の医務室を徹底的に破壊しつくした。


 「リサさん!マリー!」

 

 嵐が去ったのを確かめ、四人はリサとマリーのもとに駆け寄った。

 リサの言葉で、とっさに床に伏せた四人は無事だったが、横にいたリサと発生源にいたマリーはひとたまりもなかった。ベッドの上から吹き飛ばされ、壊された部屋の壁に乱暴に叩きつけられる。勇者の紋章のおかげで致命傷には至らなかったが、頭からは血が流れ、腕は変な方向に曲げられている。意識も失ったようだ、ピクリとも動かない。

 

 「まずい・・・・・・!みんな、手持ちの回復薬を全部出すんだ!急いで回復させないと手遅れになるぞ!」

  

 マリーが放った『魔の全の解放』。

 術者の全魔力を一気に解放し、敵に大ダメージを与える魔法だ。全ての魔力を一度に放出するため、術者の命の保証もできない危険な魔法でもある。

 

 (マリーは俺たちの今の状況に絶望し、無理心中をするつもりで『魔の全の解放』を使った・・・・・・俺のせいだ・・・・・・俺がもっと、リーダーとして役割をはたしていれば・・・・・・)


 二人の手当てをしながら、アダムは自分で自分を責めた。

 チームの問題は、リーダーである自分が率先して解決しなければならない。だが、自分にはそれができなかった。


 (一番の役立たずは・・・・・・一番のお荷物は、無能なリーダーである俺だ・・・・・・一体どうすればいいんだ・・・・・・お前ならどうしたんだ・・・・・・ヴォルフ・・・・・・)

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