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3-3 森の奥の真相

 アダム達は森の中の獣道をどんどん進んでいく。先ほど出現したマタンゴや、アダム達が狙うトレントは姿を見せない。


 「魔物は出ないな……」


 それでも、アダム達は警戒しながら前に進む。いつどこから魔物が飛び出してくるかわからない。


 「妙だな……普段はもっと魔物がうじゃうじゃいるんだが……静かすぎる……」

 

 ジョンが気になることを口にする。

 アダムはターニアに聞く。


 「ターニア、魔物の反応は?」

 「やっぱり全方位からしている……ごめん、どうしても森の瘴気と見分けがつかない」


 そうなると、どこかで待ち伏せしている可能性が高いか……そうアダムが考えた時、今度はジョンがターニアに聞いた。


 「ちっこい勇者様、人の気配はしないか?」

 「ちっこい言うな……アラン君のこと……?」

 「ああ……何かわからないか?」

 「ごめん、僕たち以外に人の気配はないよ……」

 「そうか……」


 ジョンは残念そうに呟く。

 

 「ジョン、お前には悪いが、弟のことは二の次だ。今回我々の目的はあくまでトレントの討伐だ。お前の役割は弟を探すことではなく、我々をトレントのいる森の奥まで案内することだ。それを忘れてもらっては困る」

 「わかっているよ……でもせっかく気配が読めるのならちょっとくらいいいだろう?」


 ビルがジョンに釘をさす。ジョンはそれを軽い態度で受け流した。


 「先生……今の言い方はどうかと思いますよ」

 「ビル殿……ジョンさんの気持ちも少しは考えてください」

 

 ビルの物言いを、アダムとカルロスが小声で非難する。

 

 「アダム殿、カルロス……それは甘すぎる。それにアランはもうすでに死んでいる可能性の方が高いのです。下手に希望は持たせないほうがいい」


 しかしビルは自分の発言を撤回しようとはしなかった。アダムとカルロスに、アランはすでに死亡している可能性が高いという非情な現実を突きつける。


 「ですが……ビル殿……」

 「何小声で言い合いしてるんだ、勇者様? さっさと行くぜ」


 反論しようとするカルロスの言葉を遮り、前を進むアランが先を促す。

 アダム達は曲がりくねった道なき道を進む。まっすぐ進み、右に曲がり、左に曲がる。どんどん森の奥に入り込む。


 「ジョン、だいぶ歩いたが、あとどれくらいかかるんだ?」

 「待たせたな、もうすぐだ……もうすぐ奴らが大量にいるところにたどり着く。準備はいいか?」


 ビルの問いかけにジョンがそう答える。

 アダム達は頷き、いつでも攻撃できるよう、それぞれの武器を構えた。

 その時だった。何かに気づいたターニアが声を上げる。


 「待って……人の気配だ!」

 「アランか!……アランがいるのか?」


 ターニアの言葉にジョンが声色を変えて反応する。


 「わからない……でもなんだろう、すごく弱々しいような……」

 「なんでもいい、アランが生きているならそれで十分だ!」

「ちょっと、ジョンさん待って!」


 ジョンはそう言うと、ターニアの制止を無視し、アダム達を置いて一人で森の奥へ突っ走っていってしまった。


 「しょうがない、俺たちも行くぞ!」


 アダムたちもジョンの後を追いかけた。



 

 アダム達勇者が一般人のジョンを追いかけるのは造作もないことだった。どんどんと森の奥へ走っていくジョン。彼の言う通りなら、この先には大量のトレントがいるはずだ。


 「アラン! アラン、どこだ!」

 「待ってください! ジョンさん!」


 アランの名を呼びかけながら走るジョンを、アダムたちは追いかける。

 やがてジョンとアダム達は森の奥の開けた場所に辿り着く。

 アダム達が目指していた、トレントが大量繁殖している場所だ。


 「アラン……! じゃないな。また貴様か、偽物!」


 ジョンが怒りをあらわにする。追いかけてきたアダム達は、目の前の光景に思わず言葉を失った。

 

