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3-4 魔の森逃亡劇

茫然自失のジョンをターニアが背負い、アダム達は魔の森から脱出するために走る。森の中は複雑に入り組んでおり、同じような風景が続くが、長い旅を経験してきたアダム達勇者にとってはそう難しい地形ではない。この魔の森程度の道なら、すべて覚えることができる。

 そのはずなのだが……


 「おかしい……この道、さっきも通ったような気が……」


 最初に違和感を感じたのはカルロスだった。周囲の木々を観察しながら呟く。

 

 「たしかに、覚えている道とは少し違うような気がする……迷ったのか?」


 ビルも立ち止まり周囲を見渡す。

 風に揺れる森の木々が、不気味にざわつく。

 突然、ターニアが叫んだ。


 「こ、この気配は……!」

 「どうした、ターニア!」

 「アラン君の気配だ……こっちに近づいてきている!」

 「なにっ!」


 アダムも気配を探ろうとする。が、次の瞬間、地面が揺れ始めた。


 「まずいな……」


 ジョンを背負っていて動けないターニアを除く三人、アダム、ビル、カルロスがそれぞれの剣と弓矢を構える。

 

 「来るぞ!」


 周囲の地面が隆起し、木々をなぎ倒す。そしてその下から、邪悪な気配を放つ、無数の新たな木が伸びてきた――トレントだ。

 幹の部分にはアランの顔が浮かび上がる。それらが一斉に話しかける。 

 

 「兄さん……それに勇者様、ここで死んでもらえるかな?」

 「兄さんは僕の養分になってもらうよ」

 「勇者様たちは絞め殺そうかな?」


 トレント達は根を足のように動かしながら。アダム達に近づいてくる。

 

 「みんな、惑わされるな……これはトレントの分身だ。倒すぞ!」


 クボタがアランを救うと宣言した今、アダムに不安はなかった。エクスカリバーを握りしめ、トレントたちを見据える。


 「カルロス、援護を頼む。先生!」

 「了解です!」


 アダムとビルは同時にトレントに向かって駆けだした。


 「てやああああああっ!」


 二人は同時にトレントに向かって切りかかる。分身体のトレントは通常のトレントよりもはるかに弱かった。剣技を使うまでもない。一太刀で簡単に切り裂くことができる。

 

 「キリがないな……!」


 カルロスの援護で動きを止めることはできるが、アランの顔をした分身トレントは無尽蔵に地面から湧き出てくる。まともに相手をしていては無駄に消耗してしまう。

 アダムは切り札を使うことにした。エクスカリバーの刃に魔力を集中させる。今度は大丈夫のようだ。


 「『終末の音速剣』!」


 アダムは再び終末の音速剣を放った。超高速で駆けまわり、人面トレントの大群を次々と切り裂いていく。切り裂かれた無数のトレントは一瞬で黒い霧になって消えていく。

 

 「やるねえ……勇者様……くらえ!」

 「しまった……!」


 しかし、新たな人面トレント分身体が地面の中から現れる。終末の音速剣を使い、疲労で大きな隙ができたアダムに太い枝を伸ばし、首を締めあげてしまった。勇者の紋章のおかげですぐに窒息はしないものの、気道を絞められることで徐々に息が苦しくなっていく。エクスカリバーを地面に落とし、体を高く持ち上げられて身動きも取れない。 


 「アダム殿! ……ええい! どけ!」


 ビルがアダムを助けようと、破竹の勢いで群がる人面トレント分身体を蹴散らしていく。そんなビルにも、トレントが太い枝を伸ばしてくる。 

 

 「ビル殿! 危ない!」

 「む! ……てやああああ!」


 カルロスの言葉で危機を察したビルはトレントの枝を一刀両断する。

 さらにアダムを締め上げるトレントに接近し、


 「『必殺の太刀』」


 隙が大きいが高い威力を持つ剣技、『必殺の太刀』で人面トレント分身体の大群をまとめて切り裂く。


 「アダム殿!」


 さらにそのままの勢いでアダムを締め上げていたトレントを倒し、アダムを救い出した。

 地面に落下するアダムの体を受け止める。


 「大丈夫ですか、アダム殿?」

 「ありがとうございます、先生」


 アダムは地面に落ちたエクスカリバーを拾う。そこに、ターニアとカルロスが近寄ってくる。


 「アダム兄ちゃん、今のうちに逃げよう!」

 「リーダーとビル殿のおかげで数がだいぶ減りました。今です!」

 「よし……次が来る前にここを突破するぞ!」

 

 湧き出てくる人面トレント分身体を放置し、アダム達は大急ぎでこの場を離れた。




 人面トレント分身体は追いかけてこない。トレントは基本的に足が遅いため、逃げることは『勇者の紋章』で強化された勇者たちにとっては簡単だ。

 しかし道は完全にわからなくなってしまった。


 「完全に迷子だな……」


 アダムもさっきから違和感を感じていたが、それは確信に変わった。

 来る前と道が変わっている。何をどうやったかは分からないが、おそらくトレントの仕業だろう。トレントは、この森を出口のない迷路に変えることによって、アダム達を確実に殺すつもりのようだ。


 「勇者様、もういい・・・・・・もう疲れた……ここで俺を置いていってくれ」


 そんな時、ターニアに背負われているジョンが急にそんなことを言ってきた。アランが魔物に乗っ取られていたという事実、そして一瞬だけ魔物の支配から解放されたアランから自分を森ごと焼き払えと言われたことが相当ショックだったようだ。

