3-7 兄弟の再会
トレントたちが消滅した森の中は、アダム達が記憶していた通りの、最初に入った時と同じ風景に戻っていた。やはりトレントたちが何らかの方法で森の風景を変えて、アダム達を惑わせようとしていたようだ。
ジョンを連れたアダム達は、森の出口に向かって走る。おそらくディメンダーXによってトレントの本体は倒されたのだろう。魔物は一匹も出現しない。曲がりくねった道を進み、アダム達はようやく森の出口にたどり着いた。
「やっと出られたか……みんな、無事か?」
アダムは後ろを振り返り、全員の無事を確認する。
「やっと出られたよ……」
「カルロス、おります。封印の鏡も無事です」
「とりあえず、いったん村に帰りましょう」
「……」
無言のジョンを除いたターニア、カルロス、ビルの全員が返事を返してくれた。
「ふぅ~……ギー疲れた、頑張った」
「ギーもお疲れ様。よし、ラライアン村に戻ろう」
エクスカリバーも光を放ち、少女の姿に――ギーの姿に戻る。
全員がそろっていることを確認したアダムは、ラライアン村に向けて歩き出す。
森を抜けてしまえば、ディメンダーXが仕留めそこなっていたとしても、すぐに魔物に襲われることはあるまい。
「アラン……」
ターニアに背負われたジョンが、森の方を振り返って寂しそうに呟く。
「ジョンさん、アランは大丈夫です。クボタ殿が帰ってくるのを待ちましょう」
「ああ……」
アダムの言葉にもジョンは力なく答える。
ジョンはまだ、クボタのことを、ディメンダーXのことを信じられないでいるようだ。
まあ当然か、とアダムは思った。改めて考えてみれば、勇者の肩書がある自分たちはまだしも、ただの異邦人であるクボタをいきなり信じろと言われても無理な話だ。信じてもらうためには、やはりアランを連れて帰って来てもらうしかない。
(早く帰ってきてくださいよ……クボタ殿)
アダムは心の中で強く願った。
「おお、ジョン、勇者様、ご無事でしたか!」
「はい。全員無事です」
ラライアン村に到着したアダム達一行を、村の教会の神父が迎える。
「どうにか無事に……というわけではなさそうね」
「リサさん、マリー……もう動けるんですか?」
「……神父様が教会にあった松葉杖を貸してくださいました。使いものにならない勇者にこんなことしても無駄なのに……」
「マリーちゃん、そんなこと言わないの」
教会の入り口から、簡単な造りの松葉杖をついたリサとマリーが出てきた。今まで寝たきりだったが、なんとか松葉杖をついて歩けるようにはなったようだ。
「……神父様、ダメだった。村にあるだけの燃料を貸してくれ……森を焼きに行く……!」
「どうしたんだ、ジョン?」
「ジョンさん、待ってください! 待ってくださいってば!」
ターニアの背中から降りたジョンは、おぼつかない足取りで歩き出した。そんな危ない状態のジョンをカルロスが止めようとする。
「アダム君、魔の森はどうだったの? 行方不明のアラン君らしき人が見当たらないんだけど……」
「すみません、作戦は失敗です。アランさんはトレントに体を乗っ取られていました。現在、クボタ殿がアランさん救出のために戦っています」
リサに促され、アダムは事の詳細を村で待っていた三人に話した。アランがトレントに体を乗ったられたこと、ジョンを利用してアダム達を抹殺しようとしていたこと。
魔物が人間の体を乗っ取るという前代未聞の事実に、三人とも驚きを隠せない。同時に、クボタが魔物に乗っ取られた人間を助けられると言ったことに安堵していた。
「あの人、いつの間に消えたと思ったら……でもたしかに、私たちではアラン君を助け出すのは無理ね……魔物が人間を乗っ取るなんて聞いたことがないわ」
「……クボタさんは万能ですね。やっぱり、勇者なんていらないんですよ」
リサとマリーが感想を述べる中、事情を知らない神父が不思議そうな顔を浮かべる。
「あの……勇者様、クボタ殿とは一体――」
「おーい! みなさーん!」
神父が言いかけた時だった。遠くから声が聞こえてきた。
クボタだ。背中に誰かを背負ったクボタがゆっくりと教会に向かって歩いてくる。
「クボタ殿!」
アダムは歩いてくるクボタに走り寄り、背中の人物を確認し、声をかける。
「アランさん! アランさん!」
「大丈夫です。今は疲れて気を失っているみたいです……ジョンさん!」
クボタは虚ろな目でどこかに行こうとするジョンに声をかけた。
「アランさん! 無事ですよー!」
その声に、ジョンが反応した。クボタに背負われたアランの姿を確認すると、幽霊でも見たかのような顔をして近づいてくる。
「アラン……? アラン……なのか……?」
「……にいさん……兄さん……?」