 「う、嘘だろ……?」


 アダムはわが目を疑った。こんな光景見たことない。


 「ありがとう、兄さん。僕の言う通り、勇者たちを連れてきてくれたんだね」

 「……お前の言葉に従ったんじゃない。お前を倒してもらうために……お前を倒して本物のアランを見つけ出すために勇者様たちをここに連れてきたんだ」

 「だから言っているじゃないか……僕が本物のアランだよ」

 

 大量のトレントが蠢く中、その中の一体のトレントとジョンが会話をしている。

 トレントは枝と根が手足のように動くが、知能は持たない。だから人と会話をするようなことはできないはずだ。

 それを可能にしているのは、トレントの体にくっついている土色の肌をした赤い目の人体のおかげだろう。


 「ひ、人がトレントと……魔物と融合しているのか……!」

 

 ビルが驚くのも無理はない。人と魔物が融合するなんて話聞いたことがない。

 しかもそのくっついた人の体が、声を発しているのだ。捕食されているわけではないようだ。さらにそれは、自分のことをアランだと名乗った。

 

 「ジョンさん、まさかあれが……あのトレントにくっついているのがアランさんなのですか?」

 

 アダムは上ずった声でジョンに尋ねる。アダムは完全に冷静さを失っていた。探していた行方不明の人物が、まさかこんな形で見つかるなんて。


 「落ち着け、勇者様。あれはアランの偽物だ」


 対象的にジョンは落ち着いていた。目の前の、弟の姿をしたものを『偽物』と言い切る。

 

 「この偽物は、勇者たちをまとめて始末するために、近くを通る勇者をここに連れて来い、連れてきたら元に戻るといった。こんなことアランが言うわけがねえ。それにアランはこんな不気味な肌の色をしていないし、目も赤くねえ。こいつはアランの姿をまねした偽物だ!」

 

 ジョンの言葉に、トレントにくっついた赤い目の人物――アランはわざとらしくため息をつく。


 「はあ。どうしたら兄さんは僕を本物のアランだと認めてくれるかなあ……そうだあ」


 アランは不気味に笑う。すると、急にアランの目が赤から黒に戻った。そして、


 「兄さん! 早くこの森を焼き払って!」

 「ど、どうした偽物!」


 黒目に戻ったアランは急に森を焼くように叫んだ。アランの急な変化にジョンも戸惑う。

 アランがジョンの質問に答えるように続ける。

 

 「僕の体はこの魔物に乗っ取られた! このままこの木の魔物が繁殖したら村にも侵攻してくる! 今のうちに僕ごとこの森を焼き払うんだ!」


 自分の体が魔物に乗っ取られたことを伝え、もう一度この森を焼き払うよう訴えると、アランの目は再び赤くなった。


 「余計なことまでしゃべっちゃったなあ……内心では死ぬのが怖いくせに無理しちゃって」

 「ほ、本当にアランなのか……魔物がアランの体を乗っ取ったのか……?」

 「そう。僕の頭脳なら仲間たちを率いてラライアン村を侵略できるからね。君の弟と一体化させてもらったのさ。兄さん」

 「そ、そんな……」


 目の前で明かされた真相に、ジョンは茫然としていた。


 「ターニアちゃん、さっき感じ取っていた人の気配は?」

 「あのトレントから……あのアラン君からしている……間違いないよ、アラン君はトレントに体を乗っ取られて生きていたんだ……」


 カルロスはターニアに確認を取る。どうやら間違いないらしい。

 アランはトレントに体を乗っ取られた。そしてジョンをわざと逃がし、ラライアン村の近くを通りかかった勇者たちを袋叩きにするためにこの場に誘導させたのだ。ジョン自身はこのアランは偽物だと思っていたらしいが、アラン自身は本物だったのだ。