 そんなジョンをアダムは叱咤する


 「馬鹿なことは言わないでください! せっかくクボタ殿が、俺たちの仲間が助けてくれた命です。こんなところであなたを死なすわけにはいきません!」

 「もう、生きる気力なんかねえよ……アランは生きたまま魔物の操り人形になっちまった……助けられる見込みもない……」

 「大丈夫です。アランさんは、必ずクボタ殿が助け出します!」

 

 アダムは力強く言うが、ジョンは絶望的な笑みを浮かべると、その言葉を一笑に付した。

 

 「ずいぶん他力本願な勇者様だなあ……悪いが俺は自分の見たものと、アランのことしか信じられねえんだ。いきなり現れた見知らぬおっさんに、希望なんか抱けねえよ……」


 アダムは村の教会の神父が言っていたことを思い出す。

 ジョンとアランの兄弟は両親の死後、よろず屋を受け継ぎ二人だけで生きてきた。二人の絆はアダム達が想像している以上に強いものだろう。見知らぬ人物の介入を許さないほどに。

 さらにジョンは、アランがいたからここまでやってこれたとも言っていた。ジョンの主観からは、アランが助かる見込みのないこの状況は、ジョンからすればまさに絶望的なものだろう。

 しかし、アダムはクボタを信じている。だから、アダムはジョンに反論する。


 「ジョンさん、アランさんは必ず戻ってきます」

 「信じられるかよ……アランは俺のこと妬ましいって言ったんだぞ?」

 「あれはトレントに操られていただけです! アランさんの本心じゃない!」

 「本心だ! きっと影では俺のことを……」


 ジョンの表情がさらに絶望に沈む。 

 それでも、アダムはあきらめない。


 「ジョンさん、あなたを生きて村に帰します。約束します」

 「別にいい……アランがいないのなら、もう生きている意味なんかない。ここに置いていってくれ……アランと一緒に焼き払ってくれ……」

 「アランさんは生きて帰ってきます。だから、あなたも生きて帰します」

 「できるかよ……そんなこと……」


 ジョンはアダムの言葉を信じようとしない。

 ならば、アダムにできることは一つしかない。

 

 「それならば、俺たちが証明します。アランさんはクボタ殿が救い出します。そしてジョンさんは、俺たちが守り抜きます!」

 「………」


 ジョンは何も言わない。アダムの説得で気持ちが変わったのか、これ以上の議論は無駄だと思ったのかはわからない。それでも、アダムのやるべきことは一つ、クボタのことを信じ、ジョンを守り切ることだった。


 「みんな、いいか?」


 走りながら、仲間たちに問いかける。


 「もちろん! いいに決まってるよ!」

 「言われなくても。クボタ殿を信じて、我々の使命を果たしましょう」

 「クボタのことはともかく、今はここからの脱出が先決です!」


 その時、再び地面が揺れだした。

 アダム達は立ち止まると武器を構え、戦闘態勢に入る。

 

 「勇者様……兄さん……逃げるなんてひどいなあ」

 「兄さん、おとなしく僕の養分になってよ……」


 人面トレント分身体の大群が現れる。今度は巨大なキノコの魔物、マタンゴも一緒に出現する。数は先ほどの倍以上。さらに強力になった布陣に、アダムの頬に嫌な汗が流れる。

 

 「おのれ、マタンゴまで出るとは……!」

 「ビルのおっちゃん、トレント本気だよ……!」

 

 アダムと共に前列に立ったビルも表情をしかめる。ターニアは背中のジョンを守るように後ろに下がる。


 「リーダー……」

 「ひるむな! 俺たちならできる! 全員生きてこの森を脱出するんだ!」


 魔物の大群を前に気弱になるカルロスを叱咤激励し、アダムは魔物たちに剣を向ける。

 勇者たちであっても、正直この数の魔物を相手にするのは厳しい。動けるのが三人しかいなのだからなおさらだ。それでも、リーダーであるアダムはくじけない。


 「ふふふ……これだけの数なら、いくら勇者様でも無理だよね」


 人面トレント分身体、そしてマタンゴの大群がアダム達に襲い掛かる。

 アダムとビルは迫りくるトレントとマタンゴの攻撃を薙ぎ払い、カルロスの放った矢が魔物の大群をけん制する。

 いつまで続くかわからない消耗戦に陥りそうになった――その時だった。


 「う、うがあああああああ!」

 「よくも……よくもおおおおおお!」


 突然、人面トレントたちが苦しみだした。同時に、マタンゴの動きも鈍くなる。


 「ディメンダー……エックス……!」

 「おぼえていろおおおおお……!」

 

 トレントの幹の部分に浮かび上がっていたアランの顔が苦悶の表情を浮かべると、ゆっくりと消えていく。トレントは全体が枯れて、マタンゴは全身の力が抜けて、その重さに耐えられなくなったようにバラバラになって崩れ落ちた。


 「な、なんだ……? 何が起こったんだ……?」

 「魔物たちが、自滅した……?」


 ビルとカルロスが疑問をうかべる。

 しかしアダムは、トレントの残した言葉にそのヒントを見出していた。奴らは確かに、『ディメンダーX』と口にしていた。


 「アダム兄ちゃん……これって……」

 「ああ、ディメンダーXだ……クボタ殿がやってくれたんだ!」

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