ジョンの声に、気を失っていたアランが目を覚ました。ジョンの姿を見て、自分からクボタの背中から降りると、ふらふらとした足取りでジョンに近寄る。
「アラン……」
「兄さん……」
お互いの無事を確認したジョンとアランはお互いにかたく抱き合った。
「アラン……アラン……! よかった……生きているんだよな……?」
「生きてる……生きているよ……兄さん……」
二人が交わした言葉は少なかった。だが、過酷な状況を経て、久々の再会を果たした兄弟は、涙を流して互いの無事を喜んだ。
「よかったですね、アダム様」
「はい。とりあえず、無事に解決できました」
そんな二人を、勇者たちは温かい視線で見つめていた。
クボタの証言で、アランの体を乗っ取り、『魔の森』を作っていたトレントの本体はディメンダーXによってアランと分離させられた後、討伐されたことが確認された。どうやら地下に『永遠の闇』を展開し、ラライアン村の周囲一帯を占領しようとしていたようだ。
アダムはクボタの手柄として神父に説明したが、信じてはもらえなかった。クボタが変身したディメンダーXの姿を見せて説得しようとしたが、クボタが拒んだ。アランもトレントに乗っ取られている間の記憶は失っているらしく、他に証明する手段はなかった。後日、村で調査隊を組織して改めて確認に向かうようだ。
ジョンとアランの兄弟は、しばらく教会で治療を受けることになった。アランは一ケ月に渡りトレントに体を乗っ取られており栄養失調状態に、ジョンもけがの傷口が開いたらしい。二人そろって教会に『入院』することになった。
「ありがとう、勇者様。この恩は一生忘れねえ」
「助けて頂いてありがとうございました。どうか道中お気をつけて」
ジョンとアランから礼を言われたアダム達は、その日の内に出発することになった。
クボタは自転車を森の中に置いてきたらしく、一度取りに行くので後で合流すると言った。
「このナナシキを置いていきます。自分はこのナナシキの信号を頼りに皆さんに追いつきます」
どういう原理かアダムには分からなかったが、Xコマンダーをクボタが、この鳥型の『ナナシキ』をアダム達が持っていればクボタは追いつくことができるらしい。
「ナナちゃんっていうんだ、よろしくね。コマちゃんの妹なの?」
ラライアン村を発ち、王都オルレイアンへ向かう馬車の中、ギーはXコマンダーの時と同じように、鳥のような機械であるナナシキと会話をしている。会話の内容は相変わらずわからないが、楽しくやっているらしい。
「しかし、魔物が人間を乗っ取るなんて……これもブラフの残した影響でしょうか?」
「わからん。しかし、我々の手に負えない異常事態が起こっているのは事実だ」
御者台のカルロスのつぶやきに、ビルがどこか悔しそうに言う。外国人であるクボタに、ディメンダーXの力に頼らざるを得ない状況が出ていることを忌々しく思っているようだ。
「……ディメンダーXに、頼るしかない状況ね。私たちがいる意味ってあるのかしら?」
「何でもできるんですね……クボタさん」
やさぐれたマリーだけじゃなく、リサも無力さを感じているらしい。どこか自信のない言葉が出てくる。そんなリサとマリーを、ターニアが励まそうとする。
「リサさんもマリーちゃんも何言っているの! 頑張るって決めたじゃない!」
「でもターニアちゃん……私たちとクボタさんじゃ実力が違いすぎる……」
「私は頑張るなんて言ってない……」
しかし、リサとマリーの考えは変わらない。
「もう……アダム兄ちゃんもなんか言ってよ」
「そうだな……このままじゃだめかもしれない……」
御者台に座るアダムは、マリーの言った、クボタが「何でもできる」という言葉が気になっていた。
「アダム兄ちゃん?」
「ギー、頼みがある」
アダムはしばらく考えると、ナナシキと話をしているギーに話しかけた。
「どうしたの、アダム?」
「ギー……Xコマンダーから、コマちゃんからもっといろいろな技を教えてもらってほしい。終末の音速剣みたいな技を」
クボタの言葉に、ビルが眉をひそめた。
「アダム殿……それは……」
「別にクボタ殿に頼り切るわけじゃありません。ただ、このままだと俺たちはディメンダーXには追いつけない」
「しかし……」
ビルは反論しようとしたが、二の句が継げない。
その時だった。御者台のカルロスが叫んだ。
「大変です! 人が倒れています!」
「またか! 今度は誰だ?」
ビルが叫ぶ中、アダムは馬車から降りて倒れている人に近づく。
「大丈夫ですか? ……あ、あなたは……!」
アダムは道に倒れている男の顔を見て驚いた。
「ニ、ニラーナ将軍……!」
第3話終了
次回「生きていた男」