 「さあて、勇者様たちも集まってきたことだし、やっつけちゃおうかなあ?」


 アランの命令で、茫然とするアダム達の周りを大量のトレントが取り囲み、逃げ道を塞ぐ。袋叩きにするつもりだ。


 「アダム殿……アダム殿っ……!」

 「リーダー! しっかりしてください!」

 「あ、ああ……全員、戦闘態勢! ジョンさんを守りながらトレントを討伐する!」


 ビルとカルロスの叱咤を受け、茫然としていたアダムは我に返り指示を出す。アダム、ビル、ターニアの3人がジョンとカルロスを守るように陣形を組む。


 「アダム兄ちゃん……アラン君は?」

 「狙うな! まずは周りのトレントだけを倒すんだ!」


 アランを狙わない……アダムの甘さが出てしまった。

 

 「しかし……! くっ! 了解!」

 

 ビルは反論しようとしたが、腕のように振り回されたトレントの太くて硬い枝を前にしぶしぶ了解する。


 「くっ!」


 アダム、ビル、ターニアの三人は強力なトレントの攻撃を手にした武器で必死に防いでいる。防戦一方だ。


 「リーダー! 自分が隙を作ります!」

 「頼む!」


 カルロスが、アダムを攻撃するトレントの枝を狙って矢を連射する。痛みを感じないトレントに対しては、枝が千切れるまで何発も打ち続けるしかない。魔弾なら一発で吹き飛ばせるのだが、通常の矢では何本も撃ち込まなければならない。

 

 「……」


 カルロスは無言で矢を一転に絞って打ち続ける。勇者と言えども、一人でトレントのパワーに耐えるのには限度がある。

 アダム達3人の額に汗が浮かぶ。攻撃を受け止める武器を持つ手がぷるぷると震えだす。

 アダムは苦悶の表情で枝が千切れるのを待つ。

 そして、


 「リーダー、今です!」

 「よくやった!」


 アダムを攻撃していた大きな枝が千切れて地面に落ちる。

 その瞬間を見逃さず、アダムはエクスカリバーに魔力を集中させた。


 「いくぞ! 『終末の音速剣』」


 ギーから教えてもらった必殺技、『終末の音速剣』を放つ。

 残像が残るようなスピードで、周囲を取り囲むトレントを切り裂いていく。

 それはまるでディメンダーXが最初の戦いで、ゴブリン達を瞬殺した時のようだった。


 「ぐっ!」


 だが、想像を超えるスピードに体が技について行けない。

 なんとかアランを除くすべてのトレントを倒したが、アダムは地面に片膝をついた。


 「アダム殿!」

 「リーダー!」

 「アダム兄ちゃん! 大丈夫?」


 アダムのもとに3人が駆け寄る。


 「大丈夫だ……連続では使えないがな……」


 アダムはエクスカリバーを杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。

 『終末の音速剣』はアダムが使うには強力すぎる技だった。元々がディメンダーXの使う技である。生身の人間が使うには負担が大きすぎたのだ。

 

 「へえ。やるねえ、勇者様。なんだかボロボロみたいだけど」

 

 1体だけ残されたアランは、余裕の表情を浮かべている。


 「はあはあ……仲間はすべて倒した……おとなしくアランさんを解放しろ、トレント……!」

 「そんな状態で交渉のつもり?」


 アランがそう言うのと同時に、地面が大きく揺れだす。そして地面から、新たなトレントたちが姿を現した。


 「くそっ! まだこんなにいるのか……!」


 アダムは再び『終末の音速剣』を使おうとする。だが、剣に魔力を上手く集中できない。疲労でアダム自身の集中力が乱れているのだ。



 「なんの! ……みんな、トレントを一体ずつ倒すぞ!」

 「……アダム殿、アランを討ちましょう」

  

 ビルが、アランを倒すことを提案してきた。一同の間に動揺が走る。


 「お、おっちゃん何言ってるの! アラン君はトレントに乗っ取られているだけだよ?」

 「そうです、ビル殿! 勇者が罪もない人間を殺すなんて……」

 「他に方法がない! このままではラライアン村が襲われる……もっと多くの人間が死ぬことになる! ……アダム殿!」


 ビルの言葉に、アダムは迷っていた。

 茫然として動かないジョンの方を見る。


 (俺は、どうすればいいんだ……!)


 アダムの頭の中をいろいろなことがぐるぐると回る。

 ラライアン村のこと、ジョンのこと、王国に暮らす人々のこと、魔王軍と戦い平和を取り戻すという勇者の使命のこと……


 (ダメだ、答えが出ない……!)


 「どうしたの? 勇者様、来ないならこっちから行くよ」


 アダムが指示を出せないでいると、アランが攻撃を仕掛けてきた。トレントの体の、大きな太い枝を振り下ろしてくる。


 「危ない!」


 アダム達勇者はとっさに後ろに飛んで避ける。太い枝が叩きつけられて土埃が舞う。

 しかし、ジョンは未だに茫然としたまま動かない。

 

 「しまった! ジョンさん、逃げろ!」


 アダムは叫ぶが、ジョンは動かない。茫然とトレントと一体化したアランを見つめている。

 

 「嘘だ……嘘だ……アラン……」

 「先に兄さんから殺そうかな……僕と違って頑丈な体がうらやましくって妬ましかったんだよね!」


 そこに、再びトレントの大きな枝が、ジョンにめがけて襲い掛かる。

 巨大なトレントの枝の一撃は、勇者の紋章で守られていない普通の人間が直撃を受ければ簡単につぶれてしまう。


 まずい――そう思ったがもう間に合わない。ジョンは自分の弟を乗っ取った魔物によって無残に潰されてしまう――アダムがあきらめたその時だった。

 振り下ろされた枝が、途中で止まる。


 「あ……あれ?」


 アランが戸惑う。

 何かが空中でトレントの枝を受け止めている……?

 しかし、その姿は見えない。


 「よくわかんないけど、今だ!」


 ターニアはこの隙を見逃さなかった。忍びの勇者のスピードを生かし、動かないジョンを引きずり後ろに逃がす。これでジョンの安全は確保された。


 「助かった……」

 「なんだ……一体何が起こっているんだ……?」


 安堵するターニアに対して、ビルは現在の状況に戸惑っている。ジョンはトレントの巨大な枝に押し潰されるはずだったが、見えない何かによって救われた。

 

 「くそっ! なんだこれ……姿が見えない!」


 さらにその見えない何かは、トレントたちの周囲を飛び回り、攻撃を妨害してくる。

 こんな真似ができるのは……


 「てやああああああ!」

 「クボタ殿!」


 周囲を取り囲むトレントを飛び越えて、自転車に乗ったクボタが現れた。

 クボタは自転車から飛び降りると、すぐさまアダム達の無事を確認する。

 

 「すみません、アダム殿。やっぱりついてきました」

 「いいえ、助かりました。しかしこう取り囲まれると……」

 「大丈夫です。ナナシキ・ウルフモード!」


 クボタがXコマンダーに向かって叫ぶ。すると、トレントの攻撃を防いでいた見えない何かが、小さな青い金属の鳥のような姿を現した。


 「やはり、クボタ殿の装備だったか……」


 ナナシキと呼ばれたそれは、一瞬で狼のような姿に変わった。サイズは変わっていないので小さな狼のようだ。森に向かうまでの間にターニアが一瞬だけ感じた、アダム達の後をつけてきた気配の正体もおそらくこれだろう。万が一に備えてクボタが放ったのだ。


 「アタック!」

 

 クボタの指示でナナシキは退路を塞ぐトレントに体当たり。小さな体ながら強力なパワーでそのまま押し倒してしまった。


 「す、すごい……!」

 「状況は把握しています。アダム様たちはジョンさんを連れて逃げてください! アランさんは私が助け出します!」


 助け出す――クボタは確かに、アランを助け出すと言った。

  

 「助け出せるんですか?」

 「任せてください」

 

 アダムは改めて無力さを感じた。クボタは平然と「助ける」と言った。きっと彼なら、ディメンダーXならできるのだろう。

 ここは頼るしかない。


 「いいですね、先生?」

 「…………わかりました。クボタの言葉を信じましょう」

 

 間があったが、ビルの同意は得られた。


 「ターニア、ジョンさんを頼む。全員撤退だ!」


 倒されたトレントが起き上がらないうちに、アダム達はナナシキが開いた退路から逃げ出した。クボタを……ディメンダーXを残して。

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